「イグス様は、予言者としてだけではなく、画家としても名の通った方です」
青白い肌の少女の創作活動に30分ほど付き合ってから、僕らは彼女の屋敷を辞して魔法の自動車に戻ってきた。車は次の目的地に向けてすでに走行を始めている。
「もっとも、本人にそれを伝えると非常に嫌そうな顔をするのですが。曰く、『私の絵が評価されてるんじゃなくて、
後部座席に座るエンデータンは、そう言って仮面の下で困ったような吐息をこぼした。
エンデータンのイグスに対する芸術面での評価が正当なものなのか、僕には判断がつかない。ただ、屋敷を去るときに彼女が見せてくれた下描きの人物画が、素人の手慰みとは一線を画した精緻なものだったことは確かだった。
「イグスさんの絵もそうですが、貴国の芸術については、いずれ詳しくお聞きしたいものですな」
「ええ、ユミツとチキュウの交渉が上手く進めば、遠からずその機会もあるでしょう。」
桃瀬が朗らかに微笑み、エンデータンがくぐもった声で頷きを返す。後部座席の会話の中心はこの二人だった。三船と僕は窓の外に意識を半分割いている。一応、今日は
自動車は首都ナェゴトの中心区画を走っている。相変わらず道路の周囲には背の高い樹木が立ち並んでいて、緑の濃い茂みがいくつも点在している。つまり、物陰が多く、襲撃に向いた地形である。今のところ危険な兆候は見当たらない。けれど、それとなく車外の警戒を続けているだけでも、少なからず気疲れしてしまうのは事実だった。
「さて、次にお会いしていただくのは、御三家でも特に歴史の古い名家の若君です。年齢でいえばイグス様よりもだいぶ年上ですね。家名を重んじ、伝統ある責務を誇りとする。実に予言者らしい予言者といえましょう。それでいて、己の予言を客観視する冷静さも備えおり、その見識は御三家の歴史に於いて随一との呼び声さえあるほどです」
ずいぶんと持ち上げるんだな、とエンデータンのくぐもった声の解説を聞きながら思う。ちらりと様子を窺ってみたが、目深に被ったフードの下の仮面は当然ながら無表情で、その素顔が実際のところ何を考えているのかはまったくわからなかった。
謎めいた受宣官は、ぶかぶかのローブの袖を仮面の口元に当てて、神秘的な響きを囁く。
「彼との会談が実り多きものとなりますよう、心からお祈りしております。もしかしたら、彼も自らの予言を口にするかもしれません。その際は、是非とも感想をお聞かせくださいませ……」
………
……
…
次なる予言者の住居は、イグスの屋敷とはずいぶんと違った雰囲気だった。人工建材ののっぺりとした建物で、几帳面な立方体という印象である。イグスの屋敷と共通しているのは、敷地面積の広さと警備の厳しさくらいだろうか。
室内の色彩はモノトーンで、シンプルかつ無駄のない空間となっていた。どことなく圧迫感があって、寒々しい空気が滞留している。一方で光源は十分にあるため、陰鬱さは感じられない。厳格、という表現がしっくりくる気がした。
「ウェッツウォーと申します。はじめまして、チキュウの方々」
屋敷の主である予言者は、背筋の伸びた若い男だった。黒い髪を肩口で切り揃えた男前で、糊の効いたパリッとしている服装を着こなしている。年の頃は地球人換算で20代後半くらいだろうか。柔らかい微笑みを浮かべた表情は、いかにも温和そうな人柄を連想させる。
「どうぞこちらへ。今、お茶を準備させますので」
ウェッツウォーは玄関まで自分の足でやって来て、僕たち一行を出迎えた。背後には影のように使用人がひとり控えている。案内された客間はこじんまりとしているが居心地の良さそうな部屋で、開放感にあふれるイグスの客間とはこれまた違った趣だった。
勧められたのもどっしりとしたソファで、柔らかさではイグスのものが勝るが、安定感ではこちらのほうが上である。ガラス製のテーブルも余計な装飾のないシンプルなものだ。
「お忙しいところ、ご足労いただきありがとうございます。私のほうから出向こうかとも考えたのですが、特殊な職責を担っている都合、なかなかそういうわけにもいかず……。エンデータン、君にも手間を掛けさせたな」
「予言者の希望を聞き届けるのも受宣官の務めのひとつ。どうぞお気になさらず」
