あべこべ貞操逆転世界で七光り役者生活   作:関税破産お嬢様

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摩天楼と断り

「弟弟子、老師はスポンサーと繋いでくれと言っています」

 

師姐(シージエ)に資料を渡した三日後に呼び出しを受け、また同じ喫茶店で待ち合わせをした。

先に着いてモーニングを食べていた彼女からそう言われた俺は、素直に明石さんにその事を伝え、師姐(シージエ)から貰った連絡先を渡した。

俺を飛び越えてスポンサーと話す理由はわからなかったが、明石さんもそれについては特に何も言わなかったし、まぁ大丈夫だろうと思ったのだ。

だが、数日後に明石さんから告げられた言葉は驚くようなものだった。

 

「透さん、スポンサーが増えましたから」

「えっ? ど……どこですか?」

「シンガポールの五金(ウージン)グループです」

「シンガポール!?」

「華僑・華人系のコングロマリットとしてはかなり大きなところです、金老師というのは相当な立場の方のようですね」

「普通の激強おばあちゃんって感じなんですけどね……」

 

老師の謎は深まるばかりだが、ありがたい事には間違いがない。

予算なんかあればあるだけいいのだ。

五金(ウージン)グループは土地開発(デベロッパー)、レンタカー、海外雑貨やスマホなどの代理店業を日本でも展開しているらしく、そちらから色々物や場所を借りられるらしい。

なんだか物凄く都合のいい企業を紹介してもらってしまったようだが、本当にいいんだろうか……?

その温度感を測る意味でも、俺はお礼と年末の挨拶がてら、饅頭を持って道場を訪れたのだった。

 

「よく来たってさ」

「あ、どうもありがとうございます」

 

東京の一等地にあるビルの中の道場、その奥にある赤い内装が華やかな一室で……

安楽椅子に座った金老師は俺の渡した薄皮饅頭を膝の上に置き、いつも通り機嫌良さそうにフガフガと喋る。

中国語にも日本語にも聞こえないその言葉を訳してくれるのは、その孫である白ギャルだ。

 

「老師、このたびは私の企画する映画にスポンサーをご紹介頂き、ありがとうございます!」

「あー、五金(ウージン)さんとこね」

 

白ギャルはそう言いながら黒い髪の先をいじる。

老師は俺の言葉に、傍らに立った白ギャルの腰をポンと叩く事で応じた。

 

「そんでその映画だけどさ、婆ちゃんが私にも出ろって」

「えっ!? いいんですか!?」

「中国拳法をフィーチャーした映画にするんでしょ? 師範代のあんたが出るだけでもいいと思うんだけど、まぁうちも親戚がお金出してるわけだしね……」

「はー……え? 師範代?」

「そう、あんた」

 

そう言いながら、白ギャルは俺を指差した。

 

「いや、きっ……聞いてないんスけど……?」

「婆ちゃんは今時実戦があるわけでもないんだから、その年で秘奥に足踏み入れたんならさっさと師範でもいいって言ったんだけど……」

 

秘奥って何……?

俺がそんな疑問を口に出す間もなく、彼女は話を続けた。

 

「あんた今人から弟子入りとか頼まれても困るでしょ? だから瑠奈さんが調整してくれたってわけ」

「な、なるほど……それはありがたいんですけど」

 

そもそもほぼ何も教えられない状態の名ばかり指導員だったのに、出世してどうするんだって感じもある。

とはいえ骨を折ってもらったのなら、後で師姐(シージエ)にもお礼を言っておかないとな……

 

「その、金田さんが出ていただけるっていうのは嬉しいんですけど……大丈夫なんですか? 今度作るの、ピンク映画なんですけど?」

「エッチなやつでしょ? 別に清楚系で売ってるわけじゃないからいいんだけどさぁ……」

 

彼女は艷やかな黒髪をわしわしとかき混ぜるようにしながらそう言い、俺を睨みつけてこう続けた。

 

「調子乗ったら殺すから」

「それはもちろん、調子になど!」

「どうだか」

 

肩をすくめる白ギャルの隣で、金老師がフガフガと笑う。

 

「婆ちゃん、そんな事ないから」

「え? 何ですか?」

「何でもない」

 

そんなツンとした態度の白ギャルの参加が決まり、なし崩し的に金劉会の門下生たちもモブで使っていいという事になり……

なんだか、返せない借金がどんどん積み重なっていっているような気もする今日このごろ。

俺は先日の約束通り、井門(いもん)監督の撮っているドラマ『地球恋愛』の追加撮影にやって来ていた。

 

「透くん! 今日はよろしく!」

「監督! 例の映画の件、ありがとうございます!」

「いやー、あれね! 六十超えてVシネ撮らせて貰えるなんて逆にアガるよね、明石さんにもよろしく言っといてよ!」

「はいっ!」

 

監督は割と本当に嬉しそうにそう言いながら、撮影場所のビル街を歩く。

今日の(タクミ)の役どころは、先日寝取られたエリの再寝取りらしい。

再寝取りっていうか、彼女はヒロインレースに負けるらしいから元サヤかな?

