あべこべ貞操逆転世界で七光り役者生活   作:関税破産お嬢様

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リクルートとグラフィックボード

正月開けの東京東京(ダブルとうきょう)大学。

自主休講する者も多い中真面目に登校した俺は、講義が終わったあとすぐに相撲部を訪れていた。

 

「しずえもーん!」

「どうしたんだい透くん」

 

年がら年中エアコンがガンガンに利いている畳敷きの部室。

その畳の上に腹ばいになって、誰かが置いていったレトロゲームをプレイする三橋(みつはし)静流(しずる)は、こちらを見もせずにそう答えた。

 

「俺のSNSの運用して!」

「会社の人にやってもらいなさいな」

「そう言うなって、これがいい話なんだよ!」

「何がぁ?」

 

そう言いながらプレイしていた穴掘りゲームを一時停止(ポーズ)にし、彼はこちらに顔を向けた。

 

「今俺がプロデューサーになって映画作っててさ、それのプロモーションに絡めればしずえもんにも給料払えるんだよ。割のいいバイトだよ、バイト」

「バイト?」

 

寝転んでいたしずえもんは畳の上にあぐらをかいて座り、首を傾げながらそう言う。

 

「だってしずえもん、SNS上手いじゃん。前に、なんだっけ? SNSのバズ? がけっこういったとか言ってなかった?」

「まぁちょっと時流に乗ってプチバズはしたけど、それだけだよ?」

「それって凄いんじゃないの? とにかくさ、その感じでやってみてほしいんだよね」

「プロに頼めないの?」

「だって俺男だしさぁ、経営者の親戚のボンボンだよ? 会社の人に頼むのは悪いって」

 

SNSなんかいつ何で炎上してもおかしくないって印象だし、いくら会社側が「失敗してもお咎めなし」と言ったところでだ……

それを社内政治において、人を殴る()にされない可能性はゼロじゃないのだ。

その点しずえもんなら、同じ男だから俺のどんな写真を扱ってもセクハラ扱いはされないし、外部の人だから社内政治には何の関わりもない。

 

「そういうコンサルとかいるんじゃないの?」

「個人アカウント向けのSNSコンサルってさぁ、まともな企業がないんだよね」

「え? そうなの?」

 

しずえもんはしばらくスマホで何かを検索して「本当だ……」とつぶやいた。

企業のアカウントなどを運用するコンサルティング会社は多いのだが、どこも但し書きに個人アカウントは不可と書いている。

個人アカウントの運用を請け負う個人事業主のような人たちも、男NGのところが多かった。

それを弾けば、残るのは詐欺師のような連中だけだ。

 

「知らなかったなぁ、男性向けのSNSコンサルって案外ブルーオーシャンなんだね」

「頼むとこなんかないんだよ、頼むよしずえもーん」

 

とまぁそんな状況なら、細かいノウハウはなくともシゴデキな友達に仕事と金を回した方がいいと思ったわけだ。

……とはいえ、俺はたとえ受けてくれるコンサルがいたとしても、最初からしずえもんに頼むつもりでいた。

静流(しずる)という男は、リアル軍師タイプ。

なんてったって、迷える子羊だった俺を役者にした男だ。

なぜか本人は微妙に自己評価が低いが……俺、というよりは大学の同期たちにとっては周囲で一番信頼できる男だった。

とにかく人生の相談からテストの対策、大学や近隣施設の細かい活用法、果ては旅行のお得な段取りまで、振れば何でも出てくる凄いやつなのだ。

だから俺は、敬意を込めて彼をしずえもんと呼んでいたのだった。

 

「しずえもん、何か欲しいって言って正月に郵便局でバイトしてたじゃん。うちでもバイトしなよ」

「グラフィックボードだね。まだまだ全然お金足りないし、市場から弾もなくなっちゃったけど」

 

俺はセンターわけの髪の下にある眼鏡をクイッと上げる彼の隣に座り、その細い肩をポンポンと叩いた。

 

「じゃあ前金(まえきん)で、それ用意するから」

「え? いやいや……無理無理。むちゃくちゃ高いし手に入らないよ、僕が欲しいのってTTX5599だよ?」

 

なんとか59(ゴーキュー)ね。

俺はスマホを取り出して、電話帳の上から三番目にある番号にかけた。

 

『はい? 何?』

「あ、(めい)? ゴー……何だっけ? キューとかって、グラフィックボード? 持ってない?」

『5599? 何? お(にぃ)ゲーム配信でもやんの?』

「俺がってわけじゃないけどちょっと欲しくて」

『何枚?』

 

電話先の妹からそう聞かれた俺は、しずえもんに「何枚?」と聞いた。

彼は怪訝な顔で指を一本立てる。

 

「一枚」

『ん、台所の机に置いとく』

「いくら?」

『いいよ別に、予備で何枚か買ってあるし。仕事で使うんじゃないよね?』

「そうだよ」

『じゃあ大丈夫』

「ありがとー」

 

俺は電話を切って、しずえもんの方を向く。

 

「手に入ったわ」

 

そう伝えると、彼は嬉しさ半分、困惑半分……といった感じの顔で、首を傾げていたのだった。

そして翌日。

二人とも講義が午前で終わりだったので、昼から車で彼を八代へと連れていき、明石さんへの面通しと秘密保持契約(NDA)締結(ていけつ)を行った。

一応そのまま社内を回って、繋げられる人には繋いでおく。

必要ないかもしれないが、何事も根回しだからな。

そしてそのまま俺の実家に寄って、台所のグラボを回収する。

 

