あべこべ貞操逆転世界で七光り役者生活   作:関税破産お嬢様

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刃と弓矢

俺たちが睨み合っている姿を、カメラがグルっと回りながら撮っていく。

視線を白ギャルの腰に固定しながら、俺は不思議とそれを把握できていた。

 

「……ふっ!」

 

強く息を吐きながら飛び出してきた白ギャルの右の突きを左手で崩し、そのまま肘を打つ……瞬間に、それを当てた後の事が頭をよぎる。

さっき経験したばかりのリアルな衝撃が、自らが振るう拳の威力を否応なく意識させたのだ。

俺は左の肘ではなく腕を当て、トンと触れる程度に右拳で彼女の腹を打った。

白ギャルは一瞬体をビクッと硬直させたが、次第にわなわなと震え始める。

 

「この野郎!!」

 

叫びながら飛んだ彼女の左脚による後ろ回し蹴りが俺の頭を狙うが、首の動きだけで避けて右手でその脚を跳ね上げる。

後ろ蹴りの速度のままに地面に激突しそうになる白ギャルの頭を、その背中から胴体に抱きつく事によって空中に止めた。

彼女は天地逆さの姿勢から腹筋を使って起き上がってこようとするので、胴体を回してその手伝いをする。

 

「やめましょう」

 

俺は演技ではなく、本心からそう言った。

なぜだかわからないが……俺はこの状況になってから、さっきまでとは別の種類の焦りを感じていたのだ。

なんだか一手間違えれば、自分が彼女に大怪我をさせてしまいそうな……そんな予感があった。

だが、その言葉選びは大間違いだったようだ。

 

「殺す」

 

怒りが一周回ったのか、逆に冷静な顔になった白ギャルがそう宣言をした。

さっきまでのキックボクシングのような構えを解き、彼女も俺と同じ構えを取る。

 

ドン!

 

……と震脚の音がしてから、彼女の背中がこちらへ向いている事に気づいた。

凄まじい体のバネと、恵まれた運動神経、そして長い長い研鑽を感じる速攻の踏み込みだった。

自分を体ごと弾丸と化すような、全体重を乗せた攻撃。

一切の手加減なしの……殺意すら孕んだそれに、俺の体は勝手に反応を返した。

気がつけば、迫りくる白ギャルの背中にぴたりともたれかかるように、自分の背中がついていた。

 

ドン!!

 

震脚が後から聞こえ、背中にビリビリと衝撃だけが残る。

後から動画を確認したところによると、この瞬間白ギャルの身体は斜め上に向けて一メートル近くも打ち上げられていたらしい。

何かが転がる音を聞きながら身体を返すと、吹き飛ばされた白ギャルは転がる勢いのまま立ち上がった。

 

「らぁっ!!」

 

気合と共に飛び込んでくる彼女の肘を手で受け流す。

そのままコンビネーションで振るわれた拳を撫で下ろすように捌き、トンと押し返す。

なんか、変だな……

そう思うと集中力で加速している思考が、どういうわけか組み手ではなくそちらに回っていく。

 

「ふざけているのか! 打ってこい!!」

 

あしらうような形になった俺の動きに再び激昂した彼女が、滅多打ちに拳を振るう。

無茶苦茶に振るわれているかのように見えるのに全てが重い、そんな攻撃を捌きながら……俺の思考は変わらず別の方向に向いていた。

頭に浮かぶのは、今日二回も白ギャルを吹き飛ばした背中での攻撃のビジョンだ。

二回とも、当てようと思った時には、先に背中が当たっていた。

脚を踏み出して当てたのではなく、当てた直後の震脚で脚が出たのだ。

 

「…………」

 

頭の奥にずっと引っかかっていた疑問が、浮かび上がってくるような感じがした。

恐らく俺のあの動き、コピー元になっているのは金老師の動きだろう。

宙を駆け上がるように放たれた蹴りの二連撃を横に避けながら、俺はもう一度白ギャルに背中を当ててみる。

 

「ふん!」

 

が……駄目だ。

あえて寝転ぶように地面に着地した彼女に避けられ、そのまま脚を払われるのを跳んで躱す。

やはり、当てようとして当てたのでは遅いのだ。

 

「はいっ!」

 

ますます鋭さを増す白ギャルの右の突きを上へ打ち上げ、脇に絞った拳を放つ。

が……左手で掴まれて投げを打たれてしまう。

俺は逆らわずに跳びながら、一つの事を思い出していた。

 

ドン!

