星の息吹と宇宙猫   作:子守家守

19 / 46
ディフォームド・リポート(8)

「しかし、それでなぜ、私のところに? 理由がわからないのですが……」

 

 数時間ぶりに顔を合わせた黒髪の予言者――、ウェッツウォーは、戸惑いの表情でそう言った。

 地下通路を抜け出した僕とクァニャンは、再び彼の館の敷居をまたいでいた。昼間の面会のときと同じく、モノトーンのシンプルな応接室で彼と対面している。

 

 もう夜はとっぷりと暮れていて、屋外は静かな暗闇に沈んでいた。地上の往来は人通りが絶えていて、空中を飛び交う人の姿もほとんどない。ときたま魔法の灯りを携えたウーサ人が、暗い夜空に白い光の軌跡を残していくけれど、それも都市の住宅地に向かうものばかりで、予言者の館がある区画に向かう者はまったく見当たらなかった。

 

「夜分遅くに申し訳ありません。ですが、色々と考えた結果、ここに来るのもひとつの選択肢かと思い、こうしてお邪魔させていただきました」

「はぁ……、そうですか」

 

 僕が薄い笑みを浮かべてしれっとそう言うと、ウェッツウォーは生返事を返した。

 彼の視線は僕とクァニャンの顔を交互に行き来している。僕はウェッツウォーと向き合う形でソファに腰掛けているが、クァニャンはその後ろで杖を携えて立ったままだった。彼女はぴりぴりとした雰囲気をまといながら、部屋の様子をじっくりと見回している。

 彼女の鋭い表情に当てられたのか、ウェッツウォーは額に浮かんだ汗をハンカチで拭って、引き攣った笑みを浮かべながら僕の顔に視線を戻した。

 

「……確かに、予言者は政治的に中立の立場で、政争があっても不干渉とするのが暗黙の了解です。そういう意味では、ええ、私の家もひとつの安全地帯といえるかもしれません」

 

 表情に戸惑いの色を残したまま、黒髪の美丈夫は腕組みをして首を傾げる。

 

「ですが、それゆえにこの区画は警備の者が夜間でも目を光らせているはずです。騒ぎを起こすこともなく、よくここまでたどり着くことができましたね」

「そこは優秀な道案内(ガイド)が先導してくれましたから」

 

 ソファに座ったまま首だけで後ろを振り向く。クァニャンと目が合うと、彼女は無言のままひとつ頷きを返した。顔つきも厳しいままだ。その様子を見て、ウェッツウォーがまた汗を拭う。地上の空気は、地下と比べると蒸し暑い。

 

「それで……、お二人はこれからどうするおつもりで?」

「可能であれば、ほとぼりが冷めるまで、ここでしばらく身を潜ませてもらえればと思うのですけれど。よろしいでしょうか?」

 

 そう尋ねると、彼は口を噤んで、僕の顔をじっと凝視してきた。こちらの真意を探るような目だった。僕は余所行きの営業スマイルを貼り付けて、正面からその視線を受け止める。

 しばらく沈黙があった。それから、ウェッツウォーが小さくため息を吐いて、疲れたように首を振る。

 

「ええ、構いませんよ。もう時間も時間です。そうですね、翌朝まではこちらにいらしては?」

「是非そうさせていただければ。ウェッツウォーさんのご厚意に感謝します」

「すぐに客室を準備させましょう。そうだ、軍に連絡は?」

「今はやめておきましょう。僕たちがどこにいるのか、その情報を拡散させないほうが、こちらにとっては有利でしょうから」

 

 軍から襲撃者に情報が洩れる可能性があると暗に示すと、ウェッツウォーは目を細めて頷いた。

 館の主が目配せすると、控えていた使用人たちが一礼して応接室から出ていった。客室の準備に向かったのだろう。

 アポなしでやってきた僕が言うのもなんだけど、彼らはこんな時間まで勤務しているのか。メガネの記録と照合すると、使用人の顔触れは昼間と変わっていないことがわかる。こんな夜更けまで職場にいるのだから、住み込みで働いているのかもしれない。

 

「……お聞きしたいのですが、今回の件について、犯人の心当たりはあるのですか?」

 

 使用人たちに指示を出したウェッツウォーが、神妙な面持ちで尋ねてきた。組んだ指に顎を乗せて、ソファから身を乗り出すような姿勢になっている。

「そういうわけではありませんけど」と前置きしてから、僕は地下道でクァニャンに語ったのと同じ話をした。今回の襲撃と類似点のある事件が、DJ号の過去の記録に残されているという話だ。

