あべこべ貞操逆転世界で七光り役者生活   作:関税破産お嬢様

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即興と空気

相も変わらぬ山林の風景の中、雑貨屋で買い込んできたような衣装を纏ったベテラン役者が俺達勇者パーティー四人の前に現れた。

 

「ぬわっはっはぁ! 私はジュリ! 飛竜鳳翔拳の使い手だ! 金と食料と女を置いていってもらおうかぁ?」

 

歌舞伎のように見得(みえ)を切りながらそう言ったジュリに、腰高さん演じるユリピコは驚愕の表情を見せる。

俺達は横並びになってそんな彼女に視線を集めた。

 

「なにっ! ……飛竜鳳翔拳だと……?」

「どうしたユリピコ?」

「か、かっこいい名前だ……」

「名前かよ」

 

ユリピコのボケにローテンションで小さくツッコミを返す。

この役が掴めていなかった頃は、こういう何気ない台詞でも何回も何回も現場が止まったものだ。

 

「それよりユリピコ……シュージンにこいつの技を覚えさせれば、あの入れなかった武道家の街に入れるようになるんじゃないか?」

「うむ、(それがし)もそう思う」

「はっ! ……そうか! シュージンさん! 覚えてくれますか?」

「任せるがいい」

 

そう言った俺が前に出ると、ベテラン役者演じるジュリはまるで格闘ゲームのような派手で複雑な技で襲いかかってきた。

俺はそれを大げさに受け、ふらふらと後ろへ下がって膝をつき……そこに仲間たちが駆け寄ってくる。

 

「シュージンさん! 大丈夫ですか?」

「うむ、相変わらず、めちゃくちゃにやられているな」

「うーん……シュージンはなぁ、技を覚えるまでは弱いからなぁ」

 

周りがそんな事を言う中、俺はシャキッとした顔で立ち上がる。

 

「大丈夫だ」

 

そう言いながらジュリの方へと向かうと、彼女は下卑た笑みでもう一度構える。

 

「覚えたぞ、お前の技」

「フッ……笑わせるな! こんな短期間で覚えられるわけが! ……って何ぃ!?」

 

俺はさっきのジュリと同じ動きを意識して彼女に攻撃を加えていく。

途中相手が受けをミスったが、そこはなんとかアドリブで調整できた。

映画で培った功夫(クンフー)の賜物だな。

 

「はいカット! OKでーす!」

 

最初の頃は俺のNG地獄を警戒して細かく細かくカットを割って取っていたが、撮影も半ばを越えた最近はだいぶ長く撮るようになっていた。

ピリカ先輩の授業が実を結んだのか、はたまた監督に見放されたのか……

できれば前者だと思いたいが、ピリカ先輩からお褒めの言葉を頂くことはまだまだ少なかった。

 

「ど、どうでした?」

「リテイクは出ませんでしたよ」

「いやぁ、ピリカ先輩から見てどうだったかなぁって」

「まぁ……強いて言えば、ですが……」

 

天使役の衣装を着たピリカ先輩はツンとした態度でそう話し始めるが……

話しているうちに熱が入ってきたのか、どんどん熱血指導になっていく。

 

「だから、肉体の演技と比べてどうしてなかなか声は上手く行かないのかって事ですよ! あんなに人の真似が上手なのに、声の真似はできないんですか!?」

「いやーなんていうか、声って見えないからじゃないかなって……」

 

カメラが回ると意識が切り替わるあの感じ。

身体の動きはどんどん引き出しから出てくるのに、声の使い方はそもそも引き出しに入っていないような感じがあるのだ。

 

「声が見えないのなんて当たり前じゃないですか」

「そうなんですけどね……」

 

結局、何でもそうだがコツコツやる以外に方法はないのだろう。

カンフーやアクションに関しては、たまたまちょっとした才能があっただけ。

これが普通の道なんだろう。

と、この時はそう思っていたのだが……

俺の中に眠るコピー忍者のパワーはそんなものではなかった。

そう、なかったのだ。

 

 

 

この日の撮影は珍しく翌日の昼まで続けられた。

主演の腰高さんの都合で今後一週間ほど日程が開く事になり、その前に撮れるだけ撮っておこうという事になったのだ。

そんな中、二十時で上がりのピリカ先輩は、帰る前にこんな事を言ってくれた。

 

「もしやる気があるなら、次の撮影までの間にちょっとぐらい見て差し上げても構いませんよ?」

「え? いいんですか? ……でも、打ち合わせとかで集まるスケジュールとかってありましたっけ?」

 

俺がそう尋ねると、彼女は唇を突き出してつまらなそうにそっぽを向いた。

 

「そういうのじゃなくて、プライベートですけど?」

「えっ!? いいんですか? そんな事」

「まぁ私が見てあげられるのも↑?この現場の間だけですし↑? ちょっとずつ良くなってきてるみたいですし↑? こういうのは勢いに乗ったほうがいいと思いますし↑?」

 

語尾が上がる不思議な言い回しで彼女はそう言い、金の髪の毛をしきりにいじった。

なんだか申し訳ないが、彼女の言っている事は正しい。

コツコツやるのも大事だが、俺は一人でコツコツやるのが大の苦手だし、短期集中はそれはそれで効果絶大なのだ。

 

「じゃあ、よろしくお願いします!」

「……ん」

「えっ?」

「んっ!」

 

俺は頑なにこちらを見ない彼女の差し出すスマホと連絡先交換をし、翌日には責任者(・・・)を交えてしっかりと日程を詰めたのだった。

そうして数日が経ち……そろそろ七月も終盤に入ろうかという頃。

俺は八代のレッスン室で、仲間と共にピリカ先輩を迎えていた。

 

