あべこべ貞操逆転世界で七光り役者生活   作:関税破産お嬢様

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アクションと変身

撮影も進んでいたが、例のバンドの話もまた進んでいた。

一応状況も変わったので「休みの日にバンド活動をやってもいいか」と改めて尋ねると……

監督どころか映画のプロデューサーから「なんならレコード会社を紹介してやるから、アルバムとか出したら?」と言われ、リーダーのアメリアもノリノリで快諾。

しまいには映画の仕事の手が空いたクインさんがアルバムのプロデューサーを買って出てきて、なんだか無闇に豪華な布陣になってきている。

アメリアとシャーロットがストで暇な事もあり、日中は二人で作曲と練習、夜は俺が合流してまた練習(リハスタ)、休日にはライブの予定を入れてと大忙しだ。

なんでうちの映画の監督とプロデューサーがこの活動を推しているかというと、俳優たちがストライキ中で映画のプロモーションができないからだ。

その代わりに「この映画のドラマーはバンドとしてCDも出してるぐらいガチなんですよ」という売り方をしたいらしい。

つまり、うちのバンド『ウイスキーリベリオン』は、俺の出る映画のちょっと迂遠(うえん)なプロモーションの一環として支援されているのだった。

とはいえ、俺たちは無名のバンド。

ストの関係もあって、プロデューサーも今すぐ俺たちに直接的な支援ができるわけでもない。

プロデューサーの紹介してくれたインディーズのレコード会社も「売り物があるなら流通はやるけど」という感じで、別に制作に関して金を出してくれるわけでもない。

という事で、CD制作のために勢いで親から金を借りようとしていたアメリアを、俺は止めた。

俺たちはバンド、運命共同体だ。

どうせ無理をするなら、今一番無理のない人間がするべきだろう。

 

『透、本当にいいの?』

『金は金、使い所ってのがあるだろう。だから俺はここで使う』

『でも今は仕事もないわけだしさぁ、もうちょっと計画のランク下げてさぁ……生活のためにも残しといた方がいいんじゃない?』

『そっちは監督がなんとかしてくれそうだから』

 

バンドメンバーのアメリアとシャーロットが心配そうにそう言う中、俺はクインさんの紹介してくれたレコーディングスタジオの予約を入れた。

俺の選んだ金の使い所というのは、バンドの初CDの制作資金だ。

持っているノートパソコンで宅録(セルフメイド)をしてもいいとアメリアは言ったが、それではこの道のプロであるクインさんの顔も立たないだろう。

烏龍は主役だったからそこそこ金が貰えたので、車を買い替える予定で置いていたそれを注ぎ込んだのだ。

とはいえ、クインさんも予算が付かないのはわかってくれていて、録音に使うのは一日十万ぐらいの小規模スタジオ。

彼女自身への報酬も、映画のプロデューサーが俺への報酬への上乗せという形で半分出してくれたので、これで貯金が尽きるような事にもならなさそう。

というわけで、バンドメンバーもプロデューサー(クイン)も俄然やる気になってくれ、クインさんは夜のリハスタジオにも顔を出す始末。

 

『透、もっとレイドバックするんだ。バンドを信じろ! グルーヴ、グルーヴ、グルーヴだ』

 

夜はクインさんにそう指導され。

 

『アージアン!! テンポ!! テンポ!! テンポ!! テンポが違う!! 何度言えばわかる! ママの◯◯◯の中に脳味噌置き忘れてきたのか!?』

 

昼はハーマンさんにそう怒鳴られ。

本当に毎日毎日ドラム漬け。

そんな日々の中で、ドラム自体はキツいとは感じなかったのだが……

個人的にキツかったのは、やはり昼間の撮影の重責だった。

 

『カット! もっと表情に怒りを出せ! もっともっともっと! スウィッシャーを殺す気で睨みつけろ!』

『はい……』

 

映画の結構な尺を埋めるらしい俺のドラムパート、その全ての責任が俺一人にかかってくるのだ。

他のベテラン役者からのサポートも、ケミストリーもない。

役者になってまだ三年目の俺が、画面の全ての魅力と説得力を担保しなければいけない。

それはハリウッドの大舞台だという事を抜きにしても、本当にかつてないほどのストレスを俺に与えていた。

 

『もう一度! タクロー! スウィッシャーに叱責されて睨み返す! アクション!』

 

監督の言葉と共に、またスイッチが切り替わる。

音楽学校の合奏室。

時計の針は朝六時を指し、俺は血の滲んだスティックを持って、スウィッシャーの指示でビートを刻む。

超高速ビートを刻む俺に顔を近づけ、スウィッシャーは『違う!』と叫ぶ。

 

『昨夜お前の親父のプレイを見たぞ! 男というだけでバンドに雇われている! 情けないドラマーのプレイをだ! お前もそうやって生きるのか!? リーダーの◯◯◯を舐めて残業代を貰うか!?』

『違います!』

『声が小さい!!』

『違います!!』

『じゃあなぜお前はこの程度も叩けない!』

 

ハーマンさんは目ん玉を剥き出しにして俺を睨み、俺は全身に気合を込めてその顔を睨み返す。

静寂が支配する空間を……監督の言葉が切り裂いた。

 

『カット! 全然駄目! コピー忍者! ちょっと来て!』

 

今日はこれで何度目のリテイクだろうか?