 

「その襲撃事件も、数十人の実行犯がたったひとりのターゲットを殺害するというものでした。非常に大掛かりな殺人事件です。白昼の犯行で、目撃者も大勢いたから、実行犯はすぐに確保されました」

 

 僕は目の前の予言者の表情を観察しながら言った。

 

「けれど、そこからの捜査が難航しました。被害者と実行犯とは接点がなく、それどころか実行犯同士の面識もほとんどゼロ。取り調べをしても動機がはっきりとは見えてこない。怨恨でもなければ、金銭目的というわけでもない。当然、政治的な意味を持つ暗殺が疑われました。数十人の人間がひとりの被害者を襲うともなれば、彼らを結びつける『大義』があるのではないか、と」

 

 ウェッツウォーはほとんど表情を動かしていない。僕の話に集中して耳を傾けているようだ。瞳だけが微かに揺れている。

 

「では、被害者はどういった人物なのか。有無を言わさず暗殺されるような、政治的に重要人物だったのか。答えはノーでした。ありふれた企業に勤める一般社員で、政治的な影響力は皆無だし、財界に影響を持つような資産家というわけでもなかった。事実、彼の死は当時の社会情勢にまるで影響を与えませんでした」

 

「どうでしょう、今回の件と似ていると思いませんか?」と僕は問う。

「……ケイナインさんは、一般人というわけではないと思いますが……」ウェッツウォーは困惑気味に言う。

「うーん、でも、殺したところで社会に大した影響を与えないっていう点では、似たようなものですよ」

 

 僕が微笑んでそう言うと、黒髪の予言者は微妙な表情で口の端をひくつかせた。

 

「ともあれ、捜査の焦点は実行犯に指示を与えた黒幕が誰なのか、という点に絞られました。実行犯同士の繋がりが薄い以上、彼らを束ねる存在がいたことは確実ですから」

 

 メガネのレンズに流れる情報を視界の端で捉えながら、僕は続ける。

 

「その後の捜査の過程は省きますが……、最終的に当局はひとつの答えに辿り着きました」

「黒幕の正体ですか?」ウェッツウォーが身を乗り出す。

「ええ。なんだったと思います?」と僕は問い返した。

 

 ウェッツウォーはしばらく黙考したが、やがて首を横に振った。

 まぁ、それはそうだろう。提示された情報がそもそも少ないし、DJ号における当時の社会情勢を彼が知る由もないのだから。

 彼に視線で促されて、僕は口を開く。

 

「実行犯に指示を与えたのは、人工知能でした」

 

 結論だけ言って、言葉を切る。

 ウェッツウォーは怪訝そうに首を傾げた。人工知能という単語の意味が上手く伝わらなかったのだろう。以前、クァニャンに人工知能の話をしたときもそうだった。電子制御された機械による知的行動という概念は、この星にはまだ存在していないらしい。

 

「その、人工知能というものはなんなのでしょう?」

「物凄く簡単に言うなら……、人間のように思考を行う機械、と言えばいいのかな」

 

 正確には、それを制御するアルゴリズムを指すことが多いのだが、そこは置いておこう。

 とりあえず今は、人間ではない思考存在が襲撃事件を企図したということが伝わればいい。

 僕が補足の説明をいくつか付け加えると、ウェッツウォーは自分なりの解釈を頭の中で構築したようだった。彼はこちらの反応を窺いながら、ぽつりぽつりと言葉を繋げていく。

 

「つまり、チキュウの人間に作られた『思考する仕組み』があって、それは生きてはいないけれど、生きているかのように自分で物事を考えて、現実に行動を起こす、ということでしょうか」

「おおむね、そういう理解で良いかと」

「そうですか。いえ、しっかりと理解できたわけではありませんが……。ともかく、その襲撃事件の黒幕というのが、その人工知能という存在だったわけですね」

 

 僕は頷いた。

 事件そのものは、数百年以上も昔のことだ。現代と比較すればの話ではあるが、人工知能の思考能力と安全設計において、当時はまだ稚拙なところがあったのも間違いではない。しかし、黒幕となった人工知能が襲撃事件の絵図を引いたのは、単なる設計ミスや不具合によるものというわけではなかった。

 

「人間ではないモノが黒幕、となると……。被害者がただの一般人で、動機のようなものが見当たらないのも、それが理由なのでしょうか。たとえば、人工知能とやらと私たち人間とでは、持っている価値観がまるで違っているから、ターゲットの選定が不条理に見える、とか……」

