あべこべ貞操逆転世界で七光り役者生活   作:関税破産お嬢様

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インプロとメンタルケア

耳をつんざく爆音が、身体を揺らす振動が、そして心を震わすビートが、このスタジオを支配していた。

 

ドンパパッパッパッパッパパパパ!

 

有名なプログレッシブロックバンドのプレイヤーだという、中年の白人。

その彼女の叩き出す音の連なりが、人がぎゅうぎゅうに詰まったこの部屋の中を吹き抜けていく。

 

ドンパパッパッパッパッパパパパ!

 

全く同じ音で俺が返すと、彼女は一気にエンジンをかけてインプロヴィゼーションのテンポを早めた。

二台横並びになったドラム。

どちらかが暴れれば、その間はどちらかが支える。

誰かが持ち込んだ巨大なベースアンプからは爆音でベースラインが流れ、このセッションに芯を入れる。

そしてワイドレンズをつけた巨大なカメラがそれをしっかりと撮影し、全てを記録していた。

 

 

 

アメリカに来てから二週間。

俺は時々ある衣装合わせ以外の時間は、来る日も来る日もひたすらドラムを叩いた。

毎日毎日日替わりでやって来るドラムの講師は、もう何人いたかも定かではない。

だが、それだけの人に教えられ、技術を身体に溜め込み、修正されながら使い方を教えてもらっただけあり……

俺はたったの二週間で、急速にドラムという楽器の使い方を理解し始めていた。

 

『ベースの音を聞けベースの音を! べースはお前の味方だ!』

『ギターは敵だ!』

『ボーカルも!』

 

そんな事を後ろから吹き込まれながら、流される例題曲にドラムを当てていく。

武術と同じで、ドラムにも型がある。

そう理解してからは、リズムを組み立てるのも楽になった。

ドラムには、ジャンルに対してきちんと正解がある、それさえ覚えればそうそう失敗はないのだ。

それと、俺が特に師匠たちに褒められたのは、テンポキープだ。

どうやら、俺にはそういう才能があったらしい。

 

『さっき練習した曲たちを頭から全部叩いてみろ、音源なしで! お前のリズムでだ!』

 

そう言われて、一時間ほど叩きっぱなしになっていたのだが……

それが終わった瞬間、スタジオ内が熱狂に湧いた。

 

『お前の中にはステンレス製のメトロノームが埋まってる! お前は天才だ!』

 

そう言いながら背中をバンバン叩かれたかと思えば、横から『アメイジング!』と頭を抱きかかえられたり。

なんだか大げさに思えるが、アメリカじゃこれが普通なのだ。

そんな中、俺の隣にしゃがみ込んだ、有名なスタジオドラマーだというお婆さんがこんな事を言いだした。

 

『よし決めた! 透! 映画が終わったらあたしが全米ツアーに連れてってやる!』

『あっ! 自分のバンドに誘うのはナシって決まっただろ! コピー忍者はメタル界の救世主になるんだよ! な! フェニックスにいいバンドがいるんだよ! ちょうどドラマーが抜けたとこなんだけど……』

『いやいや、メタルなんかよりさぁ、うちの娘が結構有名なバンドやってて……』

『お前の娘のオバハンバンドなんか知るか! 透! うちの孫はミス・ロサンゼルス郡に選ばれかけたんだが……』

『お前んとこのジェシーは予選落ちだっただろうが!!』

 

なんだか知らないが師匠たちはそんな話でどんどんヒートアップし始め……

みんながみんな、俺をどこかのバンドのドラマーに据えようと躍起になっていた。

どこまで本気かはわからないけど、撮影が終わってからでも多分無理だと思うんだけどな……

 

『俺、役者でビザ取ってるんで』

 

と俺がそう話しても、ドラムスツールの周りに集まった師匠たちは「そんな事はこっちでなんとかする!」なんて口々に言いながら……

それからもみんな楽しそうに、俺がドラマーとして入ったらこうなる! と、色々なバンドの話をしていた。

そんなスタジオに、バカ笑いと共に入場してきた人物がいた。

 

『コピー忍者! 準備できたぞ! 撮影に合流だ!』

 

それは初日以来会っていなかった金田監督だった。

なんだか二週間前よりも更に痩せたように見える彼女は、ドラムの師匠たちをどかして俺を連れ出した。

金田監督が連れている大量のお供と共に巨大なスタジオ内を歩いて向かった先は、演奏スペースのある酒場のセット。

奥にドラムセット、それを挟むようにギターアンプとベースアンプがあり、一番手前にはマイクがある。

そこには、三人の女性が立っていた。

 

『これでバンドが揃った!』

 

