星の息吹と宇宙猫   作:子守家守

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ディフォームド・リポート(3)

 首都ナェゴトにおける交渉団の移動には、魔法式の自動車が用いられていた。

 サイズとしては地球の自動車と同じくらいで、定員はおおむね六人程度。地球人3人とウーサ人3人の一行がちょうど乗り切る計算である。

 

 運転席と助手席(に該当するポジション)にクァニャンとマハナが座り、僕と三船、桃瀬とエンデータンが自動車の後方の座席に腰掛けた。後部座席は前後二列が向き合うような構造だった。移動中も乗客が顔を合わせて会話できるようにという設計思想だろう。車内のスペースがかなりゆったりと取られているし、要人の移動用に特注された車両なのかもしれない。

 

 僕の隣にエンデータンが座り、三船の隣に桃瀬が座っていた。すぐ隣に座ったことで、仮面の奥の吐息が微かに聞き取れた。きちんと呼吸はしているらしい。メガネにも生体反応が表示されていた。仮面の下は実はロボットでした、みたいな古典的なパターンではなさそうだ。

 

 首都の道路は空いていた。地上を走行している自動車は少なく、乗用車よりも貨物車両が多い印象である。クァニャンのバイクのような個人用の移動ガジェットを利用している者もそこそこ見かけられた。

 一方、自動車の窓から頭上を見上げると、都市の空中を飛行して移動する人の姿も発見できた。地上よりも身軽な装いの通行人が多い。混雑しているわけではないが、散発的な人の行き来がいつまでも続いている。

 

 つまり、地上と空中とに交通量が分散しているのだ。また、空中の移動経路は複層的な構造になっているように見える。建造物の外壁に標識らしきものが掲げられているのも見受けられた。しかし、信号らしきものは見当たらない。

 交通事故と墜落事故の心配をしたくなるような光景だが、ユミツの国民たちは怖がる素振りも見せずにすいすいと空中を飛び交っている。おそらく、この国なりの交通規則のようなものがあるのだろう。また、ウーサ人特有の生身での防御力の高さも、この立体的な交通社会の成り立ちに一役買っているに違いない。

 

「現在、我が国には三人の予言者がおります。彼らはそれぞれ異なる住居に住んでいますので、皆さまとはひとりずつ順番に面会していただくことになります」

 

 自動車は首都の中心区画に向かっていた。聳え立つ中央庁の高層建築に近づいていく。

 都市の中心に近づくほど、周囲の緑が濃くなってきた。この都市でもっとも高い建造物である中央庁は、母の樹の巨大な幹と絡み合うように建築されている。その影響なのか、都市の外縁部と比べて、中心区画は特に植物が繁茂しているように見受けられた。

 道路はカーブが多く、複雑に曲がりくねっていた。地面を這う植物の根と蔦の影響だろう。地上を走る車両数はさらに減ってきていて、代わりに空中を飛び交う人影が多くなってきている。

 

「予言者が三人。それは、多いのでしょうか、少ないのでしょうか? そもそも、予言者というのは、他国にも存在するものなのですか。それとも、この国固有の制度なのでしょうか」

 

 エンデータンと向かい合って座る桃瀬が、地球人サイドを代表して彼に尋ねた。

 

「我が国にはこんな格言があります。『ひとつの言葉を信じる者は愚者であり、ふたつの言葉の比べる者は盲目である。みっつの言葉を知る者が正しき形を知るだろう』と」

 

 エンデータンはローブの袖に隠された両手の手のひらを上に向けたようだった。なにかを説明する際のジェスチャのようだったが、服装のせいかどことなく宗教的な所作に見えてしまう。

 

「つまり、たとえ正しい予言であっても、それを無条件に信じることはできないという話です。予言の内容は予言者の技量、あるいは肉体的・精神的な調子によっても左右されます。また、内容をいかに解釈するかによって、その予言が意味するところを取り違えてしまうということもあるでしょう。それゆえ、国家機関として予言を採用する場合は、三人以上の予言者に予言を実行させるのが望ましいとされています。我が国は古くからこの原則に立っていますし、他国も似たようなものです。最低で三人。多くて五人ほどで運用されるケースが基本かと」

