あべこべ貞操逆転世界で七光り役者生活   作:関税破産お嬢様

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処女とアナウンサー

櫛灘(くしなだ)イルマさんからのその呼び出しは唐突だった。

 

『マネージャーに確認したところ、今日はオフのようですね。お酒を奢ってあげるからいらっしゃい』

「はい! わかりました!」

 

明石さんからの『電話が来ると思うので出てください』というメッセージのすぐ後に来たその電話を……

俺は相撲部のみんなとサッカーボールで遊んでいた大学の芝生に、直立不動で立って受けていた。

イルマさんからの時間の指定はなかったが、時刻はもう既に十七時、ディナーの時間にはちょうどいいぐらいだ。

待たせたらまずいという事で、なんだか知らんがとにかく行こうと……俺は車に飛び乗った。

そうして急いで向かったドデカビルのド高級ド個室ド居酒屋の前に、めかし込んだイルマさんは立っていた。

店のガラス扉から漏れる光に照らされた髪の毛は宗教画のように浮かび上がり、センタープレスのパンツに白いブラウスだけというシンプルなファッションが、逆にその凄みを増させている。

そんな、ちょっと話しかけるのに躊躇する雰囲気の彼女は、こっちを向いてその細い顎をしゃくった。

 

「来ましたか」

「お待たせしました! 今日はお誘いありがとうございます!」

「はい。いいですか、三十分後に夕凪(ゆうなぎ)(むすび)さんとそのご友人が来ます。あなたにはそのご友人の方の歓待をお願いしたいのです」

「……わかりました! 任せてください!」

 

要するに……合コンで狙ってる女がいるから、事務所の後輩枠でアシストせぇよという事なんだろう。

イルマさんは本当に全然説明をしない人だが、これぐらいわかりやすい話ならそれでもなんとかついていけそうだ。

 

「どんな感じでいけばいいですか? 普段からお世話になってる感じの方がいいですか?」

「そうですね……まぁ、ほどほどに」

 

細かく突っ込まれるような事は言うなという事だろう。

まぁこっちとしても、彼女ぐらい凄いとヨイショするのも楽なもの。

ネタを探るため、相変わらずこちらには興味なさそうなイルマさんに雑談を振りながら、アナウンサーの夕凪さんの到着を待った。

 

「ねぇねぇ、透くんはなんで役者になろうと思ったの?」

「そうっすねー、元々芸能界には興味があったんですけど……実はイルマさんが何年か前に出てた映画を見て感銘を受けまして、やっぱり役者って面白そうだなーと……まぁ、歌手になっても敵うわきゃないじゃないですか、それもあってって感じです」

 

結局なぜかあれから丸々一時間待ち、十九時に始まった合コン。

俺はなぜかあんまり喋らないイルマさんの隣で、連れてきた友達をほったらかしてこっちにガンガン来る夕凪さんを躱しながら……

来る途中でwikiったイルマさん情報をぶん回して、必死のヨイショを敢行していた。

イルマさんが映画に出てたっていってもほとんどカメオ出演みたいなもんらしいが、まぁ嘘は言ってないしな。

 

「へぇー、やっぱ八代の人って、みんなイルマさんの事尊敬してるんだねー」

「そりゃそうじゃないですかぁ! みんながイルマさんを目指して八代に入るようなもんですよ。我らが姉貴、いや姉さんは精神的支柱っていうか……やっぱ色んな意味での八代の顔、リーダーなんすかねぇ」

 

そうやってちょっと言いすぎる事で、否定のために話に割り込んでもらおうと……背中で汗を掻きながら、そんな話をぶち上げる。

だが、なぜか我らがイルマさんは沈黙したままだ。

夕凪さんのボディタッチを躱しながらちらりと彼女の方を見るが、まるで女神像になったかのように彼女は動かない。

俺の話にウンウン頷きながら、小声で何かをボソボソ言っているだけ。

クッ……どうなってるんだ……なぜ現代最高の歌姫が、合コン初めての処女みたいなムーブを……

 

「そ、そういえばお二人はイルマさんとはどうなんですか? どういう繋がりなんですかね?」

「えー、私は年始の特番でご一緒させてもらって……その打ち上げで、席が近かったんですよね?」

「えー、そうなんですか? イルマさん」

 

俺がそう振るが、イルマさんの反応は鈍い。

 

「まー、そのー、そうですねー、そうでしたねー」

 

彼女はなんだかニコニコ顔で夕凪さんの胸元を見ながら、小声でそんな相槌を打つだけだ。

駄目だ! この処女動きゃしねぇ!

