あべこべ貞操逆転世界で七光り役者生活 作:関税破産お嬢様
その話が来たのは映画公開日の二週間ほど前の事だった。
「透さん、仕事です」
烏龍の打ち合わせで呼び出された八代芸能で、明石さんはいつもの調子でそう言った。
「金田監督から正式に打診が来ました、ハリウッド映画です。ビザが取れ次第、ロサンゼルスへ飛んで貰います」
「えっと……それって、どれぐらい先ですか?」
「一番早い方法を使うので、早ければ烏龍の公開日には」
「それだと、烏龍の舞台挨拶は……」
「その点は、既にスポンサーと監督には周知済みです」
明石さんは「いいですか?」と言ってから、いつも以上に真剣な顔でこう続けた。
「透さん、これは我々営業が十年かけても用意できない、正真正銘の大チャンスです。気張ってくださいね」
「……はいっ!」
明石さんにそう言われると、俺もさすがにもう舞台挨拶がどうこうとは言えない。
そもそも烏龍はもう完成していて、プロの手による宣伝も打たれている。
あの作品は、もう俺の手を離れているのだ。
舞台挨拶と初動の宣伝だけは申し訳ないが、大チャンスには代えられない。
俺は烏龍の打ち合わせを熟しながら、諸々の手続きのために走り回った。
そして最短で手続きを終わらせ、烏龍が公開される前日に日本を発ったのだった。
『あなた、八代透?』
『あ、はいっ』
そして直行便で翌朝到着したロサンゼルス空港には、現地の案内人が待っていた。
長い髪を全部ポニーテールに纏めた彼女は案内人というか、金田監督のスタッフらしい。
車を運転する無口な彼女は、俺をホテルに案内してくれるのかと思いきや……
そのまま車は撮影現場へと向かい、サッカーコートかってぐらいデカい駐車場に停まる。
そこで待ち構えていたのは、久々に会う
「コピー忍者! よく来た!」
「金田監督! ご無沙汰してます!」
なんとなく少し痩せた感じがする金田監督は、俺をハグして背中をポンポンと叩いた。
「ついてきて!」
「はいっ!」
他のスタッフに紹介でもしてくれるのだろうか?
見たこともないようなデカいスタジオに入り、その中をずんずんと進んでいく金田監督。
その背中を追いかけていくと、天井を丸ごとぶち抜いた家のようなセットにたどり着いた。
それは精巧で手と金のかかったセットだったが……ここに来るまでにも同じようなセットが何個も並んでいたし、ここから奥にも同じようなのがポンポンと並んでいる。
こんな設備を見せられると、さすがにハリウッドとしか言いようがない。
日本映画とは本当に規模が違うんだな……
そしてその家の前に立っていた、ヘッドセットを頭に付けた女性が、俺の顔をチラ見してから監督に話しかける。
『監督、プロデューサーはブライアンのままでいいんじゃないかと言っていますが……』
『文句あるなら次の監督探させろ』
そう言って監督は進路を邪魔する女性を腕でどかし、後ろにいた俺に手招きをした。
なんか、ちょっと揉めてる現場っぽいな……
監督が家の中に入っていくと、そこからはドラムの音が聞こえてくる。
そういえばこの映画、ロックバンドの映画だって明石さんが言ってたな。
バンド映画のアクションってあんまりイメージできないけど、何をやらされるんだろうか……
『テンポテンポテンポ! メトロノーム聞こえてんのか!?』
『合ってるだろ!!』
監督が地下部分にある部屋の扉を開けると、そこでは金髪碧眼の青年がドラムに座って、隣に立つ壮年の女性と口論をしていた。
壮年の女性はアフリカ系で、屋内だと言うのに色の濃いサングラスをつけている。
そんな彼女は入ってきた監督を見て、不満げに口を尖らせた。
『そいつが新しいドラマー候補? あたしはもう教えるのにも疲れたんだが……』
『監督! このロートルロックスターになんとか言ってやってくれよ! 俺は十分叩けてるだろ!?』
監督は無言で二人の間に足を進め、青年が壮年の女性を差したドラムスティックを引ったくった。
『ヘタクソ! お前クビ! 消えろ!』
『はぁ!? 俺の代わりはそいつかよ!? アジア人にドラムなんか叩けんのか!?』
『もう一度言う! 消えろ! クビだ!』
監督にそう言われた青年はドラムスティックを投げ捨てて立ち上がり、すれ違いざまに俺の顔を睨みながら肩をぶつけてきた……
そして疲れていたのだろうか、バランスを崩してすっ転んだ。
『……あの、大丈夫?』
『うるせぇ!!』
悪態をつきながら彼は立ち去り、監督の後をついてきたスタッフさんたちも「もうお手上げ」といった様子で肩をすくめている。
壮年の女性は深くため息をついて、青年の投げ捨てたドラムスティックを拾い上げ、金田監督の手からもう一本を回収して俺の元へ来た。
『それで、あー……』
『透です! 透八代!』
『わかった透、知ってるかもしれないけど、あたしはクイン、クイン・メイフィールドだ』
『よろしくお願いします!』
コーンロウの彼女は、ニヤニヤ笑いながらこちらを見ている監督を見て肩をすくめ、ドラムスティックを手渡してきた。
『まずは君のドラムを見たい』
『え? ドラムっすか? 俺が?』
『役柄を聞いていないのか?』
『すいません……急に呼ばれて来たもので……』
明石さんが役柄を言わなかったって事は、多分金田監督は『似通う刃』の時と同じように「とにかく役者を送れ!」って感じで俺を呼んだんだろう……
あの時も俺は、当日に現場入りするまでカンフーをやる事すら知らなかったからな。
『とにかく、何でもいいから叩いてみてくれ』
『わかりました……』
椅子に座った俺は、とりあえず左から順に右手のスティックを叩きつけた。
チン! パン! タン! タン! トン!
