星の息吹と宇宙猫   作:子守家守

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Foreign sentinels aegis rim(1)

 いつだって戦争の始まりは、職場の上司から告げられる。

 

 惑星ウーサへの偵察任務から、遡ること半年ほど過去のことである。

 

 業務用の端末に送信されてきたメッセージには、こちらの陣営が捕捉した『敵』の作戦計画が記されていた。

 機動兵器による侵攻作戦だった。敵の目標はこちらの工場区画で、爆装した攻撃機を、宇宙戦用人型兵器(ステラ・コネクタ)の部隊が護衛する形である。

 敵部隊の発進拠点は特定されていて、電子データの地図上には予測される侵攻ルートも表示してあった。タイムスケジュールも列記されている。

 敵部隊の行動予測と併せて、こちらの防衛計画もすでに決定済みだった。ご丁寧に、交戦ポイントと接敵時刻まで記載されている。

 

 交戦予定時刻は、翌日となっていた。

 さっそく、その日のうちに防衛部隊のブリーフィングがあった。複数の戦闘企業から抽出されたパイロットによる急造チームだ。会議室に集まったのは10人。何人かは見知った顔で、軽く手を挙げて挨拶を交わす。

 パイロットたちがパイプ椅子に腰を下ろすと、今回の作戦で指揮官となる人物が入室してきた。こちらは見知らぬ顔。上層企業の幹部社員だろう。自己紹介で長ったらしい肩書を喋っていたが、あまり興味がなくて記憶に残らなかった。

 

 ブリーフィングはすぐに終わった。パイロットはみんな手慣れたものだ。集まったメンバの中では、指揮官がもっとも緊張した様子だった。そこそこ若い風貌だったので、戦闘指揮に携わるのは今回が初めてなのかもしれない。指揮官といっても、その仕事は事前準備と事後処理だけで、実際の戦闘中にはやることなどないはずだが。

 

 敵部隊との接敵時刻と交戦ポイントへの移動ルート。そこから逆算した部隊の出発時刻。それらを確認してスケジュールに刻み込む。予測される敵部隊の規模も共有された。攻撃機が2機とステラ・コネクタが10機。攻撃機はドローンだろう。有人の戦闘兵器はこちらと同数である。

 

 一応は予測ということになっているが、実際にはこれらすべてが決定事項だった。

 

 DJ号において、戦争とは大道寺財閥の中枢によって計画されるものである。

 仮想的に設定された二陣営の争いは、両陣営のトップ層を介して、より上位の組織から常にコントロールを受けている。

 名目上は、連合した企業グループ同士の抗争ということになっているが、一般市民でもそれを信じている者はいないだろう。

 

 人類には闘争が必要だ、というのが大道寺重蔵の理念だった。

 他者との比較と競争があってこそ、次なる進歩へのイニシアティブが生まれるのだと。

 ゆえに、人口わずか1万人の人工都市であっても、同分野で競合する企業が常に存在するように社会と市場がデザインされている。それらを勢力分けして実施される企業間戦争も、彼の理念を現実化するための手段のひとつだった。

 

 つまり、艦の首脳陣は700年前の創始者の理想を律義に今も守っているというわけである。

 

 ブリーフィングの終了後、僕はいつもより早く床に就いた。眠れないということも、夜中に目を覚ますということもなかった。

 翌日、所属する企業の格納庫でイブキに乗り込み、予定された合流ポイントへと向かう。指定座標は航行するDJ号を基準にしたものだった。人工都市の障壁(エアロック)を抜けて、宇宙空間に出る。

 漆黒の背景に、スラスタの光点が閃いていた。同じ部隊のステラ・コネクタだった。すでに9機が揃っていて、僕が最後だった様子。どうやら今回のメンバはみんな時間に忠実のようだ。

 

「揃ったな。移動を開始するぞ」

 

 部隊の隊長が通信で告げる。メンバの中でもっとも年上で、搭乗時間も長い人物が彼だった。僕も何度か同じ作戦に参加したことがある。臨時の部隊の隊長としては妥当な選出といえるだろう。

 宇宙空間を進むDJ号の巨大な艦体を大回りするように進路を取った。敵の部隊は、僕らとは別の区画のエアロックから出てくる予定となっていた。スケジュールをみるに、おそらく相手もすでに人工都市の外に出ているはず。

 

 DJ号の船体を軸にして宇宙空間を進んでいく。10機のステラ・コネクタは自然と円錐状の陣形になっていた。メインカメラの映像は下半分がDJ号の船体に隠れていて、それが惑星の地平線のようにみえる。

 

