あべこべ貞操逆転世界で七光り役者生活 作:関税破産お嬢様
都内にある、百人程度のキャパシティの試写室。
そこは現在人で完全にギュウギュウだった。
真ん中の一番いい席にはうちの婆ちゃんを始めとした、スポンサーのトップ層のおばさま方。
その他の席にはメディア関係者、そして協力関係者、スポンサー社員、そして俺達制作陣、その他諸々。
招待した人のほぼ全員が来てくれて、オリジナルビデオにしては結構大規模な試写会になった感じだ。
「透くん、さっきの挨拶よかったよ」
「いや緊張しました……あんなんでよかったんですかね?」
「全然、堂に入ってたよぉ」
俺は主演でもあるが、プロデューサーでもある。
そのためさっきまで監督と一緒に壇上に出て挨拶をし、主に映画のマネタイズに関する方針を語る羽目になっていた。
この映画は元々スポンサーから「好きにしていいよ」とポンと金を貰った形だが、一応相手にだって会社での立場があるのだ。
「楽しく作りました!」では済まされない、この映画をきちんと金にする気はあるという事を示しておくのは大切だった。
特にこの映画に関してスポンサーが出したのは、宣伝目的の協賛金ではなく、収益に応じて製作委員会に分配金が返ってくる出資金。
元々はひばりグループからの協賛金で作り始めた映画プロジェクトだった気がするが……
いくつかのスポンサーが集まるうちに事情も変わり、ぽっと出のオリジナルビデオに「宣伝効果を期待して」という形では金を出しにくいという事で、一応「売れたら回収できますよ」という製作委員会方式になったのだ。
形が変われば、こちらに求められる事も変わる。
という事で……なんちゃって映画プロデューサーだった俺も、それっぽい事を色々やらなきゃいけない立場になってしまっていたのだった。
「透くん、マジで向いてるかもね」
「え?」
「映画ってのはどこまでいっても博打だからさ、スポンサーが納得して金預けられるプロデューサーってのは貴重なんだよ」
「会長たちはともかく……社員たちは納得してましたか?」
「一番上が納得してりゃそれでいいのさ。結局プロデューサーってのは、肩書と経歴と雰囲気が大事でね。君は肩書と雰囲気を持ってるから……あとは経歴さえつけばさ、マジでバンバン金引っ張ってこれるようになるよ」
「いや、プロデューサーとしての資質とか実力とかは……?」
「そんなもんそんなもん、どっからでもできる奴引っ張ってくればいいんだよ。ヒト・モノ・カネを引っ張ってくるのがプロデューサーの役目だよ」
小声でそう言いながら笑う監督の顔が、パッと暗くなった。
場内の照明が落ち、もうすぐ上映が始まるらしい。
俺は隣に座る監督に会釈をして、スクリーンへと顔を向ける。
そこには「ご挨拶!」とばかりに、西洋風の石造りの建物に忍び込もうとする、映画冒頭の
エリートスパイ烏龍は所属するUNISの日本支部から麻薬をバラまく敵組織エスクワイアを探る指令を受け、女をコマし邪魔者をぶっ殺す事で事件の全貌を探っていく。
下部組織の女を一人コマしては次の組織が浮かび上がり、また一人コマしては次の組織。
大人向けスパイ映画という事もあり、ぶっちゃけちょっとややこしいストーリー構成をしている。
人から解説されなきゃわからないような内容でもないが、上映中にトイレに行ったら迷子になるかもしれないぐらいには複雑だ。
なんせ、作中に組織がいっぱい出てくるのだ。
主人公たちが所属する『
そしてその日本支部が敵対する組織である『エスクワイア』。
それを下部組織である『T&S』『
そして国際的ブラックマーケットを営む、超法規的組織『
こんだけ固有名詞を羅列されれば、普通は覚える気なんてなくなるだろう。