監督からそんな展開の中の細かい演技の話を聞いていると、ちょうどエリ役のIRIEさんが向こうからベンチコートを着て歩いてくるのが見えた。

 

「あのぉ監督、透さん来てるって……」

「おっ、IRIEちゃん! やる気まんまんだね、今日はバッチリお願いね!」

「はい、で、透さんが……」

「まぁまぁまぁ、まずは説明してるから。挨拶は後でゆっくり……」

 

監督はそう言ってIRIEさんを遠ざけるが、別に挨拶ぐらいいんじゃないかと思うけど……

彼女はIRIEさんを見送ってから、なんだか心底楽しそうに笑って俺の方を見た。

 

「透くんっ、ニクいねこの! IRIEちゃんもうやられちゃってんじゃん!」

「何がっすか?」

「色気だよ色気、透くんの色気にだよ、このこの!」

「はは……」

 

いやらしい顔をしたおばさんに、脇腹を触れない程度に肘でつんつんやられると反応に困る。

何でもそういう話にしたがる人っているからなぁ……

相手は新進気鋭のタレントなのだ、一回共演しただけのモブ男役者に惚れるなんて都合のいい話があるわけもないだろう。

 

「でも監督、別に挨拶ぐらい良かったんじゃないですか?」

「いや、いやいや、こういうのはさぁ……焦らした方がいい絵が撮れンだよ」

 

ニヤけながらそう言って、監督はなんとも楽しそうに場面の説明を続けてくれたのだった。

 

 

 

 

 

「じゃいきますよぉン。振られて傷心のエリの前にタクミが出てきて元サヤ! アクション!」

 

ビル風が吹き抜ける、摩天楼の足元。

そこに監督の声が響いた瞬間、俺の中のスイッチがバチンと切り替わった。

向こう側から歩いてくるエリ、その進行方向に、コートのポケットに手を突っ込んだ俺が仁王立ちする。

 

「エーリっ」

「……タクミ……何やってんの? こんなとこで」

 

彼女の問いかけに、俺はそっぽを向いて指で襟足をかく。

 

「ショウコさん? って人から、ここに来たらエリに会えるって言われて……」

「……あの負け犬女、何考えてんだか」

「エリも負けたんじゃないの? こんな時間にここにいるって事はさ……待ち合わせ、来なかったんだろ?」

「あんたには関係ない!」

 

そう言って俯き、足早に俺の横を通り過ぎようとする彼女の腕をガシッと掴む。

エリはこちらを睨みつけ「離して!」と叫ぶが、俺は離さずに彼女を引き寄せて抱きしめた。

 

「……ダメだよタクミ……あたし一回あんたを裏切って……」

「駄目じゃないよ」

 

そんな言葉と共に俺は少し彼女を離し、エリの顔がこちらを向く。

そのまま、俺と彼女はキスを交わす。

その瞬間、なんだか以前彼女と濡れ場を撮った時と同じような感覚が、身体に降りてきた。

姿勢が、表情が、視線が、全て何かに導かれるように収束していく。

なぜか口づけを交わしているIRIEさんの顔がだんだん赤くなり……そのまま十数秒……

 

「はいカット! これは一発OKでしょう!」

 

そんな監督の言葉と共に、あの感覚は消えていった。

俺の腕の中で力なくもたれかかるIRIEさんの肩を叩いて立たせ、スタッフに任せる。

そのまま全員でホテルへ移動して、追加のベッドシーンを撮影した。

 

「あのっ!」

「あれ? IRIEさん、どうしたんですか?」

 

その現場の帰り道、俺はIRIEさんに呼び止められた。

ホテルの駐車場、撤収を始める撮影班の間で、俺達は見つめ合う。

視界の端で、こちらに来かけた監督が慌てて駐車場の柱の影に隠れるのが見えた。

一体何をやってるんだろうか?

 

「そのぉ……透さん、もしこの後お暇でしたら……」

「え……あっ、ちょっと待ってくださいね」

 

IRIEさんが話し始めた瞬間に、間が悪く手に持っていたスマートフォンの着信音が鳴る。

画面をチラ見すると、明石さんからだった。

 

「あっ……」

「あ、お先にお電話、どうぞどうぞ」

 

IRIEさんにそう言ってもらったので、失礼して電話に出た。

 

「もしもし、透です」

『透さん、仕事です。明日朝イチで横浜の小山田に行ってもらいます。透さんは本来書類選考落ちだったのですが……欠場者が出たという事で、急遽男性枠で本戦に出られる事になりました』

「え? 選考? 本戦? 何の話ですか?」

『筋肉自慢の祭典、SHINOBIです。明日はアスレチックを走ってもらいますから。年末の大仕事です、今晩は早く帰って寝てください。詳細はメールで』

「わ、わかりました……」

 

俺はIRIEさんの方を振り返り「すいません明日朝イチ仕事になっちゃって……お先失礼します!」と断りを入れ、急いで車へと向かう。

途中で監督に「お疲れっす! 明日朝イチ仕事なんで帰ります!」と声をかけると、彼女はなぜか心底楽しそうに爆笑していたのだった。

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