「実際、当時もそういった考察はあったようですね。でも、実のところ、人工知能と僕たち人間とで価値観はそこまで異なっていないんです。少なくとも、『人類社会の発展』という『大義』においては共通のものを持っている。なにしろ、()()はそのために設計(デザイン)されているのですから」

 

 むしろ、社会の発展よりも個人の欲求を優先する人類のほうが、イレギュラーな価値観の生まれやすい種族といえるかもしれない。艦の歴史を振り返ってみても、人間と人工知能では、圧倒的に前者のほうが問題を引き起こす頻度が高いと統計が証明している。

 

「犯人として特定された人工知能も、そこは変わりありませんでした。人類社会がより良い方向に進むように、政治的な意図をもって及んだ犯行だ、と。詳細な調査の結果、彼の記憶(メモリ)記録(ログ)から、そのことが確認されたのです」

「それでは、件の襲撃事件で動機が不明だったというのは、どういう……?」

「実のところ、わからなかったのは動機ではなく、そこに至る過程だったのです」

 

 ウェッツウォーは顔に疑問符を貼り付けていた。

 正直、僕もそこまで詳しく当時のことを把握しているわけではない。通り一遍の情報を過去のデータから記憶していただけだ。人工知能の専門家でもあるまいし、あまり偉そうに講釈を垂れるのは気が進まなかった。

 

 ただ、本題となるのは、過去の人工知能による事件ではなく、今ユミツ国で発生している襲撃事件のことだ。自分の身に降りかかってきた事件に対して、僕がどういった理由で()()()()を抱くに至ったのか、そこは説明する必要があった。

 

「つまり、その事件の被害者となった人物が()()()()()()、人類社会になにが起こるのかを、その人工知能は予測したわけです。そしてその予測は、客観的な調査によっても、相当以上に確率の高いものと判定されました。だから、人工知能はその人物の排除を決定した。当初、事件の動機が不明だったのは、ただ単に()()()その予測に至ることができなかった、というだけのことなんです」

 

 実行犯である人間たちは、人工知能にコントロールされていた。当時は今よりもインプラントの法定基準が緩く、技術的にも隙があった。実行犯たちは、安全基準を満たしていない格安手術、あるいは違法手術の被験者で、電子的なその穴を突かれた形である。

 実際には、黒幕が実行部隊を遠隔でコントロールしていたというわけではなく、どちらかといえば洗脳や意思決定への干渉という手段が用いられたようだ。逮捕された実行犯たちは、取り調べにおいて支離滅裂な妄想のような証言を繰り返していたのだとか……。

 

「人工知能に悪意はなかった。そのことは早々に証明されました。むしろ、社会への損失を最小限に抑えようとしていたほどです。たったひとりの犠牲者を許容すれば、今後の大きな被害を防ぐことができると。そう演算したのです」

「……人間よりも人工知能とやらのほうが正しく……、正義だったということですか?」

「いいえ。予測は予測であり、どれだけ確率が高くても、そうなると決まったわけではありません。それに、被害者が選ばれた経緯にしても、『風が吹けば桶屋が儲かる』といったような演算の連鎖でしたから……、まぁ、いくら確率が高いと言われても、大多数の人間は納得できなかったのでしょうね」

 

 結局、黒幕であった人工知能は有罪とされ、システムは凍結処分となった。

 この事件は人工知能による犯罪の判例として、法的に重要な意義を持っているらしい。初学者向けの判例解説にも載るような有名なものだ。それもあって、どこかで僕の目にも触れたのだろう。

 

「申し訳ない、『風が吹けば……』というのは、どういった意味でしょうか?」

「なにかひとつ小さな出来事が起きると、その影響でまたなにか小さな変化が起きて、その変化がまた次の変化を引き起こして……、という風に変化がどんどん繋がっていって、最終的にひとつ目の出来事とはまったく関係のないところで大きな影響が起きる。おおむねそんな意味ですね」

 

 地球時代の日本で使われていた古典的なコトワザだった。

 DJ号(の出資元である大道寺財閥)はもともと日本の企業で、深宇宙探査艦の都市デザインも日本の社会をベースにしている。そのため、こういった言葉は700年が経過した今でも普通に残っていた。もっとも、ややマイナな言い回しであることは否定できないけれど。

 

