あべこべ貞操逆転世界で七光り役者生活 作:関税破産お嬢様
十二月の初め、俺は二十歳になった。
春に撮った『似通う刃』の公開も無事終了。
その後の仕事の不評もあってかヤンさんブーストも完全に終わり、最近はチョコチョコしたエキストラやちょい役に呼ばれるぐらい。
夏に撮った『ユリピコの冒険』の放送は今ちょうど終盤に差し掛かっているところだが……まぁ、あれも序盤は散々だった記憶がある。
そんな俺に、ちょっと毛色の違う仕事がやってきた。
「透さん、仕事です」
いつもの調子の明石さんからポンと渡されたのは、ちょうど今放送されている恋愛ドラマの資料。
俺の役どころは途中から出てくるゲストサブヒロイン……の、彼氏役。
つまり主人公に彼女を寝取られる男役だった。
それはいい、それはいいんだが……問題は赤丸で囲んである注意事項。
そこにはでかでかと『ベッドシーンあります』という文言が書かれていた。
「あのぉ、明石さんこれ……」
「何か問題でも? プロフィールには『濡れ場歓迎』と書いてありますが?」
もちろん、問題があるはずもない。
俺は出演を快諾し、一週間もしないうちにその撮影が始まった。
「濡れ場ってはじめて?」
「いやー、実はそうなんですよ」
「いい身体してんだからバンバン出たらいいのに……っと、こういうのセクハラか。ごめんごめん、オフレコで」
「監督ぅ、そういうのほんとやめてくださいよ、今日び何でもSNSに上げられちゃうんですから」
「あはは……」
撮影現場のホテルで、俺は六十代のおばさん監督とカメラのおばさんを交えてそんな話をしていた。
格好はガウンで、下はビキニパンツだ。
普通は前張りってのを作るらしいんだけど、男の前張り作れる人いないって言われて尻自体を隠す事になった。
そしてそんな準備万端の状態で、なぜ我々がこんなにダラダラしているかというと……
「監督……IRIEさん返事ないっす」
「しょうがないなぁ……これだから海外帰りはさぁ……」
「監督ぅ……そういうの駄目ですって」
「あ、そうか……ごめんごめん、オフレコで」
俺の相手役のIRIEという女優が、なんかやる気出ないっぽくてなかなか出てこないのだ。
彼女は今二十四歳なのに俺より年下の頃から海外ドラマに出まくってたというアメリカ育ちの才女で、最近日本の映画とかにも出始めたらしい。
歌手としての活動歴もあり、すでにCMなどにも出演していて、日本での活躍をかなり期待されてる有望株との事だった。
「透くん濡れ場やった事ないなら、ちょっと練習しとく?」
「ああ、いいっすね。まぁそう難しい事はないんだけど、見えちゃいけない部分とかもあるからね」
「あ、いいんすか? お願いします!」
俺はそう言って、ガウンを脱いだ。
パンイチだけど、別に恥ずかしい事もない。
ちなみに乳首はシールで隠してある。
地上波だからな、物理的に隠した上で撮影でも角度を調整したり障害物を挟んだりして、男も女も見えないようにするらしい。
「透くんやっぱ鍛えてるねぇ」
「ありがとうございます!」
監督が俺の事を褒めながらベッドに枕を置くので、その上に覆いかぶさるように乗る。
その腰のあたりに布団をかけてもらって、それを真横からカメラが映す。
「はいやってみてー」
「こうすか?」
「あーっ、ダメダメ、腰振っちゃ駄目だよ。やっといて良かったねぇ……ドラマだとそれっぽく見えればいいだけだから、ちょっとベッドのスプリング使って身体揺するぐらいでいいんだよ」
そう言われて、俺がベッドをギシギシ揺らすと、監督から「いいね!」というお言葉が飛ぶ。
「そんな感じそんな感じ、あとベッド入る前の絡みはねぇ……あ、増田ーっ!」
「はーい……あ、練習中ですか?」
監督に呼ばれて、二十代後半ぐらいの助監督の女性がやって来る。
白のトレーナーを着て黒髪をポニーテールにした彼女は、裸の俺を見てすぐ状況を飲み込んだようだ。
「ちょっと相手役やったげて」
「わかりましたぁ」
「すいません、よろしくお願いします」
俺がそう言うと、彼女は何でもない事のように「いえいえ」と手を振った。
こういうちょっとした演技の練習の相手みたいな事は、案外みんなやり慣れているのかも知れないな。
「エリとタクミがベッドに入る前に抱き合うシーンね。タクミは一生懸命エリの首元にキスするんだけど、エリはどこか心ここにあらず」
「わかりました」
「そこ、バミあるから」
「了解です」
俺は助監督の腰を引き寄せて、彼女の首元に顔を埋めて首を小刻みに動かす。
ふわっと石鹸の匂いがして若干ドキッとしたが……仕事だからな、集中だ。
集中……カメラ回してもらおうかな?
