あべこべ貞操逆転世界で七光り役者生活   作:関税破産お嬢様

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細切れと木枯らし

というわけで、俺プロデュースのVシネ映画『ナンバーセブン -烏龍(ウーロン)-』の撮影が始まったわけだが……

脚本家の先生が書き上げ、監督が魔改造したこの映画の大枠はこう。

主人公は国際連合情報局United Nations Intelligence Service、通称『UNIS』に所属する特務調査官烏龍(ウーロン)

凄腕エージェントとして知られる彼は、世界に新型麻薬を流している犯罪組織『エスクワイア』を調査するために東京へと乗り込む。

そして調査を進めるうちに見えてくるのは、巨大企業たちが連合した巨大な闇資金のうねりだった……という感じだった。

 

「じゃあいきますよン! 烏龍、峰司令から指令を受ける! アクション!」

 

場所はUNIS日本支部の特務司令室……という設定の重厚なオフィスのようなスタジオセットの外の廊下。

監督のその言葉と共に、頭の中で演技のスイッチが入った。

カジュアルな服を着た俺は、コンコンとオフィスの扉をノックする。

 

「入りなさい」

 

中から声がしてから扉を開け、一礼して中へと入る。

 

「どうぞ」

 

ダークな色の木製デスクに座る、年嵩の美女にそう勧められ……

俺はデスクの前に一脚だけ置かれた白い布張り(ファブリック)の椅子に、足を組んで座った。

そしてそのズボンの先からは、黒いブーツが見えている。

 

「まずはラトビアでの任務完了、ご苦労さま。私はあなたの次の任務地での司令官となる、極東方面司令の(みね)よ」

「烏龍です、よろしく」

 

峰はこちらを見ながら、微笑を浮かべたまま話す。

 

「日本語は問題ないようね、ではこちらの任務を伝えます」

「…………」

「近年急激に広まりつつある合成麻薬BAAD、我々はこの出元をエスクワイアという組織と見ています」

()スクワイア……西欧系ですか?」

「その通り、元はフランスに本拠地を持つ組織だったようですが……今はアジアに根を張り独立しています」

 

峰は机の上で、ギュッと両手の指を組んでこう続けた。

 

「我々はここ日本で確実にBAADの息の根を止めます。ナンバーセブン、烏龍。手法は問いません、秘密裏にエスクワイアがBAAD流通に関わる証拠を見つけなさい」

「証拠のないままエスクワイアの拠点へ踏み込み、もし他に犯人がいればそちらに逃げられる恐れがあると……そういうわけですか?」

「その通り」

「承知しました、ミス峰」

「まずは装備を整えなさい。エスクワイアは武闘派です、戦闘用のスーツ、そして武器を」

 

俺は立ち上がり、彼女が差し出した名刺を受け取って一礼をする。

そこで、監督のカットがかかった。

 

「はいっ! カット! オッケー!」

「こんな感じでいいですか?」

「オッケーオッケー、烏龍は紳士に、そして優雅に! 今の感じで! 今西さんもバッチリよ!」

「ありがとうございます」

 

司令官の峰役である初老の役者の今西さんは、物静かな仕事人という感じの人だった。

貫禄があるというか……現場にいるだけでピリッとする感じがあるというか……

事前の稽古もない現場なのに、どのシーンも軽くリハーサルをやったら本番はバッチリOK。

一応予備日を含めてスケジュールは二日切られていたのだが、今西さんの出演シーンは一日で全て撮り終わってしまったぐらいだ。

そういうベテラン共演者にも助けられて順調に撮影は進み、映画の素材は撮りやすいところからどんどん撮られていく。

具体的には、俺一人だけで撮れるカットインのシーンからだ。

 

「はいっ! 烏龍、建物を見張る! アクション! …………はいカット! オッケー!」

 

工業地帯で建物を見張っては十秒でカットがかかり……すぐに撤収。

 

「はいっ! 烏龍、缶コーヒーを飲む! アクション! …………はいカット! オッケー!」

 

東京の都心で缶コーヒーを飲んでは十秒でカットがかかり……すぐに撤収。

そんな、今何の場面を撮っているんだ? って感じの動画を、バンバン少人数で撮りまくっていた。

なんてったってヒロイン役の金田狂夢(白ギャル)は今別の現場で撮影中。

それが終わり次第、こっちでも本格的な撮影が始まる予定なのだ。

 

「順調順調! コンビニ寄ってご飯買うよ! 今日はこの後埼玉まで行くから!」

「マジっすか!?」

「マジマジ! 撮れるものは撮れるうちに撮っとかないとね! 金田さんのスケジュールが結構キツキツだから、彼女の身体空いたら一気にいくからね」

「わかりました!」

 

