あべこべ貞操逆転世界で七光り役者生活 作:関税破産お嬢様
『ハーフバード、マイルド。サンドのマイルドふたつとカントリーひとつ、あとシェイクフライ三つ』
イルマ先輩に連れてきてもらった有名なフライドチキン屋。
そのテラス席に座って、俺は代表として店員さんに注文を行っていた。
ロサンゼルスは二月でも比較的温暖で、最低気温でも十度ぐらい。
ちゃんとコートさえ着ていれば、テラス席でも全然大丈夫だった。
「あ、イルマさんビールは……」
「いただきます」
「マネージャーさんは?」
「私は結構です」
『じゃあビール二本とソーダで』
『OK』
そうして注文を終えた俺を、彼女は不思議そうな顔で見つめた。
「なんですか?」
「いえ、英語喋れるんですね」
「そりゃあ喋れないと仕事になりませんから」
俺がそう言うと、イルマ先輩の隣に座ったマネージャーさんが指でこめかみを掻いた。
彼女は日本語以外を覚えようとしない隣の女と違い、一応英語も喋れるようだが……まだ結構たどたどしいようだ。
まぁ言葉って座学だけじゃ、なかなか喋れるようにはならないからな。
「お二人はどれぐらいアメリカにいるんですか?」
「もうニューヨークとダラスは終わったので、一応ロサンゼルスに一週間ほどいて次はロンドンですかね」
「私も同じ日程です、一応……通訳なので」
そんなこれからの予定の話をしていると、ピリ辛チキンとポテトと飲み物が運ばれてくる。
そこからは俺は映画の話をぼかして話しながら、イルマ先輩のツアーの話を色々と聞く。
とはいえ彼女の口から出るのは食事と酒の話ばかりで、ワールドツアーにかこつけてほんとに世界旅行を楽しんでるんだなというのは伺えた。
「ロサンゼルスにもいくつか行きたい店があるんですよ。透さんもストライキで暇なら一緒にいらっしゃい、ご馳走してあげますから」
いい考えだと言わんばかりに胸を張ってそう言うイルマさんの隣で、マネージャーさんは申し訳なさそうな顔で机に手をついている。
まぁ、レコーディングもほぼ終わってるしな……
それが終わってこっちのツアーが始まるまでなら大丈夫だろう。
「あと二日ぐらいで今やってるバンドのアルバムのレコーディングが終わるので、その後でしたら……」
「バンド? そういえば今日もレコーディングスタジオのようなところにいましたね」
「話せばちょっと長くなるんですけど……」
俺はビールをおかわりしながらピリ辛チキンを食べるイルマ先輩に、年末からのバンド活動について説明をした。
「ドラマーとして映画に出た縁で本物のバンドのドラマーに? それは面白い。しかし透さん、ドラムなんてやってたんですね」
「いや、こっちに来てからで……」
「じゃあ初心者バンドなんですね。あ、そうだ。よかったら、特別に私が完成音源のチェックをしてあげましょうか?」
いいこと思いついた、とでも言わんばかりに、彼女はフフンと鼻を鳴らしてそう提案してきたのだが……
イルマ先輩にそんな事をお願いしたら、一体何を言われるかわかったものじゃない。
「今回初めてCDを出すバンドですから、イルマさんに聴いてもらうなんて恐れ多くてとてもとても……」
なんて事を言って、その申し出を丁重にお断りした。
先輩は良くも悪くも率直だからな。
無茶苦茶言われたら、俺を含めたメンバー全員が自信を喪失してバンドが終わりかねない。
そうやってせっかくお断りをしたというのに……
翌日の昼、イルマ先輩はレコーディングスタジオにしっかりと姿を現した。
『透、なんかVIPが来てるんだけど……』
『え? VIP?』
クインに言われて向かった先には、手土産らしきお菓子を机の上に置いてソファに座るイルマさんと、その隣で小さく手を合わせるマネージャーの姿があった。
「会場の確認の仕事が終わって暇になったので、見学に来ちゃいました」
「見学って……イルマさんは普段もっと凄いスタジオで仕事してるんですから、見るものなんかないでしょう……」
「こんな小さなスタジオ見た事がなかったので、気になって」
自分はどこのスタジオにでもフリーパスだと言わんばかりの彼女だが、実際その認識は間違っていないようで……
スタジオは突然の世界的歌姫の来訪に、にわかに色めき立っていた。
『私あなたの大ファンよ!』
『握手してもらっていいですか?』
うちのギターとベースはそんな事を言いながら舞い上がり、スタジオの主もサインでも欲しいのか後ろでサインペンを持って待っている。
ネイティブに一気に話されて八代のマネージャーさんがあっぷあっぷになっていたので、俺が通訳としてイルマ先輩の横についたのだった。
そんな中で、うちの