「ストーリーなんすけど、こんな複雑でいいんですか?」
……と、実際制作中に監督に聞いてみた事もあった。
だが、監督から返ってきた答えは意外なものだ。
「おっ、透くんもようやくその境地に来たね」
「え? なんすか?」
「これでいいのかなって感じてるんでしょ?」
「いや、まぁ……」
「おんなじ作品ずーっとこねくり回してたらさ、どうしてもそうなってくんのよ」
監督はしみじみと頷きながらそう言った。
そして、俺の顔を見ながら、笑顔でこう続けた。
「まあでも大丈夫。エンタメ作品のストーリーってのはさ、矛盾がなければ案外視聴者の中に自然と流れていくから。視聴者が気にするのはさ、流れと勝ち負けの方なんだよね」
「流れと勝ち負けってどういう……?」
「たとえば、烏龍が女コマして得して、悪者をぶっ殺す。それがこの映画の流れでしょ?」
「まぁ……簡単に言えばそうなんすかね?」
「んで、最後は烏龍が勝つ。大半の視聴者が気にするのはこの部分だけ、見た後に記憶に残るのもその部分」
「そういうもんですか?」
「もちろん、通しで見れば違和感ないようにするけどさ。案外観客ってストーリーは気にしてないよ。ストーリーってのはキャラクターやエピソードが流れる川だから、そこそこ真っ直ぐで、急だったり
「そ、そうですか……?」
やはり、監督にはきちんと方法論があるらしい。
スポンサーの差し入れの缶コーヒーを飲んでいたその時の彼女は、半分ほど入ったコーヒーをチャプンと揺らしてこう言った。
「まあでも、世の中にはキャラクターやエピソードよりもストーリーが凄いって映画もやっぱあるよ? たとえばさ、ストーリーの川がこのコーヒー缶の中に繋がってたらびっくりするよね?」
「想像もつかないっスけど、まぁ……」
「川だと思ってたらコーヒー工場のラインだったってわけだ。宇宙船が他の星に不時着したと思ったら、実はそこは地球だったみたいな」
「あ、なるほど!」
「まぁ、そういう事やるのも面白いけどさぁ? あんまり趣味じゃないんだよね」
そう言って、少女のようなあどけなさで笑っていた監督。
そんな彼女の
画面の中の俺は、自分が見ても凄い色気で女体を貪っていた。
『あっ……ああっ……』
「あらあらあらーっ!」
なんか客席から声がするなと思って視線を向けると、中央の席に陣取ったスポンサーのお婆さんたちが大興奮していた。
まぁ、気持ちはわかる。
とても本当にヤっていないとは思えない、まさに監督
『あなた、どういう人なの?』
『銀行員』
『嘘、銀行員ってせっかちな人ばっかりよ。こんなに上手くないわ』
画面の中の烏龍はコマした『エスクワイア』の下部組織『T&S』の社長秘書とのピロートークをしているが、その後で彼女からしっかり指紋とICカードをコピー。
そしてそのまま会社に忍び込み、情報を抜いて『T&S』社長が親族名義で持っていた工場へ。
工場の周囲を警戒していた黒服に、烏龍は背後から近づいていく。
『…………』
そしてその首筋にチョップを打ち込み、黒服から工場入り口のICカードを奪い取る。
そのまま侵入した工場内部で黒ギャル扮する敵の幹部と大立ち回りを行い、逃走時も会う敵みんな殴って撃って皆殺しにして帰っていった。
ハリウッドから引っ張ってきた特殊メイクさんの功績は凄まじく、倒れた敵の頭や顔はきちんとグロい。
ともかく、これが監督の言っていた「烏龍が女をコマして得し、悪者をぶっ殺す」流れだ。
『烏龍』はこれを三回繰り返して、最終的に敵のボスをぶっ殺す話。
そう考えると、たしかに流れがしっかりできている。
俺もここしばらく烏龍から離れていたという事もあってか……
複雑だと思っていたストーリーも、通しで見ていれば監督の言う通り案外気にならないものだった。