「アタシはさ、宇宙の音が聞きたいんだ」
三人目の予言者は、出し抜けにそう切り出した。
スキンヘッドの女性である。目元には鮮やかなヴァイオレットのアイシャドウ。レザーのジャケットを羽織って、使い込まれたヴィンテージのズボンを履いている。見た目の年齢は二十代後半といったところ。ウェッツウォーとは同年代のようにみえる。
「あー、待て待て。言いたいことはわかる。宇宙じゃ音も聞こえないってんだろ? そいつは確かにその通り。だけどさぁ、聞きたいもんは聞きたいんだから、そりゃあしょうがねえよな」
ゼァリィというのが彼女の名前らしい。
印象的なハスキィボイスで掴みどころのないことを喋っている。彼女は自室の肘掛け椅子に気だるげに身体を預けて、半眼になった眠そうな
「徹夜した真夜中に空を見上げたらさ、黒い空からも光ってる星からも、静かな音が聞こえてくる気がするじゃん。アタシが言ってんのは、そういう感じなんだよ。うーん、わかんないかなぁ?」
「いや、申し訳ない……。私にはあまり想像ができない表現ですね。芸術的な感性の差、というものなのでしょうか」
「芸術なんて大層なもんじゃないけど……。まぁ、音楽ではあるよな」
困り顔で眉を傾ける桃瀬に、予言者ゼァリィが喉を鳴らして低く笑った。
僕は無意識に顔を上に向けていた。予言者の部屋には、当然ながら天井がある。木組みの梁が縦横に幾何学的な模様を作っていた。その向こうに、空は見えない。梁の上の高所には、魔法の照明も届かない暗がりが広がっているだけだ。
「ここじゃないトコに、屋上があるんだよ」
ゼァリィの声に、視線を水平に戻した。
柘榴のように赤い彼女の瞳が僕を捉えている。
「階段は廊下に出て左な。見に行きたいなら行ってきてもいいし、なんなら案内してやろうか?」
「いえ、お構いなく」
「気分転換に散歩したい気分ではあるんだよなぁ。この部屋は好きなんだけど、ずっといるとさすがに気分がダレてくるからさ」
スキンヘッドを微かに揺らしながら、ゼァリィは皮肉げな笑みを浮かべた。
彼女の屋敷は、イグスの屋敷ともウェッツウォーの屋敷とも違った雰囲気の建物だった。まず建物自体がそれほど大きくない。シンプルな長方形のシルエットが、鬱蒼とした森の中に佇んでいた。前庭はあまり手入れがされていないようで、旺盛な自然に任せた緑の絨毯が生い茂っていた。
玄関から入ったところにあったのは、外からのイメージよりもさらに一回り小さな空間だった。分厚い壁が居住スペースを狭めているのだ。どうやら屋敷全体の壁が通常よりも厚くなるよう設計されているようである。
意図としては、防音性を追求したもののように思えた。自分の声や足音が普段よりもよく響いているのがわかる一方で、扉をひとつ挟んだだけで、別の部屋には一切その音が漏れなくなるようデザインされているようである。
使用人に案内されたゼァリィの
隙間なく壁に並べられた本棚には統一感のない書物がびっしりと押し込まれている。木製の床には用途不明のアイテムたちが、足の踏み場もないくらい大量に置かれていた。
床に置かれた道具は大半が不思議な形状で、地球のデータには該当するものが存在しなかったのだが、ごく一部にはどことなく既視感を覚えるものもあった。それは複数の
その構造は、おそらく音響的な効果を狙ったものなのだろう。
どうやらそれらは、惑星ウーサにおける楽器の一種のようだった。
「ええと、なんの話だっけか? そうそう、宇宙だよ、宇宙。チキュウ人からすれば、アタシらは地上にへばりついて生きてるように見えるかもだけどさ。ウーサの人間だって宇宙のことをなんにも知らないってわけじゃあないんだよなぁ」
椅子の上で足を組みながら、ゼァリィは愉快そうに肩を揺らした。曰く、「この星には昔っから命知らずの冒険野郎がいたってことさ」とのことだった。
魔法使いの惑星であるウーサにおいて、宇宙とはどのように捉えられているのか。
ゼァリィの語る宇宙への挑戦の記録は、ある意味、地球以上に力技の連続だった。