『イルマ! よかったら私たちのバンドの曲を聴いてもらえない? もうミックスまで完成しているものもあるの!』
『あっ、アメリア……それはやめといたほうが……』
『どうして?』
『
『いいじゃない! イルマに言われるなら納得もできるわ!』
シャーロットも一緒になって言え言えというので、俺はイルマ先輩にそう伝える事になった。
「イルマさん、うちのメンバーがイルマさんにぜひ曲を聴いて欲しいと……」
「構いませんよ、透さんのドラムも聴いてみたかった事ですし」
「ありがとうございます」
黒髪白人女性二人にチヤホヤされてまんざらでもなさそうなイルマ先輩は、にこやかにそう快諾。
『OKだって』
と、俺がメンバーに伝えると、二人は大喜びでハイタッチして、ますますイルマ先輩を喜ばせた。
だが俺たちが必死で演奏して、プロデューサーのクインが料金以上に張り切ってミックスをしてくれた入魂の一曲。
イルマ先輩がそれを実際に聴くと、口から出てきたのは辛辣そのものな言葉だった。
「売れなさそうな音してますね」
「え?」
「透さんのドラムがプロみたいに達者なのはわかりましたけど、売れないでしょうこれは」
「なんでですか?」
「音楽マニアが音楽マニアのためにミックスしてるからですかね?」
「さすがにそんな事みんなに伝えられませんよ……」
俺がそう言うと、彼女は苦笑しながらこう続けた。
「一番自信がある曲でシングルカットでもしてみたらどうですか? 別のミックスで」
「……そういうのって、アリなんですか?」
「最近は普通じゃないですか? 一曲当たれば名前が売れますから、CDの
イルマ先輩には、まだ出していないこのCDが爆死する絵がはっきりと見えているようだった。
別に最初から大ヒットさせようと思っていたわけじゃない、本気半分、思い出づくり半分のCDだ。
だが、これじゃ売れないとはっきり言われると、それはそれで危機感が募る部分もあった。
一度、背中に色々な人を背負うプロデューサーという立場を経験したからだろうか?
天命を待つ前に人事を尽くさないという事が、自分でも驚くぐらいに嫌だったのだ。
俺は皆が心配そうな顔で見つめる中、必死で考えを纏めた。
イルマ先輩が売れないと言うのなら、多分それは本当に売れないのだ。
自分も音楽をやってみてわかったが、この人の音楽は本当に凄い。
たしかに俺も、クインのミックスした曲にピンと来ていない部分があった。
「……ちなみに、エンジニアとかって紹介して貰えたり……?」
「いいですけど?」
イルマ先輩のマネージャーさんがハラハラした様子でこちらを見守る中、俺は皆にこう伝えた。
『別のミックスでシングルカットしてみる気はないかってさ。エンジニアは紹介してくれるって』
『それってすっごくいい話じゃない?』
『シングルカットなんて、プロみたい!』
『たしかに最近はそういう売り方もあるよなぁ』
『みんながいいなら、俺はチャレンジしてみる価値はあると思う!』
『OK!』
『もちろん!』
と、そんな感じで、メンバーたちの反応は上々。
みんな機嫌よく録音を行い、その翌日には無事全ての収録が完了した。
となると、あとはにわかに持ち上がったシングルカットの話だけ。
とはいえ、このCDだって身銭を切って作っているもの。
制作費は俺と映画会社が出しているが、その他の色々な金はアメリアとシャーロットにも出してもらっている上、二人は無職。
はっきり言って全員カツカツの状態だった。
なので、俺は清水の舞台から飛び降りるつもりで……
残りの貯金を使って、イルマさんが紹介してくれた日本のエンジニアさんに依頼を出した。
シングルをプレスして流通させる分も考えると、これでもう貯金はスッカラカン。
それでも、俺はイルマ先輩の言った言葉を、どうしても無視できなかったのだった。
もう一銭もない……という程ではないが、お金のなくなった俺。
そんな俺を唆した悪の女神様は、それから毎晩のように酒を奢ってくれた。
「イルマさんのせいで、俺もう貯金ほぼゼロですよぉ……」
「まぁまぁ、今日は何でもご馳走してあげますから」
そんな愚痴をこぼしながら、イルマ先輩のお付きとなってロサンゼルスの名店を回り。
ライブ当日は「見に来ますか?」と言われてホイホイ行ってみたら、スタッフパスを渡されマネージャー補佐としてコキ使われた。
そんな彼女も、ライブを終えれば日本に帰る。
という事で、ライブ翌日の今日が、イルマ先輩とマネージャーさんにとってのロサンゼルス最終日となった。
「透さんはいつ日本に帰ってくるんですか?」
「結構かかりそうですねぇ」
