あべこべ貞操逆転世界で七光り役者生活   作:関税破産お嬢様

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女神様とガキ大将

なぜか七月に入る前に、俺は再び八代芸能へと呼び出された。

しかも、今度は明石さんではなく、専務である(あおい)叔母さんからだ。

上司の上司からの呼び出しに一体何の話があるのかと、ビクビクしながら専務室へ行ってみると……

ちょっと気まずそうな顔をした叔母から、出会い頭に「ごめんね」と話を切り出された。

 

「透、櫛灘(くしなだ)イルマって知ってるよね?」

「え? うん……そりゃあ知ってるよ」

 

櫛灘イルマを知らない八代の人間はいないだろう。

なんせ御年二十六歳の彼女は、八代所属の最強の歌姫。

歌手として十年以上業界のトップを走り続け、ハタチの時に出した楽曲でビルボード一位に二十週連続で居座った大記録持ち。

それまで基本的には役者の事務所だった八代芸能を、アーティスト路線へと決定的に転向させた大天才だ。

ぶっちゃけ俺がここ十年で八代の親戚たちから貰ったお年玉なんか、多分ほとんど櫛灘イルマに出して貰ったようなもんだろう。

そんぐらい、他とは隔絶した稼ぎを叩き出しているタレントだった。

ちなみに眼の前にいる叔母は、その櫛灘イルマをスカウトし、二年後に紅白へと送り込んだ初代マネージャー。

彼女は創業者一族というのもあるが、櫛灘イルマを見出した功績も含めて今専務の椅子に座っているのだ。

 

「イルマがね、透くんに頼みがあるんだって」

「え? な、何……?」

「なんか、イルマが狙ってる女の子が透のファンで、その子に送る動画を一緒に撮りたいみたいな話らしいんだけど……それとは別にちょっとお願いがあって……」

「うん」

 

叔母は難しい顔をして息を吸うと、なんだかよくわからない事を言いだした。

 

「イルマの言葉に反論とかしないでほしいの」

「え?」

「本当に、本当に気難しくてね……もしかしたら何かめちゃくちゃな事とか言われるかもしれないけど……イルマに一回臍を曲げられると、今後十年の計画が狂ってくるから……」

「そういう人なの?」

 

ぶっちゃけ俺はテレビに出ている櫛灘イルマしか知らない。

もちろんCDも聴いてたけど、それぐらいの知識しかないのだ。

 

「何年か前に、水曜二十時(はちじ)の音楽番組やってたでしょ?」

「あーあれ、(いもうと)がよく見てた」

「あれが終わったのもイルマのせいでねぇ……プロデューサーが余計な事言って、イルマが『あの()NGで』って言いだして……プロデューサークビにして番組潰れてようやく気が鎮まったんだから……」

「え、そんな怪獣みたいな人なの?」

 

普通に考えて、テレビ局より立場が強いタレントなんかいるわけないのだ。

でも叔母がそう言うなら、多分それは真実なんだろう。

 

「怪獣ね、そう思っといた方がいいわ。私も一緒に行くから多分そう無体な事は言われないけど、何かあったら私じゃ透の事かばいきれないから、ね?」

「……わかった。なんか聞かれたりしたら、気付けた方がいい事とかある?」

「女の話と三味(さんみ)の話は駄目。あの子女好きだけどちょっと理想主義的というか、めんどくさいところあって……処女をこじらせたガキ大将みたいな子なのよ」

「ガ、ガキ大将……? 女の話はいいけどさ、三味(さんみ)って歌手の三味の事?」

 

三味といえば、ずっとヒットチャートにいる男性歌手だ。

俺もよく車で曲をかけていた。

 

「そう、Vtuber歌手の真裏(まうら)三味(さんみ)ね。グラミー賞取ったりして最近イルマと同格に扱われだして、ピリピリしてるらしいから」

「Vtuber?」

「あれ? 透知らないの? (めい)ちゃん、三味の大ファンじゃなかった?」

「あ、あれか……」

 

前に妹に会った時に「私のダーリン」とか言ってアニメの人を見せられたのを思い出した。

なるほど、あれが三味だったのか。

とにかく、女と三味の話は避ければいいんだな。

 

「まぁ、俺も気ぃつけるけどさ、変な事言いそうになったらそれとなく教えてよ」

「うん……あー、なんか胃が痛いわ」

 

叔母はそう言って腹を擦りながら、俺をイルマのいる部屋に案内した。

意外な事に彼女がいたのは、同じフロアの奥まった部屋。

櫛灘イルマ事業部といった感じのこぢんまりした部屋。

彼女専用のスタッフたちが忙しそうに仕事をするその更に奥へ続く扉の向こうに、怪獣の(ねぐら)はあった。

叔母がその扉をノックをすると「はぁい」と鈴の鳴るような声が響く。

 

「イルマ、透を連れてきたから」

「そうですか」

 

彼女を見た瞬間、俺は「デカい人だな」と、直感的にそう思った。

いや、物理的にデカいわけじゃなく、存在感の問題だ。

そこにいるだけで圧迫感があるというか、その存在から目を離せない……そういう感じだった。

クッションの置かれたソファに座った本人は、百七十センチぐらいの理想的なモデル体型。

クールな印象を受けるブルーのボブカットの髪をクーラーの風に揺らしながら、長い足を組んでこちらを睨んでいる。

そう、睨んでいるのだ。

 