俺は監督に呼ばれ、汗でじっとりと湿った椅子(スローン)から立ち上がった。

金田監督は渋い顔で俺を睨みながら、日本語でこんな事を言う。

 

「格闘家だろ! 殺気ぐらい出せないか!?」

「いやぁ……難しくて……」

「もしかして、強すぎるのか……?」

「え?」

「昔その筋の達人から聞いた。強すぎて本気を出せず、不意打ちで死ぬ種類の弟子がいると」

「いや……強すぎるなんて事は……ないと思いますけど……」

「お前、戦って負けた事あるか?」

「…………」

 

負けた事っていうか……そもそも俺はそういう状況に陥った事がほぼないのだ。

この世界、男同士で喧嘩するような事もないしな。

それこそ役をかけて戦った白ギャルと、いきなり挑まれた黒ギャルとぐらいしかガチ格闘の経験はないぐらいだ。

 

「自分のためには怒れないか?」

「いや、そういう事は……」

 

とは言いつつも、そういう感情を自分の中だけで作るのは本当に難しい気もしていた。

 

「何かに置き換えてみろ。本当の家族や恋人を貶された気持ちになってみるとか。とにかくここは生の、剥き出しの感情が欲しい」

「……はい……」

 

と、昼にそんな事を言われたからだろうか……

なぜかその日の夜にも、そういう話があった。

リハーサルスタジオで、バンドの練習をしていた時の事だ。

隅でビールを飲んでいたクインさんが、こんな事を言いだした

 

『このバンドには、まだケミストリーが足りない。透……もっとやれないか?』

『……え? もっとですか?』

『テクニックは、十分すぎるほどある。ただ、そのせいかな……ファーストアルバムに必要な、大事なもの(・・・・・)がまだ出ていない』

 

クインさんはそう言いながら、ソバージュの黒髪を後ろに纏めてボンボンと弦を鳴らすシャーロットを手で止めた。

 

『必要なものって?』

甘さ(スウィート)、陶酔、感情と言ってもいいかな。今のままでは、ただ上手いだけのドラムだ』

 

感情、また感情か……

とことん、今日はそこにない(・・)ものを求められる日なんだな。

もちろん、俺にだって感情はあるし、カメラをスイッチにそれを引き出す(すべ)も学んできたつもりだ……

だが、こういう本物のプロの現場で求められる、本物の巨大感情を演技だけで作り出す技量は……俺の中にはまだないのだ。

 

『どうした? 透?』

『いえ、感情を出すのって、難しいですよねぇ……』

 

俺がそう零すと、クインさんはニコニコ笑いながらタムタムに肘をかけた。

 

『なんだ、コピー忍者にも感情はコピーできないのか』

『そりゃあ無理ですよ』

『でもな、安心していいぞ。あたしはこういう時に使える魔法を知ってるからな』

『魔法?』

 

そう聞き返すと、クインさんは自分の鼻の前に指を立てて笑った。

気になったのか、ギターのアメリアとベースのシャーロットも近づいてくる。

クインさんはゆっくりと、俺にこう尋ねた。

 

『音楽を聞いて、心が(とろ)けた事はあるか?』

『……あります』

『誰の音楽?』

『……イルマ、櫛灘』

 

俺がこの世界で音楽に本気で心を掻き乱されたのは、ただ一度だけ。

俺の車の後部座席でご機嫌に歌っていた、ダメダメな先輩の最高の生歌だけだった。

 

『じゃあ簡単。自分が今、そいつのバンドにいると思って叩け。コピー忍者ぐらいテクニックがあれば、それだけで艶が出る』

 

そう言って、クインさんは自分の席に戻った。

そして、開いた膝の上に肘を置き「お手並み拝見」とでも言うように、顎の下で手を合わせる。

 

『透、意外とポップスとかも好きなんだ』

『あたしもイルマ好きよ、アジア人じゃ一番ね』

 

バンドメンバーにそう言われ、俺は苦笑しながらスティックを握り、手元にあるスネアの表面を見つめた。

……よし、俺はこれからただのドラマーじゃなくて、イルマさんのバンドのドラマーに変身すればいいのか。

そう考えて、気付いた。

もしかしたら……昼間は、ただのタクロー(ドラマー)に変身するだけじゃ足りなかったんじゃないか。

尊敬する父を貶される事が絶対に許せない、ナイーブなタクロー(しょうねん)に変身すれば、自分の中にない感情だって取り出せたんじゃないか。

 

『透?』

『どうしたの?』

 

俺はそう言ってこちらを覗き込む二人の顔の向こうに視線をやり、クインさんの方を見た。

 

『……クインさん! カメラ回してくれませんか?』

『え? ああ! いいよ!』

 

彼女は着ているダウンジャケットからスマホを取り出し、こちらへ向けた。

 

『アメリア』

『ん? やるの?』

『ああ』

 

アメリアは『OK!』と笑い、ギターを掻き鳴らした。

そして続いた『アクション!』という叫びに呼応するように、俺は自分の中のスイッチをより深く押し込むようにこう叫んだ。

 

「変身!!」

 

ふざけたつもりはなかった。

だが、確信があったわけでもなかった。

ただ、俺はその時たしかに……

見た事もないはずのイルマさんのバンドのドラマーに、しっかりと変身していたのだった。

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