あべこべ貞操逆転世界で七光り役者生活   作:関税破産お嬢様

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流血とエロい視線

物事というのは、水が流れ始めてからはあっという間だ。

だからこそ、事前準備という名の用水路作りが大切なわけだが……

そこはそれ、うちの映画には何十年もドラマや映画を撮ってきたベテラン監督と、横槍を入れないスポンサーという最強カードがあったから何の問題もない。

 

「はいバンバン進めよう! 今日は日変わる前に終わらせたいね!」

 

というわけで、今日も現場は待ち時間もほとんどないフル稼働状態だ。

肝心要の黒ギャルとの格闘戦なんかも、一月からの間でバッチリ稽古してきたからな。

映画製作かくあるべしという感じで、現場の工程はごくスムーズに流れていた。

 

「烏龍、潜入した工場で西垣と初遭遇! アクション!」

 

監督のその言葉でスイッチが切り替わり、思考が加速する。

国際連合情報局(UNIS)のエージェント烏龍が狙うのは、日本から世界中に合成麻薬をバラまいている組織がエスクワイアであるという証拠。

そのためにエスクワイアのフロント企業である、暗号資産(かそうつうか)取引所を運営する企業T&Sの社長秘書をハニートラップに落と(こま)した。

今いるこの場所の情報は、彼女の指紋や所有していたICカードを使って潜入した社長室で入手した成果のうちの一つだった。

 

「……どうやら、ここで麻薬を作っているわけではなさそうだ」

 

烏龍の目に映るのは、T&Sの社長が妻の母の名義で購入していた元工場の建物の内部。

元工場とはいえ工作機械などは今は一つもなく、代わりに図書館の本棚のようなサーバーラックの列がいくつも立ち並んでいた。

 

「……おっと」

 

向こうから歩いてくる数人の女を気配を察知した俺は、壁にあった施設メンテナンス用の小部屋に潜り込んだ。

そして大小さまざまなパイプが縦に伸びるその部屋の中で、じっと息を殺していたが……

コツコツと響いていた硬そうな靴音が、部屋の前でぴたりと止まった。

そして外から鼻で大きく息を吸い込んだ音がしたかと思うと、しばらく無言の時間が続き……

 

「……西垣さん、ここですか?」

 

そんな言葉と共に、薄い鉄板で作られた部屋の扉がキィと音を立てて開けられた。

 

「はっ!」

 

瞬間、俺は開きかけた扉を操作していた女ごと蹴り飛ばし、外へと躍り出る。

 

「なっ……!」

 

そこにいたのは俺に蹴り飛ばされて伸びている者を含めて、合計三人の女だ。

中肉中背の二人は、揃いの黒スーツ。

もう一人は俺と同じぐらい背の高い黒ギャルが演じる、西垣という用心棒兼殺し屋役の女。

彼女は他の二人とは違って、グレーに白のストライプのスーツを着ていた。

 

「…………」

「何者だ!」

 

黒ギャルは無言で名乗らず俺を睨み、その隣で自動拳銃を抜いた黒スーツがこちらに誰何をする。

俺はそれに答えず、スーツの内側から二十二口径(ウッズマン)を抜き、カチリとセーフティを外した。

 

ドガッ!

 

黒スーツの銃の重い銃声が響いた時、俺の左肘は彼女の腋にめり込んでいた。

そして間髪入れずに俺の右手のウッズマンが女の顎に押し当てられ……

パン! という軽い音と共に血しぶきが飛んだ。

これは女優さんの髪の中に仕込まれた、遠隔操作の装置が出した血しぶきだ。

そして彼女はそのまま、口に含んでいた血糊を吐き出して地面に倒れた。

 

「…………」

 

こちらを睨む黒ギャルは無言のまま、脇に吊っていたゴツい銃を抜き放って撃った。

 

バガン! バガン! バガン!

 

発火式のプロップガンだというのに、バカでかい音と火花を発する拳銃。

その銃口を前に飛び込む事で避け、俺は前転して立ち上がる勢いのまま左手の掌底で黒ギャルの肘を狙う。

 

ドン!

 

しかし寸前で震脚が響き、逆に俺の身体が崩された。

掌底を避けず、あえて踏み込んできた彼女の身体に弾き飛ばされたのだ。

 

バガン!

 

そのまま銃声が響くが、俺には当たらない。

俺は姿勢を崩しながらも、右手に持った銃を彼女の銃に押し当てて横にズラしていた。

 

「…………」

「…………」

 

銃を押し当てあって互いに射線をズラしたまま、左手を脇に引き腰を下ろす。

奇しくも、二人とも同じ構えを取っていた。

互いが前に出る事で触れ合っていた銃がすれ違い、腕が擦れ合って背中と背中が付いた。

 

ドン!!

 

互いの震脚が鳴って背中と背中の間に衝撃が走り、二人の間にわずかに隙間ができる。

 

バガバガバガバガ!!

