「偽り、ですか?」
予言者は薄い笑いを崩さなかった。表情の動きといえば、ほんの僅かに目を瞠った程度。
自身の仕事の誠実さに疑念を吹っ掛けられたことに対して、多少は驚いたものの、不快感を訴えるほどでもない、といったところか。
「ありえませんね」
ふ、と口の端を持ち上げて、ウェッツウォーはきっぱりと言う。
言葉の端にどことなく優越感が滲んでいた。なんらかの自信に裏付けされた声色だ。勢いだけで否定しているというわけではないらしい。
「それは、何故?」と僕は問う。
「何故もなにも……」
ウェッツウォーは言葉を止め、大袈裟に両手を挙げた。
「いや、失礼。そうでした、チキュウ人のあなたには、我が国の『予言』の仕組みをもう少し詳しく説明する必要がありましたね」
ソファに深く腰掛けた彼は、腰のところで両手の指を組み、教師が生徒に講義するかのように語り始める。
「着眼点は素晴らしい。そう、予言者も人間です。感情もあれば、ときには嘘もつく。ゆえに、予言の内容に偽りがあるのかという疑惑は、古くから大いに問題とされてきました。特に、国家の政治システムとして予言を運用するとなると、ひとりの予言者の嘘が、多くの国民に著しい損害を与えることにも繋がりかねない。それゆえに、それを防ぐための策も、当然ながら制度化されることとなりました」
予言者は言葉を切って、くいと首を動かす。「ここまではよろしいですか」と無言のままに聞かれた気がした。
僕は頷いて「具体的には?」と彼に尋ねる。
「ケイナインさんもご存じでしょう。受宣官という制度が、予言者の嘘に対する安全弁です」
「受宣官? というと、エンデータンさんのことですか」
「そうです。ユミツには現在、あの方の他にも四人の受宣官が在職しているのですが……。そもそもの話、何故、予言者が予言を政府に直接告げるのではなく、受宣官を通してから政府へと伝えるのか。歴史的な慣習であり、儀礼的な側面もあるのですが、そこには実利の面でも意味があるのです」
脳裏に浮かぶのは、ぶかぶかのローブを纏った仮面の受宣官、エンデータンの謎めいた姿。年齢も性別もわからないその人物の仲介で目の前の予言者と面会したのも、まだほんの数時間前のことである。
「受宣官の職に就くためには、ひとつの条件があります。それは、『嘘を見破る魔法』に適性を持っていること。『予言』の魔法ほどではありませんが、これもなかなかに希少な才能です。彼らも選ばれた一握りの人間であるといえるでしょう」
ウェッツウォーは黄金のような笑顔を浮かべていた。『選ばれた人間』とは、どうにも大袈裟な言い回しだった。彼と会ってから、今までで一番宗教的な雰囲気かもしれない。
「嘘を見破る、ですか。なるほど、受宣官は予言のファクトチェックを担っているわけですね」
「その通り、事実の検証です。四人の受宣官がそれぞれ予言者から予言を聞き、そこに偽りがないことを互いに確認する。そうやって予言の真正性を担保するのです」
「つまり、偽りの予言が政府に伝えられるとしたら、予言者が嘘をついて、なおかつ四人の受宣官全員が偽証を行わなければならない、と……」
「理屈の上では。ですが、当然、そんなことはまずありえません。特に受宣官の職に就いた者は、常日頃から仮面とローブに身を包んで、『自分』というものを隠して生活しています。それは、同じ職務を担う受宣官の間でも変わりありません。彼らは同僚の顔も年齢も、性別さえも知らないのです。互いの素性も知らないというのに、どうして予言の偽証などという重大な背信を揃って行うことができましょうか」
予言者の口調の端には、ほんの微かに憐れむような色が滲んでいた。素性を隠すことを義務付けられた受宣官の人生に対して思うところがあるのだろうか。それとも、制度化された予言という未来への道しるべを持たない、地球人類に対しての憐憫なのか。
「では、今回行われた予言についても、すでに受宣官の検証を受けていると」
