星の息吹と宇宙猫   作:子守家守

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ヒトを継ぐもの(7)

 ユミツ西部の前線基地は、東の基地とよく似た雰囲気の建物群だった。

 

 ウーサ人の飛行部隊に続いてイブキが降り立つと、やはりけっこうな騒ぎになった。事前に連絡がいっているはずなのだが、事情を知る者も知らない者も、未知の巨人を目の当たりにしてしまうとさすがに混乱が抑えきれなかったらしい。

 着陸したイブキは基地の敷地に膝をついて待機状態を取っていた。その周囲を赤と青、それから黒コートの部隊がガードしている。いずれも東の基地から同行してきた軍人たちである。

 

 西の軍人たちが遠巻きに警戒と興味の視線を向けてくる中、僕らは基地で一晩を過ごした。

 僕と三船、安藤はコックピットから降りなかったが、ウーサ人の軍人たちは交代で基地の休憩室を利用したらしい。クァニャンも夜間はコックピットから降りて、黒コートの部隊と行動を共にしていたようだ。

 

 作戦開始は翌朝だった。

 

 朝日が昇るのと同じ時刻に、東からの遠征部隊は基地を出発した。

 赤い部隊と青い部隊が先導して、黒い部隊とイブキがそれに続く形だった。地平線には西の国境だという山岳地帯が聳えている。全体的に茶褐色のシルエットだった。緑は少なく、岩場が多いように見える。頂上付近は雪で白んでいた。推定標高は4,100メートル前後。

 麓までは二時間かかる計算だった。距離としては、東の基地から海岸までと同じくらい。先導するウーサ人の速度に合わせているから、イブキの基準としては低速での飛行である。

 

 太陽が昇り切る前に、山岳地帯の付近にまで到達した。

 麓までは数十キロの距離。ごつごつした山肌が迫っている。急傾斜と切り立った崖とがほとんどの面を占めていた。山道らしきものは望遠でも見当たらない。クァニャンから聞いた話では、ウーサ人は文字通り()()()()()()()移動することが可能なため、山岳地帯の峻険な土地にわざわざ道を切り開くようなことはほとんどないらしい。

 

「捕捉した。座標を送る。確認しろ」

 

 三船からの通信が入った。

 転送されたデータに従って、ワイプしたモニタがフォーカスする。

 

 それは、山肌に張り付いていた。

 肉眼ではすぐには気づけなかった。非常に大型の体躯で、背後の山と同化するような外見を持っていたからだ。硬質でごつごつとした甲羅が身体の大部分を占めている。赤褐色の岩塊のような突起物がいくつも突き出していて、その集合体はひとつの巨大な岩山のようだった。

 甲羅の下部から伸びる脚部は六本。ビルのように太く、どっしりと安定している。太さに比して高さはそれほどではない。短足な印象だった。歩行はせず、じっとその場に静止している。

 

災獣(シウジェア)大陸亀(イア・ルコグム)

 

 コックピットでクァニャンが呟いた。

 赤い岩山の甲羅が微かに動いた。大地に穿たれた巨大な杭の如き足が、のっそりと持ち上がり、周囲の山肌を破壊しながら向きを変える。

 

 災獣はこちらを向いているのだろうか?

 わからない。六本脚の生きた岩山には、首が無かった。

 

 災獣が巨大な体躯を震わせる。汽笛のような低い咆哮が轟いた。痺れるような空気の振動がここまで伝わってくる。顔がないのにどこから音を出しているのかもわからないが、どうやら接近してくる僕らのことは認識しているようだ。

 

「始めるぞ」三船の氷みたいに冷たい声。

「了解」と短く返す。

「やっつけよう」クァニャンが敵を睨みながら言った。

 

 先行していた赤と青の軍人たちが左右に分かれた。赤が左で青が右。大きく迂回するコースで災獣の側面を取ろうと高速で飛行していく。

 正面の進路が開いた。僕はイブキの速度を上げる。先頭だった。やや遅れて三船の機体が続く。安藤の機体は大きく減速して、そのまま地上に着地した。予定通りの後方支援の構えである。

 ウーサ人の黒コートは、二人が安藤の護衛で、残りの五人が僕と三船の周囲を飛んでいる。事前の打ち合わせ通り、互いの距離はかなり取ってもらっていた。こちらの回避運動に巻き込んで人身事故、というのは避けたいところ。

 

「うーん、あの海蛇よりも望みは薄そうだけど……」

 