「人工知能の判断のベースは、思考というより演算なんです。特に当時は、演算過程における重み係数の設定も曖昧でしたから、確率的に妥当と演算されれば、現代の感覚ではかなり突飛な判断を行うこともあったみたいで。件の襲撃事件もその一例といっていいでしょう」

 

 僕はウェッツウォーの顔を見据えながら言った。

 

「彼らは、自分の行った演算の正しさを知っていました。結論ではなく、演算の過程が正しいという意味です。非常に複雑な演算であっても、彼らはその過程(プロセス)を常に公開することができるし、数学的な検証と評価を行うこともできる。その点が、人間とは違う」

 

 人間が自分の思考を他人に正確に伝えるというのは、非常に難しい。ほとんどの思考には数学的な根拠もなく、人工知能の演算のように客観的な基準でその正しさを評価することはできない。

 だけどだからこそ、人間には『納得』が重要なのだ。言葉を尽くして、自身の主観的な思考を伝えなければ、他人からの同意など得られるはずもない。有史以来ずっと積み重ねられてきた人類の歴史から、僕らは無意識にそのことを知っていた。

 

「一方で、人工知能はそうは考えない。まず結論があって、そこに至る演算の正しさも数学的に保証されているのだから、他人を納得させるために手間暇をかけて説明をする必要はない。自らの判断を演算の結果として伝えたら、あとはそれを実現するように指示を出せばいい。そうやって説明を省いて行われたアクションが、ときとして人間の目には突飛なものとして映ることがある」

 

 僕は言葉を切って、小さく首を傾げた。

 

「そういうところが、似ていると思いませんか?」

 

 その問いかけに、ウェッツウォーは怪訝そうに眉を傾けた。

「似ている、とは……?」と困惑気味に聞き返してくる。

 僕は秘密を囁くように答えた。

 

「この惑星の『予言』と、ですよ」

 

 夜の静けさを湛えた応接室に、さざ波のように僕の声が響く。

 黒髪の予言者は石のように表情を硬くして、僕の目をじっと見つめていた。海の底のような重い沈黙が部屋に満ちている。

 背後から衣擦れの音が聞こえた。ソファの後ろに立つクァニャンが、僕とウェッツウォーのやり取りを注視しているのを感じる。

 

「……詳しく聞かせてください」

 

 数十秒の沈黙を挟んでから、低い声でウェッツウォーが言う。彼の視線は今も僕の眼球を捉えている。クァニャンのことは目に入ってもいないようだ。僕は頷いて、話を続ける。

 

「予言者の『予言』も、人工知能の『予測』も、()()()()()()()理解できない理屈で結論を導いている、という話です。それでいて、()()()()()()()その内容は正確なものであると認識している。だから、『予言』や『予測』を前提とした行動は、最終的な目的が明らかであっても、『何故その手段を取るのか』の部分で不可解なものになりやすい。そこが似ているんじゃないかな、って思ったんです」

「今回の襲撃事件も、そういうものだと?」

「まぁ、あとは単純にタイミングの問題とか。僕たちが予言者と接触したことが襲撃の引き金になったのかもしれないな、って。確証があるわけでもなく、ただの思い付きですけれど」

「思い付き……。いや、だとしても、あなたはそういう疑念を抱いていながら、敢えて私の、予言者の屋敷にやって来たということですか……」

 

 ウェッツウォーは頬を引き攣らせて、信じられないものを見るかのように僕を見つめていた。

 その気持ちはわからなくもない。要は『予言』に近しい人物が襲撃事件に関与しているのではないか、と言ったようなものなのだ。ともすれば敵の懐に飛び込むような蛮勇にも見えるのだろう。

 ちなみに、クァニャンが普段よりもピリピリしているのも、事前にこの話を伝えていたからに他ならない。この行動を説明したときは、彼女もウェッツウォーと似たような表情になっていた。

 

「私が襲撃事件に関与しているとは考えなかったのですか?」

「いくつか可能性を考えてみましょう」

 

 ウェッツウォーが核心に触れる。

 僕はその問いかけを一旦無視して、顔の横で指を一本立てた。

 

「まず、ユミツ国の予言者が襲撃の黒幕である可能性。あなたか、イグスさんか、ゼァリィさんの内の誰かが、『予言』を理由に僕を殺そうとした。あるいは三人全員が僕を殺そうと結託したというパターンもありえますね」

