あべこべ貞操逆転世界で七光り役者生活 作:関税破産お嬢様
その日は朝からみんながそわそわしていたが、午前十時ぐらいに助監督が『決裂! 決裂!』と言って回ってからは一気に慌ただしくなった。
そう、
それが決裂したというニュースが、各メディアに流れたのだ。
全員が各所に一気に連絡を取り出し、監督は『これからは毎日残業してもらう!』と怒鳴る。
そしてその時日本は夜中だったはずなのに、俺のスマホにもすぐさま明石さんからの電話がかかってきた。
こちらでの実情をいくつか聞かれ、話は自然と俺のこの先の事に移る。
『撮影が止まったら一度こちらへ戻って来られますか?』
「いやそれが、監督がプロデューサーと交渉するって言ってて……」
『透さんをアメリカへ送り出す時は大チャンスと言いましたが、この間の会議でもああいう話が出ましたし……状況がこうなると、それは少し……』
「うーん……とりあえず、監督の答えが出るまでは待っていてもいいですか?」
『……わかりました』
そんな話をしてからの数日間。
『残業してもらう!』という監督の言葉通り、交渉決裂の日からストライキ決行日までは。ひたすら長時間の撮影が続いた。
……だがその事に対して、スタッフも役者も誰一人として文句を零すことはなく。
とはいえ、ついに運命の日はやって来た。
ストライキで、ハリウッド全体から役者がいなくなり。
数多存在した撮影現場は一斉に火が消えたようになって、撮影所は静寂に包まれた。
「コピー忍者を呼んでいてよかった」
監督が日本語でそう言ったのは、撮影スタッフと監督と俺だけが残ったうちの映画の撮影現場。
役者と脚本家は全員撤収してしまったが、
俺はいつもの入り時間に、普段通りに撮影所へとやって来ていた。
「これからどうするんですか?」
俺が日本語でそう聞くと、彼女はこけた頬を歪ませて豪快に笑う。
「プロデューサーが協会と話を纏めた。非組合員による、
「非組合員って事は……」
「そう! この日のために、必要になりそうな部分は全部撮った。あとはコピー忍者、お前に頑張ってもらう」
「えっ? みんなの復帰を待たないんですか?」
「この映画、二度延期してる。プロデューサーはもう延期を許さない。やるか、ポシャるかだ」
そう言いながら、監督は俺の肩をバシバシと叩いた。
後でわかった事だが、この時プロデューサーはかなりギリギリな交渉を行っていたらしい。
このストは、
すなわち非組合員の役者や、脚本家をもストライキ破りと見なし、後に制裁を加える……と。
当然内々の事ではあるのだが……どうやらそういう宣言があったらしい。
だが、うちの映画のプロデューサーは「映画はほぼ撮影終了している!」と、組合に乗り込んでまずはラストシーンを見せ……
「完成のための小さなシーンの撮影も認めないなら、協会が前途あるアジアンの非組合員に理不尽な圧力をかけたと全米に対し告発する!」と啖呵を切ったそうだ。
そもそもが賛成意見ばかりじゃなかったストライキだ。
組合員と違い何の補償もなく、思いっきりとばっちりを受けた形になる非組合員。
協会も特にその層への対応には苦慮していた事もあり、渋々許可が出たらしい。
「監督の仕事は、映画を上げる事。だから足りてない
だが、金田監督はやる気だった。
プロデューサーのもぎ取ってきた特例という大鉈を持って、俺という役者を使ってガッツリと映画を撮るつもりだったのだ。
「な、なるほど……」
「今なら小うるさい脚本家も全員いない、大スターになるチャンスだ!」
俺の肩をもう一回叩いてからそう言い、監督は豪快に笑いながら『プランB!』とスタッフに叫んだのだった。
『透さん、本当にいいんですね?』
日本の明石さんからそんな電話が来たのは、ストライキ開始から三日、年が明けてから一週間ほど経った頃の事だ。
帰って来るなら任せたい仕事が色々あるという明石さんに「今すぐ帰ってくるか、金田監督に賭けるか」と尋ねられ、俺はこう答えた。
「いいんです、俺はこちらに残ります。八代透は
『……わかりました、こちらの事は任せてください。こちらもプランBで進めます』
あっちはとうに夜中だというのに、その日は本当に色々な事を話した。
