あべこべ貞操逆転世界で七光り役者生活   作:関税破産お嬢様

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実践と火花

「普通、中国武術ってあんまり試合はやらないんだけど。金劉会(うち)は実践をする流派なワケ」

「な、なるほど……」

 

土曜日の昼、この日はお互い夕方から撮影所内での撮影の予定があったので、俺達は武道場へと集まった。

そこでマウスピースとバンデージ(グローブ)をつけながら、電話の時の怒りがだいぶ収まったらしい白ギャルが俺にそう説明をしてくれる。

彼女も俺もジャージ姿で、床にはマットもなく木のままだ。

 

「撮影中ですから、顔と急所は避け、投げは手加減するように」

 

なぜか師姐(シージエ)が金眼鏡の視線の先を俺に向けてそう言うが、その態度が白ギャルの怒りに再度火をつけた。

 

「手加減いらないから」

「役者のプロでしょう、わきまえなさい」

 

この二人はずっとバチバチだ、撮影が終わってから二人で組み手をやってくれればいいのに……

 

「有効打三本で決着です。くれぐれもやりすぎないように」

「はい」

「はい!」

 

武道場の中、誰かが貼ったバミリを挟んで俺と白ギャルは対峙する。

俺は相変わらず名前も知らない套路(とうろ)の構えだが、彼女は中国武術というよりはキックボクシングのような構えを取った。

 

「試合とかは?」

套路(とうろ)しかやった事ないです」

「だろうと思った」

 

ため息と共に、左の前蹴りが飛んでくる。

俺はそれを受け、崩す……前に白ギャルの体がふわっと宙に浮かび、地面を蹴った右足がそのまま頭を狙ってきたので慌てて後ろへ下がった。

彼女はその姿勢のまま地面に落ちるが、受け身を取ってぐるんと立ち上がる。

やはり白ギャルは俺よりよっぽど上手(うわて)に思えた。

立ち上がった彼女はなぜかさっきよりだいぶ怒りが薄れた様子で、また同じ構えを取って俺を指招きした。

 

「あんたは? 胸貸してあげるから打ってきたら?」

「では……お言葉に甘えます」

 

俺は套路(とうろ)のままの動きで、震脚と共に左の中段突きを繰り出すが……

 

套路(とうろ)じゃ実戦はできないの!」

「いっ!」

 

それを手で捌かれたついでに、腹に蹴りを貰ってしまった。

もちろん手加減されているのがはっきりとわかる、置かれたような蹴りだった。

 

「有効……おかしいですね。弟弟子、もっと真面目にやりなさい」

「やってますよぉ!」

 

そんな事を言っている間にも、白ギャルの攻撃は続く。

俺に合わせてくれたのだろうか、套路(とうろ)の形で突いてきたそれを套路(とうろ)の形で受ける。

だが途中で白ギャルは型を変え、俺の腹に回し蹴りを入れた。

 

「有効……ああ、そうだ。狂夢(くるめ)、少し待ってください」

「え? なんかあるワケ?」

「弟弟子はカメラがないと駄目な男なのでした」

 

そう言って、師姐(シージエ)は自分の荷物の場所へと歩いていく。

全く息が上がった様子もない白ギャルは、腕を組んでそれを待ってくれた。

 

「あんた、たしかに師範代が言うだけあって套路(とうろ)はいいね」

「ありがとうございます!」

「ただ、さっきも言ったけどうちは実践流派なワケ。だからこういう映画の現場にもよく呼ばれんの。套路(とうろ)だけじゃ、あたしはともかく他の人間は指導員として認めないよ」

「そうですよねぇ……」

 

あたしはともかく、という部分にちょっと引っかかるところはあるが、白ギャルが言っている事は正論だ。

正直今回の件は、全て師姐(シージエ)の暴挙が引き起こした事だと言っていいと思う。

 

「俺だって指導員なんて話、寝耳に水だったんですから。三日しか習ってないのに指導しろって言われても困りますよ」

「まぁ、師範代はそういうところあるからね。熱くなったら一直線というか……前も指導先の帰りにパチンコ屋で財布の中身全部スッて、千葉から走って帰ってきたんだから」

「へぇー」

 

そんな話をしていると、ガラケーを持った師姐(シージエ)が白ギャルを睨みながら戻ってきた。

 