「そうですか、まぁハリウッドの仕事は拘束期間が長いらしいですからね」
二人でそんな事を話すのは、夜中近くでも車がビュンビュン走る道路に面した、ダウンタウン近くのバーの前。
マネージャーさんはなかなかクレジットカードが通らなくて、今店の中で機械と格闘中だ。
なんだかんだとイルマ先輩が連れ回してくれたおかげで、またかかりかかっていたホームシックがだいぶ癒えた気がする……
そんな事を話そうか話すまいかと考えている時に、その二人は現れた。
『か、金っ! スマホっ! 出せっ!』
ヘロヘロな英語でそう言った女は、一見ホームレスのように見えた。
だがその手には、黒光りする拳銃が握られている。
後ろにももう一人いて、そちらは刃物のようなものを握っているようだった。
『OK! OK!』
俺はそう言って、持っていた財布とスマホを地面に落とし、手を上げた。
時間はまだ
ロサンゼルスはそう路上強盗が多い街じゃないが、映画会社からも注意はされていたのだ。
もし被害に遭ったら、絶対に口答えせずに財布を渡すようにと指導まで受けていた。
『後ろっ! 女っ!』
そう言いながら、目の前の女はイルマ先輩の方に銃を向ける。
「スマホと財布、出して地面に置いてください!」
「えっ? うわっ! 銃ッ!!」
『騒ぐなっ!』
銃を持った女がそう言うと、その後ろに立つ女がヘラヘラと笑う。
『中国人かぁ? 言う通りにした方がいいぞ? そいつラリってるから』
「静かに、大丈夫ですから、財布とスマホ、下に置いてください」
「……う、うん……」
イルマ先輩は震えた声でそう言って、地面に何かを落とした。
俺はゆっくりと後ずさって、ガタガタと震えるイルマ先輩の腕を引きながら彼女の財布とスマホの後ろまで下がる。
『そっちっ! 女ッ! かばっ……鞄もっ!』
「イルマさん、鞄、鞄投げてください!」
「ひっ! あっ……わぁ……」
俺がそう言うと、イルマさんはパニックになったような声でそう呟きながら、向こうへ鞄を投げた。
俺たちが差し出したものを、銃の女の後ろにいた女が全てを回収し……
それらを、銃を持った女のメッセンジャーバッグの中に全てを入れる。
そしてニヤニヤと笑いながら、銃を持った女に何かを耳打ちした。
カチンと、銃から硬質な音がして……次に、パンッ! と乾いた音がする。
それは、まぎれもなく発砲音だった。
そして、その銃口は俺ではなく、イルマさんの方を向いていたのだ。
それを認識した瞬間……
俺は無意識に大股で前に踏み込んでいた。
パンッ! と、二発目の発砲音が響いた時、俺の左手は女の拳銃を空へと逸らし……
右手は、その鳩尾へと添えられていた。
ドン!!
爆発するような音が、女の背中から響き……
女はまるで後ろから強い力で引っ張られたかのように、靴の底で地面を擦りながら後ろへ吹っ飛び。
途中で力なく前傾姿勢になり、三メートルほど向こうで膝を擦って止まってから、うつ伏せに地面に倒れた。
俺は左手に残っていた彼女の銃のマガジンを抜き、コッキングして弾を抜いて地面に捨てる。
『……っ……アジアのオスザルがぁ!!』
そこにもう一人の女がそう叫びながら、胸の前にナイフを構えて突っ込んでくる。
不思議なぐらいに、頭は冷えていた。
俺は昔
腰を低く落とし、左手は開いて前、拳を握った右手は脇。
そう構えたまま、自分に向けて近づいてくるナイフを左手で流した。
そして、突っ込んでくる敵の身体の前面にすっぽりと自分の背中を預け……全力で震脚を踏んだ。
ドン!!
地面の底にある何かが自分の足を通って背中で爆発するような感覚があり……
警戒しながら振り返ると、突っ込んできた相手はまるで交通事故に遭って吹っ飛んだかのように、遥か遠くで倒れている。
それを見ていると、急に頭の中でスイッチが切り替わった感じがした。
そして、すぐに一発目の銃声の事が脳裏に浮かんだ。
「……イルマさん!」
俺が急いで駆け寄ると、彼女はちょうど店から出てきたらしきマネージャーに支えられながら、涙を流してへたり込んでいた。
「大丈夫ですか!?」
そう尋ねながら服を脱がせるが、見たところ出血している箇所はない。
どうやら、一発目の銃弾は運良く外れたらしい。
俺は胸を撫で下ろして、泣きながら抱きついてくるイルマ先輩の背中を撫でた。
「何があったんですか!?」
「路上強盗です、銃を持っていました。通報をお願いします」
幸いマネージャーさんの通報により、すぐに警察は駆け付けた。
犯人は二人とも病院へ搬送され、
そして俺はびっくりするような裁判の結果……
過剰防衛で有罪、執行猶予でビザ取り消しの末、アメリカから日本へと帰ってきたのだった。