あべこべ貞操逆転世界で七光り役者生活 作:関税破産お嬢様
その日の夜、何か食ってホテルに戻ろうとした俺は、老師と
周りに自分の道場を持っている師範や、その下で指導を行う師範代などが並ぶ中、俺の席はなぜか金老師の隣。
なんとも居づらい感じがしてしんどかったが、我慢していれば食事は終わり……
そのままの食堂で有志出席の飲み会になだれ込んだところで、
「透さん、お注ぎしますよ」
「いや未成年なので……」
「ストイックですねぇ、それが強さの秘訣っスか?」
だが
なんだか知らないがやたらと絡んでくる彼女を適当にやり過ごしながら、俺は無言でハイボールを飲む
「……弟弟子、あなたには才能があります」
「そうだ! 大アリ! 今度試合出ませんか!?」
「
「あ、すんません……」
騒ぐ黒ギャルをひと睨みで黙らせ、彼女はこう続けた。
「役者はほどほどにして、武の世界で生きる気はありませんか? あなたならいずれ新流派の開祖となる事も難しくはないでしょう」
「えぇ……? 武の世界でって、格闘家として生きていくって事ですか?」
「格闘家……まぁそういう向きも、なくはありません」
金眼鏡の向こうの視線を野沢菜漬けに向けた彼女がそう答えるが、言っちゃなんだが痛そうだし大変そう……
「しかし、あなたは男の身。試合を組むのも一苦労でしょうし、世間もそれを望まないでしょう」
「あのぉ……うちの団体なら、完全無差別級マッチっていうのがあって……」
「真澄」
「あ、すんません……」
二度
まぁそういうのも面白いのかもしれないけど。
なんか、それで有名になってもなぁ……こういう人にしかモテないんじゃないだろうか?
そう思いながら、俺は
「稼ぎが心配ですか?」
「え? まぁ、それは一つの知識として気になりますけど……」
それをぽちぽちと操作してこちらをちらりと見る。
「二十一日、空いていますか?」
「えーっと……あ、空いてますね」
「ではその日の朝七時に、スーツで浜松町駅に」
「何すんですか?」
「社会見学です」
彼女はそう言って、野沢菜漬けを口に入れる。
そんな彼女の後ろ、ちょうど俺との間ぐらいにススっと黒ギャルが移動してきた。
「あのぉー、
「駄目です」
黒ギャルにピシャリとそう言い、
日は流れて二十一日、俺は浜松町駅前に立っていた。
そこにやって来たのは、タートルネックにジャケットという姿で黒塗りの国産高級車に乗った
俺の目の前につけた彼女は窓を開け「乗ってください」とだけ言う。
「お邪魔します」
「どうぞ」
滑らかな発進で動き出した車は、話も弾まないうちに目的地についた。
ついたのは、アンダイという企業のビルだった。
そのビルの周りは、なんとも賑やかというかなんというか……
路上にはアンダイが権利を持つキャラクターの人形が置かれ、ビルの側面にはアンダイの関わるアニメのラッピングが行われているようだ。
「え? ここ?」
「知っていますか? まぁ
「知ってるっていうか……まぁ……」
巨大なビルの地下駐車場に入った車は地下入り口の近くに止まり、俺達は車から降りた。
「結局、何しに来たんですか?」
「いわゆるボディーガードというやつです。絶対に失敗できない取引や、妨害が予想される取引の時、我々のような人間が呼ばれる事があります」
「妨害とか、そんなの本当にあるんですか?」
「身内からの妨害というのもありますから、そういう人心の拭えない不安が我々武道家の飯の種なのです」
「身内から……なんか、きな臭そうな話だなぁ……」
俺はそうぼやきながら、
彼女の黒い革靴の底が、コンクリートにコツコツと音を立てた。
「上に
「はい」
地下入り口からインターホンを押し、入り口を開けてもらってエレベーターで最上階付近にまで上がる。
そこで待っていたのはスーツの女性だ。
「金劉会の佐々木です」
「お待ちしておりました……あら? そちらは……」
「弟弟子です、腕は保証します」
「左様でございますか」
踏むと足がふわふわするような厚手のカーペットが敷かれたフロアを進むと、自動ドアの設置された部屋があった。
その中に入ると、誰もいない受付スペースがあるが……恐らく普段は先導してくれている女性が座っているのだろう。
受付から奥に進む自動ドアの横にはカードリーダーがあり、スーツの女性がピッとカードをかざすと自動ドアが開く。
その一番奥にある部屋が、今日の目的地のようだった。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
案内に礼を言って部屋に入ると、そこにはネイビーのスーツを着た女性が立っていた。
「今日はよろしくお願いします」
その顔は、俺もよく見慣れた顔だった。
「あんたなんでこんなとこいるの?」
「は?」
「いや、うちの息子に言ってるんですけど」
うちの母親、
そう、彼女はうちの母親。
そしてこの会社は、彼女の会社なのだ。
「息子さんで?」
「知らずに連れてこられたんですか?」
二人はびっくりした様子で顔を見合わせている。
まぁ、びっくりだよな。
俺もこのビル入る時はびっくりしたし。
「彼はうちの門弟でして」
