「確かに話は聞いていますわ。ですが、納得はしておりません」
その場に居合わせた全員が、どこかで聞いたセリフだな、と思ったことだろう。
「はっきり言いまして、見ず知らずの他人に
ルビーのように赤い髪が印象的な背の高い女性だった。真っ直ぐに背筋が伸びていて、立ち居振る舞いが凛としている。
聞いた話ではクァニャンと同年代らしいのだが、表情が大人びているうえに身長の差も大きいので、パッと見では歳が離れているようにみえる。言うまでもなく、クァニャンの方が実年齢よりも年若にみえる側だ。
日の高い時刻に東部基地に降り立ったその女性は、優雅に一礼して、自らをミトと名乗った。
彼女こそが『中央』からやって来た、件の
「……なんですか、その反応は。
挑戦的な目つきのまま、ミトは不審そうに首を傾ける。
僕とクァニャン、それから三船とマハナも、揃ってなんともいえない表情を浮かべていた。だが、それも仕方ないだろう。なにしろ、ちょうど昨日、どこぞのチャンピオンが似たようなことを言っていたのを聞いたばかりなのだから。
「あー……、ミト大尉は、災獣の討伐作戦への参加に加えて、チキュウ人との魔法実験にも協力するよう命令を受けている、という理解でよろしいか?」
「ええ、そのとおりですわ。チキュウの巨人が魔法を使えるようになるのか。そういった実験を行うと聞いていますわ」
灰色のコートのマハナが尋ねると、赤髪のお嬢様は上品に頷いた。
彼女もユミツの軍人らしくコートを羽織っているが、明らかに通常のデザインとは異なっている。宇宙のような黒地に鮮やかな赤のラインが入ったデザインで、生地の材質もみるからに上等なものが使われていた。コートの下の軍服も細かな意匠がさりげなく散りばめられている。腰から下はズボンではなくシャープなシルエットのスカート。頭のとんがり帽子は、びっくりするくらい鍔が広くて、燃えるような彼女の容貌に影と奥行きを与えている。
華やかで、神秘的で、最強のお嬢さま。
なるほど、これは確かに、宣伝塔にするにはうってつけの人材だ。
「もちろん、命令であることは理解しております。それに、まったくの反対というわけではありません。我が国、いえ、この星の人類の状況をみれば、戦力の増強は喫緊の課題ですもの。チキュウ人の協力で私たちの魔法が強化されるというお話には、やはり私も興味を引かれますから」
歌うようにそう言ったミトに、マハナがますます顔を引き攣らせた。
いよいよもって話しの雲行きがチャンピオンのときとダブってきている。
「つまり、チキュウの技術が我々にとって有用なものであるのか、その点を証明していただきたいのです。それが叶うのであれば、ええ、私も喜んで実験に協力しますとも」
「……有用性の証明とは、具体的にはどのように?」
「決まっています。先ほど申し上げたとおり、今、この星で求められているのは、災獣に打ち克つための戦力です。なればこそ、私はチキュウ人の『強さ』を見せて欲しいのです」
両手を腰に当てて胸を張ったミトが、威風堂々とそう言ってのけた。
思わず額に指を当ててしまった。なんだろう、このシンクロニティは。『最強』と呼ばれるような人間は、生まれた星が違っていても、似たような精神性に収斂するものなのだろうか。
「……やはり、さきほどからどうにもおかしな反応ですわね。ちょっと、『厚底さん』? いったいぜんたい、これはどういうことですの?」
「え、私?」
訝し気な表情で問いかけたミトに、クァニャンがきょとんと応えた。
ミトは『厚底さん』と呼んだが、今日のクァニャンは普通の軍靴を履いていた。戦闘中に履いている厚底のものではない。
ということは、ミトは厚底装備のクァニャンと過去に会っているということだ。確か、軍の模擬戦で戦ったことがあるという話だから、そのときに見たのだろう。
今のところ、戦闘時に厚底靴を履く軍人を、僕はクァニャン以外に見たことがない。あれはユミツでもけっこう珍しい装備なのかもしれない。
「私のこと、覚えているんですか?」