「ええ、まさしく。当家の予言はもちろんのこと、イグスさんとゼァリィさんの予言にも偽りはないと確かめられています。ケイナインさんの疑念は、やはり杞憂に過ぎないかと」
対面のソファに座るウェッツウォーが微笑んだ。余裕綽々、自信満々の表情といったところ。
僕はその顔をじっと観察しながら、彼に対してさらに質問を重ねる。
「予言の内容に偽りはなかったと。では、語られていない予言があるという可能性は?」
「……それも、ありえません」
ぴくりと彼の目の端が動いた気がした。僅かに間を置いて、ウェッツウォーが答える。
「予言の漏れや秘匿が無いことも受宣官が確認しています。当然でしょう」
「それは、どうやって?」
「簡単です。彼らの前でそういった不正を行っていないことを宣言すればいい。もし嘘をつけば、そこで彼らにバレるだけのことです」
「なるほど。たとえば、ウェッツウォーさんならどのように言うのですか?」
「そうですね……、私が予言した言葉で伝えていないものはありません、と」
ほんの一瞬だけ思案してから、ウェッツウォーは自信に満ちた口調でそう言った。その言葉に嘘が無いことはすでに証明されている、と態度で示しているようだった。
僕は彼の悠然とした表情に対して微笑みながら、しかし、素直に頷くことはなく、首を傾げた。
「先ほどとは言葉が違うようですが」
「……はい?」
予言者の口から、虚を突かれた硬い声が漏れた。
「違うとは、なんのことでしょう?」
「『私が』予言した言葉、と言いましたよね。ですが、先ほどまでは『当家の』予言と表現していたかと。私の
その指摘に、ウェッツウォーは僅かに視線を泳がせた。
ともすれば難癖のような言い掛かりだが、彼はそうは受け取らなかったようだ。
「そう、でしたか? まぁ、些細な表現の違いです。意味としてはほとんど同じですよ」
「敢えて言葉を選んだわけではない、と?」
「そのとおりです」
「いや、申し訳ない。こうしてユミツ語で会話をしてはいますが、私はまだこちらの言葉には不慣れなところがありまして。今も機械に翻訳の補助をしてもらっているんですよ。そこに表示されている訳語を見ると、同じ意味の言葉とは思えなかったので」
「……なるほど、そういうこともあるのですね」
僕がそう説明すると、ウェッツウォーはぎこちなく口の端を持ち上げた。
自信家の鎧に亀裂が入ったようにもみえた。受宣官とは違い、僕には嘘を見破るような機能は搭載されていないから、なんとなくそういう雰囲気が感じられた、という程度の感覚だが。
「しかし、『ほとんど同じ』ということは『まったく同じ』ではないということでしょう? どの辺りが違っているのですか?」
「こだわりますね」ウェッツウォーが苦笑する。
「ええ、とても気になりますから」僕は彼の瞳を捉えながら頷いた。
「少し補足すると」背後で沈黙を貫いていたクァニャンが口を開いた。「チキュウ人の社会では、家系や家族といった概念が希薄のようです。血縁上の親に会うことはなく、赤ん坊の頃から専門家の養育を受けるものと聞きました。それもあって、二つの言葉の違いがことさら奇妙に感じるのかもしれません」
クァニャンがはきはきとした口調でそう説明すると、ウェッツウォーは目を丸くして彼女の顔に視線を向けた。「信じられない」と顔に書いてある。
彼女が軍人らしいシリアスな表情をぴくりとも動かさずに頷くと、黒髪の予言者は困り顔になって僕と彼女とで目をさまよわせた。
「それは、なんとも奇妙な……」
「私たちにとっては当たり前のことなのですけどね。まぁ、それはさておき、『私』と『当家』という表現の違いについて、詳しく教えてもらえませんか?」
「……あなたたちチキュウ人の社会では馴染みのない話なのかもしれませんが、『私』は予言者の血筋である『当家』を代表する立場にあります。それゆえに、その二つで表現が揺らいでしまうこともあるというだけのことです。繰り返し申し上げますが、両者が指しているものはほとんど同じものなのです」