 イブキの観測機器は、部隊から一定の距離を追従してくる動体を捕捉していた。小型のドローンと思しき反応で、それが十数機。おそらく記録映像を撮るためのドローンだろう。

 年に数度のサイクルで発生する企業グループ間の戦闘の記録は、戦闘の終了後には一般市民にも公開されることになっている。法制化された情報公開によるものだが、戦闘に関わりのない乗組員(クルー)にとっては、ある種の娯楽として受け取られているのも事実だった。

 

 見世物にされるのはあまり良い気分ではないが、戦闘の娯楽化を不謹慎とまで言うつもりはなかった。

 少なくとも、戦闘記録を一般に公開せずに関係者だけの機密とするほうが不健全だろう。行き過ぎた軍部の秘密主義と宣伝工作(プロパガンダ)が地球時代になにを招いたのかくらい、DJ号の乗組員なら誰だってわかっている。

 公開された映像記録をどう受け取るかは、それこそ人の勝手だろう。人間同士の戦闘を楽しむのも、嫌うのも、そもそも関心を持たないのだって、各個人の感性の範疇だ。

 僕だって、他人の戦闘記録を見て気分が高揚することがある。自分自身がパイロットだからというのもあるけれど、勝ち負けの存在するコンテンツに素朴な興奮を覚えるのは、むしろ人間の本能に近いと感じることさえあった。

 

 しかし、娯楽といっても、戦争は戦争だ。

 戦場に立てば、いつ命を落としてもおかしくはない。

 計画された戦争であっても、それは作り物ではなく、現実だ。

 

 遠くで小さな光点が瞬いた。

 地平線から星が昇るように、DJ号の船体の陰から複数の飛翔体が姿を現す。

 距離はまだ遠い。望遠でも色彩は霞んでいる。数は12。シルエットは、宙航機が2と人型が10。事前に伝えられたとおりの集団である。

 

「先頭の機体は……」

 

 誰かの呟きが通信に乗った。

 相手の陣形もこちらとほとんど同じだ。先頭にステラ・コネクタが1機。それを基準にして、後方から残りの機体が適度に距離を取りつつ追従している。人型兵器を用いた宇宙戦の陣形としては、ごく標準的な形だった。

 

 ……いや、こちらと比べると、あちらは先頭の機体は突出しすぎている。

 速度もかなり速い。追従する他機を置き去りにするような勢いだ。このままでは交戦距離に入るころには孤立してしまうのではないか。

 訝しさを覚えながら、高速で接近する先頭機のシルエットに意識をフォーカスした。カメラの捉えた拡大映像がモニタにワイプする。

 

 スマートな機体だった。

 ずんぐりとした印象のイブキと比べると、胴体も手足もすらりとしている。

 肩部にはサムライのオオソデを彷彿とさせる増設装甲。頭部パーツの額からは二本の(アンテナ)伸びている。

 

 なにより目を奪われるのは、プラズマのように鮮やかな赤のカラーリング。

 

「アケソラ……」

 

 無意識に、その名が口から漏れていた。

 その呟きに呼応するように、「うげ」だの「マジかよ」だの「最悪」だのといった呻き声が、部隊の通信網から聞こえてくる。

 ステラ・コネクタのパイロットで、その機体の映像記録を見たことが無いという者はいないだろう。敵部隊の先頭を疾駆する赤い機体は、それほどに有名な機体だった。

 僕自身も、()の駆る赤い機体の映像を穴が開くほど夢中になって見ていた経験がある。現実で目にするのは初めてだが、その姿かたちを見間違えるはずがない。

 

「とんだ貧乏籤だな。()()()()()()のお出ましとは」

 

 部隊の隊長がそう言って舌打ちした。

 モニタの片隅に映る隊長の顔は、額に汗の粒を滲ませて赤い機体を睨みつけている。

 

 アケソラのチャンピオン。

 憧憬と畏怖を籠めて呼ばれるその名前は、DJ号における最強のパイロットを示すものだった。

 

「……オレが相手をする。その間に残りで攻撃機(ドローン)を墜とせ。それで目標は達成だ」

 

 隊長が震えを押し隠すような低い声で言う。各機から短く了解の返事。

 まるでそれを待っていたかのように、敵部隊のアケソラが鋭角に軌道を変えた。彗星の尾のようにスラスタの残光を引き連れて、垂直方向に飛翔していく。

 こちらの部隊の直上を取ろうとする動きだった。しかし、それ以上に、『誘っている』ようにみえる。好戦的な態度で手招きするパイロットの姿さえ視えるようだった。

 

