あべこべ貞操逆転世界で七光り役者生活 作:関税破産お嬢様
大好評だった試写会を経て、あとは発売するだけ! ……ではなかった。
なんと烏龍制作委員会こと『UNIS広報部』より、追加予算の提案と共に
最初と話が違うよと思いながらも……俺は井門監督の行きつけだという新宿の喫茶店に出向く。
そして、そこで待っていた井門監督に再編集について相談してみると。
「まぁ、そんな話も来るかもとは思ってたけどね」
と、ピザトーストでビールを飲みながら、彼女はしたり顔でそう言った。
どうも詳しく話を聞くと、監督は配信版を編集し終わったあと、すぐに劇場公開版を編集にかかっていたらしい。
「
「そういうもんですか?」
「そういうもん。別にこっちも商売だから、カットはいいんだけどさ。人間にとって一番大事な愛であるエロスを否定されるとさ……一体他に何を表現しろってのかわかんないよね」
監督はなんだかつまらなさそうな顔でそう言って「ま、とにかく……」と話を続けた。
「物はもう出来上がってんだよね」
「え!? マジですか?」
「ま、ロハで残業しちゃうぐらい、私もこの映画に懸けてるって事かな。とにかくクラウドにR15版を上げとくからさ、明石さんに回しといてよ。PG12は無理だから、そこだけ」
「わかりました!」
今思えば、烏龍のベッドシーンには大量のカメラが用意されていた。
あれは監督のこだわりもあったが、こういう時のための保険でもあったのか。
八代に戻ってから明石さんと確認したR15版は、白ギャル以外の女優さんでも局部が隠され……
明らかにヤッているシーンでは絵が寄ったり、壁に投影された影がそれっぽく動くだけになっていたりと、配慮の塊になっていた。
製作委員会がどういう動きをしたのかはわからないが、もう物があるならと、あっという間に劇場公開の話は先へと進んだらしい。
その数日後に再び明石さんに呼ばれて八代に向かった頃には、共有チャットの通知がない瞬間がないってぐらいに色々な事が動き出していた。
「透さん、劇場公開に当たって新たに広告代理店の選定をしました、確認してください」
「えっ、テレビCM打つんですか?」
「当然です、スポンサーから三億の追加予算が下りましたので」
さすがにこの辺りで俺も「なんか凄いことになってきたな……」という感じになってきていた。
明石さんが俺に出してきた資料は、広告代理店と検索すれば一ページ目に出てくるような巨大企業ばかり。
ビデオスルーの企画だった時はお安めのWEBメディアにしか頼めず、プロデューサー自ら広告戦略に打って出る始末だったのに……
スポンサーから追加の資金を集めてくれば、こうしてその何百倍も効果がありそうな宣伝をバンバン打てるわけだ。
井門監督が語っていた「集めてくるのがプロデューサーの仕事」という話が、実感としてちょっとわかった気がした。
「それとスポンサーからの口添えもあって、公開劇場の方もいくつか話が進み始めましたから。ここは駄目というのがあれば言ってください」
「いや駄目なとこなんかないですけど」
「では全てOKですね」
そんな話をして、何日も経たないうちにバンバン色んな予定が決まっていった。
もう既に烏龍の封切り日は、試写会からだいたい二ヶ月後ぐらいの金曜日と決められている。
井門監督のコネで決まっていたピンク映画館だけだった公開予定館も、なんだか知らないがポンポンポンと増えていった。
気がつけば一部のシネコンでの公開まで決まっていて、情報が共有される頃にはすでに劇場のホームページに予定まで載せられていた。
次に明石さんに呼び出されたのは、その一週間後の事。
まだ大学生の俺ですら、連日の会議会議調整調整の仕事ラッシュでヘトヘトなのに……
彼女は全く疲れた様子もなく、紙コップのタワーができた机から一枚の紙を取ってこちらに渡してくる。
そこには、拳銃を持った俺と白ギャル、そして『ナンバーセブン -烏龍-』というタイトルが印刷されていた。
「劇場で販売予定の
「えーっと……明石さんこれって、当初の予定通り一万枚作るんでしたっけ?」
「そうですね、一万枚を売り切ったら増産を考えます。そもそも、元はサブスク配信でゆっくりと売上を出す予定でしたので」
「これぶっちゃけ、一万枚も売れますかね……?」
俺がそう聞くと、彼女はあっけらかんと「厳しいでしょう」と答えた。
「一枚七千円のこのブルーレイですが、仮に一万枚全部売れても儲けは四千万円を割ります。あくまでファンアイテムとして割り切るべきですね」
「そういうもんですか?」
「物理メディアは出せば出すだけ赤字……と言いたいところですが、どうせレンタル店用に生産自体はする事になりますし。今の時代どこから何に火がつくかはわかりません。八代としては売り時を逃さないよう、物理メディアでも商品を出していく方針です」
なんというか、プロデューサーとして関わってみて改めてそう思うが……
映画ってのはやっぱり、黒字にするのが難しいんだよなぁ……
ぶっちゃけ、こんなもんは博打も博打、大博打だ。
役者ってのは、誰かの振った壺の上で踊っているだけの存在なんだなぁ……
たぶん今の俺は、本当に得難い経験をさせてもらっているのだろう。
もし役者だけをやっていたなら、こんな胃の痛い思いは一生する事がなかっただろうからな。
「あと透さん、ダイテンヨーさんからこんな企画が来ていますが」
「ありがとうございます。……えっ? 烏龍缶?」
明石さんが渡してきた企画書は、スポンサーである飲料系メーカーのダイテンヨーが発売している缶コーヒーのラベルを、烏龍のキャラクターに変えたものだ。
つまり、タイアップ商品の話って事だろう。
そりゃもちろん、やってくれるなら嬉しい、嬉しいのだが……
公開まではもう一ヶ月ぐらいしかないのに、そんな短期間で特別パッケージを作るって大変なんじゃないだろうか?