「うんうん、オッケー。そんなもんそんなもん」
「あのぉ、監督? 練習ですけど、カメラ回して貰う事ってできますか?」
「なんで?」
「なんていうか、カメラ回らないと気合が入らないタイプで……」
「あ、そうなんだ。カメラ回ると緊張するタイプじゃなくて良かったねぇ。いいよいいよ、田中ちゃん、回して」
「あーいっ」
そんな気の抜けた声と共にカメラがこちらに向く。
それを意識すると、浮ついていた気持ちが鎮まり、視界がクリアになった気がした。
「じゃもっかい練習。タクミ、エリの首元にキス。アクション!」
監督のその掛け声とともにバチンと意識が切り替わる。
だが、なんだろうか?
これまで演技してきた経験とは全く違うような感覚が、俺の中にあった。
まるで自分の中の何かが、俺をどこかへ連れて行こうとしているような、強い強い引力を感じたのだ。
「…………?」
動かない俺に、助監督が不思議そうな目を向ける。
「エリ、愛してる」
ない台詞が、勝手に口を突いて出た。
それはまるで自分の声じゃなく思えるぐらい、色っぽい声の台詞だった。
俺に抱きつかれても首元に顔を埋められても平気な顔だった助監督の顔が、一気に朱に染まる。
その腰を、俺はぎゅうっと抱き寄せた。
「エリ……エリ、エリ……」
まるで身体がどう演技をすればいいのかを知っているかのように、自然と動く。
気がつけば、俺は本当に彼女の首元を軽く
「はいカット!」
その声と共に、演技の世界にぶっ飛んでいた意識が一気に戻って来る。
気がつけば、茹でダコのようになった助監督がふらふらと転びそうになっていた。
俺はその腰をガシッと抱きとめる。
「大丈夫ですか?」
「ら、らいしょうぶでふ……」
なんだか呂律も回っていないようだ。
マジで大丈夫だろうか?
心配する俺の肩を、誰かがガシッと掴む。
首を回してみると、それは満面の笑みを浮かべた監督だった。
「いいねぇ! いいっ! そんないい声出せるんなら台詞あった方がいいね! さっきの台詞使おうか!」
「え、いいんですか?」
「いいいい! その代わりさ、本番も今の感じで頼むよ!」
「わかりました!」
監督は俺の背中をバシンと叩いて、嬉しそうに笑う。
「やっぱ血筋だね! 血筋!」
「え? 血筋ですか?」
「透くんって八代
裕太郎というのはうちの祖父だ。
ピンク映画に出まくって巨万の富を得て、後に監督として色々な映画を撮ったという祖父。
もしかして、その血がさっきの俺の演技に影響してるって事か?
そんな事ってある?
「監督! IRIEさんいけるみたいです!」
「おっ! じゃあいこうか! さっきみたいな演技、期待してるよ!」
現場に入ってきたIRIEは「……ます」と挨拶とは思えない挨拶をした。
そしてバミリの位置に半裸で立っている俺を見て、自分もガウンを脱ぎ捨てる。
その下にあるのは乳首隠しのシールと股間の前張りだけ。
彼女はそのまま位置につき、まるで睨むような視線で俺を見た。
「やる気まんまん! いいですねっ! IRIEちゃん、タクミにちょっと台詞増えたけどそっちは変更なしだから! じゃあ行きますよ、アクション!!」
監督のその声と共に……
俺の意識はまるで、何か大きな流れのようなものに引きずり込まれるように切り替わったのだった。