 

と床に受け身を取り、すぐさま飛んでくる足刀を横に転がって躱す。

そうか、俺が知っている老師の動きの中でコピーできていない拳は二つだけだった。

距離を取って仕切り直すと、また怒りが一周回って静かになったのか……白ギャルは無言のままじりじりとこちらへ近づいてくる。

殺意、殺気、拳気。

むき出しのそれが、風のように身体に吹き付けられているような気がする。

研ぎ澄まされた拳も、(やいば)と同じようなものか。

 

「スゥ……」

 

そう考えて息を吸うのと同時に、俺の身体は自然と一つの姿勢を取っていた。

打たれれば死ぬかもしれない……だが、打って破壊する事もしたくない。

自分を殺しに向かってくる相手を、殺される前に安全に無力化する神速の拳。

それは金老師が見せてくれた、あの演武の中に存在していた。

刀を持った相手との最終局面、その瞬間に放たれた……以前俺が打てなかった、あの拳だ。

これまでにない緊張感に、口から勝手に思考が漏れていく。

 

「……でいる」

 

左手は前、手のひらは上に上げて内向き。

右手は脇、極限まで引き絞ったそれは、弓につがえられた矢のようだった。

それでいて身体は柔らかく、風に吹かれれば飛ぶ葉のように揺れた。

 

「……済んでいる」

 

ドン!

 

白ギャルの震脚が響く。

充血したその瞳は俺の心臓だけを見ている。

その心臓の五センチも前に、必殺の右肘がそれを貫く槍のように迫っていた。

 

「……加速は済んでいる」

 

そんな呟きが、自らの口から漏れた気がした。

 

ドン!!

 

と自らの震脚が鳴った時には、決着はついていた。

俺の身体は開かれ、白ギャルの右肘は薄皮一枚のところを掠めていった。

そして彼女はそのまま顔面から床へ倒れていこうとし……

カンフー服の背中を掴んだ俺の手によって、ゆっくりと床へと降ろされた。

 

「ありがとう」

 

俺は師姐(シージエ)に教わった、左の手のひらに右拳を当てる礼を取り、彼女にそう言った。

 

「カット!!」

 

監督の声が響き、スタッフが何人も駆け寄ってきて白ギャルをひっくり返す。

完全に白目を剥いた彼女はポカンと口を開けていて、どこからどう見ても失神状態だった。

 

「担架担架!」

「やばいぞこれ!」

 

なんて事を話しながらスタッフたちは慌てふためいているが……不思議と、俺にはそこまで危険な状況ではないように思えた。

でも恐らく、意識が戻ってもしばらくは起き上がってこられないだろう。

 

「打てちゃったな……」

 

最後のあの一瞬、後から動き出したのは俺だった。

だが脇で引き絞られていたその拳は、まるで初めからそこに置かれていたように彼女の顎を掠めたのだ。

あの日見せてもらった金老師の神速の拳。

俺はその秘密を、この勝負の中で掴んだのだ。

多分、白ギャルが本気で殺しにかかってきてくれなかったら打てなかっただろう。

いや、本気で殺しにかかってこなければ打たなくてもよかった、というのが正しいのかもしれないが……

 

「弟弟子、掴みましたか?」

「これですか?」

 

俺はふわっとした事を聞いてきた師姐(シージエ)に、デコピンを見せた。

 

「老師の拳、あなたはそう解釈しましたか」

「じゃないんですかね? 身体の中でデコピンするんですよね。そんで当ててから体重を乗せる」

「そう簡単な話ではありませんが……まぁ良しとしましょう」

 

俺はあの拳を、筋肉の精密操作だと理解した。

身体の中で筋肉で筋肉を弓のように引き絞り、拳を矢のように飛ばす。

そうしてあらかじめ当てたものに、震脚で衝撃を通すのだ。

老師からのもう一つの宿題である、動かずに打つ拳の正体はまだまだ不明だが……まぁそれは置いておいていい事だろう。

そんな事を考える俺に、師姐(シージエ)はなんだか困ったような顔で笑いかけた。

 

「さて、今のあなたなら師範代にも推薦できますが、どうしますか?」

「えっ? ……あの、門下生ってのはやっぱ駄目なんですか?」

「それに狂夢(くるめ)が納得するとでも?」

「そ、そうですか……」

とりあえず(・・・・・)、今は指導員という事にしておきましょう」

 

師姐(シージエ)はそう言って俺の肩を叩き、ポケットに入っていたガラケーで誰かに電話をかけながら歩いていった。

結局、なし崩しで指導員にされてしまったな……

 

「よし! よし! 狂夢(くるめ)! 大丈夫? いけるな! OK! OK! 最高のシーンだった!!」

 

どうやら担架を待っている間に白ギャルは目を覚ましたらしい。

それを確認した監督は、嬉しそうな顔をしてどら声でがなった。

 

「コピー忍者! お前やっぱり最高! いいね! 達人! アクションスター!! ラストはお前で決まり!!」

「あ、ありがとうございます!」

「お前明日からずっと撮影! アクションシーン増やす! スタントも増やす! 最後すっごい大捕物にするから!」

「えっ?」

 

監督の言葉は全く嘘ではなく……

俺はこの後の一週間近くの撮影を、毎日毎日アクションとスタントを行って過ごす事となった。

そしてとんでもないスピードの現場がはけた後、驚くほどの短期間で編集された映画は、案外小規模な公開を迎える事になるのだった。

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