星の息吹と宇宙猫   作:子守家守

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ヒトを継ぐもの(6)

 次の日の朝、仮設の住居を出たところで三船と顔を合わせた。

 飾り気のない長袖と長ズボンで、頑丈そうな黒い手袋と安全靴を身に着けていた。肌が見えているのは顔くらい。昨晩の接待役の女性たちの露出度の高さと比較すると、なんとなく安心感がある。たぶん、防御力が高そうに見えるからだろう。

 

「次の作戦が決まった」

 

 挨拶もそこそこに三船が本題を切り出す。いつも通りの事務的な口調と表情だった。

 

「ユミツの軍と合同で災獣を討伐する。ターゲットはここから西方、大陸中央の山脈に棲息する個体で、出発は三日後。私と京奈院がフォワードで、安藤はバックアップに回る予定だ。作戦の詳細を取りまとめたら端末に送る。届いたら確認するように」

 

 彼女はそこで言葉を切り、腕を組んで小さく眉を動かした。

 

「なにか質問は?」

「安藤に聞くべきことかもしれませんけど、イブキの修理は間に合いそうですか?」

「なにかトラブルが起きなければ問題ないとのことだ。ただし、左腕部の耐久性については、応急的な修理ではどうにもならないものもあるらしい。運用でフォローできる範囲だと思われるが、詳しいことは安藤とよく話し合ってくれ」

「了解。ターゲットの情報は?」

「詳細な特徴となると、口頭の説明で上手く表現できるかわからない。すまないが、あとで端末に送るデータを参照して欲しい」

 

 隊長の歯切れ良くシンプルな答えに僕は頷いた。

 

「それで、どういう交渉の結果なんですか、これ。昨日のヅィヅィザ将軍との会談で決まった作戦なんでしょう?」

「作戦が成功すれば、ユミツの政治部門との正式な窓口が開放される手筈になっている。ヅィヅィザ氏の伝手のおかげで、すでに複数の有力者から好意的な反応は得られているのだが、当然ながら我々の正体に疑念を抱いている政治家もかなり多い。彼らを交渉のテーブルに着かせるためにも、ユミツの国の()()()として実績を積み上げなくてはならない」

「それと同時に、こちらの保有する武力を示しておく必要もある、と。舐められないように」

「そういうことだ」

 

 僕がそう付け加えると、三船は微かに疲れた吐息をこぼしつつ首肯した。

 

「まったく……、この手の交渉は私の専門ではないというのに。あの老人と腹の探り合いをしていると、どうにも肩が凝って仕方がないよ」

「今のところ将軍って呼んでますけど、結局のところあの人ってどういう地位にあるんです?」

「ユミツの国の軍は、大きく分けて三つのセクションで構成されているらしい。内陸の首都と周辺都市の治安維持を担う『中央』と、東西の災獣に対処する『東』と『西』の軍だ。ヅィヅィザはその中でも『東』のトップに当たる人物になる」

「軍のトップのひとり、ってことかぁ」

「マハナの話では、三軍の長の中でも彼がもっとも高齢らしい。『中央』と『西』のトップも一時期は彼の下でキャリアを積んでいたことがあるそうだ。まさしく長老だな」

 

 皮肉めいた彼女の言葉に思わず基地の二階を見上げてしまった。緑の蔦と褐色の幹とが絡みつく灰色の建物は、朝日に照らされて瑞々しく光を反射している。敷地の隅にある仮宿からでは、角度的に窓から部屋の中を見ることはできなかった。

 

「ところで」三船が話題を変えた。「昨日の夜、マハナに食事に誘われたと聞いたが」

「ええ。夕食と……、あー、そのあとの、接待に」

「接待?」

 

 首を傾げた三船に、昨晩の出来事を簡単に説明した。

 話をしている間、彼女の表情はほとんど動かなかった。驚くでもなく、かといって呆れるでもなく、淡々と僕の説明を聞いている。六人の女性が登場したあたりでぴくりと眉が動いた気がしたが、彼女からのコメントは特に発せられなかった。

 

「そうか」と話を聞き終えた彼女は平坦な口調で言う。「この国にはそういう文化があるのか」

「昔は地球にもあったらしいですけどね」

「知っている。機密漏洩のメジャーな原因のひとつだったらしいな」

「隊長の知り合いで、こういうのに引っ掛かりそうな人っています?」

「いや、思い当たることはない」

 

