あべこべ貞操逆転世界で七光り役者生活 作:関税破産お嬢様
山中に作られた、様々なステージを持つ巨大なアスレチック。
それを制限時間内に攻略していくという、割と歴史ある番組であるSHINOBI。
その聖地、小山田スタジオに今俺はいた。
朝イチの集合に車で駆け付け、プロデューサーから「とにかく怪我だけしないように」と言われてゼッケンを貰い、後は収録を待つだけだ。
やる事もないのでケータリングでも食べるかと歩き出した俺の背中に、二つの声がかかった。
「あれっ? 透くん?」
「あっ! 透さん!」
ほぼ同時に響いたその声に振り返ると、そこには八代の同期のアイドル七瀬と、金劉会の夏の合宿で会った黒ギャルが立っていた。
二人は不思議そうに互いに顔を見合わせて、こちらへ歩いてきた。
「どうしたの? こんなとこで」
「どうしたんすか? こんなとこで」
二人はまたほぼ同時にそう言って、互いに顔を見合わせている。
透き通るように白い肌、茶色い髪で拳ひとつ分背が高い七瀬。
十二月だというのに黒い肌、金色の髪のサイドを剃り上げた百八十センチ超えの黒ギャル。
二人が並んでいると、なんとなく圧迫感がある。
「俺もSHINOBI出るから」
「えっ? そうなんだ! 七瀬も!」
「奇遇ですね! あたしも出るんですよ!」
二人はまた同時に言って顔を見合わせる。
なんだか面白いが、ちゃんと紹介しておいた方がいいだろう。
俺は互いに互いの事を紹介して、二人を繋いだ。
「へぇ、道場の……」
「はぁ、同期の……」
七瀬は上から、黒ギャルは下から、なぜか睨み合うように視線を交わした二人だが……
なんか……? 合わない……のかな?
なんだかちょっとピリついた様子のまま二人は俺についてきて、一緒に朝飯を食べた。
「予選会いなかったっすよね?」
「俺書類審査で落ちてたらしいんだけど、なんか男性が一人もいないと困るって言って昨日いきなり連絡来たんだよ」
「あー、漁師のおじさん来れなくなったんだ」
白黒ツインタワーに挟まれてカレーを食いながら、そんな事情を聞いていく。
なんでも昔は名物男が何人かいたらしいが、今は全体のレベルの上昇と人気者枠の拡大で出られる人数が極端に減ってしまったそうだ。
今年はついに一人になってしまったようだが、その人も何らかの事情で辞退。
さすがに男ゼロ人は番組としても体裁が悪いという事で、俺の出演となったそうだ。
まぁ、多分俺の前に色んな人に連絡が行ったんだろうけど、こっちに連絡が来たのも日が変わる寸前だったからな……なかなか見つからなかったんだろう。
「透くんはSHINOBIよく見てた?」
「子供の頃は見てたような気するけど……」
「今のSHINOBIは凄いっスよ、ファイナルステージまで誰も行かずに終わる年もよくありますし。あたしも二回目ですけど、家にSHINOBIのセット持ってるおばさんのとこ行って練習しましたもん」
「そうなんだ、じゃあ予習もしてない俺はダメかな……」
まぁ、男一人の黒一点。
この場にいる事に意味があるんだと思おう。
その後もなぜか俺を挟んで話をする二人と共に番組開始を待ち、色々な有名人や名物SHINOBIおばさんに挨拶をして過ごした。
「あっ! 透も来てんじゃん!」
「あれっ! あれヤンさんじゃない?」
そして収録開始時間の少し前、各選手の応援人やオーディエンスがどっと山のスタジオにやってきた。
その中にはもちろん、俺の同期で七瀬と同じ
俺達の周りは一気に人でごった返し、賑やかになってしまった。
「透さー、出るんなら言ってよねー」
「そうそう、あんたの分の応援うちわも用意するのに」
