ウェッツウォーは逮捕された。
公表はされていない。予言者(とされていた人物)の不祥事は、国民に与える動揺が大きくなるだろうという政治的な判断だった。予言者として、そして物書きとしても著名な彼には、首都ナェゴトだけでも相当な人数の信奉者がいるのだという。
彼は今、ユミツ国の当局から取り調べを受けているという話だった。
本来その事実も極秘事項のはずなのだが、エンデータン経由で僕とクァニャンにも情報が伝わってきていた。当然ながら、DJ号の交渉団にもそれは共有されている。直接ターゲットにされていた僕を含めて、交渉団そのものも事件の被害者という扱いになっているらしい。
とはいえ、さすがに取り調べの詳しい内容までは伝わってこない。
ユミツ国において犯罪者に対する取り調べは、専門の魔法使いが担当するらしく、強制力の強い非常に効率的なものなのだという。その分、行き過ぎた取り調べにならないよう法律でガチガチに運用を縛られているらしいのだが、今回のような重大事件ではそういった制限も大半が解除されるだろうというのがクァニャンの見込みだった。
受宣官のエンデータンが交渉団の宿泊施設を訪れたのは、事件から二日後のことだった。
僕とクァニャンは彼に連れられて、ウェッツウォーの屋敷を再び訪れていた。
屋敷の主人が拘禁されているからか、前回の訪問よりもがらんとした印象がある。しかし、玄関に出迎えの使用人が待っていたので、無人になったというわけではなさそうだ。
髭面の使用人は終始シリアスな表情だった。言葉少なに僕たちを屋敷に招き入れると、「あとはお任せします」とエンデータンに一礼して、早々に僕らの前から姿を消してしまった。
静まり返った廊下の左右に並ぶ各部屋では、当局の捜査官が今も屋敷に残された物品を調べている様子だった。使用人たちもその対応に追われているようだ。
「捜査は順調に進んでいます」
無人の廊下を進みながら、エンデータンが言う。
「幸いなことに、ウェッツウォー氏は取り調べに協力的です。実行部隊のほとんどの人員は、すでに捕縛が完了しています。襲撃を軍内部から手引きした人物も判明しました。この辺りは、クァニャンさんにも情報が伝わっているのでは?」
「はい」と、クァニャンが頷いた。
今日の彼女は軍用の黒いコートを羽織っている。軍人としてこの場に立っている、という表明だろう。
「宿泊施設の警備を担当していた軍人には、事件当日、持ち場を離れるように命令が出されていました。上官からの正式な命令です。つまり、ウェッツウォーと繋がっていたのは、より上位の命令権者だったようです」
「予言者という肩書にそれだけの権力があったというわけです。もちろん、予言者という職務は、公的には政府機関に対してなんら命令権を持たない立場にあります。しかし、個人的な人脈という意味では、私たちの想定以上の影響力を彼が持っていたと言わざるを得ないでしょう」
そんなことを話しながら、三人で廊下を進んでいく。応接間の扉を通り過ぎて、今まで立ち入ったことのない屋敷の深部に踏み入っていく。
しばらく行くと、廊下の突き当りに到達した。正面の行き止まりは備え付けのクローゼットになっていて、右手の壁には個室に繋がる扉がひとつ見える。
「こちらです」
しかし、エンデータンはそのどちらにも目をくれず、のっぺりとした左側の壁へと歩み寄った。
一見するとなにも無いようにみえる白い壁を、受宣官はぶかぶかのローブに包まれた手の甲でノックする。響いた音は思いの外に軽く、壁の向こうに空間があることが察せられた。
しばらく待つと、切れ目のない扉が音もなくスライドして、壁にぽっかりと口を開けた。
足元からひんやりとした空気が流れてくる。隠し扉の先は等間隔に魔法の灯りが設置された薄暗い空間で、石造りの下りの階段になっていた。今いる廊下は一階なので、階段の先は地下ということになる。
「屋敷の設計図にも載っていない階段です。いわゆる隠し部屋というものですね」
独り言のようにエンデータンが呟く。