 

 エンデータンはそう言うと、小さくため息を吐いてから「災獣が現れてからというもの、他国の情勢を知ることが難しくなりましたから、あまり正確なことは言えませんが」と付け加えた。

 

「予言者とは、『予言』の魔法の使い手です。この魔法の適性を持つ者は非常に希少で、なおかつ血統の影響が強いことで知られています。つまり、予言者を多く輩出する家系というものが存在するのです」

「では、これからお会いする予言者というのも、そういった家系の方なのですか?」

「はい。我が国で古くから御三家と呼ばれる家系の方々です。我が星の歴史において、『予言』の魔法は古い時代ほど重要視されてきました。自国の擁する予言者が多い国家ほど強国と見做されていた時代すらあります。また、市井において無分別に行われた予言が、大きな混乱を齎したという記録もあります。そういった経緯から、国家が予言者の家系を保護、あるいは管理するというのは、この星では伝統的な制度となっています」

 

 自動車は中央庁に向かう道から折れて、曲がり角に守衛の立っている道路に入った。両サイドに木立が並ぶ涼しげな道だった。しばらく行くと、頑丈そうな鉄柵の生垣が見えた。その道沿いを進んだ先に金属製の門扉があって、そこにも守衛が立哨している。かなり厳重な雰囲気である。

 助手席のマハナが窓から顔を出して何事かを守衛に告げると、重々しい門扉が音をゆっくりと音を立てて開放された。門を操作した守衛のじっとりとした視線に見つめられながら、クァニャンの運転で自動車は門の内側へと入っていく。

 

「『予言』は使い手への負担が非常に重い魔法です。たった一度の予言であっても、心身に多大な負荷が掛かるうえに、魔法を行使した際に消耗する魔力も甚大なものとなります。古い時代の専制国家では、予言者を酷使の果てに使い潰すような事例さえありました。無論、現在の我が国ではそのようなことが起こらないように、彼らの健康管理と予言のスケジュールには、常に細心の注意が払われています」

「具体的には、どの程度の頻度で予言を行うことができるのですか?」

「原則、一年に一度。これは我が国の法律にも定められています。消耗した魔力の回復にそのくらいの期間が必要なのです。先述の通り、予言を行う場合は三人の予言者でタイミングを合わせる必要もありますので、誰かひとりが早期に魔力を回復させたとしても、他の二人より早く予言を行うということはありません」

「なるほど。それでは、十分に時間を掛けて重要な案件を選んだうえで、予言の魔法というものを行っているというわけですね」

「ええ、その通りです」

 

 表情には出していないが、おそらく桃瀬はホッとしていることだろう。

 

『予言』とやらの詳しい仕組みや精度はまだわからないが、迷信的な占いのようなレベルではないことは確かだった。少なくとも、国家制度として世界的に認められる程度には信用性を持っているもののはずである。

 魔法という特異な技術体系の存在を考えると、本当に未来の情報を取り寄せているという可能性もゼロではない。そんな奇跡みたいな魔法を日常的にポンポン使われていたとしたら、外交畑の人間としてはたまったものではないだろう。年に一度という制限があるだけマシというものだ。

 

「実のところ、ほんの数日前に、今年の予言が行われました」

「……それは、なにを対象に行われたので?」

「我々と、あなたたちの、未来について」

 

 自動車が止まる。運転席のクァニャンが後部座席を覗き込んだ。

 仮面のエンデータンが頷く。助手席に座っていたマハナが、外から後部座席のドアを開けた。先ほどの言葉への返事を待たず、エンデータンが車を降りる。互いに一瞬顔を見合わせてから、僕たち地球人の三人も彼に続いて車を降りた。

 