「俺も昨日いきなり出ること決まったんだって」
七瀬の側からは、サーダやナミにそう言われ……
「師範代! 師範代も出られるんですか!?」
「師範代……あ、俺か……はい、出ますよ」
「凄いっす! あたしら絶対応援します!」
「この人だれよ?」
「バカお前! ヤンさんだよヤンさん!」
黒ギャル側からは、見知らぬ格闘家たちからそう言われ……
撮影のための説明が始まるまで、場は混沌としていたのだった。
「似合いますよ! やっぱ透さんはそのスタイルがいいですね」
「そ、そう……?」
番組開始直前、俺は格闘家の中の一人が持っていた試合用のカンフー服に着替えさせられていた。
俺より少し背丈が低いぐらいの彼女は、試合直前にカンフー服を脱ぐパフォーマンスをする選手らしく、荷物に衣装を入れていたのだ。
そんな彼女に「絶対にこっちの方がいいですよ!」と言われ、格闘家たちからも熱望されての衣装替えだった。
通りがかった番組側の人から「その衣装いいですね! 華やかで!」と言われたのが、理由の大部分ではあるが……
「いきなり知らない人の服なんか着て大丈夫?」
「いやまぁ……同門らしいし……」
「嫌だったら嫌って言っていいんだよ?」
「まぁ、大丈夫……」
七瀬はしきりに気を使ってくれるが、まぁよく考えたら今ちょうどカンフーピンク映画を撮る企画を進めているのだ。
企画の事は言えないが、その宣伝の一助になると思えばちょうどいい気もする。
『時間です! みなさんそれぞれの持場に集合してください!!』
どのみち、もう収録は始まるようだ。
俺は借りたカンフー服の上につけたゼッケンの端を確かめて、持ち場へと歩いたのだった。
収録は、元気のいいアナウンサーの語りと共に始まった。
『SHINOBI! 四十五回大会! 寒い季節に! 熱い奴らが集まりましたぁ!』
司会のその言葉と共に、会場を飛び回るドローンが客や出場者を舐めるように映す。
俺達はそのカメラに歓声と盛り上がりの絵を返す。
『トップバッターは! 本年度
すぐさま競技は始まり、パンチパーマのおばさんが第一エリアの『SHINOBIステップ』へと飛び出していく。
このエリアは池の上にそれぞれ一メートルほどの間を開け、左右入れ違いで四つ並んだ斜めの台を飛んで渡るというものだ。
彼女はクッションと滑り止めの貼られた斜めの台にしがみつくように飛びつき、二つ目に飛び移った後そのまま足を滑らせて池の中に落ちた。
『ああーっとぉ! 釈尊ズ藤井! 第一エリアで脱落!! ダブ東お笑いコンテスト王者!』
カメラは「ああーっ!」と驚く他の出演者を映し、インタビューは池から上がる彼女に感想を聞き、その間に次の出場者がスタート地点へと急ぐ。
第一ステージはこれを百人分やるのだ、実はかなり忙しい現場だった。
どんどん人は回っていき、黒ギャルの番が来た。
ちなみにその二人先は七瀬らしい。
なるほど、順番が近いから一緒に説明を受けてたんだな。
『昨年は初出場にしてセカンドステージまで進んだ総合格闘家、宇都宮
プーッと音が鳴り、百四十秒のカウントが始まった。
長袖シャツで入れ墨を隠した黒ギャルは、合図と同時に第一エリアの『SHINOBIステップ』をポンポンと片足で飛び越えていく。
そのまま第二エリア『ローラーマウンテン』へと差し掛かる。
ここは回転する丸太を積み重ねるように作られた山を登り、池を挟んだ向こう岸へと飛び移るというエリアだ。
黒ギャルはそれをまるで普通の丸太を登るが如く駆け上がり、向こう岸へも危なげなく飛んだ。
『全く安定している宇都宮真澄! 千葉生まれの宇都宮!』