 部隊の隊長は、その誘いに乗った。

 こちらの陣形から飛び出すと、彼はアケソラを追って加速していく。

 二条の流星が宇宙を駆けていく。

 

 その行方を最後まで見届ける前に、コックピットにアラートの表示が踊った。

 正面から接近する敵部隊。チャンピオン以外の9機と作戦目標(オブジェクト)である2機の攻撃機。

 互いの武装の射程距離が、すでに目前まで迫っている。

 

交戦開始(エンゲージ)

 

 敵と味方、双方の機体が弾かれたように散開した。

 砲火はまだ交えない。DJ号の船体が近すぎる。もちろん、船体の装甲は生半可な衝撃で壊れるようなものではないが、重力と空気抵抗の存在しない宇宙で無闇に実弾を撃つのはそれなりにリスキーだ。その辺り常識はパイロットであれば誰しも抑えている。

 

 僕は攻撃機の片方を標的に定めた。

 背部スラスタを噴かせて、標的の腹の下へと潜り込もうとする。

 当然、敵の機体がそこに割って入った。

 左手で大型の盾を構えた堅牢な機体だ。イブキもずんぐりとした見た目だが、それ以上にマッシブなシルエット。右手にはマシンガンを保持している。

 

 盾の陰に機体のほとんどを隠しながら、右腕だけを出して射撃してきた。

 弾速はやや遅め。しかし、連射のレートは高い。

 サイドスラスタで軸をずらす。

 線のように連なったマシンガンの銃弾がすぐ横をすり抜けていく。

 

 速度を維持しながら、長銃(ライフル)を構える。

 照準。

 サイトの中心に捉えた瞬間、敵機が回避運動。

 スラスタの短噴射。慣性で射線から逃れていく。

 軌道予測。

 銃口を先回りさせて、トリガー。

 弾丸が撃ち出され、銃身が跳ねる。

 

 射撃の反動をスラスタの出力で相殺。

 単射式のライフル弾が超音速で宇宙空間を飛翔していく。

 モニタに映る敵機は、大型の盾を構えたまま回避運動を取っていた。

 マシンガンの銃口はまだこちらを向いている。

 つまり、それを持つ右腕も盾の陰から出ているということ。

 予測通りの挙動である。

 

「教本そのままだね」

 

 着弾。

 宇宙の黒に火花が散る。

 ライフル弾に撃ち抜かれた敵機の右腕が跳ね上がり、衝撃で機体が独楽のようにスピンする。

 手足の慣性とスラスタによる姿勢制御も間に合っていない。

 不規則な動きで僕の正面から脱落していく。

 素直過ぎる回避運動といい、被弾時の対応の拙さといい、経験の浅いパイロットなのかも。

 

 イブキを加速させて、くるくると回りながら明後日の方向に墜ちていく敵機の横をすり抜けた。

 救助をしている余裕も義理もないが、運が良ければあちらの僚機に回収してもらえるだろう。

 意識と視線をそこから外して、前方に向ける。

 

 爆装された敵方の攻撃機。

 直進速度はともかく、機動力という意味ではステラ・コネクタよりもずっと鈍重だ。

 そのうえ、操縦は無人の電子制御。

 動きの読みやすさでいえば、先ほどのパイロットよりもよっぽど容易い。

 サイトシステムのロック機能をアクティヴにして、攻撃機を銃口に捉える。

 それを検知して、相手はすぐさまデフォルトの回避機動。

 

「オーケィ。外さない」

 

 僅かに銃口をずらして、ライフルのトリガーを引く。

 発射された弾丸は、あっさりと攻撃機の中心を貫いた。

 傾いた機体は、ふらふらとバランスを崩して、やがて赤い火球となって爆ぜた。

 

「こちら京奈院。目標(ターゲット)を1機墜とした」

「こっちも完了だ」

 

 ほぼ同時に、宙域の別のポイントでも爆発が咲く。

 こちらの部隊がもう1機の攻撃機も撃墜したようだ。

 ひとまずは目標完遂。

 だが、大抵の戦闘では、これで終わりとはならない。

 部隊の継戦能力は、各機の推進剤の残量でおおむね判断される。

 それが尽きるまでは、敵勢力を叩くことを要求されるのが常だった。

 

「もう帰っていいか?」通信から誰かのおちゃらけた声。

「いや、まだ撤収命令が……」と別の誰かの真面目な声がそれに応えた、そのときだった。

 

 ピコン、と高い電子音が響く。

 同時に、モニタの隅に表示されている部隊員のリストの名前が、ひとつ暗くなった。

 リストの一番上に書かれた名前だ。

 隊長の機体が、墜とされた。

 