そんな東奔西走の日々の中、都合の合う日は複数人での撮影もバンバンやっていく。

女優さんを迎えての濡れ場も、二度三度と続き……

その間に、俺もだんだん浮ついた気持ちを抑えられるようになってきた。

正直最初の頃は、演技で熱っぽい視線を送ってくれる女優さんに「もしかしてこの人……」なんて夢を見る事もなくはなかったのだが……

結局、これもプロの仕事なのだ。

共演者の俺にすらそういう気持ちを抱かせる、女優さんたちの真に迫る演技が凄いのであって……

それを真に受けて舞い上がっているようでは駄目なのだと、そう思えるようになった。

ぶっちゃけ、盛り上がりすぎて「連絡先聞こうかな!」と思う瞬間もなくはなかったが、今の俺はプロデューサーでもあるのだ。

個人的に連絡先を聞くなんて行為、一役者の立場でも褒められた事ではないが、プロデューサーという肩書のある人間がやってしまえば完全にセクハラだからな。

そこはぐっと涙を飲んで我慢し……

俺はその勇気を、前から気になっていた大学の同級生に対して使う事にしたのだった。

 

 

 

相手は今期の第二外国語でペアになっていた、態度はドライだけど笑顔がかわいい大野さん。

ドライなんだけど、ちょっとした雑談なんかにも付き合ってくれる気さくさもあって、一緒にいたらきっと楽しいだろうなぁと思える女子だ。

しかも、それとなく聞いてみたところ、どうやら彼女もいないっぽい。

この時代、飲み会とかに男が呼ばれる事はほぼないし……

まず相手が異性愛者(ノンケ)かどうかっていう分の悪いガチャがあって、ゆっくり距離を詰めるのも難しい。

中学の頃にちょっと仲良くなった女子を「一緒に帰ろう」と誘ったら、それだけでその子の周囲の女子を含めた数人から、フラれ四回分ぐらいの丁重な断りの言葉を頂いたのをよく覚えている。

だから「そういう目で見られてるとは思わなかった」とボコボコにされるぐらいなら、もう最初から勇気を出して赤心(せきしん)で行った方がいいと、俺は思っているのだ。

というわけで……

撮影の隙間に久々に行った大学で、俺は中庭のベンチの前に彼女を呼び出した。

三年生になれば、もう同じ授業になる機会はないかもしれない。

細くとも関係の残っている今が、まさに告白のチャンスだった。

 

「お願いします! 大野さん! 俺と付き合ってください!」

「え? 無理?」

 

ファストファッションブランドのコートを着た茶髪の彼女は、一刀両断にそう答えた。

 

「え……」

「じゃああたし、午後イチでゼミだから」

 

大野さんはそう言って手を上げ、そのまま歩き去ろうとする。

俺はなんとか彼女に追いすがりながら、その理由を尋ねた。

 

「ちょ、な、なんで……?」

「え? いや男は無理、将来(いち)馬力はきちぃ~」

「いやいやっ、俺っ、男だけどこう見えて結構稼ぎはあるんだよ」

 

俺がそう言うと、彼女は足を止めてちらりとこちらを見た。

 

「なんか前授業の時言ってた、役者ってやつ?」

「そうそう、前も話したと思うけど俺役者やってて、ドラマとか出てて……」

 

そんな話の途中で、大野さんはハァッと白いため息を吐いてまた歩き出す。

 

「あたし家にテレビないからよく知らないんだけど、ああいうのってエキストラとかっていうんでしょ? こっちもさぁ、今はそういう夢追う人支えてる余裕ねンだわ」

「いやっ! いやいや! 支えてもらおうだなんて! 俺、映画にも出てるんだよ、結構有名で……」

「あれでしょ? こないだ見せてくれた、友達とやってるSNSっしょ? 自主制作の映画撮るとかっていう」

「いやあれは違くて……ちゃんとした……」

「とにかく!」

 

彼女は立ち止まって、キッとこちらを睨んだ。

 

「女にはね、三年になったら就活ってのがあんの! マジでこれで一生決まんだから、恋愛してる暇ないの」

 

そう言われてしまっては……こちらとしても食い下がる事はできない。

ほとんどの男が就活に縁がないというのは、本当の事だからだ。

 

「そ……そうだよねぇ……が、頑張って……」

「ありがと……今日はごめんね。あんたも役者、頑張んなよ」

 

最後にニッと笑みを見せて、彼女はツカツカと歩き去っていった。

やっぱ……あれだよな。

勘違いして、女優さんとか行かなくてよかったな……

そう思いながら、フラれた俺は大学構内をトボトボと歩きだす。

びゅうと音を立てて吹く冷たい木枯らしだけが、孤独な俺に寄り添ってくれていたのだった。

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