「今日はよろしくお願いします!」

『お願いしまーす!』

「……はい、よろしく」

 

面子は俺とピリカ先輩、そして同期(ソードリリー)の皆さんだ。

プライベートレッスンっつったって、彼女はれっきとしたプロ。

撮影のついでじゃなく、しっかりと時間を使わせるって時に友誼(ゆうぎ)()れるのは良くない。

……という事で、俺は八代を挟んで彼女の事務所と話を詰め、業務という形にして発注させてもらったのだ。

明石さんの交渉で一緒にレッスンを受けさせてもらえる事になったソードリリーも、第一線で活動するプロの指導を受ければいい刺激になる事だろう。

まぁ相手は人気女優兼声優、こっちはぽっと出の男俳優だからな……

相手側の事務所としてもマンツーマンの状況はちょっと不安があったらしいから、人が増えてちょうど良かったというのもある。

 

「お腹から出す声と喉から出す声を、もっともっと使い分けないと」

「あー↓ あー↑」

「お腹から出す時はもっともっと喉開けて」

「あー?」

「あなたはもっとお腹を膨らませて」

「あーっ↑」

「あなたはなかなかいいですね」

 

そもそも目的が俺のレベルアップだから、レッスンを受けるのは基本的に俺。

それにソードリリーが横からついてくる形になった。

だかピリカ先輩もさすがはプロ、俺を指導しながらもしっかりとソードリリーの事も見てくれている。

まずは彼女もずっと続けているという発声練習を伝授され、みっちりと一時間行い……

そこからはソードリリーは声出しの基礎、俺は演技の実技という感じでカリキュラムが分かれた。

こっちはピリカ先輩が考えた台詞を使い、エチュードという即興演技の練習を行っているのだが……

彼女の顔はなんだかずっと不満げなままだ。

先輩はじっとこちらを見ながら組んだ腕の上で指をトントンし、尖らせていた唇を開いて大きなため息を吐いた。

 

「はぁーっ、なんでそう……いや、上達はしてるんですけどね」

「やっぱ、声の出し方が悪いんですかねぇ?」

「それもあるとは思いますけど……ちゃんと声出す時に横隔膜に力入ってますか?」

「うーん……じゃあちょっと見てもらってもいいですか?」

「えっ!?」

 

彼女は驚いた声を出した。

というのも、俺が彼女の前でシャツを捲って腹を出したからだ。

 

「ちょっとやってみるんで、触ってみてもらっても?」

「えっ? えっ? ちょっと」

 

ピリカ先輩は俺のお腹を見て顔を赤くして戸惑っているが、なんか変なところがあるだろうか?

六つに割れた腹をじっと見ていると、発声練習をしていたはずのソードリリーたちもこちらへやって来た。

 

「えー? 透どしたん?」

「透くん、何やってんの?」

「あんたなんでお腹出してんの?」

「いや、練習のため」

 

七瀬ほかソードリリーの面々にそう言って、俺はピリカ先輩の目を見てもう一度頼んだ。

 

「先輩、駄目ですか?」

「……いえ、別に……いいですけど……」

「えっ?」

 

なぜか驚いた様子の七瀬がじっとこちらを見る中、ピリカ先輩はゆっくりと肋骨の下当たりに手を当ててくれた。

彼女の小さくて冷たい手がくすぐったいが、これは練習だからな。

俺が腹に力を入れて声を出すと、戸惑っていた様子の彼女は一気に締まった顔になった。

 

「うーん……どうかなぁ」

「できてないですかね?」

「逆にちょっと私のお腹触ってみてください」

「えっ?」

 

誰かの声が聞こえる中、俺は彼女のTシャツの上から手を当てる。

 

「何遠慮してるんですか?」

 

すると彼女はそう言って、シャツを捲った。

すべすべした彼女のお腹に手を当てると、声が出ると共にそこにぐぐっと力が入る。

そのままの状態で、彼女は色々な台詞を読み上げてくれた。

 

「あれ?」

 

その動きを手で体感しているうちに、俺はなんだか……

これまでになかった引き出しが、自分の中に芽生えたような感覚を覚えていた。

 

「先輩……ちょっと喉も触ってみていいですか?」

「喉も? ……まぁ、いいですけど」

 

彼女の声が響き、エチュードの台詞が口から出てくる。

なぜか俺はその声を構成する空気の動きが、なんとなくわかったような気がしたのだ。

どこの筋肉が動き、普通の呼気と違う空気を吐き出しているのか……

お手本に直接触れる事によって、急にそれが理解できたような、そんな気がした。

 

「先輩、もう一回いいですか?」

 

俺がそう言って腹をめくると、彼女の手がピタリとつく。

そうしてもう一度声を出すと、彼女の顔色が少し変わり、こちらと視線が交わる……

その時、不意に顔に影が差した。

そちらを見ると……

なぜかピリカ先輩を真似するように、こちらへ手を差し出しかけた七瀬がいた。

 

「……七瀬、カメラ回してくれ」

「……えっ? 透くん、お腹映していーの?」

「いいから」

 

俺がそう言うと、彼女はパタパタと部屋の壁際に走っていって、荷物の中からスマホを持って帰ってきた。

そして三眼のそのカメラがこちらを向き、それを意識すると、自分の中に緊張が高まっていくのがわかった。

 

「じゃあ撮るよー……アクション!」

 

そして、その声と共に……バチンと音を立てて、俺の中の何かが切り替わったのだった。

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