「ですよね」と僕は頷いた。どうやら彼女も僕と同じ認識らしい。

 大多数のDJ号の乗組員は、やはりこういった欲望を刺激する手法に対して不感症なのだろう。

 

「でも、それはそれでよろしくないんじゃないかな……」

「どういう意味だ?」

「いや、一応はこちらを喜ばせようという意図があってやってるんだから、それにまったくの無反応ってなると、相手としても気まずい感じになっちゃうんじゃないか、って……」

「なるほど、確かに一理ある。それがユミツ流の歓迎だというなら、我々がそれに合わせるのも友好的なリアクションということになるか」

 

 納得したように頷いた三船だが、しかしすぐに首を捻る。

 

「しかし……、そういった接待の場では、なにをどう楽しめばいいのだ?」

「そりゃあ、見目麗しい異性にチヤホヤされること、とかでは」

「うん、確かに他人から評価されることは嬉しい。だが、ユミツで接待を務める相手というのは、我々の専門分野においては素人なのだろう? こちらの仕事についての知識もなく、かといって知り合いでもない相手に褒められたところで、それは社交辞令にしかならないように思うのだが」

「いや、そんな堅苦しい感じでもなくて、こうなんというか、それっぽい雰囲気になって和気藹々とすればいいんじゃないかなぁ」

「雰囲気。なるほど、さっぱりわからん」

 

 冷たい顔でばっさりだった。三船のシンプルな態度に、思わず僕も苦笑してしまう。

 実際、言ってる僕もよくわかっていない。そもそも外部組織から接待を受けるというシチュエーション自体が未経験の領域なのだ。僕たちの会社もそうだが、DJ号に存在する組織はすべて、艦の運行の一翼を担っているという点で運命共同体である。一万人の乗組員(クルー)は、ある種身内のようなものといってしまってもいいかもしれない。

 

 ゆえに、艦内の利害関係とは別の理屈で外部組織と交渉を行うというのは、もしかしたらここ数百年では初めてのことになるのかもしれない。その矢面に立たされている三船の苦労も偲ばれるというものである。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 三日後の出発式は厳かなものだった。

 基地の敷地に整列したウーサの軍人に対して、将軍ヅィヅィザが訓示を行っている。ときどきメガネの翻訳では拾えない表現があった。どうやらユミツにおいてかなり古風な言い回しが混じっているようだ。

 

 式典はさほど長くはならなかった。ヅィヅィザの話が短かったというのもあるだろう。将軍の訓示が終わると、整列した数十人の軍人たちが一糸乱れぬタイミングで同一のジェスチャを行った。将軍に敬意を示すポーズでぴたりと静止している。

 非常に儀式的な光景だった。丁寧に統制された動きは見ていて気持ちがいい。録画して艦に送ればエンタメとしても通用するかもしれない。

 

 僕はイブキのコックピットでその光景を見ていた。整列した軍人たちは皆コートを羽織っていて、その色によって部隊を識別しているようだ。こうして高い位置から見ていると、コートの色によって並ぶ位置がきっちりブロック分けされているのがよくわかる。

 もっとも人数が多いのは赤と青の部隊だった。真っ白なコートはヅィヅィザただひとりで、マハナと同じ灰色のコートを纏っている者は二人しかいない。白と灰色、どちらの色も上位の立場を表すものなのだろう。

 

「それから、黒も少ないか……」

 

 黒コートの部隊は七人の構成で、最前列の左端に固まっていた。そのうち六人は見慣れた山高帽を被っているのだが、ひとりだけ別の帽子を被っている。生地の色は同じ黒色だが、頭頂部の二辺が尖るように縫われていた。

 そのシルエットが、ピンと伸びた黒猫の耳を連想させる。帽子の下には菫色の髪がひとつ結び。厚底のブーツで他の隊員と変わらない背丈を装っている。

 

 望遠でフォーカスするまでもなく、その人物がクァニャンだと識別できた。

 

「では、最後に、本作戦における協力者を紹介しよう」

 

 基地の敷地にヅィヅィザの声が響いた。拡声器を使っているようには見えないが、明らかに声量が増幅されている。彼が大仰な仕草で腕を広げると、その隣に作戦服の三船が進み出た。

 居並ぶ軍人たちの前に立った三船は、表情を変えずに彼らの整列を見回して、小さく咳ばらいをしてからスピーチを始めた。当たり障りのない内容で、シンプルな構成のウーサ語を用いたものだった。彼女の声量も増幅されている。こちらは当然、小型の拡声器を用いているからだ。

 