その様子を見て頭を抱えているクインさんを見て、俺は最後に足元に残っていたペダルを踏んだ。
だがドン! と鳴る足元の太鼓と共に、彼女の俯きは更に深まったようだ。
『クイン、コピー忍者に手本見せろ』
『監督、どう見てもこいつはド素人だ。ブライアンを呼び戻そう、あたしからも謝るから』
『いいから見せろ、そいつはコピー忍者。何でもコピーする』
腕を組んでそう言った監督をちらりと見て、クインさんはやれやれと肩を落としながら俺と場所を代わった。
彼女は俺に力ない笑みを向けて、諭すようにこう続ける。
『いい? 簡単なのをやるから、それからチャレンジしてみよう』
『はいっ!』
『セットの名前は知ってる?』
『いやすいません、知らないです……』
『そうか……』
クインさんはゆっくりと、ドラムセットのパーツの名前と使い方を教えてくれながら……
なんとなく聞き馴染みのあるビートを刻んだ。
『エイトビートだ』
『あ、なんか聞いたことあります』
『これがロックの基本だよ』
足元にある太い音のバスドラムを一回踏んだら、手元の軽くて高いスネアドラムを左手で一回叩く。
そしてその間に左にある、シンバルを二つどら焼き型に合わせたハイハットを、ペダルを踏んで
『まずはこれを覚える事から始めよう。大丈夫、君がもしどんなに不器用でも……三日もあればできるようになるよ』
『はいっ!』
俺はクインさんと場所を交代して、スティックを握った。
えーっと……あ、そうだ。
「監督! 回して貰っていいですか?」
『おお! そうか! カメラ回せ!』
監督の声で、撮影班がでっかいカメラを持ってくる。
その巨大なレンズが、俺の方を向く。
『じゃあいくぞ! アクション!』
その言葉と共に、俺の中のスイッチが切り替わる。
さっき見た通りに身体は動き、ゆっくりとしたビートがドラムから飛び出していく。
クインさんと同じだけ叩いたところで身体を止め、監督の方を見た。
『カット! いいね!』
『……おいおい監督……人が悪いな。あたしをからかってたんだろ? 経験者じゃないか』
『いや、マジで初めてですよ』
『もういいよ、その嘘は……それよりもう一回叩いてみてくれ、さっきはびっくりしてちゃんと聞けてなかったから』
クインさんは苦笑していたが、監督がカメラを回して俺がもう一度叩くと、急に真剣な顔になった。
『そんなわけない……か……』
そんな事をブツブツ言いながら、カメラのところに行ってヘッドホンを借り、今の動画のリプレイを見始めた。
『これ、透の音だよな?』
『そうだよ?』
彼女は戻ってきて、なんだか少し恐怖が混じったような表情で俺を見た。
『透、もう一回叩いて』
『いいっすよ』
もう一度叩くと、彼女はまた頭を抱えて……小さく『オーマイゴッシュ』と口走った。
『透……君のドラミング、あたしと全く同じ音じゃないか?』
『え? 同じ音になってます? じゃあちゃんと叩けてるって事ですか?』
『いや……叩けてるっていうか……あ、そうか! 録音だろ? あーっ! そうか! おかしいと思ったんだよ……はぁーっ……』
笑いながらそう言った後、彼女はドラムの周りをバンバン叩いて何かを探し始めた。
『おかしい、スピーカーがない……スピーカーがないとおかしい……』
もちろん、俺は自分で叩いている。
スピーカーなんてあるわけがない。
『嘘だ……そんな人間……いるわけが……』
なんだか悲痛な表情でそうこぼす彼女の肩を、後ろから金田監督がポンと叩いた。
『もういいか? コピー忍者にドラムを教えてくれ』
『監督、そのコピー忍者っていうのは……結局何なんだ?』
『コピー忍者は何でもコピーする。そして、カメラの前で演じる』
『そんな事……できるか? 日本人っていうのは、みんなそうなのか……?』
『日本にもそんなにいない』
監督とそんなやりとりをして、なんだか今にも崩れ落ちそうなクインさんは、ゆっくりと立ち上がった。
そしてフラフラとドラムに座り……
コピーできるものならコピーしてみろと言わんばかりの、高速で複雑で長いビートを叩き……
かと思えば途中でいきなり速度を緩め、思わず腰が動きそうなノリノリなビートに移り……
最後は一瞬音をピタッと止めたり、スネアのふちにスティックを引っ掛けて連打をするような変則ビートで締めた。
『…………』
さすがに、これは無理だろう。
手数が多すぎて覚えられないし、知らないテクニックばっかりだ。
俺はお手上げだとばかりに、椅子から立ち上がった彼女に対して笑顔を向けて両手を上げた。
だが彼女は無言で俺を席に座らせ、上げた両手にスティックを握らせる。
『……君がドラムの神の遣いならば、これぐらいは造作もないだろう』
『え? なんすか、それ……? 』
『これぐらい、コピー忍者なら余裕! いくぞ……! アクション!』
すぐ後ろに陣取ったクインさんに圧をかけられながらも、金田監督の声に身体は自動で反応する。
巨大なレンズがこちらを向き、収録の静寂の中で思考が加速していく。
そして俺の中のスイッチが……バチンと、火花を立てて切り替わったのだった。