 外の空気は涼しかった。頭上には青く茂った木の枝葉が広がっている。木漏れ日が鮮やかに地面に届いていた。さわさわと木々の葉が掠れる音が聞こえている。

 駐車したのは、ひときわ大きな屋敷の前庭だった。豪邸といっていいだろう。コンクリートではなく木造の屋敷で、アプローチには磨かれた白い石のタイルが敷かれている。その先の玄関は両開きの扉で、その左右にはやはり守衛が二人立っていた。

 

「三人の予言の結果はすでに政府に伝達してあります。その内容がどのように解釈されて、我が国がどのように判断するのか。それはもはや、私の権限の外にあります。政府の具体的な行動という形でいずれ明らかになるでしょう」

 

 エンデータンの先導で屋敷の玄関に向かう。彼のローブの長い裾が地面を滑っている。

 

「なので、本来であれば私の仕事もひとまず終わりということになり、しばらくは閑散期になるのが常なのですが……。此度の予言を巡る情勢は複雑にして奇異なるもの。諸々の要請もありまして、このように皆さまと予言者たちを引き合わせる役目を任されたという次第です」

「私たちが予言者と会うことも、その予言とやらに関わることというわけですか?」

 

 玄関のポーチに入ったところで、桃瀬の質問にエンデータンが振り向いた。

 

「まったくの無関係ということはありません。しかし、どちらかといえば、予言者の方々が地球の皆さまとお会いしたいと希望したことが大きいでしょう」

「予言者が私たちに会いたい、と? それは、三人のうちの誰かが、ということでしょうか」

「いえ、三人の予言者全員が、です。これもまた、なかなかに珍しい」

 

 仮面の案内人がローブの袖に隠れた右手を挙げた。玄関扉の左右に控えていた守衛が頷いて、両開きの扉を引き開ける。扉の先は魔法の照明で照らされた明るい空間だった。

 エンデータンは微かに肩を震わせていた。相変わらず表情は仮面に隠されているが、もしかしたら笑みを零しているのかもしれない。くぐもった声の調子もどこか楽しげな響きを帯びているように思える。

 

「予言者の方々は、なかなかどうして、それぞれに個性的な方々でして。三人の要望が同じものになるだなんて、今まで一度もなかったのですが……。いやはや、さすがは異星人というべきでしょうか。予言者といえどやはり人の子。好奇心を抑えられなかったのでしょうね」

「好奇心が理由であれ、このように貴国の要人と面会する機会を得られたのは、我々にとっては喜ばしいことです」

「そう言っていただけると、私も気が楽になります。さ、こちらにどうぞ」

 

 邸宅の内装は派手さはないが品の良い落ち着いた雰囲気だった。木造建築の暖かみを前面に出しているデザインで、魔法の光に浮かぶ木目調の壁が目に優しい。高級そうな調度品には手作りらしき小物がさりげなく飾られている。廊下に並ぶ扉のドアノブには、それぞれに色違いの紐細工の飾りが掛けられていた。

 

「最初のお会いしていただくのは、三人の予言者の中で最年少の方になります。とても素直で……、少しばかり直截的な物言いをしてしまう子なのですが、どうかご容赦を」

 

 廊下を進んだ突き当りの扉の前で、エンデータンが足を止めた。

 彼(もしくは彼女)は後ろを振り返って、僕たち一行の姿を見ながらなにやら考える素振りを見せる。「ふむ」と小さく呟いた彼は、最後尾で殿(しんがり)を務めていたクァニャンとマハナをちょいちょいと手招きした。

 

「中佐、それから少尉。申し訳ありませんが、チキュウのお客様と並んで入室していただいてもよろしいですか?」

「はい? いえ、もちろん構いませんが……」

 

 マハナが困惑気味に頷いた。どうやらエンデータンのこの要請は、前もって予定されていたものではないらしい。

 

「ありがとうございます。では、参りましょうか」

 