 

轟音と共に互いの首越しに撃たれた銃弾が飛び交い、周りのサーバーから火花が散った。

互いに全弾を撃ち尽くし、拳銃はスライドストップした状態。

銃弾の代わりに、視線が交わった。

 

ドン!

 

先に震脚を踏んだのは黒ギャルだった。

だが五センチと離れていないその肘が届く前に、俺の裏拳が彼女の顔面にぶち当たっていた。

 

ドン!!

 

顔面を打たれた黒ギャルは、俺の震脚と共に打ち出された背中によって吹き飛ぶ。

俺はそのままサーバーの側面を蹴って、ウォールランで上に飛び上がり、肩越しに黒ギャルの方を振り返る。

ジャコッ! という音が響き、吹き飛ばされた彼女は銃弾の再装填を終えたところだった。

ダラダラと流れる鼻血をそのままにした彼女と、互いに視線を交わし合い……

 

バガン!

 

俺は飛んでくる銃弾と共に、身を翻してサーバーの向こう側へと逃げたのだった。

 

「はいカット! オッケー!」

 

監督のカットがかかるとすぐに、俺は黒ギャルの方に走って駆け寄る。

 

「わーっ! ごめん! 大丈夫だった!?」

「大丈夫っすよ……」

 

彼女は四つん這いになって、鼻血をリノリウムの床に逃がしながらそう言った。

ぶっちゃけ、鼻血はアクシデントだ。

顔を軽く叩くだけだったのだが、ノールックだったからかいいのが入ってしまったらしい。

 

「大丈夫!? 救急箱持って行ってあげて!」

「監督大丈夫っす! 鼻血出ただけです!」

 

監督の声に、黒ギャルがそう返している。

向こうからはスタッフさんが、ウェットティッシュと救急箱を持って走ってきているのが見えた。

そんな中、黒ギャルは四つん這いのまま顔を上げて、なぜかニヤニヤと笑いながらこちらを見た。

 

「どしたの?」

「いやいや、大騒ぎしなくてもって思って。格闘やってたらこんぐらいは日常茶飯事なんで」

「いやいや……それでもだよ、ごめんね」

「速すぎて鼻に来るのを避けらんなかったんですよ、やっぱ透さん凄いっすわ」

「ていうか離れる時もマジで吹っ飛んでなかった? 大丈夫だった?」

「鼻打たれた時に一瞬身体硬直しちゃって……やっぱ試合とは違いますね。いや、そっちも大丈夫ですよ、身体は丈夫なんで」

 

スタッフさんに渡されたウェットティッシュで鼻を押さえながら、彼女は本当に平気そうな顔のままそう言う。

そして空いた方の手を振りながら、ニヤッと笑ってこう続けた。

 

「でも、あん時のやつ打つのは勘弁してくださいね。あのあと血尿出たんで……」

「……打たないよ」

 

彼女が言っているのは、以前道場で手合わせをした時の最後の一撃の事だろう。

黒ギャルを空中に弾き飛ばして、彼女をネットミームというやつにし、俺を師範代にしてしまった金老師の秘奥の拳だ。

 

「……あんなん打ったら、今度こそ人殺しちゃうよね」

「間違いないっ!」

 

ガハハと笑う黒ギャルが鼻からティッシュを離すと、すでにほとんど血が止まってるようだ。

俺がじっとその様子を見ていたら、彼女は鼻を指さしながら笑った。

 

「ん? 血っすか?」

「うん、すぐ止まるんだね」

「試合じゃ血ぃ止まらないとTKO負けですから。あたしはなんか、止まりやすい体質らしいですけど」

 

グイっと鼻にティッシュを押し込んだ彼女は、そんな事を話しながら血のついたスーツの上を脱いでスタッフさんに渡す。

黒ギャルはワイシャツの首元をゆるめながら、またなぜかニヤニヤと笑いながらこっちを見た。

 

「何笑ってんの?」

「え? いやぁ……世の中にはこんな強い男がいるもんなんだなぁって……」

「…………」

 

男女の機微に疎いとしずえもんに言われる俺でも、彼女のその視線がなんとなく(よこしま)なものなのだという事は感じ取れた。

しかし、なんというか……

黒ギャルが俺基準でいい女じゃないとは言わないが、ちょっと普段接する人とはタイプが違いすぎるというか……

ドがつくヤンキーすぎるというか……とにかく、少し距離感を測りかねるところがあった、バリバリに入れ墨入ってるしな。

もしかしたら誰に対してもそういう目で見るタイプなのかもしれないし、そもそも俺の勘違いって可能性も大いにある。

 

「あれ? どうしたんすか?」

「いや、なんでもないよ」

 

とりあえず、今はあれこれ考えないでおこう。

俺は彼女の大きな背中をポンと叩いて、もう一度さっきの事を詫びた。

と、そんな流血沙汰もありながらも……撮影は順調に進んでいたのだった。

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