あべこべ貞操逆転世界で七光り役者生活 作:関税破産お嬢様
ようやく金田監督から「ギリギリOK」という言葉を引き出して、日本ではあり得ないと言ってもいいぐらいの規模のセットで生演奏を行った。
そうしてライブ映像を撮り切ったところで、ちょうどアメリカはホリデーシーズンに入る。
ハリウッド全体がどうなのかはわからないが、うちの現場はクリスマスから年始までの間は完全に休み。
ぶっちゃけ一回日本に帰ろうと思っていたのだが、俺は監督から直接「一応撮影終了まではアメリカにいてくれ」と言われ……
どうしたものかと暇を持て余していたところを、ケイトから実家のクリスマスパーティーに誘われた。
『透、暇してるなら遊びに来ない?』
『クリスマスって大事な日じゃないの? ほんとにいいの?』
『大事だからみんなで祝う日なのよ!』
そう言われてホイホイ招かれた俺だったが……
ケイトの母親は二人とも有名なハリウッド女優という事で、その姉妹も美女ばかり。
ついでに言うと他の招待客も美女だらけ、という事で、俺はちょっとだけ緊張していた。
『ママ、彼ってとってもドラムが上手いのよ。あとカンフーも』
だというのに、着いて早々にそんな紹介の仕方をされ……
彼女の母である家主も、ちょっと困り顔だ。
『そうなんだ、あなたは中国の方?』
『いや、日本人です』
『あらごめんなさいね、カンフーって聞いたものだから……』
『いえいえ、よく言われますから』
実際こっちに来てからはしょっちゅう間違われ、中国人の方から中国語で話しかけられて困ったりしていた。
まぁ、カンフー映画の中国人役で出世した有名税とでも思うしかないか。
『改めまして、透八代です! 役者をやっています!』
『知ってるかもしれないけど、ケイトの実母のソフィアよ』
ソフィアはアカデミー賞に何度もノミネートされた事のある名女優で、俺も映画で何度か顔を見かけた事がある。
彼女は娘とよく似た笑顔で、俺の差し出した手を握り返した。
『今日は楽しんでいってね』
『ありがとうございます! あとこれ、つまらないものですが……日本で良く食べられるお菓子です』
俺が一応持ってきた手土産のカステラの紙袋を手渡すと、彼女は大げさにワオ! と喜ぶ。
だが中身を出してみても、それが何かはわからなかったようで、首を傾げた。
『透、これなぁに?』
『カステラっていうもので、パウンドケーキみたいに切って食べます』
『オゥ! ジャパニーズパウンドケーキね! ありがとう! 後でみんなで頂きましょ!』
そんなちょっと緊張した挨拶も無事終わり、俺はケイトに色々な人に紹介してもらっていた。
このパーティに来ているのは役者が中心だが、制作側の人間も結構来ているようだ。
顔を広げるためにも、なんなら全員に挨拶をしておきたかったが……
なんだか酒を飲みながら難しい顔で話をしていて、入って行きづらい集まりもいくつかあった。
『いつもはこうじゃないんだけどね、ちょっと時期が悪いかな』
『時期?』
『えっとねぇ……あっ、アメリア! ちょっといい?』
そう言ってケイトが駆け寄ったのは、スラッとした長身のサイドを刈り上げた黒髪の女性。
『どうしたの?』
『こちら透っていって、今の現場で一緒の子なの』
『はじめまして! 透八代です!』
『アメリアよ』
挨拶ついでに彼女と握手を交わしたのだが、俺はその手の先が固くなっている事に気づいた。
『透はね、マジで凄いドラマーなの』
『へぇ、そうなんだ……あー、だから同じ現場なのね』
彼女はこちらの現場の事もわかっているようだ。
まぁハリウッドでは、映画関係者向けに脚本家がネットで脚本を公開しているからな。
今の現場の脚本もそこから来ているらしいし、知っている人は普通に内容を知っているのだ。
そんな事を考えていると、ケイトはアメリアにとんでもない事を言いだした。
『アメリア、今のバンドまだドラマーが決まってないって言ってたわよね? 一回透とやってみたら?』
『透と……?』
『おいおい、ケイト……』
『失礼だけど、私彼の腕前を知らないわ』