そう言って仮面の受宣官が恭しく一礼する。ウェッツウォーは満足そうに「うん」と短く頷いた。その所作は洗練されていて、人の上に立つ者の気品があった。それでいて威圧感を感じさせないのは、彼の表情と口調の柔らかさによるものだろう。
「しかし……、いやはや、本当に姿かたちは私たちと同じなのですね。宇宙人というと、もっとこう、異質な存在を想像していたのですが。遥か彼方の星から、まさかこのような来訪者が現れるとは。実に興味深い」
「ええ、互いの姿に驚いたのは我々も同様です。せっかくなので参考までにお聞きしたいのですが、ウェッツウォーさんが想像する宇宙人とは、どういったものだったのですか?」
「そうですね……。宇宙からの来訪者というと、やはりまずは災獣のような怪物を連想してしまいます。人間とはかけ離れた姿かたちで、言葉も通じぬ化け物です」
桃瀬との会話のさなか、今まさに惑星ウーサに危機を齎している宇宙怪獣の姿を思い浮かべたのか、美丈夫の予言者は苦々し気に表情を歪めた。
「意思疎通可能な相手、と考えても、そのイメージに引っ張られてしまいます。つまり、人型に近くても顔が動物になっていたり、手足が触手になっていたりとか……」
「似たような想像を我々もしていました。地球でもポピュラーな宇宙人像ですね。私たちは姿だけでなく、頭の中に秘めた想像力にも共通するものがあるのかもしれません」
「面白い話です。とはいえ、姿かたちがほとんど同じだというのに、魔法だけは使えない宇宙人というのは、正直なところ私の想像の埒外ではありましたね」
ウェッツウォーは薄く微笑み、使用人がさりげなくテーブルに置いた磁器製のカップを口に運んだ。お茶を飲む姿もなかなか絵になっている。伝統的な一族が古くから受け継いできた所作というのは、おそらくこういうところに表れるものなのだろう。
「さて、私があなた方との面会を希望したのには、もちろん理由があります」
カップをテーブルに戻して、ウェッツウォーは小さく首を傾げた。
「お聞きしたいのですが、数日前に災獣を討伐したチキュウ人は、どなたでしょうか?」
予言者の男は、すっと目を細めて真剣に問いかけた。
同じ質問をイグスにもされた気がする。桃瀬と三船が無言で僕に目を向けた。その視線を追いかけて、ウェッツウォーの青い瞳が僕を捉えた。僕は当然、首を縦に振るしかない。
「私です」
「お名前は?」
「京奈院です」
「ケイナイン。なるほど……」
それだけ言うと、ウェッツウォーは重々しく押し黙った。圧力のある視線が僕を射抜いている。なにかを観察しているようにも、なにかを思案しているようにもみえた。
もしかすると、彼の『予言』と関りがあることなのだろうか。いずれにせよ、僕に対してなにやら思うところがありそうな雰囲気である。
「まずは、あなたに礼を言わなければ」
数十秒の沈黙の果てに、若き予言者はふっと息を吐いて、そう言った。
「あなたの働きにより災獣は倒されました。東と西、その双方に座する脅威の排除は、ユミツに大きな利益を齎すでしょう。この国の民のひとりとして、感謝を申し上げます。ありがとう、ケイナイン」
ウェッツウォーが頭を下げる。
僕は慌てて首を振った。
「いえ、私だけの成果というわけではなく、ここにいる三船と、
「ですが、災獣にトドメを刺したのは、ケイナインなのでしょう? 自らの偉業を誇る気持ちはないのですか」
「そのときは、それが任務でしたので。任務結果の評価は、別の者の担当です」
「ずいぶんと謙虚な……。いや、個人より集団としての成果を重んじる価値観、ということか?」
訝しむようにウェッツウォーが口の中で小さく呟いた。
価値観云々はさておき、まずもって国の要人が他勢力の末端の戦闘員に頭を下げてしまうというシチュエーションは、あまりよろしくないのではないだろうか……。
それに、予言者は政治に関われないと、先ほど会ったイグスは言っていた。だというのに、ウェッツウォーからは政治的な視点で災獣排除の礼を言われているというのにも、なんとなく違和感があった。
「わかりました。では、私の感謝は、討伐作戦に関わったすべての人に捧げるとしましょう」
「そうしていただけると助かります」
「そのうえで、私は、あなたたちに伝えねばならないことがあります」
下げていた頭を戻して、予言者は真っ直ぐの視線を僕らに向けてくる。