階段は途中で一度だけ折り返して、15段で終端に到達した。それほど深くはない。地下2.5メートルといったところだろう。その先に短い廊下があって、正面と左右に扉がある。
エンデータンは正面の扉を開いた。
そこは、モノトーンの物悲しい雰囲気の部屋だった。
壁際にタンスがひとつと作業用の机のようなものがひとつ。それから、奥まったとこにベッドがひとつあるだけで、他には家具のひとつも置かれていない。
部屋の中にはユミツ国の捜査員が3人いて、それぞれがタンスと机、そしてベッドを調べているようだった。
彼らは僕らの入室に気付くと、目元だけで一礼して、再び自分たちの職務へと取り掛かった。
唯一、ベッドを調べていた捜査官だけがこちらに歩み寄ってきて、エンデータンに何事かを囁くと、僕らと入れ違いに部屋から出ていった。
「お二人とも、こちらにどうぞ」
エンデータンに招かれて、部屋の奥のベッドに近づく。
木組みのベッド。そこにはひとりの人間が横になっていた。
蝋のように白い肌。目を閉じているが、胸が微かに上下している。生きている。
「彼が、本当の予言者です。血縁上は、ウェッツウォー氏の兄に当たります」
「兄?」
僕は思わずそう聞き返してしまった。ベッドに横たわるその男が、一見すると子どものように思えたからだ。
けれど、その印象が間違いだったとすぐに気付く。男の顔のつくりそのものは、成人した男性のものだった。子どものような印象を受けたのは、身体に対して頭部の比率が大きいからだろう。
アンバランスな頭部は、明らかに通常よりも肥大化していた。その反面、首から下の胴体は未成熟で、両手と両足は枯れ木のように細く萎えている。手術着のような服から突き出た四肢は、自身の体重を支えることさえ困難なようにみえた。
頭部に髪はなく、髭も生えていない。眠っているのか、両目を閉じている。しかしそれでも、左目と右目とでサイズが違っていることがわかった。瞼の膨らみの大きさが違うのだ。目測だが、左目は右目の二倍以上の大きさがあるようだった。
「生まれたときから、こうなのだそうです」
「どういう意味ですか?」
「自分の力では立ち上がることさえできず、一日の大半を眠って過ごし、目を覚ましても予言の言葉の他にはなにひとつとして喋ることもない、と……。ウェッツウォー氏はそう証言しています」
のっぺりとした仮面の奥から、エンデータンは嘆息を零した。
つまり、手足の衰えは先天的なものということか。僕らがベッドを取り囲んで喋っていてもまったく起きる気配がないのも、彼の体質によるものらしい。
「この人の名前は?」僕は尋ねる。
「ありません」とエンデータンが答えた。
「名前がない?」
「ええ。正確には、本来は彼がウェッツウォーと名付けられるはずでした。しかし、正式な命名が済む前に、生まれ持った身体が普通の人間とは違っていると判明して、彼はそのまま存在を隠蔽されたのです。それ以来、彼はこの部屋から一歩も出ずに、今日まで生き続けてきました」
エンデータンはそう言って、仮面に空いた覗き穴の奥から、眠れる予言者の顔を見つめていた。
その視線にどういった感情が含まれているのか、横に立っているだけではまったくわからない。
「しかし、なぜ?」
「彼は生まれながらの予言者でした。驚いたことに、先天的に『予言』の魔法を体得していたという話です。なんでも、言葉を教えるよりも早く、予言の言葉を口にしたのだとか……」
「赤ん坊のときから予言者になるとわかっていたと? だとしたら、なおさら存在を隠す必要はないのでは」
「むしろその逆で、だからこそ、彼はこの部屋に隠されることになったのです」
眠る男を見つめていたエンデータンが、視線を持ち上げて僕を見た。
「御三家にとって、予言者とは自らの家の象徴であり、その血筋に宿る繁栄の証です。ゆえに、予言者として表舞台に立つ者は、大衆から信奉される姿をしていなくてはならなかった。……少なくとも、ウェッツウォー氏の両親はそう考えていた。だから、健常な肉体を持って生まれてきた弟のウェッツウォー氏が、彼の代わりに予言者を名乗ることになったのです」