 レーダを確認するまでもなく、直上から嫌な気配。

 見上げれば、黒い宇宙を切り裂いて駆ける鮮烈な赤いシルエット。

 アケソラ。その名前を口の中で呟く。

 カメラの向こうで、二本角の頭部が顎をくいと持ち上げた。

 チャンピオンと目が合った気がした。

 

「次は、僕か」

 

 コントロールグリップを思い切り引いた。

 機体前面のスラスタの出力を上げて、全速で後退を開始する。

 通信から部隊のメンバの声が響いているが、それもすぐ意識から外れていった。

 チャンピオンのアケソラは、思ったとおり、凄まじい速度でこちらに突っ込んでくる。

 僕が逃げて、彼が追う。

 後退するイブキの速度を維持しながら、一直線に向かってくる敵機にライフルの銃口を向けた。

 

 機動兵器同士の射撃戦は基本的に、追う方が不利で、引く方が有利だ。

 機体と銃弾の相対速度の関係で自然とそうなる。

 引く側からは追ってくる相手の弾は遅く見えるし、追う側からは相手の弾が速く見える。

 

 が、そんな普通の理屈が通じるなら、相手はチャンピオンではない。

 

 イブキがライフルの引き金を引く。

 発射された弾丸が真っ直ぐに突き進んでくるアケソラに吸い込まれていく。

 しかし、着弾の直前、赤い機体が軸回転(ロール)した。

 最低限の挙動での回避。減速はほとんどしていない。

 

 迫りくる敵機の圧力を感じながら、再び射撃する。

 放たれる弾丸は超音速。

 互いの距離が短くなるほど、回避の猶予も短くなる。

 それでも、アケソラはひらりと銃撃を躱してくる。

 

「止まらないな」

 

 普通に撃っていても命中は期待できないか。

 トリガーを引く指を止めて、相手に銃口を向けたまま、息を吐く。

 タイミングをずらして、相手を引き付けてから撃つべきか。

 

 アケソラからは撃ってきていない。銃を構えてすらいなかった。

 こちらを舐めている、というわけではなく、接近を優先してのことだろう。

 武装自体は腰部にハンガーしているのがみえる。

 取り回しの良さそうな銃器と、片刃の実体剣。

 明らかに近距離戦から中距離戦を意識した武装である。

 

 互いの距離が詰まっていく。

 後退するこちらより、追いかけてくる相手が速い。スラスタの出力の差だ。

 アケソラの右腕が腰の実体剣(カタナ)に伸びる。

 意識を集中しつつ、刀身の長さを測る。

 まだ切っ先は届かない距離。

 しかし、チャンピオンは刃を振りかぶる。

 

 背筋に悪寒。

 咄嗟にフットペダルを踏み込んだ。

 イブキの背部スラスタが吼える。

 後退からの急停止。

 速度を反転。

 潰されそうな加速度を感じつつ、機体を突進させる。

 

 眼前、アケソラの背中でスラスタが白くフラッシュする。

 瞬間、急接近。敵機の輪郭がぐんと大きくなる。

 つまり、相手は加速を一段階残していた。

 後退を続けていたら、カタナの餌食だったはず。

 咄嗟の判断は間違いではなかった。

 急反転したイブキは、アケソラの刃が振り下ろされる前に、その懐に飛び込んだ。

 

 真正面からの衝突。

 宇宙的な(コズミック)交通事故の衝撃で、コックピットが激しく揺れる。

 シートベルトが身体に食い込む。首から上が引っこ抜けそうだ。

 眩暈。耳鳴り。モニタにノイズ。

 

 本能でライフルを正面に向ける。

 揺れる照準。

 モニタに赤い影。

 インサイト。

 反射的にトリガー。

 リコイル。

 放たれる銃弾。

 

 直後、細い銀色が閃いた。

 システム復帰。洪水のようなログ。

 動体観測。正面にアケソラ。銃弾は?