 

「え、えー? どんな話したんすか? 八代にいる時以外のイルマさんってあんま知らないから気になるなぁ」

「えっとねぇ、イルマさんの趣味の釣りの話とか? あとイルマさんが凝ってるオーディオの話とか? 色々話してくださいましたよね?」

「釣り! 好きですよねーイルマさん! 夕凪さんはどうですか、釣りってやったこと?」

「うーん、興味はあるんだけど、難しそうで……」

 

しめた! 俺はイルマさんの膝頭をポンと叩いて合図を出し、イルマさんを両手で差す。

 

「いい先生いますよ! ここに! イルマさんマジで教えるの上手いんで、もう一緒に行ったら絶対楽しいっすよ!」

「えー、そうなんですか? 透くんも一緒に行ったり?」

「もちろんですよ! 僕の釣りの師匠ったらイルマさんしかいませんよ。僕は今撮影の関係で釣り禁止なんですけど、イルマさんはもう釣りって言ったら割とスケジュール空ける方なんで」

「そうなんだぁ」

「今度お二人で行ってきたらどうですか? 最近は釣りができるキャンプ場みたいなオシャレなとこも色々ありますよ」

 

全力で嘘を付きまくって出した、渾身の大パスだ。

合図とばかりにポンポンポンポンと形のいい膝を叩きまくるが、相変わらず隣の車のアクセルは異常に鈍い。

 

「んやー、まぁー、そー、そうですねぇー、行きたいですねぇー」

 

イルマさんはムニャムニャそんな事を言いながら、夕凪さんをチラチラ見るばかり。

行きたいじゃなくて、今誘えよ!

その後もなんだかムニャムニャするばかりのイルマさんをヨイショし続け……

俺はろくに飯も食わず、事故なくペラを回すために酒も飲まず、ひたすら喋り続けてヘトヘトになった。

そして一息つくためにトイレに行った俺が、戻ってきた時に見たものは……

無言でひたすら酒を飲み続けるイルマさんと、スマホで電車の時間か何かをチェックしている向かいの席の二人の姿だった。

駄目だこりゃ……

 

「じゃあ撮りますよー、透くん、カンフーポーズして」

「はい!」

「おおーっ! ヤンさんだヤンさんだ!」

 

最後に居酒屋の前で夕凪さんたちお二人と交互に記念撮影をして、飲み会はお開きになった。

残されたのは、結局シラフの俺と、間を持たせるためか一人飲みまくってへべれけになった歌姫だけ。

さすがに放っていくわけにもいかず、俺は彼女を自分の車へと連れて行った。

 

「イルマさん、どこまで行きますか?」

「八代で」

「事務所でいいんですか?」

 

返事はない。

どうやら意中の人の前でなければ、お酒を飲んでいても尊大に振る舞えるらしい。

なんか、本当に叔母の言っていた「処女をこじらせたガキ大将」そのまんまの人なんだな。

車が走り出すと、俺のスマホの音楽プレイリストが自動で流れ出し、無言の空間を埋めた。

だが、しばらくするとイルマさんは、後部座席に寝転んだままぽつりぽつりと喋り始める。

 

「……酷い音質ですね」

「そうなんですか? すいません、気にした事もなくて」

「今時はカーオーディオも進化していますよ。五十万もあればそこそこの音質になります」

 

五十万も何に使うんだろうか? でっかいスピーカーでも積むのかな?