 右手に保持しているライフルで狙いをつけた。災獣の身体はほとんど甲羅で覆われている。顔がないから目立った弱点も見当たらなかった。まぁ仕方ない。ひとまず甲羅の中心にレティクルを合わせてみる。

 引き金を引いた。リズミカルに三点射。反動を制御しながら、同一のポイントを狙う。銃口から放たれた150mmの物理弾が風を切る。

 着弾。硬質な金属音が響く。分厚く硬い甲羅が銃撃を弾いた。先端が潰れた弾丸が明後日の方向に弾き飛ばされていく。斜め後方から放たれた三船の弾丸も同じ運命を辿っている。

 

「まぁ予想通り」

「気を付けて。()()()()()

 

 クァニャンの言葉と同時に、目の前の山が震えた。

 災獣が身体を揺らしている。いや、それだけではない。大陸亀の杭のような足が打ち込まれた天然の山そのものが震えている。

 鳴動する大山の岩盤がひっくり返った。不可視の巨人の腕が無造作に花びらを毟るかのように、中央山脈の赤茶けた山肌が次々と重力の軛から引き剥がされていく。

 

「……眩暈がする光景だなぁ」

 

 コックピットの計器に素早く目を走らせた。しかし、重力の異常は観測できない。表示された数値は惑星ウーサの正常値を示している。

 だが、現実の光景として、眼前の空域には大小無数の岩塊が宙に浮いている。まるで宇宙のようだ。入り組んだ小惑星帯の迷路が想起される。

 岩石のサイズは、大きなものでイブキよりも巨大な30メートルクラス。それがふわふわと浮遊している。ジェットエンジンのような推力で飛んでいるのでもなければ、磁力のような反発力で浮いているのでもなかった。イブキのセンサでは物理的なエネルギーは観測できていない。未知の原理で()()()()()()浮いているとしか言えない状況である。

 

「あれが、『飛岩』の魔法」

「わかりやすい名前で助かるよ」

「わかりやすいほど、魔法は強くなる。言葉には力があるから」

 

 再びトリガー。ライフルから放たれた弾丸は、今度は浮遊する岩石に阻まれた。弾頭が岩にめり込み、ひび割れた岩石がそのまま砕ける。上下左右の四つに千切れた岩片は、しかし、地面に落ちることもなくその場で浮遊を続けていた。

 

「一応聞くけど、『浮岩』じゃなくて、『飛岩』なんだよね?」

「そう。ケイナイン、ユミツ語の使い分けが上手くなった」

「ニュアンスの違いは、つまり、そういう魔法で間違いないってことか……」

 

 などと言ってるそばから、浮遊する岩石群が少しずつ速度を上げていった。軌道は円形。大陸亀の周囲を旋回するコースだ。その速度はあっという間に100km/hオーバに到達する。

 僕はイブキにブレーキを掛けた。災獣の制空権の僅かに手前だ。眼前を恐ろしい勢いで岩塊が横切っていく。イブキの重量さえ上回る巨大な鈍器が振り回されているようなものだった。

 

 砂嵐、いや、岩嵐とでも言うべきか。災獣はその『目』にどっしりと居座っている。迂闊に近づこうものなら、飛び交う岩と砂礫とですり潰されるのは間違いない。

 

「三船隊長、そっちでどうにかなりません?」

「試すだけ試す。期待はするな」

 

 機体を左方向に流して射線を開ける。独特の高い音とともに、六つの円筒形が後方から飛翔していった。三船のイブキから発射された多連装ロケットが、岩の嵐に突っ込んでいく。

 めきり、と金属がひしゃげる異音が聞こえた。間髪入れずに、爆発が連続する。押し寄せた爆風に逆らわずに僕は機体を後方へと退避させる。

 ロケット砲は岩嵐に首を突っ込んで数メートルもしないところで、横殴りの岩に潰されて誘爆してしまったようだ。赤い炎が一瞬だけ閃いたが、それもすぐさま吹きすさぶ岩と砂のヴェールに押し流されていく。

 

「……なんか、悪化させてません?」

「かもしれん。だが、誤差だ。どのみち、浮遊する岩石の量は増加し続けている」

 

 乾いた褐色の嵐は厚さを増している。どうやらそれは、ロケットで砕けた岩がより鋭利になって勢いを増したというだけではないらしい。荒れ狂う岩と砂の壁に阻まれて、大陸亀の姿はもうほとんど視認できない状態だった。嵐の壁は、肉眼ではもはや黒い奔流にしか見えない。

 