前提として、この惑星には魔法が存在していて、『飛行』の魔法が人類の基本的な技術として普及している。であれば当然、ときにはこう考える者が現れる。「人間はどこまで高く飛べるのだろうか」と。
「考えるだけならともかく、実際にそれを実行したヤツは……、まぁ、大抵の場合は悲惨な目に遭うわけだな。だけど、そんな行き当たりばったりの挑戦でも、ちょっとずつは空の上の情報が蓄積していくわけでさ……」
魔法の技術が未熟だった時代、世界でもっとも高い山の
歴史であれ寓話であれ、雲を飛び越えようとするも力及ばず、無惨に地上に墜落してしまった人物の物語はウーサにおいて枚挙にいとまがない。
生体魔力の効率的な運用が研究され、『飛行』の航続距離が伸びてからも、
数えきれないほどの魔法使いが命を落とし、けれど同時に、後に続く者たちへとバトンを渡し続けてきた。
地球における宇宙開発と比較すると、特徴的なのは個人の力量に依存する面が強いことだろう。
惑星ウーサにおいても、地上での準備や研究はチームで行われるのが基本なのだが、実際の飛行は単独の魔法使いで行われることが多い。地球のように複数人が乗り込める宇宙船を用いるのではなく、高度な魔法を習得した魔法使い個人が
ウーサ人はそれぞれで得意とする魔法や保有する生体魔力の量が異なっている。だからこそ、その時代ごとの『最先端の魔法技術』を用いた宇宙開発の実践の場で、実際に飛行に挑む魔法使いのレベルを綺麗に揃えるのは難しいという事情がそこには絡んでいるようだ。
「そういうわけで、アタシ自身は宇宙に行ったことはないけれど、宇宙に空気が無いってことくらいは知ってんだよ。あ、もちろん空気がないと音が聞こえないってのも知ってるぜ?」
こういった基礎的な科学知識は、惑星ウーサでも一般常識と呼べる程度には広く浸透しているらしい。わかっていたことではあるが、この星の文明は魔法一辺倒というわけではないのである。
人類の誰もが単独で飛行できる社会では、『ここより高い場所になにがあるのか』という疑問は、非常に根源的な好奇心と繋がっているようだった。
宇宙に挑戦する魔法使いたちは、一昔前は国家的な英雄として扱われていたという。また、大国間における宇宙競争と呼べるような技術対決もあったらしい。この辺りは、地球の歴史と類似している。
しかし、それも、災獣がこの惑星に現れるまでのこと。
人類存亡をかけた生存競争が継続している現代の惑星ウーサでは、優秀な魔法使いをコストにして宇宙開発を強く推し進める余裕はどこにも存在しなかった。
「アンタらが現れるまで、宇宙人がいるかいないのかってのも、よくわからん話だったんだよな。いるにしても、このバカみたいに広い宇宙でそいつらと出会えるワケねーだろ、ってのもよく言われてて……。なんつーか、けっこうな奇跡だよな、アンタらチキュウ人がこの星を見つけたのも」
そう言ってゼァリィは目を細める。彼女の赤い瞳の底で、衒いのない感情が閃いた気がした。
「話は戻るけど、いきなり『宇宙の音』ってのは与太話が過ぎたよな。うん、諦めるわけじゃないけど、もうちょい具体的な方法を考えてから話すことにするわ。で、それはさておき、アタシは宇宙だけじゃなくて、チキュウの音にも興味があるんだ。その辺のところ、どうにか融通してもらえないかな?」
ゼァリィが口を斜めにしてそう尋ねる。
「地球の音、というと」桃瀬が顎を撫ぜた。「たとえば、地球の音楽などでしょうか」
「それもひとつだし、もっとナチュラルな、チキュウで聞こえる自然の音とかにも興味があるね」
「ええ、それであればデータは十分にあります。ご希望であれば後日お届けしましょう」
「ありがとう。話が早くてイイ男だな、モモセは。お礼と言っちゃあなんだけど、代わりに
言葉を濁したゼァリィが、ふと表情を曇らせた。彼女は短くため息を吐いて、両手の指でこめかみの辺りを揉み解す。それから気だるげに椅子に座り直して、弱々しく肩を竦めた。
「今はちょっと、時期が悪い」
「と、言いますと?」