「もちろんですわ。杖を交わした相手の中でも、稀なる強者であれば鮮明に記憶に残っております。それに、『厚底』で私に食らい付いてきたのは、あなたの他にはおりませんからね」
ふふん、とミトが誇らしげに胸を張る。
「そうですか」とクァニャンはさらりと呟いたが、頬が微かに赤かった。どうやらお嬢さまが自分のことを覚えているとは思っていなかった様子。
「聞いてますわよ。あなた、チキュウ人と協力して災獣を討ったのでしょう? つまり、あなたはチキュウ人のことを知る第一人者でもある」
ミトの手ががしりとクァニャンの肩を掴んだ。厚底靴を履いていないクァニャンとミトとでは、頭ひとつ身長に差があった。クァニャンが逃げられないように捕まえながら、ミトは清楚だが圧のある笑顔を浮かべて問いかける。
「それで、この奇妙な空気は、誰のせいですの? ……ひょっとして、ここにはいない私の『お相手』のせいなのかしら?」
どういう直感だ、とその場の誰もが思ってしまった。
格納庫でアケソラの整備に付き合っているチャンピオンの姿が脳裏に浮かぶ。
九十九とミト。この二人を会せたらどんな化学反応が起こるのか。
正確な予想はできないけれど、穏便なことにはならないのだろうな、とだけは確信できた。
………
……
…
「それで、結果としてこうなった、と」
「……あの、本当にいいんスか、これ?」
さらに翌日のことである。
東部基地の一室で椅子に腰掛けながら、僕は投げやりに肩を竦めた。同じ部屋のテーブルで、
「いいも悪いも、もう決まったことなんだから仕方ない。まぁ、あの二人の性格を考えると、予定調和といえば予定調和だね」
「それにしたって……、うーん、やっぱりマズいんじゃないっすかぁ?」
安藤が不安そうに語尾を上げた。その間も彼の指先は淀みなく端末を叩き続けている。カタカタと軽やかな音が静かな部屋にこだましている。
「そもそも、君は何を以ってマズいと思っているのさ」
メガネのブリッジを指で持ち上げなら僕は尋ねてみた。
「そりゃあ、当然、戦力差っスよ」
安藤が即座に答える。
「
「気持ちはわかるよ。でも、まったく同じことを相手も考えているかもしれないよ?」
鼻息荒く言った安藤に、僕は努めて落ち着いた口調でそう諭した。
ちらりと横を見ると、同席しているマハナ中佐が不敵な笑みを浮かべていた。
「いやいや、そんな甘い考えは持っていないとも。……まぁ確かに? あのお嬢さまがボロ負けするとも思ってはいないけどな」
「そうだろう、少尉」と中佐はクァニャンに声を掛ける。
話を振られた彼女は、少し首を傾げてから、「そうですね」と素直に頷いた。
「ミト大尉の魔法戦闘は、災獣との交戦も想定したものです。少なくとも、巨人との体躯の差が、彼女の不利に直結するということはないかと」
「その点、ステラ・コネクタは生身の人間との戦闘を想定していないからね。さすがのチャンピオンも経験のない
なにしろ、音速で飛来する150mmの弾丸を真正面から斬り落とす腕前の持ち主である。生身の人間が相手だろうと、精確な狙いをつけるだけの技量があるのは疑いない。
そもそも戦闘を想定していないというだけで、救助活動や作業支援のために人間サイズの物体を捕捉する能力が、多くのステラ・コネクタにはもともと備わっている。おそらく、そこのところはアケソラも同じだろう。
「って言われても、機体のスペックを把握している身としては、人間とステラ・コネクタが良い勝負をするってのはちょっと信じがたいっスね……。先輩的にはそうでもない感じなんスか?」
安藤に尋ねられて、腕を組んで考える。
「うーん、ミト大尉の戦闘能力がわからないから、はっきりしたことは言えないけれど……。惑星ウーサの魔法使いがステラ・コネクタに勝利するっていうのは、普通にあり得る話だと思うよ」
「マジっすか」
「少なくとも、僕がクァニャンと戦うことになったら、僕が負ける可能性は十分にあるだろうね」
端的な事実として僕がそう言うと、安藤は大袈裟に目を見開いた。