とは思うが、俺は聞き返さない。

今日一日で、なんとなく彼女の輪郭ぐらいはわかったような気がするからだ。

愛嬌があって胸のでかい女が好きで、釣りが好きで、音楽が好き。

気難しくて人間が嫌い……というわけでもなくて、多分あんまりキャッチボールをする気がないだけだ。

今のカーオーディオの話だって俺に話しかけたというよりは、半分独り言のようなものなのだろう。

 

「…………」

 

なので俺が黙っていれば、それ以上何か言ってくる事もない。

結局文句を言っていた割には、彼女は寝転んだまま黙って音楽を聞き……

居酒屋でのダサさが全て嘘に思えるような女神の歌声で、流れている流行歌をハミングしはじめる。

窓を開けたら、周りの車が聞き惚れて事故りそうだな。

そんな事を考えながら、俺は黙って八代へと車を走らせていたのだが……

 

「これ、最新チャートですか?」

「え?」

「それにしては、私の曲が入っていませんが……」

 

やべっ、こないだ全部消したんだった。

俺は慌ててスマホを操作して、サブスクの最新チャートに接続する。

そうすればチャートの一番上にあったイルマさんの曲が流れ始め、一安心だ。

ちょっと機嫌が良くなったらしい後部座席をルームミラーでチラ見していると、寝転んだままの女神から声がかかった。

 

「透さん」

「はい」

「今日のアシスト、なかなか良かったですよ」

 

え? アシストだってわかっててあんなにフニャフニャしてたのか?

 

「ありがとうございます」

「あなたぐらいの年なら、まだまだわからない事かもしれませんが……女というのは喋りではなく、目で殺すのです」

「……な、なるほどぉ……べ、勉強になります」

 

あんた胸ばっかり見てたじゃん……とは言えない。

ルームミラーのイルマさんは長い脚を組んで、満足そうにムフーと息を吐いている。

 

(あおい)さんに言っておかないといけませんね、来月には熱愛報道が()ると」

「…………」

 

載らないと思うけどなぁ……

まぁでも、イルマさんレベルになるとモテないなんて事はないと思うから、色々やり方があるんだろう。

もしかしたらだけど、ほんとに来月には週刊誌の表紙を飾っているかもしれない。

言いたい事を言って気分が良くなったのか、彼女は後部座席で自分の曲を熱唱し始めた。

酔っ払いのバカでかい声で歌われるその歌を、俺は聴くともなしに聴いていたのだが……

なぜだろうか、気付いた時には目から涙が溢れていた。

 

「……あれ」

 

本当に、さっきまであんなにダサい先輩だと思っていたのに……

こんな間近で歌を聞かされると、やはりその神性は凄まじく。

問答無用で耳を奪われ、心は打たれ、胸は高鳴り、目には自然と涙が滲んでくる。

完成された神の歌声と、なんともめんどくさい性格。

本当に、なんとチグハグな先輩なんだろうか。

 

「……イルマさん、やめてください」

「ん? なぜですか?」

「感動して泣いちゃうんで、事故りますよ」

「んふ……意外とかわいい事を言いますね」

 

イルマさんは口の端で笑いながら身を起こし、ルームミラーの向こうからじっとこちらを見つめ……

しばらくしたら、飽きたのかスマホをいじりだした。

振り回されるだけの飲み会だったけど、最後にちょっと歌でご褒美貰った気分だな。

セイレーンの歌声がなくなった後は何事もなく運転ができ、無事事務所へと到着。

「タクシー代です」と、電子マネーで富士山まで行けそうなぐらいのお小遣いを貰い、俺とイルマさんの合コンは終わった。

終わったはずだったのだが……

 

『透さん! お酒を奢ってあげるからすぐにいらっしゃい!』

「え? あ、はい……」

 

速攻で夕凪さんにフラれたイルマさんに呼び出され、俺は合コンの残念会にまでしっかりと参加した。

そしてその時に一枚撮らせてもらった、やけ酒でベロベロになった彼女とのツーショット写真をSNSに上げ……

それが初めての万バズ? という奴になったと、後日しずえもんから教えられたのだった。

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