あべこべ貞操逆転世界で七光り役者生活 作:関税破産お嬢様
「へぇ、じゃあ私が来るまでにだいぶ撮ったんだ」
「まぁ撮れるとこだけですけど」
二月後半、烏龍の現場に
それまでの間、俺は撮影できるシーンを撮影し、SNSでの広報活動を行い、明石さんに現場の報告書を提出したりして、案外忙しく過ごしていたが。
彼女の方は彼女の方で、主演する映画のために先週まで海外にいたらしい。
ドラマも映画も主演の話が多くなってきた彼女は、いよいよ時代を代表する女優にリーチをかけている感じがする。
改めて、Vシネに出てくれるような人材じゃないんだよな。
「スケジュールの方はどうでした?」
「一応事前に聞いてた期間は空けてもらってるけど……伸びたら、もしかしたらちょっと厳しいカモ」
まぁ、売れっ子だからな、当然だ。
だからこそスケジュールを圧縮するために、監督は彼女の出ない部分の撮影をできるだけ先に終わらせたのだ。
後に伸ばすって手もあるが、そっちは
改めて、いろんな現場に引っ張りだこのベテラン監督、今をときめくスーパー女優という、とんでもない座組のVシネとなっていた。
普通なら是が非でもスケベを抑えて全国公開するって布陣だが、スケベの方はスポンサーの指定だからな……
「そういや似通う刃、ネット配信始まったね」
「始まりましたねー、家族から連絡来ましたよ。お兄ちゃん結構かっこよかったよって」
「ふーん、妹いるんだ?」
「ええ、四つ下で」
ふーん、とあんまり興味なさそうな感じではあったが、なぜかその後白ギャルからはうちの家族構成について色々と聞かれた。
まぁ、彼女とは何度も一緒に仕事をしている仲だし、俺の方も彼女の親族を何人か知ってるわけだから、あっちも気になったのかな?
とにかく、彼女を交えたブリーフィングを行って情報をすり合わせ、あとは細かな衣装の調整だけだ。
正月からの三ヶ月で、その他諸々の準備はバッチリ完了済み。
自分でスケジュールを決めれる立場だったので大学の試験も受けられ、三年にも進級できそうで個人的にも後顧の憂いもなし!
あとはいい画を撮るだけだ!
というわけで、その翌日から本格撮影がスタートしたのだった。
「じゃあいきますよン! 烏龍、案内人の篠崎とターゲットの女を伺う、アクション!」
行き交うスーツの人々を、テナントから漏れる光が照らす夜の駅前。
監督のその言葉と共に、俺の中のスイッチはバチンと切り替わり……俺は急速に
『烏龍になる』なんて言えばまるでメソッド演技の真髄のようだが、多分俺のこれはまた違うものだろう。
俺がこれまでの濡れ場で掴んだ感覚……それは今の自分を捨て、自分の中に流れる大河に身を委ねるもの。
この大河の名前が太古から続く『男』なのか、祖父から受け継いだ『血筋』なのかはわからないが……
俺としてはただ、そこにあるから利用するだけだ。
そうすれば、眼の前にいる女の引力に引かれるように、自然と演技の質が変わっていく。
そういう風に心をコントロールした俺が寄りかかるのは、幅一メートル五十センチほどの駅の柱。
その隣りにいるのは、白いスーツを纏った白ギャルだった。
「…………」
「烏龍、あの女よ。ブルーのトレンチコートの……」
「なるほど」
「エスクワイアのフロント企業であるT&S、その社長秘書をやってる安藤って女」
「わかった、行ってくる」
俺は背中でトンと柱を押して、歩き始めた。
その後ろから、咎めるような白ギャルの声が追う。
「ちょっと、まずは様子見じゃなかったの?」
「大丈夫、俺に任せて」
俺は足を止めて、踵で回るように彼女の方へ振り向いた。
「何か勝算でもあるの?」
「俺には二丁の銃があるんだよ」
俺はそんなド直球の下ネタを言い放ち、篠崎へと流し目を送ってから女を追った。
前世なら酔った親父が言う最悪なセクハラギャグって感じだが、監督と脚本の感覚としてはこれぐらいがセクシーでユーモアな台詞らしい。
ま、いいんだけどね……
「はいカット! バッチリ!」
そして監督の声で、またスイッチが切り替わった。
意識の中の烏龍は消え去り、八代透が帰ってくる。
そのまま次のカットのために移動しようとした俺の肩を、後ろから誰かが掴んだ。
「透?」
「え? ……なんすか?」
振り返ると、そこに立っていたのはなんだか不安そうな顔の白ギャルだった。
え……? 俺なんかやっちゃいましたか?
「……なーんだ、いつものあんただ」
「ど、どういう事すか?」
俺の顔を見て安心した様子の白ギャルに、思わず俺も自分の顔を触る。
「なんか、しばらく見ない間に完全に別の人になっちゃったのかと思って……」
「えー?」
彼女は困惑する俺を放って歩き出し、こっちもそんな白ギャルの後を追い歩く。
そのまま、その端正な横顔に「どういう意味なんすか?」と問いかけると……彼女はうーんと悩むような顔を見せる。
そして、ゆっくりと言葉を選ぶようにこう答えた。
「あんた、カメラ回ってる間は役にのめり込むタイプだけどさ……」
「はい」
「普段は今のあんたがいいよ」
そう言った白ギャルの顔は、なんとなく少し照れくさそうだった。