「……それを計画した、彼らの両親は」
「すでに亡くなっています」
隠し部屋にため息が落ちた。
僕もクァニャンも、しばらくなにも言えなかった。再び眠れる予言者に視線を落としたエンデータンも黙っている。ユミツの捜査員がタンスと机を物色する音だけが聞こえていた。
「ウェッツウォー氏は彼の代理人として、彼の為した予言を私たち受宣官に伝えていました。そしてその仕組みは、非常に長い間、上手くいっていた。つい先日、今年の予言が実施されるまでは」
「そのことも、ウェッツウォーさんが喋ったのですか?」
「ええ。二日前のあの夜、私たちが推測したとおりです。彼は言葉を使い分けることで、予言の一部を隠匿していました。本当の予言者が口にした予言には、続きがあったのです」
一呼吸置いて、エンデータンは静かに言った。
「『災いの獣を殺した者が、お前にも破滅を齎すだろう』と」
のっぺりとした仮面がこちらを向いて、首を斜めに傾けた。
なるほど、と僕は無言で頷く。災いの獣を殺した者……。それで、僕のことを排除しようとしたわけか。
「『お前』というのも、かなり直接的な言い方のようですが」
「ウェッツウォー氏が言うには、珍しく
その未来を変えようとしたのが、あの襲撃の動機ということらしい。
蓋を開けてみればストレートな理由だ。しかし、襲撃の実行犯にはその動機は知らされていなかったという。もっと立派な『大義』と呼べるような偽の動機を提示されて、彼らは計画に協力したのだった。
予言者として知られている人物が計画した襲撃ということもあって、たとえ偽の動機であっても、実行犯たちにとっては十分すぎるほど説得力があったようだ。
「ここからは推測の話になりますが……」
そう断ってから、エンデータンは言った。
「人生の大半を眠って過ごしている
「……例の予言ですね。『この地の支配者が、交代する時が来たのだ』でしたか」
「ええ、そういう解釈も可能なのではないかと」
「それなら、新しい支配者は誰になるのです?」
「ユミツ国の政府、ということになりますね。彼には予言者としての価値がある。すでに政府機関が彼を保護する方向で話が纏まっています。御三家の傍流から干渉があるかもしれませんが、おそらくそれも突っぱねることになるでしょう」
「当然、無体な扱いをするということはありません」とエンデータンは続けた。生活環境を改善する計画も検討されているらしい。何十年も閉じ込められていた地下室から、日の当たる地上に部屋を移すという計画だ。
もっとも、ウェッツウォーの証言によれば、
「ウェッツウォーさんは」ふと僕は呟いた。「兄弟のことをどう思ってたのでしょう?」
「取り調べの中で、ウェッツウォー氏はこう語ったと聞いています。自分が得られなかった『予言』の魔法の才能を持つ兄のことを、憎んでいたし、羨んでもいた。その一方で、真っ当な生活すらできない不自由な身体を持って生まれた兄のことを、蔑んでもいたし、憐れんでもいた、と」
仮面で表情を隠した受宣官は、ゆるゆると首を横に振った。
「ときには虐待と呼べるような暴力や暴言を振るい、ときには肉親として甲斐甲斐しく世話を焼くこともあったそうです。なんにせよ、なかなか複雑な兄弟関係だったようですね」
………
……
…
結果として、ユミツ国とDJ号との交渉に襲撃事件のことが大きく影響することはなかった。
予想通りというべきか、両サイドともに、異星間交流の樹立という宇宙規模の貴重な機会をみすみす逃すつもりはないらしい。
事実として襲撃事件は発生したが、DJ号側に人的被害が発生しなかったのも大きかった。ターゲットにされた僕自身にも、あえて事を荒立てようという意思はない。実行犯と黒幕の双方がすでに逮捕されているし、事件の動機の解明も済んでいる。
それなら『終わった話』として処理してしまった方が都合が良いというのが、DJ号とユミツ国の共通した見解だった。