「……続けてください……」

「ですが、あなたたちの行った予言の内容が、僕を殺そうと思うようなものだったとも思えない。イグスさんは『鋼の巨人が災獣を倒す』のを視たというだけ。ゼァリィさんの予言にも僕個人を特定するような『音』はなかった。まぁ、彼女の予言には不穏なところもありましたけれど……」

 

 ゼァリィの予言でいえば、災獣の断末魔らしき咆哮と、首都で行われるであろうお祭り騒ぎの音に関しては、ポジティブな未来を示しているように思える。一方で、予言者たちのネガティブな言葉と、サイレンのような高い音が響く情景には、不吉な印象を覚えさせられるものだった。

 

 とはいえ、不吉な印象を感じたといっても、あの内容が襲撃事件に繋がるとは思えない。もちろん、未来の音を実際に聞いたのはゼァリィだけで、僕たちは口頭で表現されたそれを聞いたに過ぎない。だから、ゼァリィが口にしていないだけで、僕を殺すべきと判断できる『音』が彼女には聞こえていたという可能性はある。

 

 しかし、三人の予言者の中で唯一、ゼァリィだけが僕の名前を尋ねなかった。他の二人は災獣を討伐した地球人のことを聞いてきたのだが、彼女はそこにあまり興味を持っていないようだった。

 もし、彼女が『京奈院を殺すべき』とか『災獣を倒した地球人を殺すべき』みたいな予言を()()()いたのだとしたら、そこが不自然なように思えた。

 

「……では、私が一番の容疑者というわけですか」

 

 僕の話を黙って聞いていたウェッツウォーが、ぽつりとそう呟いた。指を組んで顎を乗せた姿勢のままで、まるで古典的な彫像のように難解な表情を浮かべている。

 

「ウェッツウォーさんの予言は、三人の中でも特に不吉なものでしたね」

 

 僕は普段通りの口調で言って、軽く微笑んだ。

 

「『星海よりの来訪者が、汝らに滅びを運ぶ。約束された死と絶望が、虚ろなる栄光を覆い隠す。汝、心せよ。この地の支配者が、交代する時が来たのだ』……、でしたっけ」

「よく覚えていますね」

「記録していますから」

 

 と、こめかみの辺りを指で叩く。

 

「確かに、あまり良い意味に捉えるのが難しい予言ですよね。ですが、決定的な未来を示しているというわけでもない。抽象的で曖昧な表現で、解釈の余地が大いにある。……実際のところ、この予言で未来を知ったとして、あなたは僕を暗殺しようと考えるものなんでしょうか?」

「それを私に直接聞きますか? ……いや、もちろん、そんなことはありえません。私はそこまで短慮ではない。自分の予言を冷静に判断するだけの理性は持っているつもりです」

「では、この線もひとまずナシということにしましょう。となると、やはりユミツの三人の予言者が、自分たちの予言に従って僕を殺すように手配したとは考えにくい、ということになりますね」

 

 僕がそう言うと、ウェッツウォーは硬い表情を微かに緩めて、ホッとしたように息を吐いた。

 場の空気も多少は弛緩したような気がする。

 

「では、襲撃に『予言』が絡んでいるとしたら、他にどんなパターンが考えられるか。たとえば、国家に認められた三人の他にも、実は表に出てきていない予言者がいて、その人物が襲撃を指示していた、というのはどうでしょう?」

「ありえない、とは言いませんが……。やはり可能性は低いように思えます」

 

 僕からの問いかけに、ウェッツウォーは少しだけ考え込んでから、目を細めて首を横に振った。

 

「理屈の上では、御三家とは関係なく『予言』の魔法に適性を持つ者が生まれることもありえます。ですが、そういった者がいると少しでも噂になれば、政府の機関がその方の保護に動くはず。確か、百年ほど前に一度そういう事例があったかと」

「ここ最近で、政府にそれらしい動きがあったとかは?」

「いいえ、私の知る限り、そんな話はまったく。とはいえ、政府の目から逃れて市井に潜んでいる予言者がいないとは言い切れませんが……」

「その場合は、襲撃を行う実行犯の確保の面で難しくなると思います。クァニャンの見立てでは、相手は交渉団の護衛にあたっているユミツの軍に対して、なんらかの干渉を行えるだけの影響力を持っているようですから」

 

 ちらりと後ろを振り向くと、猫耳帽子のクァニャンがコクリと頷いた。先ほどから一言も喋っていないが、僕とウェッツウォーの話はちゃんと聞いているらしい。長柄の杖を右手に持って、ベンケイのように真っ直ぐ立っている。

