あべこべ貞操逆転世界で七光り役者生活 作:関税破産お嬢様
黒光りする木製グリップの拳銃、俺はそのスライドをガチャッと引く。
細身のその銃の銃身はむき出しで、なんだか少し頼りないようにも見えた。
ちらりと監督の方を見ると、彼女はなんだか嬉しそうにウンウンと頷いている。
そしてその後ろを、大量の衣装を乗せたカートと、
日に日に増えていくスタッフが忙しそうに走り回るオフィス、俺はその一角で衣装合わせを行っていた。
「……監督、スパイなのにこんな目立つ銃でいいんですか?」
「そりゃリアルに考えると良くないよ? でも映画だからねぇ……ウッズマンはかっこいいし。それ競技用だよ? 競技用?」
まぁ、監督には監督のこだわりがあるんだろう。
俺は明らかに口径の小さいその銃を、グレーのスーツの脇のホルスターに入れた。
このスーツは撮影用……といえば撮影用だが、海外ブランドの高級スーツ。
「日本のスーツは野暮ったくて色気がない!」という監督の意見でオーダーメイド制作され、五着分用意されていた。
何度も何度も採寸を受けて作ったもので、尻がプリッとしているのがなんとも落ち着かないが、いいものなのはわかる。
「で、腕時計がこれね」
「わっ、高そう」
「イミテーションだから一万円ぐらいかな? 後で改造するし」
監督が出してきたのは、青い文字盤にギリシャ文字のマークが書かれた時計だ。
時計って受験の時しかつけた事ないんだよな。
「んでこれ、万年筆。尻の部分押してみて」
「こうすか?」
俺が万年筆の尻を押すと、キャップの頭がチカチカと点滅した。
「これ、何ですか?」
「爆弾だよ爆弾。何気なくこれ落として……ドカーン!」
そう言いながら万年筆を取り上げた監督は、今度は金色のライターを持ってくる。
火打ち石から火花を出すための回転機構、それが本体の横にあるタイプだ。
渡されてみると、見た目よりもずっしりと重かった。
「開けてみて、んでその上にある突起を引き上げる」
「これっすか? あぁ、アンテナになってんだぁ」
ライターの蓋を開けると、そこにはアンテナが生えていた。
よく見ると回転機構の逆サイドには、これ見よがしなボタンもある。
俺はそれをカチッと押して「ボガーン!」と言った。
「そういう事!」
「爆弾ばっかりじゃないですか……」
そしてなんか、だいぶ古典的なスパイだな。
「靴にはなんかないんですか?」
「靴に
ちなみに今履いている黒い革靴は、監督と一緒に何十足も試し履きしてようやく決まった一足だ。
これもまぁ普通の感覚していたら普段履きはできないというか、仕事用でも固定資産になるタイプの靴だな。
うちの家は金持ちだけど、生活水準は常に普通より若干上ぐらいだったから、正直言ってこういう格好は慣れない。
「これグラサン」
「普通のグラサンですね」
「透くん小顔だから、似合うやつ探すの苦労したんだよ」
アメリカのブランドのグラサンをかけた俺の前で、監督は指をあちこちに動かしながら「ピッピッピ」と言う。
なんだろうか?
「わかんない? ナビゲーションだよナビゲーション、あとX線スキャナーにもなるから」
「CGでやるって事ですか?」
「そうそう、そういう事」
その後は劇中何にでもなるという普通のアタッシュケース、予算の問題でカーチェイスはないらしいが改造車になるという型落ちのスポーツカーの写真などを見せてもらい、衣装合わせは終わった。
「しばらく太るのだけはやめてね!」と言われたが、まぁまだまだ二十歳だから家に引きこもったりしなければ大丈夫だろう。
衣装合わせができるぐらい企画が固まった事で、ようやく映画の情報公開が行われる事になった。
といっても、別に出せる映像があるわけじゃない。
『監督
とはいえ金田
それに「やっぱ有名女優は凄いなぁ」と、ある種他人事のような感想を抱いていた俺は……
明石さんにより、八代芸能の営業部へと呼び出されていた。
「透さん、宣伝をしてください」
「え? 宣伝ですか?」
そう聞き返す俺に、ダークスーツの明石さんは一束の書類を手渡した。
その書類の表紙には、スマートフォンを持ったポップな絵柄のキャラクターと共に『SNSリスク研修』という文言が書かれている。
「宣伝というのは、してしすぎるという事はありません。こちらでも宣伝担当を立てますが、昨今の
「SNSぅ……ですかぁ……」
ぶっちゃけ、そういうのは前世から苦手だった分野だ。
もちろん、俺だって人並みにインターネットは使っていた。
仕事ではもちろん、プライベートでも毎日のようにネットで動画を見たり漫画を読んだりしていたからだ。
ただ、インターネットで他人と交流するという事については、ついぞ慣れる事はなかった。
なんというか、前提とすべき知識が多いというか、相手が何を言っているかわからないというか……
はたしてこんなネットの
書類を片手にした俺が、そんな事を考えながら難しい顔をしているのに気づいたのか、彼女は「何か?」と顎を上げながら尋ねる。
「いやぁ……僕、ちょっとインターネットってあんまりよくわからなくって……」
「なら、SNS担当を立ててください」
「あ、いいんですか!?」
「近頃はそれもよくある事です、慣れないインターネットで失言をされるよりは事務所としてもそちらの方が助かります」
「あぁ……良かったぁ……それ、担当って誰でもいいんですか? 僕の友達とかでも?」
「本来ならばよくはありません。ですが透さんはこの映画のプロデューサーです、その方がいいと思ったならば、そうしてください」
「ありがとうございます!」
俺は明石さんにそう言って営業部を辞し、ついでに祖母のいる会長室を訪問した。
「婆ちゃんみてみて、映画でスーツ作って貰ったんだ」
「はぁー、ええ男やなぁ……」
婆ちゃんは俺のスマホに表示された、スーツ姿で銃を構えた俺を見ながらニコニコ顔でそう言った。
ここに来た目的は、婆ちゃんに映画用のスーツ姿を自慢する事だ。
だってせっかく作ってもらったのに、誰にも見せれないんだもん。
明石さんに見せても「そうですか」と言われるだけだろう。
「えらい洒落たスーツやなぁ、高かったんちゃうか?」
「めちゃくちゃ高かったよ、海外ブランドでさぁ……三回も採寸したんだよ?」
「あんたの結婚式はここのスーツにしたらどうや?」
「まぁ、結婚式がありゃあね」
役者になったはいいけど、今のところなんかモテてる感じはしない。
共演者とか同期とかの女性も、だいたい女の恋人とか奥さんいるしなぁ。
ひとしきりガッカリした後は、もう美人と会っても「ワンチャンあるかも」なんて事も考えなくなってしまった。
唯一金劉会の黒ギャルがボディタッチ多めでドキッとしたけど、あれは陽キャのヤンキーだからああいうコミュニケーションなんだろう。
「透、この写真お婆ちゃんのスマホにも送って」
「いいよ」
俺はすぐにチャットアプリから、婆ちゃんとの会話に写真を送る。
『シュポ』っという音がして、彼女は届いた写真を見て嬉しそうに頷いた。
「これ
牧江というのは、映画のスポンサーであるレストランチェーンの会長さんだ。
まぁ、送る相手がスポンサーなら別にいいか。
そう思いながら、俺はスマホを操る婆ちゃんに挨拶をして会長室を辞した。
その背後では『シュポポポポポ』っという、スマホアプリの音が鳴り響いていたのだった。