もちろん、加害者側であるユミツ国はいくつかの交渉で細かな譲歩をすることになったのだが、それも交渉の全体から見れば些細なものだろう。
僕とクァニャンが地下室の予言者と会った数日後には、予定された交渉の日程も終了して、桃瀬たちはひとまずDJ号に帰還することになった。彼らが持ち帰った交渉の成果を艦の首脳部が検討して、また次の交渉の場が整えられることになるだろう。
首都ナェゴトを離れる桃瀬は、なかなかに上機嫌な様子だった。大きな問題もなく、成功と呼べるレベルの交渉を取りまとめることができたからだろう。
桃瀬に率いられて降下艇(単独で大気圏への離脱も可能なタイプだ)へと戻る交渉団の中に、監査部の篠宮の姿がみえないことに気付いたが、僕はなにも言わなかった。篠宮がいないことはリーダーである桃瀬が当然把握しているはずだし、その彼があえてなにも言わないのだから、上層部からも認められている行動なのだろう。あの男はあの男で、この惑星にまだやるべきことが残っているというわけだ。
僕と三船も、この惑星に残ることになった。他に数名のスタッフが連絡要員として残っている。
もうしばらく首都に滞在する予定だが、その後はユミツ国の軍に協力して、災獣の討伐作戦に従事することになっていた。これも既定路線だ。
首都における拠点として、交渉団が使っていた場所と同じ宿泊施設を使わせてもらえることにもなっていた。
ある日そこに、『目の予言者』イグスがふらりと訪れた。
海のように青いワンピースを着た彼女は、病的に白い肌と白い髪を守るように大きな日傘をさしていた。背の低い彼女の後ろには、二人の従者(あるいは護衛)が付き従っていた。そのうちのひとりが、長方形の大きな包みを抱えている。
「やっと出歩けるようになったの」
宿泊施設のラウンジでソファに腰を下ろしたイグスは、溌溂とした笑顔を浮かべていた。
「例の事件のせいで、御三家が揃ってごたついてるの。うちにも政府からの聴取が何度もあったりで、ほんっとうに疲れちゃったわ」
ティーカップを傾けながら、彼女は軽い調子で肩を竦める。
ウェッツウォーの行っていた背信行為は、他の二家の予言者にも影響を与えているらしい。政府機関による身辺調査と受宣官による過去の予言の再検証、その他諸々の手続きのためにイグスもしばらく忙殺されていたようだ。
「ウェッツウォーのやらかしを聞いて、ゼァリィはひどくへこんでいたわ。『アタシもまんまと騙されてたワケだ』なんて肩を落としちゃって」
「自分で予言したとおりに、ですか」
「あの人、あれでけっこう繊細なのよね。音楽家、っていうか、芸術家だからかしら」
「芸術家なのは、あなたもでは?」
「そうそう、だから本当は私も繊細なのよ」
「でも、本当のところは表に出せないタイプ、と」
「わかっているなら、もっと労わってくれてもいいのよ?」
イグスは愉快そうに笑った。彼女の翳りのない笑顔が、合金製みたいに頑丈なメンタルを連想させられる。もちろん、DJ号で実用されている合金が、総じて繊細な比率で構成されているのも確かな事実だ。
「実際のところ、イグスさんは今回の事件についてどう感じているのですか?」
「どうもなにも『馬鹿な話』だな、って。それだけよ」
あっさりとそう言って、彼女は鼻を鳴らした。
吐き捨てるような冷たい口調だった。
「本物の予言者が動けないから自分がその代理人をする、っていうのは、まぁいいんじゃないかしら。お兄さんを地下室にずっと監禁するとか、その辺の事情はひとまず置いといての話だけど。でも、そうするって決めたのなら、余計な私情を挟むべきではなかったわ。どんな予言を聞こうと、ただあるがままを受宣官に伝えるようにしていれば、こんなしょうもない終わり方にはならなかったでしょうに」
「しょうもない、ですか」彼女のざっくりとした言い方に、僕は思わず苦笑する。
「ケイナイン、せっかくだから教えてあげるわ」と彼女は口の端を吊り上げた。
「彼の失敗はね、結局のところ『予言された未来を変えられるかも』と考えてしまったことなのよ。いいこと?