「何か私の面白い話でもありましたか?」

「あんたが熱くなったら周りが見えなくなるから、巻き込まれないように気をつけろって話」

「熱くなった覚えはありません、あの時はちょうど走って帰る予定だっただけです」 

 

そう言いながら、師姐(シージエ)は俺にガラケーを向ける。

 

「これでやる気が出ますね。では再開、アクション」

 

その言葉と共に、バチンとスイッチが切り替わった。

何気なく突いてきた白ギャルの右拳を跳ね上げると、そのままくるりと相手に背を向け、まるで抱きしめられているかのようにその体へ密着する。

 

ドン!

 

震脚が鳴った時には、俺の背中が白ギャルをふっ飛ばしていた。

ドンッ! ゴロゴロ! とめちゃくちゃ痛そうな音が響き……

体を向き変えながらそちらを確認すると、大の字になった白ギャルが地面に転がっていた。

 

「有効……弟弟子、手加減を覚えなさい」

 

師姐(シージエ)は呆れたようにそう言うが、それどころじゃない!

俺が慌てて白ギャルに駆け寄ろうとすると、武道場にどら声が響いた。

 

「いいね!! 今のアクション!」

 

武道場の入り口を向くと、そこには手に紙束を持った監督と撮影隊、そして役者たちの姿があった。

師姐(シージエ)が不思議そうな顔をしながら、金の眼鏡を上げつつ監督に尋ねる。

 

香盤(スケジュール)表では別の場所で撮影の予定だったのでは?」

「氷室さん体調不良で変更になった! それより! こんなところで何してる!」

「組み手」

 

そう問いに答えながら、倒れていた白ギャルが体のバネを使って跳ね起きた。

首を回しながらこちらへ戻って来る彼女の顔は、これまで見た事もないぐらいの完全なブチ切れ。

怒髪天を衝くとはこの事な表情で、白ギャルは何も言わないままもう一度位置についた。

 

「もったいない! こんないい組み手ならカメラの前でやらないと!」

「えっ?」

 

そういう話?

ただ戸惑うだけの俺とは違い、白ギャルは完全に据わった目を監督へと向けて言い返した。

 

「これは武道家としての立ち会い、映画は……」

 

バシン!

 

ざわめく武道場に、そうでっかい音が響いた。

監督が白ギャルの頭を書類でぶん殴ったのだ。

 

「お前ら役者だろ! 武術家呼んでない!!」

 

監督のその一声で、状況は一気に動き出した。

 

「二十二の六! 衣装持ってきて! 犯人(ホシ)を追いかける途中かち合ったミンジュ(くるめ)ヤン(とおる)の同門対決! これでいこう!」

「監督、この後はミンジュとイー(はんにん)の対決があるんじゃあ……」

「勝ったほうに書き換える! コピー忍者が艾青(ホシ)よりいいアクションができるならこっちに時間割く!」

 

監督はそう言いながら手に持っていた予定表を書き変え、今日来ている俳優がどんどん集められ……

あれよあれよという間に、俺と白ギャルの決戦の場が整えられていく。

その間も白ギャルは俺を睨みつけ続け、俺の胃はどんどん痛めつけられていく。

そして衣装を整え……保護具は外され。

カメラ三台と役者たちに囲まれ、照明が煌々と炊かれる中……

明らかにさっきよりも危険な状態で、俺は彼女と向かい合っていた。

 

「いいですか、弟弟子、手加減ですよ、手加減。これは指導です、指導員にはそれが大切です」

「手加減なんかいらないから……こっちもしないし」

 

そんな状況なのに、師姐(シージエ)は一切俺の心配をしていないようで、白ギャルを煽るような事ばかりを言う。

そしてそのおかげか白ギャルのボルテージはしっかりと上がり、今にも飛びかかって来そうだ。

 

「いいか! 殺しは困る! でも負けた方退場するから、ちょっと怪我ぐらいは別にいいか!」

「いや……」

 

よくないよ。

……そう文句を言おうとしたのだが、無常にもそのままカチンコは鳴らされてしまった。

 

「いくぞ! アクション!!」

 

ひときわデカいその声と共に、俺の頭の中のスイッチが……火花を立てて切り替わったのだった。

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