「うわぁ、隊長、よく平気な顔で喋れますね。俺なんか想像しただけで足が震えそうっスよ」

「別に失敗しても死ぬわけじゃないんだから……。宇宙での仕事よりも気が楽なんじゃない?」

「いやいや、そういう危険度とは別の話なんスよ。知り合いでもない他人からジッと見られるのって、かなり苦手っていうか、顔が熱くなっちゃうんスよねぇ」

 

 堂々とスピーチする三船を見ていると、同じく待機中の安藤から通信が飛んできた。

 僕も彼もずいぶんと軽い口調だった。お互い面倒ごとを上司に放り投げてあるせいか、なんとも気楽なものである。

 

「気持ちはわからなくもないけれど、安藤も多少は慣れた方がいいだろうね。これから先、『他人』と関わる機会は間違いなく増えるだろうから」

「慣れろって言われても、どうやって?」

「たとえば、ウーサ人の友達を作ってみるとか」

「トモダチ。うーん……、それだってなんかキッカケが欲しいっスよね」

「難しいことは考えないで、趣味の話あたりから始めればいいんじゃないの」

「地球産のカードゲームの話って、ちゃんと通じるのかなぁ」

「……ある意味、乗組員同士より盛り上がりそうだね、それは」

 

 三船のスピーチが終わると、出発式はそれで解散となった。最後にお揃いのジェスチャ(たぶん、敬礼かなにかなのだろう)を取った軍人たちは、部隊ごとの隊列を維持したまま基地の方々に散っていく。どうやらそのまま基地を発つ準備に取り掛かるらしい。

 その中から、黒コートの部隊が待機中のイブキに近寄ってきた。機体の足元に集合すると、ひとりだけ帽子の形が違うクァニャンが大きく手を振ってくる。

 

 僕は仮想コンソールを操作してコックピットハッチを開放した。

 気密の抜ける音ともにハッチが持ち上げると、すぐさまクァニャンが飛んでくる。

 

 黒コートの部隊が僕らに帯同することは、事前の説明(ブリーフィング)でも聞いていた。もともとは()()()の支援部隊として編成されたもので、少数で大海蛇を攪乱するために、飛行の魔法に秀でた軍人が集められたチームという話だ。

 コートの色が示す通り、クァニャンもこの部隊の一員だった。曰く、例の瞬間移動の魔法で部隊の殿(しんがり)を担っていたらしい。

 

「お待たせ」

 

 軽やかな踏み切りで5メートル超えの垂直ジャンプを決めたクァニャンが、開いたハッチからコックピットに入ってきた。自然光を背中に浴びた彼女はほんのりと頬を緩ませている。

 

「その帽子、どうしたの?」僕は彼女の黒帽子を指差した。「前のとは形が違うよね」

「経路を増やした」猫耳帽子(キャットなハット)のクァニャンが言う。「つまり、入出力の分散。私の魔力で()()()が魔法を使うときのための道筋を増設してある」

経路(チャンネル)?」

「そう。普通なら自分のための経路がひとつあればいい。だから、形状も『とんがり』がひとつだけ。でもこれは、二つの『とんがり』にそれぞれ紋様を刻んである。理屈の上では、前よりも効率良く巨人が魔法を使えるようになるはず」

 

 紋様というのはバイクのときにも聞いた単語だ。そのとき聞いたのは、技師と呼ばれる人が魔法の道具にパターンを刻み込むという話だった。

 ということは、山高帽と猫耳帽子のとんがりは、魔法のアンテナとか魔法のコンセントみたいなものなのだろうか。そう聞くとなんだかそれっぽく見えてくる。

 

 自分の帽子の頭頂部をぽんぽんと叩いて、彼女はパイロットシートの横に滑り込んできた。そこには現地改修で増設された簡素な補助シートが固定されている。シートに顔を近づけてまじまじと見つめながらクァニャンは首を傾げる。

 

「これも、前のときにはなかった」

「作戦の概要を聞いてから安藤が大急ぎで作ってくれたんだよ。二人乗りになるにしても、作戦中ずっと立たせっぱなしってわけにもいかないからって……」

「ここに座っていいの?」

「もちろん。急ごしらえだから、あんまり座り心地は良くないと思うけど」

「大丈夫。会議室の椅子よりは快適そう」

 