 

「それに、襲撃の実行犯は統制の取れた戦闘部隊と見受けられました。もしかしたら、軍人かもしれません。規模はおそらく十数人から数十人。となるとやはり、その統率者はなんらかの影響力を持った人物であるというのがしっくり来る気がします」

「では、ユミツの政治家でしょうか。私たちの『予言』を把握していて、なおかつチキュウ人との交渉に参加している人物です。その条件なら、私にも何人か顔が浮かびます」

 

 良いアイディアを思いついたとばかりにウェッツウォーが勢い込んで言う。

 パッと目を輝かせた黒髪の予言者に、僕は苦笑して首を振った。

 

「そこは予言者本人を黒幕と想定したときと同じですよ。あの三つの予言だけでは、襲撃を企てる確たる理由にはならないんじゃないか、とユミツの政治家だって当然考えるはずです」

「それは……、確かにそうかもしれません」

 

 出鼻をくじかれたように、ウェッツウォーはソファに深く座り直した。

「しかし、それなら他にどんな可能性が……?」と彼は首を傾げている。

 

「ちなみに、ウェッツウォーさんは他国の予言者についてはどの程度のことを知っていますか?」

「他国? それは、ユミツ以外の国ということですよね。いえ、私が子供の頃には既に災獣がこの星に出現していて、国家間のやり取りもほとんどなくなっていました。過去の情報として、他の国にも予言者がいることは知っていますが、それが現在どうなっているかと聞かれると、詳しいことはなにも……」

 

 そこまで言ったところで、ウェッツウォーは「まさか」と目を瞬かせた。

 

「他国の暗殺者が、首都に入り込んでいると?」

「そういった可能性はあるのでしょうか。ウェッツウォーさんの見解は?」

「……そうですね、西の国境の災獣が討たれたことは、すでに隣国も把握しているでしょう。ユミツの側から使節を送るという話も挙がってはいるようです。ですが、今のところ隣国の側からのコンタクトは無いと聞いています。密かに国境を越えて入国した者がいるのか、となると、私にはなんとも言えませんが……」

 

 ウェッツウォーが額に皺を寄せて唸る。

 すると、「よろしいですか?」とクァニャンが背後から声をあげた。振り返ると、軍人らしい冷たい表情を浮かべた彼女と目が合った。

 

「現在、西の国境である山岳地帯では、ユミツの国軍によって拠点化が進められています。災獣の死体を調査するための研究拠点として整備するためです。そのため、各種施設の設営を行うと同時に、国境付近の哨戒と情報収集が行われています。軍の警戒レベルは高く、彼らの目を盗んで密入国をするというのは、非常に難しいかと」

 

 一息にそう言うと、クァニャンはまた口を一文字に結んだ。

「だ、そうです」と僕は肩を竦める。ウェッツウォーはぽかんとした表情を浮かべて、クァニャンの顔を数秒見つめてから曖昧に頷いた。

 

 しばらくの間、互いになにも言わなかった。

 結局、いくつか可能性を挙げたものの、どれもなにかしらの疑問点が残るものだったということになる。ウェッツウォーは他にどんな可能性が残っているのか、深く考え込んでいるようだった。

 対面のソファに腰を沈める僕は、その様子をじっと見つめていた。

 

「しかしそうなると、ケイナインさんのおっしゃっていた『予言をもとに襲撃が計画された』という推測も、やはり間違いだったのではないでしょうか」

 

 額に指を当てながら、ウェッツウォーは口を開いた。口調は落ち着いたもので、どことなく余裕が感じられる。初対面のときの知的な雰囲気が戻ってきているようにもみえた。

 僕は彼の表情の動きを観察しながら、小さく頷いた。彼の落ち着きはどこから来るものだろう。『予言』に絡んだ妙な疑いが払拭されそうで、ホッとしたというところなのか。

 

「もうひとつ、検討したい可能性があります」

 

 けれど、僕は指を一本立てて、柔らかい微笑みを浮かべた予言者の安堵に待ったをかけた。

 話題を打ち切ろうとしていた彼は、ほんの一瞬だけ苛立つように眉をひそめ、しかしすぐにそれをデフォルトの表情で覆い隠す。あくまで紳士的に、彼は手のひらを差し出して「どうぞ」と僕に先を促してくる。

 

 僕は彼の目を見据えて、静かに言った。

 

「僕の知っている『予言』の内容に、偽りがあったという可能性です」

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。