そりゃそうだ。
彼女がどういうバンドをやっているのかは知らないが、今知りあったばかりの男と組むわけがない。
だがケイトは自信満々で指を一本上にあげた。
『アメリア、あなた役者としてもミュージシャンとしても成功したいって、前に言ってたわよね?』
『そりゃあ言ったけど……』
彼女はそう言いながらツーブロックの黒髪をかき上げ、困ったようにこちらを見て笑う。
ケイトは俺の肩に手を置きながら、そこに更なる追撃をした。
『透の実力は
『本気……?』
アメリアはうーんと唸りながら唇を突き出して、やや時間を置いてからスマートフォンを取り出した。
『誰でも出れる年越しライブがあるんだけど、良かったら一回やってみる?』
『いいじゃない! 私も見に行くわ! ね、透も予定はなかったわよね?』
『え? まぁ……暇だけど』
『じゃあ決まりね』
そんな話で、いきなり俺の年末の予定は決定してしまった。
そして連絡先を交換したアメリアと別れてから、ケイトからはちょこんと頭を下げての詫びがあった。
『ごめんね、強引に話を進めちゃって』
『年末は暇だったから良かったけど、どうしたの?』
『ちょっとね……透ってこっちに来てから映画の現場に籠もりっきりでしょ? せっかくアメリカに来たんだから、色々な事を経験した方がいいんじゃないかって思ったの』
『それはたしかにありがたいけどさ……友達に、俺が絶対ドラマーとして大成するなんて言っちゃってよかったの?』
『ああ、それは別にいいの。決まってる話だもの』
『えっ?』
彼女は自信満々に胸を張って、口の端を上げながらこう続けた。
『だって私が主演の映画なのよ? 不朽の名作にならないわけがないんだから』
一点の曇りもない瞳でそう言い切って、ケイトは俺の手を引く。
そんな彼女の日本人とは全然違うぶっといメンタルにびっくりしながら、俺はなんだかんだと楽しいクリスマスを過ごしたのだった。
ちなみにお土産で渡したカステラは彼女の母たちにクリーンヒットしたらしく、以後俺は彼女の家で『カステラの彼』と呼ばれるようになった……そうだ。
年末まではやる事もないのでロサンゼルス観光をしたり、夜中まで起きて色々な人に電話をかけたり。
アメリアのバンド『ウイスキー・リベリオン』に呼ばれてリハーサルをやったりと、久々に役者の仕事から離れた時間を過ごしていた。
一応金田監督にライブに出る許可を貰いに行ったりしたのだが、彼女は「いい経験になる!」と快諾してくれた。
そのライブがネットで無料配信されるという事で、ドラムの師匠であるクインにも一応話したりしたのだが……
まさかその事が、アメリアのバンドをえらい目にあわせる事になるとは、この時の俺は考えてもいなかった。
と、そんな数日を経て、なんだかんだと俺自身も楽しみになっていた年末のライブの日がやってきた。
『透はビール飲まないの?』
『緊張しちゃって飲めないよ。お酒飲むとトチリそうでさ』
『そう? 緊張するからこそビールを飲むべきなのに……でも強いお酒は駄目よ、楽屋で寝ちゃうから』
そう言って口だけで笑いながら、ギターボーカルのアメリアは今日三本目のビールを飲む。
どうも彼女は結構緊張しているっぽく、さっきから落ち着きがない。
バンドメンバーのゴスファッションのベーシスト、シャーロットもベースを抱えながら貧乏ゆすりをしている。
というのも……このカウントダウンライブというのが、思ったよりも大きなイベントになってしまったのだ。
『まさかツアーから帰ってきたばっかりのフラックスが出演するなんて……』
ぽつりとアメリアがこぼしたのは、いきなり参加を表明して今日のトリに選ばれた結構有名なプロのバンドだ。
もともと地元の高校生なんかが参加して騒ぐだけの集まりだったイベントに、いきなりプロが出てきたのだ。
一気にバンドの参加予定は埋まり、チケットもソールドアウト。
今演っている地元の高校生バンドも、ほぼ満員の観客の前でタジタジになっているだろう。