 そう言うと彼女は涼しい顔で補助シートに腰を下ろした。踵を揃えた厚底靴が硬い音を鳴らす。

 正直なところ、棺桶(コックピット)に他人の席があるのは落ち着かなかった。自分の操縦が誰かの命を握っているということを否応なく理解させられる。任務中に死神の鎌が振り下ろされたとしても、この狭い箱の中で死ぬのは自分ひとりだと思っていたのに……。

 

 深く息を吐く。コンソールを操作して、コックピットのハッチを閉鎖した。

 一瞬の暗闇。指先が冷たかった。室内の照明が灯る。起動したモニタが外の景色を映し出す。

 

 もう一度、大きく息を吐いて、コントロールグリップを握り直した。

 ふと視線を感じて、隣を見ると、真っ直ぐな瞳のクァニャンと目が合った。

 

「どうにだってなるよ」

「……そう祈るとしようか」

 

 一週間前の戦場でも聞いた言葉に、僕は思わず口を斜めにした。

 その表情をどう捉えたのかはわからないが、クァニャンも薄っすらと不敵な微笑みを浮かべている。

 

 突貫ではあったけれど、ここ数日の()()()()()()()は上手くいっている。

 実戦でも問題なく機能してくれなければ、わざわざこんなシートを設置した甲斐がないというものだ。

 

「チキュウ人は、なにに祈るの?」

 

 僕のふとした言葉を聞いて、何の気なしにクァニャンが尋ねてきた。特別な意図は感じられず、ただ疑問が口を突いただけのようだ。けれど、改めて問われると、つい答えに詰まってしまう。

 

 たぶん、神様ではないだろう。僕の知る限り、ここ数百年は伝統宗教も新興宗教も流行っていない。地球の宗教に由来するイベントは残ってたりするのだけれど、それも信仰的な意義は形骸化している。そもそも地球の神様の御利益が宇宙の彼方まで届くのか、というのも根本的な疑問である。

 

 宗教という神秘は、自然の現象に対する人間の幻想から生まれたものだという。

 だからこそ、科学技術の進歩とともに、自然の法則は解明されて、伝統的な神と信仰は解体されていった。その潮流は、DJ号が地球を発つ700年前よりもさらに過去、科学技術の勃興の時代から続いているものだ。

 

 宗教上の神への信仰が薄れた今、もっとも神に近い存在となったのは、DJ号という艦そのものだろう。あるいは、その頭脳を司る電子計算機と人工知能がそうなのかもしれない。

 それはある意味で、大地を神と思うようなものだった。自分たちが生きるための基盤となっているものを信じて敬うという思想だ。

 艦の安全という御旗は、DJ号の乗組員にとって重い意味を持っている。ときにそれは、()()()を守るために個人の犠牲を容認するための聖句となるものだった。

 

 しかし、艦がどれほど神に近くなっても、それが宗教となることはなかった。

 艦の電子計算機にとって、信仰は不要なパラメータだった。未来の予測と可能性の判断は、計算によって行われる。機械設備を神と仰いだところで意味はないと、僕たち乗組員は重々承知していた。

 

 信じて祈っても、計算の結果は変わらないのだ。

 

 だから、僕たちがなにかに祈るとしたら、それは神でも機械でも人工知能でもなくて……。

 無意識にだろうけれど、起こりうる現象そのものになにかを祈っているのだと思う。

 

「言葉にするとしたら……、幸運、になるのかなぁ」

「幸運を祈るの?」

「確率に祈るんだろうね」

 

 フットペダルを踏む。イブキが膝を曲げ、地面を蹴った。垂直の加速度が身体を重くする。

 空中でスラスタが起動して、機体を空へと押し上げる。数秒と掛からず基地の屋上を飛び越えた。地上の人の姿がみるみる小さくなる。

 基地の敷地から軍人たちが続けざまに飛び立つところをカメラが捉えていた。赤と青の部隊がそれぞれひとかたまりになって西の方角へと飛んでいく。どちらも滑らかな飛行だった。航空機というより、海を泳ぐ魚の群れを連想させられる。

 黒コートの部隊も飛び立って、僕のイブキのあとに続いた。やや離れたところを安藤と三船のイブキが飛んでいる。接触事故を起こさないよう、かなり気を遣った距離感だった。

 

 しばらくは移動の時間になる。目的地であるユミツ国西方の前線基地の位置データはまだ取得できていないから自動操縦に任せることはできない。残念ながら仮眠を取ったり読書に勤しむといった暇つぶしはできなそうだ。

 

「行程表だと目的地まで休憩なしだけど、彼らは大丈夫なの?」

「問題ない。鍛えてる」

 