「それは、何故でしょう?」
「決まっているわ。自分の予言を疑うような人は、予言者なんて大それた肩書きを名乗ろうとは思わないからよ」
実感の籠ったイグスの理屈に、僕は両手を挙げた。予言者本人がそう言うのなら、そういうものなのだろう。異論を挟む余地もない。反論できるとしたら、彼女と同じ本物の予言者だけだ。
もしかしたら、彼女はもともとウェッツウォーのことを不審に思っていたのかもしれない。3人の予言者の中でもっとも冷静で、自分の予言に対して客観的な視点を持っているという彼の評判は、理知的といえば聞こえがいいが、イグスの感性では胡散臭いものとして映っていたのかも。
「じゃあ、ケイナインは? チキュウ人の目から見て、ウェッツウォーに思うところはないの?」
「そうですね……。計画の発案者である両親が死んだあとも、どうしてずっと予言者のフリをし続けたのか、そこのところは疑問に感じます。これまで受宣官のチェックをすり抜けられていたのも、言ってしまえば運が良かったというだけです。そのくらいは彼にもわかっていたはず。いずれバレる嘘なら、どこかで事実を公開してしまった方が、結果としては傷が浅くなるように思えるのですが……」
僕がそう感想を述べると、イグスは「ふぅん」と興味深そうに目を細めた。
「そりゃあね、引っ込みがつかなくなったっていうのもあるだろうし、やっぱり家名のためって意識もあったんじゃないかな。こんな醜聞が発覚したら、『家の格』が落ちるだろう、ってさ」
「家名と家格、ですか」
「聞いた話だと、チキュウ人は家族とか血筋とか、そういうものに対する意識が薄いんだっけ? 親や子、兄弟姉妹、果ては同じ血の流れる親戚のため……、っていうのは、ピンと来ない感じ?」
「そもそも家族という言葉が縁遠いものなので、ええ、おっしゃるとおりかもしれませんね」
「自分の血を後世に残すという考え方もないの? それって、とても刹那的な人生観のように思えるわ」
そうだろうか。僕は内心で首を捻る。
自分の遺伝子を残すことをあまり意識しないのは、出生調整を前提としたDJ号の社会制度のこともあるけるど、それ以上に、情報媒体の大容量化と行動記録の保存ルールの厳格化によるところが大きいように思える。
遺伝子は残らなくても、自らの行動は記録として後世に残る。それは経験あるいは教訓として、次の世代の人類に共有されるものだ。
生まれと育ちが人間を形作るのだとすれば、少なくとも『育ち』の部分では、個人個人の
「遠くの未来を見つめすぎて、今の自分に焦点が合わないのも、ある意味では刹那的よ」
予言者の少女は、そう言って口を尖らせると、同席しているクァニャンへと視線を向けた。
「クァニャン。あなた、ちゃんと首輪を握ってあげないとダメよ? たぶんだけど、ケイナインは必要だと思ったらすぐに自分の命を数字にできるタイプだから。というか、話に聞いてる感じ、チキュウ人の全体的な傾向っぽい気がするわ」
クァニャンはぱちくりと目を瞬かせると、にっこりと微笑んで頷いた。
「それはもう、身に染みて理解しています」
「よろしい。猫を大人しくさせるには首根っこを掴め、って言うしね。期待してるわよ」
「はい、お任せください」
クァニャンの返答にイグスは満足そうに頷いた。わざわざ僕にも聞こえるように言っているのは、当てつけかなにかなのだろうか。言わんとしていることはなんとなく理解できるが……。
というか、また猫という単語が聞こえてきたような?