出るかどうかわからないハリウッド映画と、日本での確実な仕事を天秤にかける必要があるのかとか……
まぁ色々、本当に色々だ。
だが、選択するのは俺だ。
選択肢を多くしてくれた明石さんの勧めに従いたい気持ちがあったが……
そもそも、俺が役者を始める時に掲げた自分の売りは「NGなし」だ。
金田監督がまだまだやる気なのに、そんな俺がケツを捲る事はできなかった。
通話を切って向かったスタジオでは、俺のためだけのスタッフが撮影の準備を整えていた。
音大のクラスのセットで、キャストは俺とその教師役、それと画面に映らない楽団員たちだけ。
教師役は元軍のビッグバンドにいたという、ハーマンという強面の白人女性だ。
『よろしく! ジャパニーズドラマー! ハーマンよ!』
『八代透です! よろしくお願いします! みなさんも! よろしくお願いします!』
俺はハーマンさんと握手を交わした後……そう言って、周りの皆さんにも頭を下げる。
ここにいるのは、俺以外は全員役者じゃない。
プロデューサーと監督が引っ張ってきてくれた、音楽家の人たちだ。
つまり、このシーンに出る
俺が自分の演技だけで場を引っ張り、画面を持たせなければいけないわけだ。
その責任感にむやみに背中がピリピリしたが、同時にやりがいのような物も感じていた。
『この場面は叱責の場面! ビッグバンドを率いるスウィッシャーが、ドラムのタクローをテンポ違いで責めまくる!』
監督がそう言った通り、最初に撮影される事に決まったのは、タクローの音楽学校での描写だ。
ジャズドラマーとして教育されていたタクローが、教育に疑問を感じ……ロックドラマーとして羽化していく……
その一連の流れを、たっぷりしっかり撮っていくらしい。
ハーマン率いるビッグバンドは、そこから三日もかけての入念なリハーサルをし……
撮影側でも俺とハーマンさん以外の顔が映らない構図決めをじっくりとやって、ようやくの撮影となった。
『スウィッシャー! トールを責める! アクション!』
監督の言葉と共に、思考は加速し……
頭の中でスイッチが切り替わる。
俺は背中を丸めて
そんな俺の眼の前で、スウィッシャーは唾を飛ばしながら俺を指差した。
『やる気はあるのか!? ああ? アジアン!? ドラムなんかいくらでもいるんだぞ!?』
『すいません』
他人への叱責があまりにも堂に入っている彼女は、頭を振りながらドラムから離れた。
『もう一度! 頭から!』
彼女のカウントと共に、ビッグバンドが演奏を始める。
ホーンセクションがイントロを吹き鳴らし、俺は入りのフレーズを叩いてからバンドのリズムを支える。
そうして二十秒ほど演奏が続いたところで、突然音が止まる。
スウィッシャーが手をグーの形にし、フルフルと首を振っていたからだ。
彼女はゆっくりと俺に近づき、いきなりこちらの横っ面を張った。
『アジアン、何が悪いかわかるか?』
『……いえ』
そう答えると、もう一発張り手が来る。
『テンポ! テンポ! テンポ!! お前のクソみたいなタイム感が!! 私のバンドを乱している!!』
彼女は楽譜台を俺に向かって投げ、俺はドラムの上に伏せてそれを躱した。
『消えろ! 完璧なテンポを刻めるようになるまで! 帰ってくるな!』
俺はそそくさと道具を纏めて、部屋から出ていこうとする。
ドアを開けるその背後では『ケンタッキーのアバズレ! 代わりに叩け!』という声が響いていた。
『カット! もう一回!』
監督の声が響き、俺の脳のクロックが低速に戻っていく。
結局、このシーンの撮影は殴られ続ける俺の頬を冷やしながら、八回に渡って行われ……
やはり俺は役者としてまだまだなんだなという事を、きっちりと再確認できた。
そしてアパートに戻ると、明石さんからいくつかのメッセージが送られてきていた。
「……さっそくニュースになってるんだ」
そう独りごちる俺の手の中のスマホには……
俺が逃したもう一つのチャンス『ナンバーセブン -
スポンサーである製作委員会に切望されての続編だ、
公開場所を選ばないそちらの方が、きっと長く続くシリーズになっていくだろう。
トップ画像は、一作目の俺と似たスーツを着てウッズマンを持った
そしてニュースのタイトルは『人気沸騰の烏龍続編! 次作主演は前作で篠崎役を演じる金田