 ユミツの軍人二人が僕たち地球人と並ぶのを確認してから、仮面の受宣官は扉を開いた。

 広い部屋だった。廊下と同じく魔法の光で照明されている。室内には風変わりなにおいが漂っていた。なんだろう。乾いた粘土のような香り。不快というほどではないが、芳香を目的としたものではないように思える。

 

「失礼します。チキュウのお客様をお連れしました」

「時間通りね、待っていたわよ!」

 

 部屋の中心に置かれたソファから溌溂とした声が響いた。

 最年少の予言者は、年若い少女だった。白い髪に病的なほど白い肌。とにかく色素が薄い印象である。それを際立たせるかのように、纏っているのは宇宙のように黒いドレス。熊のように巨大なソファの中央で、ひとりぽつんと座っている。

 

「イグス様、ご紹介します。こちらが――」

「エンデータン、ちょっと待って! 言われる前にわたしが当てるわ!」

 

 イグスと呼ばれた白い少女の予言者は、ソファから身を乗り出して挑むような目つきでこちらを見つめてきた。僕と三船、それから桃瀬の地球人に加えて、マハナとクァニャンのユミツ人が五人で一列に並んでいる。その顔をひとりずつ順番にじっと凝視してから、イグスは「うーん」と首を傾げて、ドレスの袖から覗く細い指で、きっちりと地球人の三人を指差した。

 

「あなたと、あなたと、それからあなた。この三人がチキュウ人でしょ?」

「はい、その通りです。よくわかりましたね」エンデータンがくぐもった声で肯定する。

「だって、残りの二人はユミツの軍服だもの! さぁ、そんなところに立っていないで、こっちに来て座って座って」

 

 イグスは愉快そうにそう言って、僕たちに座るよう勧めてくれた。

 彼女が座っているものを含めて、四つのソファが来客用のテーブルを取り囲んでいる。僕たち地球人の三人がイグスの対面に腰掛けて、エンデータンが予言者と地球人の間のソファに座る。

 軍人の二人はソファの脇で立ったまま待機するつもりだったようだが、「あなたたちも座ってちょうだいな!」というイグスの鶴の一声で、彼らも残っていたソファに座ることになった。

 

「誰か、お茶の準備を」と使用人に声を掛けてから、予言者の少女は改めて地球人の来客にじっと視線を向けてきた。

 

「はじめまして、イグスよ。この国で予言者をやっているわ」

「はじめまして、イグス様。大道寺宇宙開発、渉外部の桃瀬と申します」

「モモセね、覚えたわ。ねぇ、今の、もう一回言ってもらえる?」

「今の、と言いますと?」

「自己紹介」

 

 白い少女がにっこりと微笑んだ。

 桃瀬が困惑したように眉を傾けて、肩書と名前をもう一度名乗る。

 

「ありがとう。うん、顔の動きに違和感はないし、声はやっぱり口から出ているのね。服装以外は本当に私たちと(おんな)じだわ。生体魔力は薄いけれど、外見では全然見分けがつかないわね。……うーん、あなたたち、本当に宇宙人なのかしら?」

「もちろん、正真正銘、宇宙人ですとも」

「証拠を見せて欲しいわ」

「ふむ。どういったものをお見せすれば、信じてもらえますか?」

「巨人よ。鋼の巨人を見せて欲しいの」

 

 イグスははじめからそう言うと決めていたようだった。

 少女の色素の薄い瞳が、好奇心を隠さずにじっと桃瀬を見つめている。

 

「申し訳ない、ナェゴトには巨人を持ち込んでいないのです」

「あら、そうなの。残念。でも、仕方ないわね。暴れられたら大変だもの」

「映像でよければお見せできますよ」

「本当に?」

「ええ、こちらをどうぞ」

 

 桃瀬が薄型の端末を操作してテーブルの上に差し出した。画面には直立するイブキが映っている。僕の機体だった。塗装のくたびれ具合と災獣との戦闘で受けた損傷が記憶と一致している。たぶん、降下艇で着陸したときに誰かが撮影したものだろう。