「では、『当家の予言』を『あなたの予言』と言い換えても問題はない、と?」
その問いに、ウェッツウォーが微かに怯んだようにみえた。
夜更けの静けさが満ちる応接間に、誰かが唾を飲む音がやけに大きく響いた。
黒い髪の予言者は、ゆっくりと、慎重に、躊躇いを振り切るように頷いた。
「ええ、そのとおり。言葉は違っても、言っていることは同じです。問題ありません」
その言葉を言い終えると同時に、応接間の扉が開いた。
ドアノブの回る金属の音と、ぎぃという微かな蝶番の音。室内に滞留していた空気が部屋の外へと流れていく。
ハッとしたようにウェッツウォーが視線をそちらに向けた。
扉を開けてそこに立っていたのは、ゆったりとしたローブを身に纏い、仮面で顔を隠した人物。
「……嘘をつきましたね」
エンデータンは、予言者ゼァリィに予言されたとおり、その言葉を口にした。
………
……
…
「エンデータン? ……なぜ、君がここに……」
ソファから腰を浮かせて、ウェッツウォーは呆然と呟いた。
仮面の受宣官はそれには応えず、滑るような足取りで扉からソファに歩み寄ってくる。足音をまったく立てない歩き方だった。まるで幽霊のようだ。
「ウェッツウォー様」
怒りも、悲しみ、驚きもない、平坦な口調だった。
「先ほどの言葉を、もう一度、私に向かって言えますか?」
一言ずつ区切りながら、言葉で逃げ道を塞ぐかのように、受宣官が予言者に問いかける。
ウェッツウォーはもはやソファから立ち上がっていた。引け腰になりながら、エンデータンに相対している。
二人に挟まれる形になった僕は、座っているソファの隅の方へと腰を動かした。長杖を握ったクァニャンが、その移動にぴたりと寄り添ってくる。横目で彼女と目を合わせて、僕らは小さく頷いた。
「言えませんか? 『自分の予言』だけでなく、『自分の家の予言』についても、秘匿するものはなにひとつ無い、と……」
「……待ってくれ、エンデータン。私は、なにも君を騙そうとしていたわけでは……」
「それも嘘ですね」
受宣官の言葉が、予言者の釈明を鋭く切り捨てた。
「ということは、あなたは私の……、いえ、私たち受宣官の判定をすり抜けることを認識したうえで、予言について二つの言葉を使い分けていたということになる。違うのであれば、どうぞ御説明を」
その問いに、ウェッツウォーは口を結んで沈黙することを選んだ。受宣官の持つ『嘘を見破る魔法』のことを思い出したのかもしれない。余計なことを言えば、不利になるだけだ、と……。しかし、そういった態度そのものが、彼に後ろめたいものがあることを証明してしまっている。
「……これは、
額に手を当てて表情を歪めたウェッツウォーが、燃えるような青い瞳でこちらを睨む。
即座に、クァニャンの長杖が射線を切るかのように僕と彼との間を遮った。予言者は一瞬だけ彼女に視線を移して、またすぐに僕の顔を睨みつける。
先ほどまでの温和で余裕のあった雰囲気は消え失せていた。彼はこちらに対して明らかに敵意を燃やしている。いきなりというわけではなく、おそらくそれは、腹の中にずっと隠し持っていたものなのだろう。
「
僕は笑顔を消して答える。
「政治的に中立の立場という条件は、予言者も受宣官も同じですし、居住区域の警備の厳しさという点ではむしろ受宣官の方が緩いようでしたから」
宿泊施設で襲撃を受けたのが夕方で、今は夜も更けた遅い時間である。地下通路を脱出してから、エンデータンの家を訪れて、彼の協力を取り付けるだけの時間は十分にあった。
ウェッツウォーの屋敷の周辺を警備するスタッフの目を掻い潜ってここまでたどり着けたのも、警備のローテーションに関する彼からの情報があったからこそである。
「それで、チキュウ人に懐柔されたのか? ……、裏切者め……」
絞り出すような怨嗟の声。ウェッツウォーの発したその震える言葉もまた、耳の予言者・ゼァリィに予言されたとおりのものだった。
怒りと憎しみを凝縮したような低い声で射抜かれて、しかし、エンデータンは落ち着き払った声で目の前の予言者に語り掛ける。