「順番に説明するけど、アタシはこれでも音楽家の端くれでさ。自慢になるけど、けっこう人気もあって、それで食っていけるくらいの稼ぎもあるわけよ」
音楽家と名乗った予言者は、足元の楽器をひょいとひとつ拾い上げて、革を張った側面をポンと叩いた。シンプルで心地良い音が短く鳴る。その音を聞きながら、ゼァリィは表情を緩めてだらしない笑顔を浮かべた。
「だから、便宜を図ってくれた相手には一曲贈るのがアタシの流儀なワケ。でも、予言者をやってるってのも間違いじゃなくてさ……。アンタら、イグスとウェッツウォーとも会って来たんだろ? だったら、何日か前にアタシらが揃って予言をしたって話も聞いてるよな」
「ええ、聞いています」と桃瀬が首肯した。
「アタシの予言は、未来で生じる音を聞くんだ。だから、『音響の予言』とか『耳の予言者』なんて呼ばれてる。……って言って、ちゃんと伝わってるか?」
「ふむ……」
桃瀬がちらりと視線を飛ばしてくる。僕は小さく首を傾げた。
イグスは『光景の予言』で、ウェッツウォーは『言葉の予言』、そしてゼァリィは『音響の予言』か……。ものの見事に、三人それぞれで予言の性質が異なっている。
おそらく、異なる情報を持つ三つの予言を多角的に検証するというのが、惑星ウーサにおける『三人の予言者』というシステムなのだろう。しかし、三つの予言それぞれの特性を考えてみると、個人的にはゼァリィのそれは頭一つ抜けて解読の難易度が高いように思えた。
「初歩的な疑問なのかもしれませんが、音を聞いただけで未来の出来事がはっきりとわかるものなのでしょうか?」
「ああ、だよな。自分のことじゃなかったら、間違いなくアタシもそう思う」
僕と同じ疑問を抱いたであろう桃瀬の問いかけに、ゼァリィはあっさりと頷いた。
「まぁ、運良く誰かの声が聞こえたりすると話が早いんだけど、そうとも限らないのが厄介なところでさぁ。もう慣れたっていえば慣れたんだけど、予言をしてからしばらくの間は、聞こえたものを解読するためにもうずっと
そう言って、彼女は自身の両耳を人差し指で示した。歯を見せて引き攣ったような笑みを浮かべている。ジェスチャの意味は、よくわからない。
「壁に本棚があるだろ?」彼女が顎を使って示す。「その1ページ1ページに、音がしまってあるんだよ。『録音』の魔法を使って国中から集めてきた音がな。アタシはそれを聞いて、予言の中で何の音が聞こえたのかを探していかなきゃならないのさ」
「アンタ、ちょいと一冊取ってくれ」と水を向けられて、僕はぎっしりと詰まった本棚から一冊の書物を引き抜いた。触った感じ、あまり質の良い紙ではない。装丁も簡素で、数十枚のページを紐で綴っただけのものだった。
ざらついた手触りの表紙のそれをゼァリィに手渡した。彼女は書物に視線をくれることもなく、適当なページを無作為に開く。ぺらりと紙がめくれる音。
続けて、ページを開かれた書物は、ゴロゴロと喉を鳴らして、ニャーンと甘えるように鳴いた。
「あー、これはネコの鳴き声だな」
「……猫?」
僕たち地球人の三人は、異口同音にその名を呟いた。
その単語は、以前にも聞いたことがあった。
やはり宇宙猫……、もといウーサ猫は実在するのだろうか。今の鳴き声といい、帽子の三角耳を猫耳に似ていると言った過去のクァニャンの発言といい、どうも地球の猫との類似性が気になってしまうが……。
ゼァリィの口振りから察するに、どうやらネコという生物は惑星ウーサではポピュラーな存在のようだ。しかし、その割には首都ナェゴトでもネコと呼ばれる生物の姿は目撃されていない。もしかすると、都市に居つかない野生生物だったりするのだろうか。
「今聞いた通り、こういう風に記録された音が本の中に大量にストックされてるんだ。で、それと同じページには音の情報も走り書きされてる。今のネコの鳴き声でいえば、品種とか生息地とかの情報だな。そういうのをどうに拾い集めて、予言の正体を探っていくのさ」
一定の周期でゴロゴロニャーンと繰り返す書物を、彼女はうんざりした顔でパタンと閉じた。どうやらネコという生物の正体について深く触れるつもりはないようだ。スキンヘッドの予言者は、深くため息を吐いて、じろりと僕たちに視線を送る。