室内の面々の反応はそれぞれだった。三船隊長はぴくりと眉を動かしただけ。マハナ中佐は興味深そうな表情を浮かべている。
そして、なぜか当のクァニャンは不満そうな顔だった。頬をほんのりと膨らませて、じろりと僕の顔を見据えている。
「それは、買いかぶりすぎ」と拗ねたような声。「ケイナインとイブキは、私より強い」
「でも、君にはコックピットを見られているからね」僕は苦笑する。「『跳躍』で内側に入り込まれたら、僕はもう打つ手なしだ」
実際、地球人とウーサ人との戦力比較において、これは重要なポイントだろう。
地球人の戦闘能力は、使用する兵器や武装に依存するところが大きい。なんらかの形でその使用を封じられてしまえば、ウーサ人の方に天秤が傾くのも自明の理である。
そう伝えたのだが、クァニャンはそれでも納得していない様子だった。
僕からすれば、彼女のほうこそ買いかぶりすぎだと思う。
「いやでも、それってかなり特殊なケースっスよね。あのミト大尉って人だって、別にクァニャン少尉みたいな『跳躍』の使い手ってわけでもないんでしょ?」
「たとえそうだとしても、アケソラのコックピットに侵入することはできまい。彼女は機体の内部構造をまったく知らないだろうからな」
眉を傾けながら言った安藤を、三船が冷静な口調で補足する。
視線を向けると、マハナ中佐が「そのとおり」と首を縦に振った。ユミツ国最強の魔法使いでも、『跳躍』の魔法の適性を持っているというわけではないようだ。以前クァニャンが言っていたとおり、それなり以上に希少な適性が必要とされるのだろう。
「まぁ、僕とクァニャンのことは極端な例かもしれないけれど、僕らの常識を飛び越えてくるのが魔法だからね。想定外の負け筋が常に存在するって考えておいた方がいいでしょ」
一方で、地球側の勝ち筋となると、非常にわかりやすい。
ステラ・コネクタが顕著な例になるが、こちらの強みは、質量と出力だ。デカくて重くて、ハイパワー。それこそが機械文明における重工業の特色である。
惑星ウーサの軍人たちが魔法のバリアで身を守っていることは知られているが、その物理的な耐久力には限界がある。確かに頑丈ではあるものの、巨大ロボットの質量攻撃を何度も受けられるものではない。おそらくそれは、いかに『最強』と呼ばれる魔法使いであっても同じだろう。
つまり、地球人もウーサ人も、相手に対して有効な攻撃手段を持っているだろう、ということ。
となると重要になるのは、いかにして相手に攻撃を当てるのか、という話になってくるか。
「あ、そろそろ始まりそうっスよ」
テーブルの上に置いた自身の端末を見て安藤が声をあげた。
ツナギを着た技術屋の彼が端末を操作すると、テーブルの上の空中に水色のホログラムが投影された。解像度の高い映像を表示するウィンドウが、5つほど浮かんでいる。撮影用ドローンがリアルタイムで中継している映像だ。
映っているのは、荒涼とした荒野だった。ぎらついた太陽が射すような鋭い光を大地に降らせている。強い風が常に吹いているようで、舞い上がった砂煙が高いところにまで届いていた。
東部基地からも首都ナェゴトからも離れた場所にある、無人の土地である。
その乾いた大地に、赤い巨人が静かに佇んでいた。撮影ドローンの一機が、斜め上からその威圧的な立ち姿を映している。頭部の二本角が、鋭い牙のような影を地面に落としている。
別のドローンが、アケソラに対峙する小さな姿を捉えていた。
15mの巨人に対して、2mもない人影が、堂々と胸を張って向き合っている。とんがり帽子に、ルビーのような赤い髪。右手に杖を携えたミト大尉は、三日月のように唇を吊り上げて、好戦的な笑みを浮かべていた。
………
……
…
彼も、彼女も、自分が我儘な人間であることは自覚していた。
同時に、我儘を押し通すだけの能力を持っているということも理解していた。
『人類のために』というお題目を考えれば、今回の実験にしてみても、素直に首を縦に振ればよかっただけの話である。そんな簡単な話を、個人的なプライドでややこしくしてしまったのは、やはり我儘というほかないだろう。