「それと六曜百貨店さんで、烏龍の使用衣服や小物のセレクト冊子を作るそうで、こちらから情報を共有しておきました」
「あ、ありがとうございます」
「あと
「はいっ」
「ひばりグループさんの方では、映画館と同じ建物にある店舗で半券を用いた割引キャンペーンをするそうです」
「はい」
なんだか、最初のR18版の時にはなかったような話がどんどん出てくるな……
なんというか、試写会から急にスポンサーが前のめりになった気がする。
たしかに烏龍は、かけた予算の割には……ではあるが、ヒットしそうな感じがする映画だ。
白ギャルこと金田
だがそれだけで、これまではある意味不干渉だったスポンサーたちが急にやる気満々になり……
宣伝のために、最初のほぼ倍額の追加投資をポンと出してくれたという事実。
それは俺にとって、ちょっとまだ現実感のない事なのだった。
「だからなんつぅんですかねぇ、額が大きくて現実感ないですよね?」
八代の会議室で行われる、烏龍プロジェクト上層部による週に一度の定例会議。
それが終わった後の雑談中、俺が井門監督にそんな話をすると……彼女はこちらの顔を見て、何が面白いのかゲラゲラと笑った。
備え付けのパイプ椅子をギシギシと鳴らしながら、自販機で買ってきたコーヒーを持った手の指で、彼女は机の上の烏龍のブルーレイを差す。
「そりゃあね透くん、物があるからだよ」
「え?」
「あの三億円はね、そこに完成品があって売れそうだと思ったから、じゃあ販路を増やしましょうっていう、ある意味手堅い投資なわけ」
「それにしたって……最初の予算と同じ額ですよ?」
「透くん、大企業が毎年宣伝にいくら使うか知ってる?」
「えーっと……あ、そうか……一千億とか使うのか」
そういえば、うちの母親たちが広告費が高いと愚痴っていた事がある。
そんな母たちの会社であるアンダイは、たしか年に一千億ぐらいは広告に使っていたはずだ。
「それはだいぶ大企業の例だけど……うちのスポンサーは言ったって四社で六億、割れば一社一億五千万ぐらいでしょ? もちろんこの映画がコケなきゃだけど、広告費としては滅茶苦茶安い部類だよ?」
「たしかに、言われてみりゃそうなんですかね?」
「そういうもんだねぇ、マジで当たれば継続して宣伝になるし。著作権も持ってるから、続編が出るぐらい売れたらもう連チャンのフィーバータイムだよね」
「続編かぁ……そうなったらいいですね!」
「もし続編でも私が監督やらせてもらえたらさぁ、マジでプロデューサーの方から、スポンサーに海外ロケお願いしてよ! もうスタッフ連れてけるだけ連れて行ってさ! 豪華にやろうよ!」
「いいっすね! やりましょう!」
「予告してあるベルリンでもいいし、前に言ってたイタリアでもいいね! あ、アメリカもやっぱ捨てがたいな!」
「全部行きましょ! 全部! 烏龍、世界を股にかけたミッションって事で!」
「そりゃいいね!」
そんな何度目かの夢物語を語った日から二週間、十一月始めの金曜日。
俺が一年間関わってきた烏龍が封切りされる日が、ついにやって来た。
どういう理屈が働いたのか公開館数は増えに増え、全国区で上映される事になり……
広告代理店による、金田狂夢を前面に押し出したTVCMも打たれ、注目度も高まっている。
そんな日に……俺は一人、アメリカにいたのだった。