地球人の三人、ユミツの軍人、そして最後に受宣官のエンデータンと順番に見回してから、彼はゆっくりと口を開いた。
「『星海よりの来訪者が、汝らに滅びを運ぶ。約束された死と絶望が、虚ろなる栄光を覆い隠す。汝、心せよ。この地の支配者が、交代する時が来たのだ』」
その言葉は、低い声で厳かに吟じられた。
誰も何も言えなかった。重苦しい沈黙が部屋に充満している。数秒を置いてから、地球人の反応を探るように瞳を鋭くしたウェッツウォーが慎重に言葉を続ける。
「数日前に為された予言です。当家の予言は、文字によって表れます。そのため『言葉の予言』や『口の予言者』とも呼ばれることがあります」
予言者は懐から古めかしい冊子を取り出した。使い古した皮装丁の手帳である。ページの端々からは付箋が飛び出ていて、ページの中ほどに筆記用のペンが一本挟まれている。
「文字による予言は……、それゆえに、見間違いや聞き間違いはありえません。政府から当家に依頼された予言の内容は、『チキュウ人がユミツ国にどんな影響を与えるのか』というものでした。その結果として得られたものが、先ほどの言葉なのです」
そう説明して、彼は磁器のカップに口をつけた。淹れたときには熱かったはずのお茶は、もう湯気さえ上がっていない。
僕と三船は口を噤んでいた。迂闊なことなど言えるはずがない。クァニャンとマハナも沈黙を貫いている。仮面のエンデータンは身じろぎひとつせずにじっとしていた。
「まず、お伝えしたいのは」難しい表情を浮かべた桃瀬が、慎重に言葉を選ぶ。「私たちは、貴国に対して敵意や侵略の意図を持っていません。これは私個人の考えということではなく、DJ号を代表しての発言と受け取っていただきたい」
「ええ。そうであって欲しいですね」
「……無論、我々が完全に一枚岩であるとは言いません。ですが、もしごく一部の破壊的な思想の持ち主が貴国に対して攻撃を行うというのであれば、我々は必ずや貴国に味方し、そういった反体制の勢力を排除することをお約束します」
桃瀬は力強くそう言い切った。その真偽を量るかのように、ウェッツウォーがじっと彼を見つめている。彼の青い瞳は、まるで魔力を帯びているかのように深い色を呈していた。
「予言は、予言です」
ウェッツウォーが囁いた。
「先ほどの言葉に一言一句間違いはありませんが、しかしそれでも、解釈の仕方によってその意味が変わるということはあります。そのために、予言者は常に三人で運用されているのですから」
「……では、ユミツ国の政府は、これをどのように解釈しているのでしょうか?」
「わかりません。予言者が予言の解釈に関わることはない。そういう古くからの取り決めがあるのです。たとえ政府の中で結論が出たとしても、当家に伝えられることはないでしょう」
若き予言者は苦悶とも取れる表情を浮かべていた。ともすれば僕らよりも彼の方が深刻な様子である。よほど生真面目な
「あるいは……、解釈が変わるというだけではなく、予言そのものが覆るということも……、もしかしたら……、あるのかもしれません。宇宙人の未来に触れた予言というものは、この星でも初めてのことのはずですから」
………
……
…
「実際のところ、予言というものの精度はどれほどのものなのでしょう?」
移動中の自動車で桃瀬がエンデータンに問いかけた。ウェッツウッォーの屋敷はすでに辞している。結局、彼はあれ以上こちらを問い詰めることもなく、会談当初の柔らかい微笑みを再び浮かべて、極めて紳士的に僕らのことを見送ったのだった。
「ウェッツウッォーさんが言っていたように、予言が覆るということもあるのですか?」
「残念ながら、そういった事例は聞いたことがありませんね。受宣官という職務の歴史においても記録されていません。一度行われた予言のズレは、あくまで解釈の範疇でのみ起こりうるものというのが通説です」
「ですが」と受宣官は一度言葉を止めて、ぶかぶかの袖で仮面の顎を撫でながら言った。
「物語としては古くから人気のあるテーマのひとつです。予言された未来を変える。なんとも希望に溢れた話ではないですか」
「それはつまり、現実にはあり得ない、空想上のことでしかない、と?」
「ウェッツウッォー様は、予言を行っていないときは、文筆家として活動されている方です。もしかすると、そのためにああいった発想に至ったのかもしれませんね」