「裏切りとは、心外ですね。ご存じのとおり、私たち受宣官は予言者の味方というわけではありません。強いて言うなら、ユミツの国民の味方という立場です。そして、予言の秘匿という行為は、国民の利益を損なうものである。であれば、私があなたを追及することも、受宣官として当然の責務です。そのように非難される謂れはありません」
仮面に隠された表情こそ見えないが、エンデータンの声は揺るぎのないものだった。
「むしろ、裏切者という意味では、あなたがそうなのでは? 『私の予言』と『当家の予言』とを意識的に使い分けていたというのであれば……、いるのですね? この家に、あなたではない、もう一人の予言者が」
ウェッツウォーの肩がびくりと震えた。
それを見たエンデータンは、ぶかぶかのローブの袖を仮面の口元に当てて、無機質な仮面を斜めに傾ける。
「違和感を覚えなかったのは、あなたが昔から、自身の家系と家名を大いに重んじる言動をしてきたからでしょうか。予言者の血筋を代表する者として相応しくあらんと、幼い子どもが背伸びをしながら『当家の予言』と言うのであれば、なるほど、そういうものと納得してしまうのも道理というもの。予言者に就任して最初の予言でそういう雰囲気を作ってしまえば、以降も同じような言い回しをしても、あとから深く詮索はされないだろう、というわけですね」
エンデータンの口調は、ウェッツウォーを厳しく責めるようなものではなく、非常に淡々としたものだった。決して感情的にはならないその声色が、むしろ感情に訴えようとも無駄だと言い聞かせているようでもある。
「あなたが予言者として最初の予言をしたのは、確か8歳のときでしたか。その歳の子どもが、別の予言者の存在を隠匿するなどという計画の絵図を引くなどとは、確かに思いもしませんでした。その点は私たち受宣官の手落ちですね。ですが……、そう、私の記憶が確かであれば、あなたはそれ以降、常に『当家の予言』という言葉を
受宣官はそこで言葉を切った。
短い沈黙。その場の誰もがエンデータンの顔を見つめていた。部屋の空気は深海のように重い。彼の仮面の目元に開けられた穴が、深淵に繋がっているかのような錯覚を覚える。
やがて受宣官は、目の前の
「ウェッツウォー、あなたは、本当に予言者なのですか?」
「っ、私は……!」
短い叫びを咄嗟に迸らせて、しかし、ウェッツウォーはその先を続けることができなかった。
続ければ、それを嘘と断じられてしまうと、彼は知っていたのだ。
予言者だった男は、崩れ落ちるようにソファに腰を落として、頭を抱え込んだ。
「……あれは、必要なことだった……」ひどく疲弊した声で彼は呟く。
「嘘ではありませんね」受宣官が頷いた。「ちなみにそれは、どちらを指してのことです? ケイナインさんを襲う計画を立てたことか、それとも自分が予言者だと偽っていたことか」
「どちらもだよ、エンデータン」
「それも、嘘ではない。少なくともあなたの主観では、それが真実だと思っている」
エンデータンが凪のような口調でそう言うと、ウェッツウォーはゆらりと顔を持ち上げた。陽炎のような曖昧な笑みを浮かべている。ソファに腰を沈めた彼はエンデータンの仮面を見上げ、それから僕の方へと視線を飛ばしてきた。
「……なぜ、私が襲撃を計画したのだと気づいたのですか?」
丁寧な言葉遣いは崩さずに、けれどもどこか投げやりな口調で、ウェッツウォーが尋ねてくる。
「エンデータンを連れて私の屋敷に来たのは、つまり、もとよりそういう疑念を抱いていたということなのでしょう?」
その問いに、僕は僅かに眉を傾けて、つい指で頬を掻いてしまった。
「身も蓋もないことを言えば、もともと予言者の三人には順番に会っていくつもりで、ウェッツウォーさんは単に最初に会いに来た人だったというだけなんですよね」