「あ、そうなんですか……偶然ってのもあるもんですね……ていうかあんた、相撲部って言ってなかった?」
「いや撮影でさ、カンフーを習う機会があって、その縁で……」
そんな話をしていたら、部屋に誰かが入ってきた。
「おっつー……って、なんでお
「あっ、
黒いカジュアルスーツを着た、黒髪ロングのその少女はうちの妹。
俺は八代側、彼女は安大側、生まれた腹は違うが
実際一つの家庭で同じ人物の精子を使うって事は結構スタンダードだ、そうすると自然と家族としての纏まりが出るからな。
そんな正月ぶりに会う妹の
「お兄ちゃん、今日お母さんの護衛やってくれるんだって」
「え? 相撲で?」
「彼は金劉会の門弟です」
「そこって相撲部屋? ま、いいや」
そんななんだかズレた事を言った妹は、すぐに興味をなくしたように社長机のへりに腰をかけた。
「んふふ、お
「知らない」
「今日はねぇ、アメリカからスーパーコンドル2のGPUの生産やってくれるXviziaの社長が来んの。時価総額一兆ドルの会社の社長だよ? 超VIPだよ? 凄いっしょ」
なんだか自慢げにそう言う彼女だが、これは実際自慢だ。
なぜなら、今世界で四割のシェアを誇るという、スーパーコンドルというアンダイのゲーム機。
そのハードとソフトの設計をしたのは……他でもない目の前の妹だからだ。
天才、と言ってしまえばそれまでだが、四つ年下のうちの妹は赤ちゃんの頃から俺より頭が良かった。
彼女は他の子が絵本を読んでもらう時期には自分で本を読み、他の子が幼児番組に夢中になる時期にはパソコンに親しみ、皆がゲームに夢中になる時期には自作のプログラムで親の仕事を楽にしたりしていた。
そのまま小学校にもろくに行かずアンダイの仕事を手伝っていたのはどうかと思うけど、まぁ会社の株価が五倍になったんだから誰も文句は言えない。
ぶっちゃけ、うちの父親の優秀な遺伝子は全て彼女へ行ったのだと思っている。
多分俺は、先に生まれただけの出涸らしなのだろう。
まぁ、親も妹もそれで差別とかはしなかったからあんま気にしてないけど。
そんな母親の片割れは、妹の言葉に補足をするようにこう続けた。
「まぁ、そんな世界的大企業の社長がわざわざ来てくれるっていうんだから、こっちも一応腕利きの護衛とか連れてかないと格好がつかないでしょ? だから佐々木さんをお呼びしたってわけ」
「恐縮です」
「なるほどなぁ、たしかに師範代なら見るからに素人じゃないってわかるもんね」
感心する俺に、母親はとんでもない話を続けて聞かせた。
「まぁ、必要なのは見た目だけじゃないけどね。あ、あんたに言った事あるっけ? 代々木の
「え? 狙ってるって何?」
「社長の椅子を狙ってんのよ。ほらお母さんって安大の分家の出じゃない? それが八代から
なんでもない事のように彼女はそう言うが……
それってまさにさっき
なんだ、きな臭かったのは俺の足元だったのか。
「まぁ外の人まで巻き込んで事は起こさないだろうけど……ここで話コケたら会社潰れるからね。念には念を入れて、いざって時は本当に動ける人を手配したの」
「はぁーっ、なるほど」
俺が納得の声を上げると、母は「そゆこと」と言ってから机にあった電話を取った。
「あ、神田さん? 男用のスーツあったでしょ? そうそう、うちの子が来てるのよ。そう、お兄ちゃんの方。一番大きいやつ用意しといて」
電話を切ると、彼女は俺と
「透あんた、その服入学式の時に作ったやつよね?」
「そうだけど」
「護衛としてならいいけど、うちの親族として紹介するならちょっと駄目だから、役員準備室に行って着替えてきて。
「いいよん」
え? 俺海外のどデカ企業のCEOに紹介されんの?
そんな疑問を持ちながらも、スネ齧りとしては親の言う事に逆らう事はできない。
妹と二人で社長室を出ると、俺より頭二つ分小さい彼女はちょこちょこ歩きながら「ねぇ見て見て」とスマホを見せてきた。
その中では、アニメ調3Dが踊るライブが流れているようだ。
「なにこれ」
「これあたしのダーリン、今海外ツアーやってんの」
「アニメの人がツアーやってるの?」
「お
久々に会った妹は、今日も未来に生きているようだ。
よくわからなかった俺は返事をせず、彼女のサラサラの髪をふんわりと撫でた。
なんだか超高級そうだが少し窮屈なスーツに着替えて向かった、高級ホテルでの会談。
俺も警戒はしていたが特別何かが起きるというわけでもなく、無事に話は纏まったようだ。
母から相手のVIPに紹介されたが、握手をしようとしたら相手方の殺し屋みたいな護衛に「NO!」と言われ叶わなかった。
なぜかずっと睨まれていたのだが、一体何がいけなかったのだろうか……?
その後は社に戻り、まだまだ明るいうちに着替えて解散。
結局、実働六時間程度の仕事だった、たしかにこれぐらいなら金額次第では結構いいかも。
という事で、家まで送ってくれる事になった
「結局今日のって、いくらになったんですか?」
そんな質問に、彼女はじっと前を見つめながら考え込み……
「武道家の稼ぎについては一旦忘れてください」
と、しばらく経ってからそう答えたのだった。