「ああ、そうそう。そもそもこんな話をしに来たわけじゃないのよ。あなた、例の物を」
ソファに座るイグスが、後ろを振り返って従者に指示を出す。それを受けてひとりの従者が進み出て、抱えていた長方形の包みをテーブルの上に優しく置いた。柔らかい布の包装を、イグスの白い指がめくっていく。
その下から現れたのは、一枚の絵画だった。
写実の人物画で、彩色された人間が二人並んでソファに座っている。
ひとりは猫耳帽子のクァニャンで、もうひとりは、たぶん、僕だった。
「完成したから、持ってきたの。ケイナイン、あなたにプレゼントするわ。初めて会ったチキュウ人への記念品よ」
「ありがとうございます。……ええと、それじゃあ、描かれているのはやっぱり僕なんですか?」
「そりゃそうよ。見ての通り。なにか不満でもあるの?」
「いや、不満というか……」
頬を膨らませるイグスを宥めながら、それでも僕は首を傾げてしまう。
絵画に描かれている男性。確かに容姿は僕に似ている。
けれど、その人物は僕の知らない表情を浮かべていた。
自分の顔を見る機会なんて、鏡を見たときかなにかの画像データを見たときくらいだけど、果たして自分がこんな表情をすることがあるのか、どうにも疑問に思えて仕方なかった。
「ただ、あのときこんな表情をしていたのかなぁ、と……」
僕の言葉にイグスはきょとんとした顔になり、それから本当に面白そうに大笑いをし始めた。
「そうね、現実とはちょっと違うのかも。でも、私の目にはこう見えていたわ。だから、自分の見たとおりに描いたっていうだけ。そうそう、こういうところが、自分の手で絵を描くってことの面白さなのよね」
………
……
…
ウェッツウォーの取り調べにより、予言の隠匿と襲撃事件の真相はほとんど明らかになった。
しかし、すべてが判明したわけではなく、未解明の疑問も残されている。
『本物の予言者』は、今も一日の大半を眠って過ごしていて、目覚めてもなにも喋ることがない。
彼が次に言葉を発するのは、魔力が回復して、一年後に次の予言を実施するときになるのではないかと目されていた。
そのため、今回彼が実施した予言の真偽は、未だに確かめられていない。
彼自身が喋らなければ、受宣官が予言の正しさを検証することもできないからだ。
ウェッツウォーは予言の真偽について、なんら疑問を持っていなかった。
これまでに為されてきた予言がすべて実現しているという実績もあるし、
彼の言う通り、過去に実施された予言は、確かにその時点での未来を言い当てている。
そのことはユミツ国で保管されている予言関係の記録からも確認されていた。
だから、今も真偽不明となっているのは、
そしてその中には、ウェッツウォーを決起させるに至った破滅の予言も含まれている。
もし予言の内容になんらかの改竄があったとしても、それを確かめることはできていない。
予言者は今も沈黙している。
言葉を持たない彼が、
自分を地下室に閉じ込めたウェッツウォーを憎んでいたのか。
それとも、『虚ろなる栄光』のために身分を偽り続けている彼を憐れんでいたのか。
そもそも彼は、自分の現状を認識しているのか、いないのか……。
兄と弟。
本当はどちらが支配者だったのか。
本当はどちらがその関係性を壊してしまおうと考えたのか。
もはやその答えは、予言者の頭脳の奥底に葬り去られてしまったのかもしれない。