 ウーサの軍人たちは苦戦しているようだった。

 左右に分かれた赤と青の部隊は、それぞれがひとつの群れとなり連携して飛行している。非常に統制された動きで、タイミングを合わせて全員が魔法を放っているようだが、その魔法の矢弾もやはり岩の嵐に阻まれて大陸亀までは届いていない様子。

 

 不意にアラートが鳴った。

 

「っ、と」

 

 指先に信号(パルス)。グリップを引く。スラスタが吼えて機体が横に跳ぶ。

 嵐の奥から岩塊が飛び出した。ノコギリを思わせるささくれた断面が、砲丸投げのように機体の横をすり抜けていく。5メートルはあろうかという巨大な岩の弾丸だった。随伴する黒コートの部隊が射線からパッと散開するのが見えた。

 

「まだ来る」クァニャンがモニタを睨む。

「いよいよお目覚めか」僕は短く息を吐いた。

 

 嵐が再び岩の弾丸を吐き出した。鋭くペダルを踏み、イブキを急反転させてそれを躱す。

 それを皮切りに、岩石の雪崩が始まった。黒塗りの嵐のヴェールから、次々と殺意を纏った岩石が飛来してくる。巨大な岩、鋭利な岩、散弾のような細かな岩。いずれも直撃すれば機体損傷は免れない速度と質量だった。イブキのセンサがあっという間に危険表示で真っ赤に染まる。

 

「クァニャン、()()()?」

「跳べる」彼女は頷き、けれど眉を顰める。「でも、危ない」

「どう危ないの?」

「着地点が見えない。跳んだ先が、潰れてるかも」

「どういうこと」

「着地点に災獣の身体とか岩の塊があったら、衝突して、死ぬ」

「……『いしのなかにいる』ってわけか」

 

 岩石の弾幕を掻い潜りながら次の手を考える。密度の高い連続砲撃に押されて、災獣との距離は遠ざかりつつある。クァニャンの『跳躍』を使えばその距離もゼロにできるのだが、どうやら闇雲に跳ぶのは自爆のリスクと表裏一体らしい。

 嵐は今もなお勢いを増している。岩石と砂とが混じり合う黒い渦は、はるか天高くまで伸びていた。イブキの高度からでも頂点が見えない。ともすれば宇宙にまで到達していそうな規模である。

 

「やっぱり出鱈目だね、魔法ってやつは」

「人間はここまでできない。魔法じゃなくて、災獣がおかしい」

「人間と災獣でなにが違うの?」

「持っている魔力の量。人間の生体魔力だと、この規模になる前に貯蔵が切れる」

「だったら、災獣の魔力がどこに蓄えられているのか、って話になるけれど……」

「たぶん、甲羅の下」

「だろうね」

 

 大海蛇の最期を思い出す。体内に蓄えられた魔力を誘爆させれば、災獣の巨体を内側から破壊できるかもしれない。問題は、いかにしてそれを実行するかだ。

 ウーサの軍人たちも嵐の勢いに押し負けて後退しつつあった。センサに映る友軍の動体反応が五つほど減っている。つまり、脱落者がすでに出ているということ。巨大な岩石の嵐は、イブキよりもサイズの小さい人間にとってはさらに脅威だ。直撃すれば即死だろう。辛うじて生き延びたとしても、地上に墜とされたら逃げることもできずに嵐に呑まれることは想像に難くない。

 

 イブキが戦線に留まっていられるのは、彼らが敵の攻撃をある程度引き受けてくれているからだった。戦闘区域に吹き荒れる岩石のすべてが一斉に向かってきたら、さすがにイブキの機動力でも避けきれるものではないはずだ。

 

 補助シートのクァニャンが歯噛みしている。嵐の向こうを見通そうと、大きく見開いた目でモニタを凝視していた。指が白くなるほど強く手を握っている。

 しかし、打開策がないなら退くべきだ。当初の作戦では、赤と青の部隊とイブキ含む黒の部隊とで、三面から波状攻撃を仕掛けることで大陸亀の防御を破るという算段だった。想定外だったのは、相手の魔法の規模が異常なまでに大きかったこと。これほどの威力と範囲を持つ魔法の行使は、ユミツの軍でも確認されていなかったはず。

 災獣が今まで本当の実力を隠していたのか。それとも、縄張りの中でじわじわと成長し続けた結果がこれなのか。いずれにせよ、当初の作戦は破綻したといっていい。

 