しかしなるほど、彼女が言った「桃瀬にお返しの曲を贈れない」というのは、そういう理由なのか。つまり、
音探しという作業は、どういうプロセスで進めていくものなのか。
実際にゼァリィが自分の耳で聞いてみないといけないことを考えると、かなり途方もない作業量になるのではないか。複数の書物を同時に開いて音を聞き分けるというのも難しそうだし、結局は該当しそうな書物を総当たりするしかなさそうな気がする。
「面倒な予言だと思うだろ? ケド、悪いことばっかりってワケでもなくてさ」
椅子に座ったまま足を組みなおして、ゼァリィは指を三本立てた。
「イグスの予言は明快だけど、ごく短い時間の光景しか視ることができない。逆に、ウェッツウォーの予言は表現次第じゃ解釈に幅がありすぎる」
指を二つ折り畳んで、残りは人差し指がひとつ。
「アタシの予言は、イグスよりも色んな場面の音を拾ってくれるし、ウェッツウォーほど表現の仕方が曖昧じゃない。つまり、上手く解読さえできれば、あの二人の予言よりも多くの情報が得られるってワケさ」
そう得意げに言って、予言者は三日月のように唇を弧にする。
「……解読できれば、ですか」僕は思わず呟いてしまった。
「そう、解読できれば、さ」気を悪くした様子もなく、ゼァリィが即座に頷いた。
「っつーワケで、アンタらにもそれを手伝ってほしくてね。なにせ今回の予言で、アタシはこの星のものじゃない音を聞いたのかもしれないんだ。となれば当然、その音を知ってそうなヤツから情報をもらうしかないだろう? そういうわけで、エンデータンに案内を頼んでわざわざウチまで来てもらったのさ」
ゼァリィの言葉に、仮面の受宣官が恭しく一礼した。
彼女の要請は、予言の話が始まってからなんとなく予想できた流れだったので、驚きはなかった。同行者たちの様子を横目で窺うと、桃瀬が静かに頷くのが見えた。三船はあまり興味なさそうな表情だが、まぁそれはいつも通りといえばいつも通り。クァニャンとマハナの二人は傍観の構えである。
「では、予言の内容を聞かせていただけますか?」と桃瀬が切り出す。
ゼァリィは「ああ、もちろんだ」と頷き、椅子に背を預けて目を閉じた。両手の指をへその上で組んでいる。革のジャケットを羽織ったスキンヘッドの彼女は、古典的な予言者というよりは、パンクな音楽家か、SF小説の
「はじまりは、金属がぶつかる音だ。すごく大きい。だけど、うるさくはない。冷たくて、計算された印象。鋼と鋼が噛み合い、こすれて、なにかを動かしている。飛行魔法みたいな風を切る音がする。音源は近くから遠くへ消えていく。凄まじく速い。そして、向かった先で、遠くから爆発が聞こえてくる。地面がめくれて、砂と土がパラパラと。そして、
静かな語り口だった。ハスキィボイスが楽器だらけの部屋に溶けていく。
リアルタイムで予言をしているわけではない。彼女は自分の記憶した予言の内容を思い出しているだけだ。だというのに、目を閉じて身体の力を抜いた彼女にはどこか神秘的な雰囲気がある。
「恐ろしい咆哮が轟いた。断末魔かもしれない。世界が震えるほどの大音量が、弱々しく消えていく。誰も聞いたことのない叫び声だった。今のところ、アタシの本にも見つかっていない」
「誰も聞いたことがない。それはひょっとして、災獣の吼え声なのでは?」
「かもね。少なくとも、災獣が死んだときの声を録音したヤツが今までいなかったのは確かだ」
「続けるぞ」と目を閉じたまま予言者は呟く。
「場面が切り替わる。耳が破れそうな喝采が響いた。人の声だ。すごい大人数が集まっている。男も女も、子どもも老人もいる。嬉しそうな叫び声が何重にも連なっている。拍手、楽器、無秩序な足音。言葉はユミツ語だ。誰かが『勝利』と叫ぶのが聞こえた。高いところで鐘の音。これは中央庁の祭事鐘だ。記録されているから、識別できる」
ということは、首都ナェゴトでの出来事ということだろうか。ゼァリィの言葉を聞く限りでは、なにかしらの慶事があったように思えるが……。