そのプライドだって、ただの自尊心であって、誇りと呼べるものではない。
彼も、彼女も、そう考えている。
なにせ二人とも本当の意味で人類が求めている戦果を挙げたことはまだないのだ。異星人を発見したのも、災獣を撃退したのも、二人とは別の人間である。
彼と彼女は、ただ強いというだけ。
人類に誇れるような実績は、まだ手にしていない。
しかし、それはそれとして、二人は強さを楽しむことを知っていた。
他者との比較、すなわち戦闘という行為において、自身の強さは勝利という形になって帰ってくる。彼と彼女は、その過程と結果の双方について、心を震わせる喜びを感じ取れる人間だった。
だからこそ、未知なる星と未知なる強者の存在を知って、「こちらを納得させるだけの力を証明してみせろ」などと我儘を言ってしまったわけだ。
まったくもって度し難い。二人は自嘲気味に口の端を持ち上げる。
幸運にも、その我儘は叶えられる運びになった。どうやら相手の星にも、自分と似たような性根の人物がいるらしい。実際に対峙してみると、それがよくわかる。生まれた星も、性別も、年齢や容貌も全く違うのに、彼/彼女は彼女/彼に対して、鏡を見ているような印象を覚えてしまう。
荒野で向かい合うのは、赤い巨人と赤い魔法使い。
「色の趣味は、悪くない」
ほとんど同時に、二人はぽつりと呟いた。
示し合わせたかのように両者が大地を蹴った。
巨人の足元から土煙が轟々と舞い上がる。
早弓から放たれた矢の如く、赤い魔法使いがそれを突き抜ける。
耳鳴り。空気を捩じり切る高い音。
巨人がカタナを抜く。滑らかな抜刀。そのまま横に一閃。
迅雷の抜打。メートル単位の誤差すらない精確な攻撃。
その刃が届く寸前、赤い矢と化した魔法使いは、ひらりと身を翻す。
飛行魔法の微細な操作。瞬間的な急上昇。陽炎のように姿がぶれる。
巨人のカタナが真下をすり抜けた。凄まじい風圧が吹き抜ける。
その荒波すら乗りこなして、彼女は巨人に肉薄する。
心音のような赤い糸が、結んで、開いて、交差した。
………
……
…
笑顔とは本来攻撃的なものである。そんな言葉を僕は思い出していた。
生物学的に正しいかはわからない。地球人類の文化史の研究は数百年ほど停滞を続けている。
それでも、その手垢のついた表現が頭に浮かんでしまうくらいには、目の前の光景にはインパクトがあった。
「わははは、あれが本当に生身の人間か? 推定1,000kWオーバって、いったいどこからそんな出力を引っ張って来てるんだ。腹にジェネレータでも積んでるのか?」
「うふふふ、あの巨体で
九十九とミトは笑っていた。
すでに戦闘は終わっている。アケソラから降りた地面で九十九はミトと向き合っている。
どちらも非常に愉快そうな表情だった。裏のない素直な笑顔だ。チャンピオンは豪快に、お嬢さまは楚々とした笑い声をあげている。視覚的、聴覚的には朗らかな雰囲気である。
しかし、その朗らかさに反して、両者の周囲では空間が歪んでいるようにも感じられた。
空気が重いというのだろうか。局所的な重力異常が起きてるようなイメージ。たぶん、向かい合った二人の質量が異常に大きいのだろう。まるで恒星だな、と思う。
「ま、そっちの実力はわかった。俺のアケソラが魔法とやらを使えるようになるって話のメリットも身をもって体験させてもらったよ。これなら例の実験にも
「ええ、
一瞬、超新星爆発のスパークが走ったような気がした。
重力異常がいっそうひどくなったようだった。空間の重さが目にも見えそうだ。
もちろん、それも僕の気のせいなのだろうだけど。
「わははは」
「うふふふ」
九十九とミトが共鳴するように笑っている。
なにか通じ合っているような、それとも反発しているような、不思議な雰囲気である。彼らの戦闘を観戦していた僕たちは、どうにも声を掛けられなかった。
ふたりの背後には、ハッチが切断されてコックピットを剥き出しにしたアケソラと、半ばから両断されて真っ二つになった鉄の杖とが仲良く並んでいた。