そう言いながら監督が紹介してくれた三人は、劇中の俺のバンドメンバーらしい。

ボーカルでタイムスリッパーのアシュリー役は金髪碧眼の白人で、本名はケイトさんという俺より少し背が低いぐらいの女性。

ギターのネイティブ・アメリカンのタルラ役は黒髪褐色肌で、背丈は俺の胸ぐらいで本名はイングリッドというらしい。

ベースのアフリカ系のラキーシャ役は長い黒髪を七三分けにしていて、アシュリー役のケイトさんと同じぐらいの背丈、本名はキンバリーというそうだ。

俺は彼女たちと挨拶を交わし、翌日から撮影に参加する事になった。

この二週間ほぼドラムしか叩いてなかったが、ようやく役者としての仕事を果たせそうだった。

 

 

 

サービスアパートメントに帰って、日本から送ってもらったパックご飯とレトルトカレーを食べる。

アメリカの飯はどうにも合わなくて、急遽日本にSOSコールを出したのだ。

そりゃあ都会だから、食うところは色々ある。

食べ慣れた味として、ハンバーガーチェーンやフライドチキンのチェーンなんかもあるにはあるが……

なんか日本で食べていたものよりも味が濃い気がするし、さすがに毎日だと辛くなってくる。

明石さんに依頼されたらしいしずえもんが送ってくれたのだが、中に大量のお茶パックやお茶づけ海苔が同封されていて正直ありがたかった。

烏龍の広報担当として俺が雇う形になっていたしずえもんだが、実はまだ契約は続行中。

彼は明石さんと契約を巻き直したらしく、現在は俺のマネージャー補佐としてSNS対応を担当していた。

そんな彼に広報用に写真を撮って送ってと言われて、町中で自撮りを撮って送ったりはしていたのだが……

何でもないような場所で撮ったつもりが、その写真から俺の居場所が割れたりしたらしい。

最初はこっちでも生配信をやろうって話になっていたのだが、それで一旦その話は取りやめになった。

さすがに特殊なファンがいるとはいえ、出ている映画の内容まで割れる事はないだろうけど……万が一の事もあるからな。

 

「おっ」

 

そんな事を考えていると、スマホに電話がかかってきた。

相手は七瀬、俺の事務所の同期生だ。

 

「はいもしもし」

『あ、透くん? 元気してる?』

「元気だよー、飯には飽きたけど」

『ご飯合わないんだ』

「合わない合わない」

 

七瀬は友情に厚い女なので、こうして海外にいる俺を気にかけてよく電話をくれる。

もしかしたら明石さんが俺のメンタルケアの一環で彼女にそれとなく頼んでくれたのかも知れないが、嬉しいものは嬉しいものだ。

気の知れた相手との英語じゃない会話というのは、二週間で既に俺の中に巣食いつつあったホームシックの虫を散らしてくれるものだった。

 

「そっちは休み時間?」

『いや今日はSHINOBIの練習、鈴木さんとこにみんな集まってるんだ』

 

SHINOBIというのは俺と彼女が去年の末に出た、年末恒例のアスレチック特番の事だ。

去年は七瀬もかなりいいところまで行き、今年の招待選手として選ばれていた。

 

「鈴木さんっていうとあの名物おばさんかぁ、俺も出たかったなぁ……」

『来年は出れるでしょ? ちゃんと練習して七瀬がお手本見せれるようにしとくから。え? いや違いますよ』

「どした?」

『んーん、なんでもない』

 

なんか電話の向こうから黒ギャルっぽい声が聞こえた気がしたけど、まぁ彼女もSHINOBI組だしな。

去年は失格になった時凄く悔しがってたし、練習に行ってる可能性はあるな。

まぁ機密保持契約っていうのはガチガチだから、俺も外部の人には撮影でアメリカに行っている事は話せない。

黒ギャルやピリカ先輩からも時々電話を貰うが、時間的に寝ていて取れない事が多いんだよな……

 

「とにかくさ、頑張ってよ。ネット配信見て俺も応援してるからさ」

『うんっ! 頑張るね! え? だから違いますってぇ真澄(ますみ)さん』

「え? 宇都宮さん(黒ギャル)もいるの?」

『あっ、そろそろ七瀬の番だから。また電話するねーっ』

 

そう言って電話は切れた。

なんか、あっちでも頑張ってるんだなぁ……

俺も明日からの撮影、頑張らないとな。

食べ終わった皿をシンクに置いたついでに外へ出ると、空は満天の星空。

だがカラッと乾いた空気に浮かび上がる星空は、日本で見慣れたものとほぼ同じだが……

なんとなく、それが余計に落ち着いたはずの郷愁(きょうしゅう)を刺激するような気がした。

 

「明日から撮影かぁ……」

 

俺はそのまま、電気も消さずにベッドへと飛び込み、無理やり眠った。

気持ちを切り替えるのも、明日に疲れを残さないのも、プロの役者としての役割だったからだ。

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