次のエリアはボタンを押すと横に回転するフックに飛びつき、向こう岸を目指す『オートグラッブ』というエリア。
黒ギャルは助走をつけてそのフックに掴まり、向こう岸へと運ばれていく。
『新エリアも難なくクリアー! 宇都宮真澄! 止まらない止まらない!』
「よく見て!」
「いけるよ!」
黒ギャルの隣を走るおばさんたちが、彼女にそんな声をかける。
このおばさんたちは常連の出場者で、自宅にセットを作って攻略指南をしたりと互助会のような事をやっているらしい。
そんなおばさんたちに見守られる黒ギャルが差し掛かったのは、第三のエリア『ローラーボーン』。
回転する多数のポールを避けながら、高さの違う不安定な足場を渡っていく、なかなか大変なエリアだ。
『駆け抜けたー! 黒き猛獣宇都宮真澄ー!』
だが黒ギャルは全く足を止めず、そのまま駆け抜けていった。
多分だけど、攻略者だけが知っている必勝のタイミングのようなものがあるんだろうな。
次のエリアは『ジャンプグライダー』トランポリンで二本のレールの間に渡されたバーに掴まり……
上から下へと滑って移動し、そのままの勢いでまた次のレールへ、そして最後は対岸と飛び移るものだ。
『行ったぁー!!』
黒ギャルは全く躊躇う事なくバーに飛びつき、そのまま次のバーへ、そして対岸へと勢いそのままに飛び移る。
その次のエリアは、グルグル回る巨大なひし形の上を通る『ダブルダイアモンド』。
結構な数の挑戦者が沈んだそのエリアも、黒ギャルは猛烈な勢いで抜けていく。
『時間は残り九十秒を残す驚異的なハイペース! 格闘家宇都宮! ステージのパンチをものともしません!』
次のエリアは『プッシュザウォール』だ。
重さの違う複数の壁を押して動かすシンプルなエリア。
黒ギャルはまるで重さを感じさせずにそれを押し切り、難なくクリア。
そして最後に待っているのは、また壁。
『残り時間はたっぷり六十秒! このまま最後のビッグウェーブを乗り越えられるのか!?』
第一ステージ最後のエリア『ビッグウェーブ』。
その名の通り、波のように反り立った高さ四メートルの巨大な壁だ。
黒ギャルはここで速度を落とし、慎重にスタートを切った。
四角形の角を円系にくり抜いたような形のその壁を、彼女はググッと登って、無事にふちに手をかけた。
そのまま上に登り、ボタンを押す。
ステージクリアだ。
『残り時間を四十五秒残してのクリアーッ!! 出場二回目にして早くも貫禄が見えます! 宇都宮真澄ーっ!』
アナウンサーの声が響く中、次の次の挑戦者がスタート地点へと動き出す。
「そういえばこの間のドラマの事だけど……」
「地球恋愛の事? 見てくれたんだよな、ありがとね」
「え? あ、うん……」
「あれさぁ、昨日も撮影あったんだよ」
あんまこういう話はするべきじゃないんだろうけど、七瀬は同じ会社の同期だしちょっとぐらいはいいだろう。
彼女は興味深そうにこちらを覗き込みながら、こう尋ねる。
「そっ! ……そうなんだ、どうだった?」
「いや生まれて初めてキスシーンの撮影したんだけどさ、やっぱ緊張したわ」
「えっ?」
七瀬は驚いた顔をしているが、まぁ同期のこういう話は気まずかったか。
変な話しちゃったかな。
「……てか、えっ!?」
「ソードリリー七瀬さん! スタート地点に移動してくださーい!」
「え、ちょっと……えっ?」
七瀬はそのまま大柄なスタッフさんに、引きずられるように連れて行かれてしまった。
こっちもそろそろ出番の準備をしておかないとな。
俺はしゃがみ込んで、スニーカーの紐を固く締め直したのだった。