「あなたが、透さん?」

「はい! 初めまして! 透です!」

「あなたは何をしている人なんですか?」

「はい! 役者をやっております!」

「そうですか」

「はい!」

 

イルマさんは俺とのそんな問答の後、ゆっくりと立ち上がる。

立つと更にオーラが半端ないというか……

ユリピコのピリカ先輩がコスプレ天使だとすれば、こっちは衣装も着ずに立ってるだけでマジもんの女神様に見えた。

そんな女神様は俺の隣にいる叔母に、手に持っていたスマホを手渡した。

 

(あおい)さん、ムービーいいですか?」

「いいけど、何撮るの?」

「透さんとのツーショットです」

 

そう言ったイルマさんは俺の隣に立って、ポンと肩に手を置き……

その手に操られるがままに、俺はグルっと叔母の方へと身体を回した。

 

夕凪(ゆうなぎ)(むすび)さんはご存知ですね?」

「あ、はい」

 

夕凪(ゆうなぎ)(むすび)さんといえば、最近フリーになった有名なアナウンサーさんだ。

アイドル的な人気のある美人で、たしか相撲部の仲間が『ムッス』と呼んでいた気がする。

男が少ない世界でも、女子アナは大人気なんだなぁ。

 

「いいですか、これから夕凪(ゆうなぎ)(むすび)さんへのご挨拶動画を撮ります。愛想よくするように」

「え? ご挨拶?」

「私のお友達(・・・)である(むすび)さんは、どうやらあなたのSNSをよく見ているとの事。友人として喜ばせたい気持ちがあります、他意はありません」

「あ……そうなんですね」

 

なんか、他意ありありっぽい空気は感じるが、イルマさんの言葉は絶対だ。

そうか、なんか俺を見る目が厳しいなって思ったら……

狙ってる女が俺のファンっぽいから気に入らないって感じか。

……たしかに、叔母の言う通りガキ大将みたいな人だ。

俺の事は気に入らないとはいえ、同じ事務所なのは違いない。

だから俺と動画を撮って、それ出汁にして夕凪さんを口説こうって事だろうけど……

なんか雰囲気と実績はめちゃくちゃ大物なのに、やってる事はちょっとみみっちい気がするなぁ。

 

「えーっと、ビデオでは何て言ったらいいでしょうか?」

「任せます」

 

んな事言われてもな……

ちらりと叔母を見るが、目配せが返ってくるだけ。

まぁ、無難にヨイショしておけばいいか。

 

「じゃあ回すよー」

 

叔母がそう言うと、横からポンと肩に手を置かれる。

首を回してイルマさんの方を見ると、そこにいるのはもう完璧にテレビに出ている時の櫛灘イルマだった。

さっきまでのイルマさんが夜空に光る(スター)だとすれば、今隣りにいる彼女は完全に太陽。

俺はその光に目を焼かれないように、またカメラの方に顔を戻した。

 

「どうぞ」

「はいっ、回ったよー」

 

その言葉と共に、カメラのレンズを意識した瞬間……俺の頭の中のスイッチが切り替わった。

思考は加速し、クライアントからの要望(・・)に、身体は自然と応えていく。

 

「夕凪さん、初めまして! 八代透です! いつも夕凪さんの出てらっしゃる番組、楽しく拝見させて頂いてます!」

 

そう言って、俺は隣にいるイルマさんを笑顔で見てからこう続ける。

 

「イルマさんからお伺いしたんですけど、僕のSNSをご覧になってくださったとの事で、本当にありがとうございます! もしかしてですけど、イルマさんから夕凪さんに宣伝してもらえたんですかね? イルマさんにはいつも本当にお世話になっていまして、めちゃくちゃ最高の先輩です! またイルマさんから、夕凪さんのお話を聞けるのを楽しみにしています!」

 

そう言って頭を下げて、十秒。

 

「はいオッケー」

 

という叔母の言葉でスイッチは切れ、俺はちょっとだけ頭を上げてイルマさんの方を見た。

俺と同じタイプなのか、カメラが止まると同時に彼女の神性も引っ込んだ。

それでも普通にバリバリ存在感のある先輩という感じだが、まぁさっきみたいに問答無用で情緒をかき乱されるほどではないかな。

そんな彼女は叔母から受け取ったスマホを確認し、なんだかまんざらでもない様子で俺にウンウンと頷いた。

 

「ど、どうですか?」

 

その問いへの答えは、笑顔と共に返ってきたサムズアップ。

最初の威圧感もすっかり薄れ、どうやら俺も少しは認めて貰えたようだ。

 

「なかなかいいですよあなた。今後も精進してください」

 

ポンポンと肩を叩かれながらそんなお褒めの言葉を頂き、叔母と一緒に部屋を出た。

 

「透、良かったよ」

「あんなもんでよかった?」

「イルマが男の人にあんなに気さくな態度取るのは初めて見た、透はやっぱり凄いね」

「えぇ……あれで気さくなの……?」

 

まぁ、役者としてというよりは、八代の人間としてのタレントへの応対だったけど……

上手く出来ていたなら良かった。

俺はホッと胸を撫で下ろして、なんとなく(・・・・・)イルマさんの曲を外したプレイリストを流しながら家に帰り……

その一週間後、なんと今度は叔母抜きでイルマさんに呼び出される事になるのだった。

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