 ユミツの軍人たちを指差してそう問うと、クァニャンは当然といった風情で頷いた。

 言うまでもなく、地球人の感覚ではまったく当然ではない。機械の補助なしで国ひとつを横断するだなんて、地球人にとっては数日がかりの大仕事である。道中での補給や休憩だって必要だし、間違っても空を飛んで数時間コースだなんてありえない話なのだ。

 

 先ほどのクァニャンの問いを思い出す。地球人の信仰の話だ。

 かつて、人間に理解できない現象は神秘と呼ばれ、それは神の所業として神話となった。

 だとしたら、宇宙の彼方で出会ったウーサの人類――、僕らに理解できない技術体系の持ち主は、地球人の新たな神になりうるのだろうか。

 

 僕個人はそうは思わない。けれど、そう考える人が出てきてもおかしくはないのかもしれない。地球の古い記録を紐解けば、魔法やら超能力の持ち主を自称する人が、宗教的な象徴として祭り上げられることなんてよくある話なのだから。ウーサ人は個人ではなく種族だけれど、多神教的な世界観を取るなら神様の数が多いことくらいは気にならないだろうし。

 

「……まぁ、たぶん杞憂だろうけど」

「ケイナイン、なにか言った?」

「いや、なんでもないよ」

 

 小さく息を吐いて、ちらりと視線を隣に向けた。

 補助シートのクァニャンは、お行儀よくシートに腰掛けて、興味深そうにキョロキョロと周囲を見回している。モニタに映った外の景色、多種多様な計器と表示されている数値、コックピットシートに付属する操縦用のインターフェース……。そのなにもかもが彼女の目には新鮮に映っているようだった。

 

 彼女の興味に連動して、黒い帽子のとんがりがぴょこぴょこと動いていた。

 まるで猫の耳のようだ、と思うけれど、実のところ僕は本物の猫を見たことがない。人間同様、地球の動物の遺伝情報もDJ号の『保存庫』に存在するのだが、そこから実際に生命を再生することは人間以上に制限されている。愛玩動物に艦の資源(リソース)を割くことに対して、けっこうな割合の乗組員は否定的だ。

 艦の上層部のごく一部が、保存庫から猫を再生して飼っているという噂もあるが、実際にそれを見たことはなかった。僕が猫の姿を知っているのは、動物図鑑(データベース)に記録された過去のモデルを見たことがあるというだけのことだ。

 

 今回の作戦が成功して、ユミツの国との正式な交渉や貿易が始まったら、地上由来の資源を安定的にやり取りできるようになるかもしれない。そうして資源供給が安定したら、もっと大々的に人間以外の動物を再生することが許されるようになる可能性もある。そうしたら、僕でも本物の猫に触ることもできるかもしれない。

 

「そうだ、クァニャン。その帽子の形って、なにかの動物に似ていたりする?」

 

 ふと思い付きで聞いてみた。頭頂部に大きな耳があるというスタイルは、地球の動物では割とメジャーな構造で、猫以外にも様々な種族に共通している。人類の姿がこれだけ似ているのだから、ウーサにも同様の体構造を持つ動物がいるかもしれない。

 僕の問いに首を傾げたクァニャンは、自分の帽子のとんがりを指でくるくると弄びながら、「名前を表す単語が通じるかはわからないけれど……」と前置きしてから答えを返してきた。

 

「こういう形は、よくネコに似てるって言われるかな」

「……ネコ?」

「うん。そういう動物の耳に似てる」

 

 予想外の返答に、僕は言葉を返せなかった。

 ネコって……、まさか本当に猫のことなの?

 いや、待て。発音が似ているというだけだ。冷静に考えれば、ウーサのネコと地球の猫が同じ生物のはずがない。だけど、クァニャンの言葉を信じるなら、少なくとも両者の耳の形が似ているというのは確かな情報……、なのか?

 

 そういえば、宇宙猫と呼ばれるフォトグラフの噂を聞いたことがある。

 700年前よりさらに過去の時代の記録に残る画像群のことだ。

 宇宙を背景にした猫の姿というシンプルなコラージュなのだが、その起源はデータから失われていて、いったいどういった経緯で作成されたものなのか、今となっては謎に包まれてしまっている。

 

 もし、惑星ウーサのネコが地球の猫とそっくりな形をしていたら……。

 ひょっとして、宇宙猫は実在する生命体なのだろうか。

 突飛な連想である。しかし、ネコという言葉の謎は深まるばかりだった。

 

 

 

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