 イグスは「ふぅん、これが……」と目を大きくして表示された画像を見ている。ぱちくりと瞬きをする様子が、なんとなく小動物を連想させる。

 

「モモセはこの巨人を動かせるの?」

「いえいえ、私はしがない事務屋ですので、とてもではありませんが。パイロットのことでしたら、こちらの二人にお尋ねください」

「ぱいろっと? ああ、巨人を動かせる人のことをそう呼ぶのね」

 

 端末からパッと目をあげたイグスが、僕と三船の顔を交互に見る。僕たちは二人とも営業スマイルだった。社会人の基本装備である。愛想を振りまいているというよりは、初対面の相手を警戒して間合いを測っているという趣きが強いけれど。

 

「ねえ、あなたたちのどちらが災獣を倒したのかしら?」

「そっちの男です」

 

 ノータイムで三船が答えた。ほとんど食い気味といっていい。もちろん、間違ってはいないから文句は言えない。ソファから身を乗り出した白い少女の視線が、僕の頭部にフォーカスする。

 

「あなた、名前は?」

「京奈院です」

「ケイナイン。変わった響きね。災獣を二体も討ったと聞いたわ。あなたとあなたの巨人は、そんなに強いの?」

「いえ、ウーサ国の協力があってこそです。特に彼女……、クァニャンがいなければ、こういった結果にはならなかったでしょう」

「あら、慎み深いのね。ちょっと意外だわ。災獣を倒せるくらい強いなら、もっと豪快で自信家の戦士なんじゃないかって想像していたのだけど」

 

 イグスの視線がすっと水平に飛んで、クァニャンに移る。

 

「クァニャン、でいいのかしら。ウーサの軍人よね?」

「はい。東部基地所属、少尉です」

「ふーん……、知らない顔だわ」

「初対面ですので」

「私の予言に現れたこともない、という意味よ」

 

 さらりとそう言うと、白い髪を掻き上げて、予言者の少女は気だるげにソファへと背を預けた。

 そのタイミングで、使用人が飲み物を運んできた。翻訳の都合でお茶と呼ばれているが、厳密には地球でいうところの茶(つまり、チャノキの茶)ではなく、惑星ウーサに固有の植物を煮出した飲料である。ユミツ国では一般的な嗜好品であり、地球人が飲んでも毒にはならないことはすでに確認されていた。

 

「筆を持ってきて。ノートもね」

 

 金属のコップを置いて下がろうとする使用人に、イグスがそう声を掛けた。少女の指令を受けて一礼した使用人が部屋から退出すると同時に、彼女はポンと手を叩く。

 

「さぁ、今のうちに席替えをしましょうか!」

 

 色の薄い唇を弧にして、予言者の少女が愉快そうにソファを指差す。

 

「ケイナインはクァニャンの隣よ。軍人のオジサンと交代するの。ほら、早く早く!」

 

 唐突な指示に僕らは思わず顔を見合わせてしまった。僕たち地球人だけでなく、クァニャンとマハナも困惑の表情を浮かべている。どうやらこれも事前に打ち合わせがあったとかではないらしい。予言者のお嬢様の気まぐれということだろうか。

 

「皆さま、よろしければイグス様の指示通りに」

 

 仮面のエンデータンだけが、特に動揺した素振りも見せずイグスの言葉に追従していた。

 意図はよくわからないけれど、強く反対する理由もない。互いに首を傾げながら、僕と軍人のオジサン(マハナ中佐)は席を交換した。クァニャンの隣に腰掛けて、彼女と顔を合わせると、やはり彼女も不思議そうな表情。

 一方、指示したイグスは上機嫌である。ちょうど使用人が戻ってきて、カートに載せて運んできたいくつかの道具を彼女に手渡した。

 

 イグスの青白い指が掴んだのは、大判のノートと使い古された絵筆だった。

 ちろりと唇を舌で舐めて、彼女はノートに何かしらを描き始めた。迷いのないタッチで、とても手慣れた様子だった。

 

