あべこべ貞操逆転世界で七光り役者生活 作:関税破産お嬢様
『この話? え? どんな話か聞いてないわけ!?』
そう言いながらソーダを啜るのは、主人公のアシュリー役の金髪碧眼の白人ケイト。
彼女は俺の三歳下の十八歳で、なんか有名な役者さんの娘らしい。
衣装を着て、メイクを受けての待ちの時間。
そんなケイトに何気なくこの映画のストーリーを尋ねてみたのだが……
彼女は大げさな態度で驚き、まるでドラマみたいに両手のひらを上にあげたのだった。
『実は、バンド映画でケイトの役がタイムスリップするって事しか……ケイトは詳しく聞いてる?』
『当たり前じゃん、普通エージェントからどんな話か聞いてから受けるんだから。あんた、そういうとこ適当にしてんのね』
細い首を傾げながらそう言ったケイトは、真剣な顔で俺を見つめてこう続けた。
『いい、透。あなたがこれからもハリウッドでやっていく気ならだけど、なあなあじゃ駄目、舐められちゃ駄目よ! どんな話でも強気で交渉、チャンスは最高値で掴まなきゃ!』
『え? な、なるほど……』
『透の出てる
『見てくれたんだ、ありがとうケイト』
『あんたはいい役者よ、だからこそよく考えなきゃ』
まさか最初の雑談でこんな話をされるとは思わなかったが、まぁ俺が考えなしなのは事実だからな……
久々の純粋な
でも金田監督だからなぁ……多分聞いたって教えちゃくれなかったとは思う。
俺がそんな事を考えていると、彼女はうーんと唸って形の良い下唇を吸い込んだ。
『エージェントから粗末に扱われたりしていない? 困ったらいつでも言って、いいエージェントを紹介するから』
ケイトは割と真剣に心配そうな顔で、俺の目を覗き込んでそう言った。
彼女はかなりズケズケ話す人間ではあるけど、別に悪い人ってわけではなさそうだ。
『大丈夫だよ、うちの事務所はみんな良くしてくれてるよ……そんでこの映画、どういう話なの?』
改めて俺がそう尋ねると、ケイトは左手で持ったジュースの缶の底を振りながら、得意げな顔で右手の指をピンと立てた。
『この映画はね、
『なにそれ』
『現代から六十年代にタイムスリップした音楽マニアが、自分の持っている未来の音楽の知識でロックの歴史を先に進めようっていう話なの』
『へぇー、なんか難しそうな話だね』
『そうかしら? 透は夜寝る前とかにそういう想像する事はない?』
もしかして、世の中では結構メジャーな妄想なんだろうか?
音楽なんてこれまでやった事もないから、考えたこともなかったな……
自分ならたとえタイムスリップしても、テック企業の株券を買う事ぐらいしか思いつかないだろう。
『夜はすぐ寝るから……』
『ストイックなのね』
彼女はそう言って肩をすくめた。
とにかく、俺はそんな未来人バンドの中の一人なんだろう。
そう考えると、あの厳しいドラム修行にも納得がいった。
多分この話だと、色んなジャンルのドラムを叩くことになるだろうからだ。
『あ、ケイトと透? もう仲良くなったんだ』
『ヘイ、キンバリー! ベースの練習はしてきた? また監督に、できるまで練習してろ! って怒鳴られるような事ないわよね?』
『してきたわよ……うるさいなぁ……』
『あなたのためを思って言ってるんでしょ? 私があなたの代わりにベースを弾けるわけじゃないんだから……』
その後彼女が会う相手全員にそんな感じで接しているのを見て、悪いけどちょっとだけ安心したのだった。
彼女は元々こういう人なんだろう。
『
ようやく撮影に参加できた初日、俺の撮影シーンは主人公との出会いの場面だった。
父が音楽家だったタクローは、その意向でジャズドラマーとして音楽学校で教育を受けている。
その帰りに、現代の格好をした変わり者のアシュリーと出会うというシーンだ。
監督の声で集中力が高まり、頭の中でスイッチが切り替わる。
場所はロサンゼルスの、古いダウンタウン風のセット。
クラシックな車が行き交う車道の脇の、古めかしい服装の人たちが行き交う歩道。
俺はそこを、スネアドラムを担いで歩いていく。
そしてその先には、金髪碧眼の女が立っていた。
『あなた、ドラマー?』
道の真ん中に立つアシュリーに突然そんな声をかけられ、俺は一瞬ちらりとそちらへ目を向けるが……
結局無視をして、そのまま歩き去ろうとする。
そんな俺のドラムバッグの紐を、後ろからアシュリーが引いた。
『待って待って待って! 待ってってば! お願いしたい事があるの!』
『……な、何?』
『今晩バンドのライブなんだけど、ドラマーがいないの! お願い! 手伝って!』
『無理だよ、そんな急に……』
訝しげにその顔を眺める俺を、彼女は無理にグイグイと引っ張っていく。
『絶対外せないライブなのよ! お願い! シンプルにリズムを刻んでくれるだけでいいから! ビールも奢るから!』
『えぇ? ……ちょっと、引っ張るなよ! なんなんだお前は!』
結局俺はそのまま強引なアシュリーに引きずられていき、しばらく行ったところでカットがかかった。
『カット! バッチリ!』
初めての英語の演技だったが、『似通う刃』の時とは違って、監督からバカヤロー! と怒られる事もなく、平穏無事にOKが出た。
やっててよかった英会話だな。
『ライブハウス内、
あの後屋外セットで何シーンか撮影し、屋内セットへ移動した撮影班。
そこで監督が撮影した、俺の次のシーンは……
アシュリーのバンドのメンバーに、ドラマーとして紹介されるシーンだった。
壁や天井が結構ボロの、車の手入れ用品が散乱しているガレージ。
そこにドラムとアンプを持ち込んで作られたスタジオで、俺はペール缶の椅子に座らされた。
『みんな! ドラマーを連れてきたわよ! えっと……』
『
『タクローよ!』
金髪碧眼のアシュリーがそう紹介すると、ギターを持ったネイティブ・アメリカンのタルラが俺の顔を覗き込むように見る。
『あなた、中国人?』
『いや、日本人だよ』
そんな話の間も、ベースのアフリカ系、ラキーシャは我関せずと言った様子でビールを飲むだけ。
人種も心もバラバラに見えるバンドメンバーを見回して、俺はアシュリーにこう尋ねた。
『で、ここは何の音楽をするバンドなんだ?』
『ふふん……うちのバンドは凄いわよ! 私たちのバンドがやるのは、ずばり未来の音楽! フューチャーミュージックよ!』
『フュ……フューチャー……?』
『聞けば一発! 凄さがわかるわ!』
『なら、さっさと聞かせてほしいんだけど……』
『OK! 聴いて驚きなさい!』
そう言って、アンプに繋がれたマイクの前にアシュリーが立つと、ギターのタルラとベースのラキーシャもそれぞれに楽器を持つ。
そしてアシュリーたちの生演奏で……
六十年代よりはもっと後の時代の、俺ですら知っているような有名な洋楽が流れ始めたのだった。