「はい、これ」

 

そう言って、何に使うのかもよくわからないグラフィックボードの巨大な箱を渡すと……

登山メーカーのダウンを着込んでニット帽を被ったしずえもんは、目をキラキラさせながらそれを受け取った。

 

「うわぁ! 本当に出てきた!」

「そうだよ?」

 

彼はクソデカい箱の上から更にプチプチで包み、それをリュックから出した紙袋へと仕舞った。

俺がその様子をボーッと眺めていると、しずえもんは苦笑いをしながらグラボを指差す。

 

「透くんさぁ……マジで良かったの? これって下手したら、君の中古車より高いんだよ?」

「え? そうなんだ! ラッキーじゃーん」

 

そう言いながら彼の肩をポンポン叩くと……しずえもんはなぜか呆れたような顔で、でっかいため息をつく。

そして、急に真面目な顔になってスマホを取り出した。

 

「それじゃ、やろうか。写真撮りに行くよ」

「え? 後で宣材送るけど?」

「いや、プロが撮った宣材じゃ駄目。SNSってのはさ、適度に気が抜けてないと」

 

まぁ、しずえもんが必要だと言うのならそうなんだろう。

俺は彼に言われるがままに、実家からも大学からも離れた繁華街へ車を走らせた。

そしてその途中に聞いたのだが……

なんでも彼は昨日今日で、わざわざ大学の図書館にあった写真の技術書を何冊か読破してきてくれたらしい。

急に頼んだというのにバッチリ仕上げてきてくれるのが、実にしずえもんらしく頼もしかった。

 

「こんなんでどう?」

「もっかい。自撮りは基本斜め上から撮って」

 

そのままその近くの公園や店などで、何でもない写真を何枚も撮っていく。

なんか流行っているというジュースを飲みながら公園を歩く写真や、オシャレな喫茶店の席からその店の看板が入る写真などだ。

しずえもんの細かい指示付きで、全部自撮りだ。

 

「この写真ってしずえもんが撮っちゃ駄目なの?」

「基本は自撮りだね」

「こう、飯の写真とかはさぁ……しずえもんが撮ったのをさ、適当に使ってもらったりとかでもいいんじゃないの?」

 

頼んだカフェメニューの撮影をしながら俺がそう尋ねると、しずえもんはこちらをチラリと見て「甘いね」と切り捨てた。

 

「いいかい、ことインターネットにおいて、ズルは全部露見すると思った方がいい」

「えっ?」

「特に広くバズった事柄に関してはさ……一体何の得があるんだ? って事まで徹底的に調べ尽くすのがインターネットの住人なんだ」

 

彼は俺が送った写真を細かく確認しながら、断定形でそう言った。

 

「僕が代わりに撮った写真を上げたりなんかしてたら、いつか必ずどこかのタイミングで露見する。食器の反射だったり、それを見ていた第三者なんかからね」

「えぇ……そんなにうるさいの?」

「というより、そう考えて動くべきって話かもね。今セーフな事も、いつまでもセーフとは限らないから」

「うわぁ……俺はついていけそうにないなぁ……」

 

なんだかしばらく前の、しずえもんに頼むと決めた自分を褒めてやりたい気分だった。

もし自分でSNSを運用する決断をしていたら、必ず何か悪い事が起こったに違いない。

俺は改めて絶対に自分では関わらない決意を固め、全てを眼の前のセンター分けに委任する覚悟を決めた。

 

「あ、そうだしずえもん。映画の宣伝なんだけど……」

「それなんだけど、どういう映画なわけ? どこまで情報出していいのかもわかんないんだけど……」

「あー、そういやそうか。まぁ実際現場見てもらった方が早いか、明日一緒に行こう」

「透くんが全権持ってる映画なんでしょ? 映研の自主制作って感じ?」

「いや……もうちょっとデカくて……なんて言ったらいいかな……」

 

そういえばしずえもんには詳細を話していなかったな。

そう思って、資料を見るためにスマホを取り出すと……ちょうどそこに電話がかかってきた。

 

「あ、ちょっと電話」

「どうぞ」

 

向かいの席でカフェオレを飲むしずえもんに片手チョップをしながら『祖母(八代)』と表示されていた電話に出る。

 

「はい、透です」

『あ、透かぁ?』

 

電話口の祖母は、なぜかちょっと申し訳なさそうな雰囲気だった。

何かあったんだろうか?

俺は喫茶店のテラス席、その木製椅子の上で姿勢を正した。

 

『明日にでも、こっち来てくれへんか?』

「え? なんかあった?」

『ごめんなぁ……ちょっとなぁ、お婆ちゃん断りきられへんかった』

「え? 何を?」

『明日説明するけどな……スポンサー』

 

早口にそう言って、プッと電話は切れた。

ス……スポンサー?

どこの?

その疑問に答えてくれる相手はおらず……

日が落ち始めたオシャレな繁華街を吹く冷たい風だけが、俺の足元をびゅうびゅうと通りぬけていく。

 

「どったの?」

「…………わかんない」

 

芸能界ってのは、わからないことばっかりだ。

何もしていないのにスポンサーが増えるとは、一体どういう事なんだろうか?

そんな疑問で半ば放心状態の俺が仰いだ空には、気の早い冬の月が顔を出し始めていたのだった。

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