「隊長」岩石を避けながら三船に通信を送る。「撤退するなら、判断は早い方がいいかと」

「そうだな」通信越しの三船が冷静に頷く。「だが、まだ手は残っている」

「だったら手遅れにならないうちに何とかして欲しいんですけど」

「それなりに準備が必要なんだ。……安藤、やれそうか?」

 

「……っし! お待たせしました! 先輩、データを送るっス!」と戦線の後方に控えているはずの安藤から声が届いた。計器の数値とアラートの表示が飛び交うモニタに、新たに構築されたリンケージから送られた映像が表示される。

 それは俯瞰視点の映像だった。表示高度は70km。成層圏よりも高い。ということは、飛行型のドローン空撮。たぶん、ロケットエンジンを積んだ使い捨てタイプだ。その視点は、魔法の嵐よりもさらに高い。準備というのは、これを打ち上げるための時間のことか。

 

「視えた」

 

 クァニャンが確信を呟く。

 表示された映像は、黒い嵐の輪の中心に、大陸亀の甲羅をはっきりと捉えている。僕の眼球がそれを意識すると、カメラの望遠が連動して地上の対象物が拡大された。解像度は十分に高い。岩石の浮いていない空白空間(エアポケット)も把握できる。

 

「ケイナイン」

「いつでもいいよ」

「『跳躍』する」

 

 視界が捩じれた。重力が歪む。

 イブキは嵐の内側にいた。高度5,000メートルから頭を下にして落下している。

 物理科学が想定していない瞬間移動にあらゆる計器がエラーを吐いている。それらをすべて無視して左腕の杭打機(パイルバンカ)を構える。

 左腕の修理は間に合っていた。装着した杭打機は海中に没したものとは別の予備の装備だ。

 

 高度4,000メートル。中央山脈の頂上を横目に落ち続ける。

 高度3,000。金属の噛み合う音を立てて、小惑星破砕用の杭が装填される。

 残り2,000。クァニャンが僕の腕に手を添えた。グリップを握る指に不思議な感覚が宿る。

 1,000。まばらに浮遊する岩石を回避。速度を殺さず、そのまま落ちる。

 500。災獣は反応していない。装填済みの杭打機を振り上げる。

 

「タッチダウン」

 

 ドンピシャだった。災獣の甲羅に着地すると同時に、杭打機の射出口を足元に突き立てる。

 超高速で射出される合金製の杭。コンマ秒と掛からずその先端が災獣の甲羅を穿つ。

 

 瞬間、重く硬い異音が響く。

 

 甲羅が爆ぜた。打ち下ろした左腕が跳ね飛ばされる。

 機体のバランスが崩れる。よろめく。警告音が喧しい。

 衝撃に呻き声が漏れた。隣からクァニャンの悲鳴。

 モニタは生きている。足元の甲羅が破裂している。

 

反応装甲(リアクティブ)……!」

 

 咄嗟にフットペダルを踏む。スラスタが青い炎が噴く。

 急上昇。それを追いかけるように、足元の甲羅が連鎖して弾ける。

 下方向から散弾のような礫の雨。自機の軌道を横に捻じ曲げて回避する。

 弾けた甲羅の下に、また別の岩の甲羅が見えた。

 積層構造だ。しかも、材質は岩石で、災獣はそれを意のままに操ことができる。

 

「クァニャン!」

「まだやれる!」

 

 左腕は動かない。衝撃で駆動系が死んだらしい。杭打機もズタボロで使用不可。

 だらりと垂れ下がったその手のひらを、まだ生きている右の手で掴んだ。

 左の肩部の接続を切る。そのまま関節を引っこ抜いた。

 耳障りな金属音。肩から外れた左腕を、鈍器のように右手で握っている。

 

 反転(フリップ)

 落下に加えて、スラスタで加速。加速度で身体が軋む。

 眼前に天然の山肌。直前、回転(ターン)。鋭角の軌道。接地寸前を飛ぶ。

 視界の両端に災獣の脚。異様なほどに巨大で、象のように分厚い岩肌を纏っている。

 

 その間に、潜り込む。

 

 六本脚の岩肌が弾けた。全方位から岩の雨。

 けれど、逃げ場は見えている。

 クァニャンが僕の腕を強く握った。

 短い『跳躍』。

 ショートカット。

 目の前に災獣の腹。

 イブキの足元で、置き去りにした岩石の弾丸が空を切る。

 

 目まぐるしい加速度の変化に歯を食いしばる。

 クァニャンはほとんど僕に抱き着くような体勢。

 グリップを引く。イブキが右腕を振りかぶった。

 