 追跡すると、弾丸は左右の暗闇に二つ。アケソラに着弾の痕跡はなし。

 結論。チャンピオンは、弾丸を切って捨てた。

 

「そんなデタラメな……」

 

 赤い機体のスラスタが白く光る。

 反射的にライフルのトリガーを引いた。

 それと同時に、モニタからアケソラが消える。

 瞠目。正面ではスラスタの残光だけが霞んでいる。

 

 冷たい気配は、下。

 グリップを押す。フットペダルを引く。

 強引に下方を向かせたイブキのモニタに赤い機影。

 速い。

 近すぎる。

 照準は間に合わない。

 クイックモーションでライフルを投げつける。

 銀の光が閃いて、カタナがあっさりとそれを両断。

 二つに断たれた武装が小さな爆発を起こす。

 

 至近距離。

 爆発の後光を浴びながら、アケソラがカタナを振るう。

 思考を挟まず、その軌跡を予測した。

 左右のスラスタで軸をずらしつつ、左腕で機体を庇う。

 奥歯を噛む。

 衝撃。

 鳴り響くアラート。

 表示されたステイタスが左腕の消失を告げている。

 

「っ、まだ」

 

 スラスタをコントロール。

 斬りつけられた衝撃に乗せて機体の軸を回す。

 キックだ。遠心力で加速させた脚部で赤い機体の胴体を狙う。

 アケソラは振り抜いたカタナを低く構えている。

 

 古い単語を思い出した。

 サムライのザンシン。

 

 仮想の地面を摺るように、カタナの切っ先が跳ね上がる。

 鋭い刺突がイブキの脚部を貫いた。

 キックを読んでのカウンター。

 突き刺された脚部が上方に勢いよく跳ね飛ばされる。

 スラスタの制動も間に合わない。

 イブキがぐわんと縦に回る。

 コックピットがひっくり返る。シートに頭を打ち付けて視界が明滅する。

 

 モニタに赤い機体。

 二本の角の頭部。

 腰だめに構えたカタナ。

 

 無意識に指先に電気を走らせた。

 イブキの腰部から軽い反動。

 撃ち出したのは、宙間作業で使用する機体固定用のフックワイヤ。

 武器と呼ぶには心もとないそれが、格闘距離のアケソラの胴を打った。

 

 チャンピオンがたたらを踏むように僅かに後退する。

 けれど、機体に損傷らしい損傷は見当たらない。

 それはそうだ。所詮は苦し紛れのネコ騙し。

 一時しのぎにはなったものの、こちらのイブキは片腕と片脚が死んでいる。

 ライフルも斬られてしまったし、格闘戦をやろうにも機体のバランスは絶望的。

 はっきり言って、詰んでいる。

 

「どうしたものかな……」

 

 呟いてみると、意外にも冷静な声が出た。

 計器に目を走らせて、いくつかプランを考える。

 思いつくのは、どれもこれも成功率の低い賭けばかり。

 それでも、走り出した思考が止まらないのだから、我ながら諦めが悪い。

 

「……あれ?」

 

 崖っぷちで牙を研ぎながら待ち受ける僕を尻目に、しかし、アケソラはくるりと背を向けた。

 彗星の尾のようなスラスタの光を曳いて、チャンピオンはあっという間に飛び去っていく。

 その鋭い軌跡を、僕はぼんやりと見つめるしかなかった。

 

 そこでようやく、僕はコックピットのビープ音に気が付いた。

 モニタに新しい表示が浮かんでいる。撤収命令だった。例の部隊の指揮官からだ。

 タイミングが良い、というより、敵勢力の部隊にも同じタイミングで撤収命令が出たのだろう。そのくらいの示し合わせは、DJ号の戦争ではよくあることだ。

 

 つまり、僕は命拾いしたというわけだ。

 緊張していた指先から力が抜けた。深く息を吐いて、パイロットシートの背もたれに身体を預ける。手の甲で額を拭うと、無重力に汗が浮いた。

 

「おーい、生きてるかー?」と部隊のメンバから通信が入る。

 どうやらちゃんと回収もしてもらえそうだ。推進剤の残量はまだあるが、ここまで機体バランスが崩れてしまった状態で帰投できるかは怪しいところだったから、正直ホッとした。

 友軍機に生存報告と回収依頼を出しながら、僕は呟いた。

 

「もうこんなのはごめんだな」と。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 それはほんの半年前のことで、頭の中に残る記憶はまだ鮮明だった。

 良い思い出か悪い思い出かといえば、宇宙の戦場で死に掛けたわけだし、まぁ悪い思い出ということになるのだろう。ただ、思い出したくないほど嫌な記憶というわけでもない。

 

 過去に『もしも(if)』は存在しないけど、『もしも(if)』を思考できるのは生きている者の特権だ。

 失敗や敗北の記憶は、楽しいわけではないけれど、改善の余地を追及する価値があると思う。

 惑星ウーサの地上で、DJ号からの追加戦力として降りてきたステラ・コネクタを見上げながら、僕はそんなようなことをぼんやりと考えていた。

 

 身震いするような風が吹き抜ける。

 眼前に佇む赤い機体は、あの日の宇宙で見たのと同じ、チャンピオンのアケソラだった。

 

 

 

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