「私の予言は、未来を視るの」

 

 ソファに並んだ僕とクァニャンの方を向いて筆を走らせながら、イグスが独り言のように言う。

 

「『光景の予言』とか『目の予言者』なんて呼ばれたりするわ。それでね、『予言』の魔法を使った後はいつも、()()()()()()を取り寄せることにしてるの。だってほら、自分が視たものがなんなのか、もし私が勘違いとかしちゃってたら、あとになって大問題になるかもでしょ? だから、自分の認識が間違っていないか、ちゃんと確かめておかないと……、あっ、ちょっと! ふたりとも動かないでよね!」

 

 イグスの発言に首を傾げそうになった瞬間、鋭い声で彼女に咎められた。ノートの上辺からじろりと覗いた色素の薄い目が、行儀の悪いモデルを恨めしそうに睨みつけている。

 

「差し支えなければ」横から桃瀬がジェントルな口調で言う。「先日、イグスさんが予言したという内容を聞かせてもらってもいいですか?」

「別にいいわよ」

 

 白い少女はあっさりと頷いた。視線は桃瀬に向かわず、ノートとモデルとを往復している。

 

「構わないわよね、エンデータン」

「はい。ご随意に」

「私が視たのは、()()()()()()()()()()()()()()()よ」

 

 彼女はそう言うと、ふと筆が止めた。

 細くて長い息を吐いて、ソファに座った面々を順番に見回していく。

 

「だから、チキュウ人がまた災獣を倒すことは知っているの。だけど、私たちの国と仲良くするかはわからないのよね。災獣を殺したのと同じ武器で、私たちを攻撃しないとも限らないし……。政治家さんたちはその辺を気にしてるんじゃないかしら?」

 

 皮肉っぽい笑みを一瞬だけ浮かべて、イグスは再び筆を動かし始める。

「そこのところ、イグスさん自身はどうお考えですか?」と桃瀬が尋ねた。

 

「私は別になにも考えていないわ。知らないかもだけど、予言者は政治に関わっちゃいけないの。予言の解釈は政治の領分よ。……でも、そうね、本物の巨人を見せてもらえたら、あなたたちとはもっと仲良くなれるかも」

「なかなか難しいですが、善処しましょう」

「言っておくけど、仲良くなっても見返りなんてないわよ? 年に一度の予言の他に、私にできることなんて、なーんにもないんだから」

「見返りを求めることだけが仕事ではありませんので。ひとりでも多くのウーサ人の方と仲良くなれれば、それだけでも私がこの地に来た意味があるというものです」

「ま、期待せずに待ってるわ」

 

 素っ気ない返事を桃瀬に返しつつ、イグスはまだまだ絵筆に集中している。

「ケイナイン、クァニャン! 二人とももっと自然な表情で!」などと指示が飛ぶが、なにをもって自然な表情というのかよくわからなかった。ちらりと隣のクァニャンを見ると、困惑した視線が返ってくる。僕と同じで、絵画のモデルになるなんて彼女も初めての経験なのかもしれない。

 結局、愛想笑いと苦笑いとを合体させたような、無難で面白味のない表情を浮かべてしまった。クァニャンも似たようなレベルの笑顔になっているので、ある意味統一感はある。

 イグスはアヒルみたいに口を尖らせているけれど……。

 

「もういいわ、その表情で。はぁ……、本当は予言で見た巨人を描きたかったのに」

「ええと、申し訳ない」

「仕方ないし、いいけどね。災獣殺しの()()()()()とその相棒ということで、今回は我慢するわ」

 

「宇宙人の顔を描いてみたいって思ってたのは事実だし」と気を取り直したように筆を動かし始めたイグスは、迷いなく作品の製作を進めつつも、ふと不思議そうに首を傾げた。

 

「だけど……、うーん、どうしてかしら。予言の巨人とあなたたち二人って、どこか似ているような気がするのよね。巨人とは顔の形も全然違うはずなのに、なんでかしら?」

 

 

 

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