しかもイベント自体が無料でライブ配信されているという事もあって、なんだかネットでも話題になっているらしい。
そしてこのフラックスというバンドだが……
『ヘイ! コピー忍者! もしかして緊張してるの? 青いわねー!』
ちょうどバーカウンターの方から戻ってきたフラックスの中年ボーカルが、親しげに俺の背中を叩いた。
『仕方ないでしょう、ライブなんか出るの初めてなんですから……』
『大丈夫よ! ママはあなたの事天才って言ってたんだから! ほんとにお世辞なんか絶対言わない人なんだからね?』
そう、フラックスとはなんと、俺の師匠たちの中の一人の娘さんのバンドだったのだ。
彼女は元々俺を見るために、このライブに来てくれるつもりだったらしいが……
メンバー全員の地元にあるこのライブハウスに若い頃に出たことがあり、出演バンドの枠も埋まりきっていなかったという事で……
どうせ見に行くなら出ちゃった方が良くない? と出演を決めたそうだ。
なんだか、ありがたいんだか迷惑なんだか……
まぁ、わざわざ親の教え子の様子を見に来てくれるんだから、悪い人ではないんだろう。
うちのバンドの
そんな中年ボーカルに若い頃の思い出を熱く語られていると、スマートフォンに電話がかかってきた。
画面に表示された名前は、ピリカ先輩のものだ。
「あ、はいもしもし透です」
『透さんですか? 出番ってあとどれぐらい先ですか?』
一応先日の夜中に電話で色々近況報告をした中で、今日のライブの生放送の話もしてあったのだが……
どうやらピリカ先輩は本当に見る気でいてくれたようだ。
「次の次の次なんで、一時間ちょっとあとですね」
『そうですか……申し訳ないんですけど、三十分後に特番の本番があるので見れなさそうですね』
「いや全然全然! 気にしてくださって逆に申し訳ないぐらいで……アーカイブも残りますし、正月のお暇な時間にでも」
『そうさせてもらいます、透さん、頑張ってくださいね』
「ありがとうございます!」
電話を切ると、中年ボーカルはニヤニヤ笑いながら、小指を立ててこちらを見ていた。
『日本のコレかぁ? 女もスティックみたいに鮮やかに捌きますってか?』
彼女はそう言って豪快に笑い、ビールを呷る。
なんか、
そう考えながらも、我らウイスキー・リベリオンを構い付けてくれるフラックスのメンバーとくっちゃべっている間に時間は過ぎ……
なんだかんだといい感じに緊張がほぐれた状態で出番がやって来た。
『やっぱりフラックスっていいバンドなんだよね、あたし前からいいと思ってた』
『あたしも!』
フラックスの参加が決まった時は「別に好きじゃないけど」なんて言っていたアメリアとシャーロットは、この一時間ほどですっかり親フラックス派になったようだ。
二人とも最初の緊張はどこへやら、やる気満々で舞台袖に立っていた。
『あ……そうだアメリア』
『なに、透?』
『ステージが始まる時にさ、俺に向かって言ってほしい言葉があるんだよね』
『いいけど、何て?』
『うん、アクションって言って』
俺がそう言うと、彼女は不思議そうな顔でこちらを見つめた。
『あー、スタジオでも言ってたやつね……ね、それってライツ・カメラ・アクションのアクション?』
『うん』
黒いソバージュを前から垂らしたシャーロットも、不思議そうな顔でこちらを見ている。
『それって、おまじない?』
『いや、変身……かな』
変身、そう言葉にしてみると、我ながら妙にしっくりくる表現だった。
前のバンドが鳴らすパンクロックが俺達の間を吹き抜けていく中、俺は二人の目をゆっくりと見た。
『俺は役者だから……その言葉で、ドラマーに変身するのさ』
そう言った瞬間、ジャーン!! と解決感のあるギターの轟音が鳴る。
前のバンドの演奏は終わり、ステージの照明が消えた。
『じゃあ行こうか、変身ドラマー』
アメリアはそう言って、俺の背中をポンと叩く。
『スタジオの時みたいに、凄いの見せてよね』
シャーロットもそう言って、俺の肩にトンとグーパンを入れた。
そして前のバンドが戻って来る中、俺達は粛々と転換を始めたのだった。