実のところ、この屋敷で彼と直接話すまでは、疑念と呼べるほどの考えはまだ持っていなかったわけで。ただぼんやりと、通常の人間の思考とは違った理屈――それこそ予言のような――をもとに襲撃の計画が立てられたのではないか、という予感があったというだけだ。
そんな中途半端な予感を提示しただけで、こちらに協力すると言ってくれたエンデータンには感謝するほかない。あるいは、彼(あるいは彼女)も、今回の襲撃事件になにか違和感を抱いていたのかもしれない。
「総当たりするつもりだった、と……。だとしても、なぜ、最初に私のところに?」
「ああ、そこはとても単純な理由で」
言いながら、僕はウェッツウォーとの昼間の面会を思い出す。
糊の効いた服を着こなした彼は、柔らかい語り口で、常に落ち着いた雰囲気を纏っていた。
唯一、彼が差し迫った感情を滲ませたのは、別れ際のこと。自身の予言を僕たちに告げたその後に、彼は絞り出すように言ったのだ。
「『予言が覆ることがあるかもしれない』……。そう言ったのは、あなただけでしたから」
予言者の中でウェッツウォーだけが、予言された未来が変わるかもしれないと言及していた。
他の二人、イグスもゼァリィも、予言が解釈によって姿を変えることは肯定していたものの、一貫して予言された未来そのものが変化することには否定的だった。その差異こそが、ウェッツウォーの屋敷を最初に訪れることにした理由である。
これは個人的な印象かもしれないが……。
予測された未来に沿って行動するときよりも、予測された未来を変えようと行動するときの方が、人間は思い切った(あるいは、思い迫った)行動を取るのではないか。普通の行動では未来を変えることはできないと考えて、極端に強引な手法を選ぶ傾向があるように思えるのだ。
それこそ、地球には決して帰れないという確定した未来に反抗しようとする、帰郷派のテロ行為のように……。
今回の襲撃事件にしてみても、衆人環視の中で暴力的な手法でターゲットを排除しようとしたところに、そういった焦燥感のようなものが感じられたのである。
だからこそ、予言者の中で唯一、未来が変わる可能性に言及していたウェッツウォーのことが気になってしまったのだ。
「そうですか……。どうやら、余計なことを言ってしまったようですね」
「聞いたときは違和感もなにもありませんでした。ただ、その後に、エンデータンさんから『予言された未来が変わった』という事例は今のところ存在していないと聞いて、少し引っ掛かっていたんです。それもあって、それなら最初に会いに行ってみようかな、と考えたわけです」
泣きそうな笑顔を浮かべたウェッツウォーは、僕の目をじっと見つめて、長い息を吐き出した。
「確かに、言わなくていいことだったのかもしれませんが、それでも、私は今もそう思っていますよ。――予言された未来でも、変えることができるのではないか、と」
ウェッツウォーの右手が、ズボンのポケットから短杖を引き抜いた。見覚えのある形状だった。シンプルで鋭利なシルエット。宿泊施設を襲撃した集団が装備していたものと同じタイプだ。
静かで滑らかな動作だった。なにげない自然な態度で、彼は杖の先端を僕に向けてくる。
それとほぼ同時に、クァニャンが自身の長杖を振り抜いた。
魔法ではなく、物理的な攻撃だった。
杖の柄が彼女の手のひらの動きだけで跳ねて、ウェッツウォーの手首を打ち据える。
高く乾いた木製の打撃音が響く。
短い呻き声がウェッツウォーの口から漏れた。
彼の指から跳ね飛ばされた短杖が、回転しながら宙を舞う。
くるくると上昇して、頂点で僅かに静止、それから糸が切れたように落下。
落ちてきたそれを、クァニャンが左手でキャッチする。
右手に握られた長杖が、いつの間にかウェッツウォーの肩口にピタリと先端を当てられていた。
彼女は冷たい表情で、油断なく彼の行動を牽制している。
「……はぁ、慣れないことはするものではありませんね」
クァニャンに打ち据えられた右手の手首を庇いながら、ウェッツウォーはソファに腰を深く沈めて、背もたれに身体を預けながら、天井を仰いで深いため息を吐いた。