目をつむった予言者は、今も表情を動かしていない。予言から聞こえたという喝采に同調するでもなく、ただ淡々と言葉を紡いでいる。
「音が遠のく。また場面が切り替わる。さっきとは違う時間の、違う場所。声が聞こえた。知っている声だ。エンデータン。アンタの声だよ、受宣官」
唐突に知った名前がゼァリィの口から飛び出した。
予言者に名指しされたエンデータンは、しかし動揺した素振りも見せずに静かに佇んでいる。おそらく、すでに聞いている内容ではあるのだろう。凪のように落ち着いた態度だった。けれど、仮面の奥でどんな表情を浮かべているのかまではわからない。
「アンタは言った。『嘘をつきましたね』と」目を閉じたスキンヘッドの予言者が呟いた。
「まだ言ってませんよ。いつかは言うのでしょうけれど」と受宣官が柔らかい口調で応じる。
「また別の場所で、また別の知っている声。……あれは、アタシの声だった。『まんまと騙されてたワケだ』と言っていた。アタシは……、なにかに失望していた。そういう声だった。自分のことだから、わかるんだよ」
僅かに声が震えていた。たぶん、部屋にいる全員が気づいたことだろう。
騙された。彼女が、誰に? あるいは、何に? 生まれた疑問が頭の中で反響する。
「次は、ウェッツウォーの声だ。アイツは『裏切者め』と言っていた。地獄みたいに震えた声だった。あの男があそこまで感情を昂らせるのを、アタシは見たことがない。怒りと憎しみの滲んだ悲しい声だ」
再び予言者の名前が挙がる。黒髪を肩で切り揃えた男の顔が脳裏に浮かんだ。背筋をまっすぐに伸ばしたあの予言者は、いったい誰に裏切られたというのか。
「イグスの声。冷酷で無慈悲。吐き捨てるように『馬鹿な話』と。あのお嬢ちゃんがこんな声を出すなんて……、だけど、アタシがあの子の声を聞き間違えるはずがない……」
やはりというべきか、最後の予言者の名前もゼァリィの口から紡がれた。イグスという青白い肌の少女を思い出す。宇宙のように黒いドレスで、溌溂とした口調の子だった。彼女にとって、いったいなにが「馬鹿な話」だったというのだろう。
「……そこで、ひと区切りだ。また場面が変わるけれど、今までよりももっと離れた時間と場所に跳んだような気がする。閉鎖された空間で、つんざくような音が反響していた。不安感を煽るような高音で、自然に生まれたものとはとても思えない鋭さだ。生き物から発せられた音かもしれないし、そうじゃないかもしれない」
「魔法で『録音』された音に該当するものは……」
「見つかっていない。アタシもまるで心当たりがなくて、とにかく、正体不明」
また予言の場面が飛んだ。先ほどまでの予言者のセリフとは異なり、正確なイメージが難しい抽象的な内容だった。鋭くて高い音と聞いて、思い浮かぶものはいくつかあるが……。
「それは、具体的にはどんな感じの音なのですか?」と顎に指を当てて思案顔の桃瀬が尋ねる。
「あえて言葉にするなら、『ウー、ウー』って感じだな。耳の奥に直接届くような高い音が、短い周期で何度も繰り返すんだ」
僕たち地球人は、思わず顔を見合わせた。ゼァリィの声真似に思い当たるものがあったのだ。
もしかしたら、彼女が聞いたのは
「高い音はずっと続いている。その向こうで、何人もの人間が走る音と、小さな爆発音が不規則に聞こえてきている。そういう音に紛れて、人の声も聞こえてた。……だけど、慌ただしく叫ばれているのは、アタシの知らない言語の言葉なんだ」
スキンヘッドの予言者は、ゆっくりと目を見開いた。柘榴色の瞳で、僕たちの顔をひとりずつ見回していく。真っ直ぐな、しかし同時に、なにかを探るような視線だった。
小さな爆発音と聞いて、僕は銃声を連想していた。
音響的に閉鎖された空間と聞いて、どうしても頭に浮かぶ情景がある。
サイレンが鳴り響いて、銃の引き金が何度も引かれるような状況。
ゼァリィの予言は、いつかの未来にそれが起こると伝えている。
真空の宇宙に停泊するDJ号の中で、なにかが起こるというのか。