困った方です、と言わんばかりにエンデータンは肩を揺らす。
しかし、予言者本人がそこまで言うということは、ウェッツウッォー本人は自分の予言に納得がいっていないということなのかもしれない。それはつまり、DJ号に好意的な立場を取っている、ということなのだろうか。災獣を二体討伐したという実績が効いているのかもしれない。
車窓を流れる風景に気を配りながら、僕はエンデータンが言ったことを考える。
予言された未来は変えられない。
おそらく、ユミツの指導者層はその前提で行動をしているということだ。
未来の予測はDJ号でも普通に行われていることだ。しかし、それはあくまで統計から導かれた確率計算であり、決定的なひとつの未来を弾き出すものではない。あらゆる未来は『あり得るもの』として肯定されていて、ただ単に、その中に確率的に優位なものが存在するというだけの話だ。
だから僕たちは、未来は変えられるものだと認識している。いや、正確には、不変の未来というものを観測できていないだけと言うべきなのかもしれないが……。
「ウェッツウォーさんの予言は、ユミツの要人にはすでに伝わっているのですよね?」
「ええ、もちろん。それを伝えるのが私の仕事ですので」
「あの内容を聞いたうえで、貴国は我々との交渉のテーブルについていると」
「まさしくそこが、解釈の分かれ目といったところですね」
「受宣官もまた、予言者本人と同じく、予言の解釈には携わりませんが」と前置きしてから、エンデータンは私見を述べてくれた。
曰く、明確な文字として出力される『言葉の予言』は、イグスの『光景の予言』のように見間違いや勘違いが発生する可能性が非常に低い。これはウェッツウォー自身も語っていたことだ。
一方で、実際に未来を
事実、過去に行われた『言葉の予言』でも、予言された未来が実現した後になって、「あれってそういう意味だったのか」と膝を叩くことになるようなケースが少なからずあったらしい。
「その理屈であれば……、たとえば、今回の予言における『この地の支配者』という言葉が、ユミツ国を指すものではないという解釈も可能というわけですか。仮定として、現在の惑星ウーサの支配者が災獣であるとすれば、むしろあの予言はユミツ国と私たちDJ号との協力関係を示すものかもしれない、と……」
桃瀬がその解釈を吟味するように顎を撫でる。
エンデータンは仮面の奥でくぐもった苦笑を響かせつつも頷いた。
「可能性としては、否定できませんね。しかし、さすがにそれは短絡的な楽観視と言わざるを得ないでしょう。予言を自分に都合の良いように解釈して、手痛いしっぺ返しを食らったという話は山ほどあります。国の舵取りを務める方々ともなれば、もう少し慎重な思考を重ねていることかと」
要するに、桃瀬の例が極端だとしても、解釈に幅があるということが重要なのだろう。
ウェッツウォーの予言を額面通りに受け取って、DJ号との交渉を全面的に拒絶するということが、本当に国家の利益に適うかどうかは定かではないというわけだ。
むしろ方向性としては、予言の真意がどちらに転んでも構わないように、バランスを取りながら交渉に臨むというのが基本路線なのかもしれない。
確定した未来を前提とした政治の理論というものは、僕にはちょっと想像がつかないけれど、この星にはこの星なりの歴史があり、そうやって積み上げられた理屈というものがあるのだろう。
予言者たちとの面会も、おそらくその一環だ。
発端は予言者本人からの要請という話だが、そこにはユミツの政府の意思も存在しているはず。
予言という
他にもいくつか思いつくものはあるが、少なくとも、ただの善意で組まれた日程などではないことは間違いないだろう。
「さて皆さま、そろそろ最後の予言者のご自宅に到着となります。色々と思うところがあるかとは思いますが、まずは
道化じみた仮面の声が、奇妙に反響して車内に響いた。
魔法の自動車が走る道は、ナェゴトの大通りを外れて、進むほどにどんどん細くなっていく。路面の舗装は途切れ、剥き出しの地面からの振動がタイヤを通して伝わってきていた。
行く手には深く暗い植物の緑。背の高い樹木が密集した枝葉を高いところで広げていて、昼であるというのに薄闇が周囲を覆っている。
ユミツの首都の中でも、特に深い森が道の先に待ち受けていた。