 右手に握った左腕の先端。

 千切れた関節部に、青い魔法の刃。

 

 災獣の腹のド真ん中に、それを叩きつけた。

 鈍い風切り音を伴って、青い刃が腹部に食い込む。

 手応えは硬い。質量に押し返されそうになる。

 

 クァニャンが吼えた。

 光の刃が輝きを増す。

 操縦系と繋がった頭の中の神経がスパークする。

 リミッタを振り切って、イブキが魔法の斧を振り抜いた。

 

 岩の装甲が砕け散る。

 刃が抉り取った腹部の向こうで、眩い光が爆ぜるのが見えた。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 僕は呼吸を思い出した。

 パイロットシートに背中を預けて、荒い息を繰り返す。玉のような汗が額から流れていた。全身が気怠く、指一本を動かすのも億劫だった。

 

 イブキは空にいた。高度計には70kmと表示されている。惑星ウーサの中間圏だ。カーマンラインよりも下だから、まだ宇宙には届いていない。

 周囲には黒い空が広がっていた。地上は日中で、太陽も視界の内にある。すぐ近くに小型の飛翔体があるとセンサが報告していた。カメラでフォーカスすると、鋭い翼を持ったマシンがモニタに映る。

 

 安藤が打ち上げたドローンだった。

 つまり、これを目印にして、僕らは『跳躍』したということなのだろう。

 

「ここは、どこ?」

 

 ぐったりとしたクァニャンが僕の身体にもたれかかっていた。彼女の呼吸も荒い。菫色の髪が汗に濡れて、白い肌にぺたりと貼りついている。ぼんやりとした瞳がモニタの向こうの漆黒の空間をゆっくりと見渡している。

 

「君が選んだ場所だよ」

「……宇宙……?」

「よりは低い位置だね」

 

 目だけを動かして機体のパラメータをチェックした。推進剤の残量はまだ十分にある。適度に減速しながら地表まで落ちていくことも可能な量だった。こういうとき、イブキの頑丈な構造はありがたい。

 スラスタの調子を確かめて、機体の速度を調整した。落ちる先はユミツ国の領域にしなくてならない。脳裏には大海蛇の魔法(ビーム)の記憶があった。未知の土地に落ちて、未知の災獣に襲われるのは勘弁してもらいたいところである。

 

「あ……、大陸亀(イア・ルコグム)は?」

「ちょうど通信を拾ったよ。無事に討伐できたってさ」

 

 長距離の瞬間移動で一旦途切れていたリンケージが復帰したところだった。三船と安藤のイブキから地上の状況が送られてきている。

 災獣の腹部を抉った魔法の斧は、敵の体内に蓄えられた魔力を内側から破裂させていた。身体の内側から発生した強烈な衝撃に、災獣の山のような巨体はバランスを崩して、ついに脚を折って地面に倒れ伏したらしい。

 

 また、『飛岩』の魔法もその瞬間に力を失った。使い手である災獣の意識が逸れたのもそうだし、コントロールのための膨大な魔力が傷から漏れ出たというのも原因のようだ。

 結果、岩石の嵐は数分と経たずに掻き消えた。防御手段を失った災獣は、浮力を失った岩石が雨と降る中、殺到したユミツの軍人たちの魔法で念入りにトドメを刺されたとのこと。

 

 そういうわけで、災獣(シウジェア)大陸亀(イア・ルコグム)の討伐は成功。

 これにて任務完了である。

 

「そう、良かった……」

 

 その報告を聞いて、クァニャンは安堵の息を吐いた。もともとぐったりとしていた身体から完全に力を抜いて、遠慮もなしに僕の膝の上に身体を預けている。

 彼女をどかすべきかとも考えたけれど、それよりも全身の気怠さが勝った。通常の操縦を終えたときとは違った疲労感が身体を包んでいる。ひょっとして、魔法を使った影響だろうか。これほど長距離の『跳躍』をしたのは初めてのことだ。クァニャンの疲れ具合を見るに、距離が延びるほど消耗も大きくなるのかもしれない。

 

「まぁ……、考えるのは後でいいか」

 

 小さく首を振る。頭にはぼんやりと霧がかかったみたいで、空転する思考はまるでまとまる気配がない。膝の上に乗ったクァニャンの身体の重みも、薄い膜を挟んだみたいに不明瞭で、お互いの身体の境界が曖昧になったようにさえ思えてしまう。

 

 そんな生クリームみたいに混沌とした気怠さに身を委ねながら、僕とクァニャンは地上へと落ちていった。

 

 

 

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