星の息吹と宇宙猫   作:子守家守

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Foreign sentinels aegis rim(6)

 森林地帯は南下するほどに緑から黒へと色を変えていった。

 地上を覆う植物の種類が北部とは違うものになってきている。植生はいっそう密になっていて、複数の樹木がひとかたまりに絡まり合うような光景が増えていった。上空からでも、地上の日照が非常に少なくなっているのを観測できる。

 

 ステラ・コネクタに乗っていて良かった、と心底思う。

 計器の示す温度と湿度の数値はかなり高い。虫や爬虫類、小動物も多そうだ。それらが媒介する未知の病原体も存在することだろう。

 

 人間以外の生命が無秩序に繁殖して、周囲にまとわりついてくる環境。

 管理された宇宙船の中の環境と比べると、それはホラーといってもいいシチュエーションだ。

 

「墜ちても棺桶からは出たくないな……」

「なにか言った?」クァニャンが小首を傾げた。

「あ、いや……」

 

 無意識の呟きは、棺桶(コックピット)に自分ひとりが入っていると想定したものだった。

 だけど、今は彼女が隣にいる。その現実を思い出した。

 彼女はどうだろう。もし墜落したら、棺桶の中で救助を待つのか、それとも蓋を開けて外に出るのか。なんとなくだけど、後者のような気がする。

 そうなったとき、僕は彼女についていくのだろうか。小さな生命が混沌と蠢く樹海へと。想像するだけでもゾッとしない話なのに、不思議と自分がそれを選択するのだろうと信じられた。

 

「そろそろ接触予定地点だ」

 

 九十九から端的で短い通信。

 ほぼ同時に、視線の先でどこまでも続くかのように見えたダークグリーンの樹海が途絶えた。密林に隠されていた赤茶けた湿った大地が露わになる。その変化の唐突さは、大地のテクスチャを無理やり張り替えたかのよう。

 密林の辺縁(エッジ)では、絡み合った樹木の集合体が薙ぎ倒され、巨人の足で踏みつけられたかのように押し潰されていた。砕けた樹木と剥き出しの大地との境界線が緩やかにカーブを描いている。

 

 その円弧に囲まれて、すり鉢状のエリアが形成されていた。直径およそ50km。隕石による巨大なクレーターを彷彿とさせる形状である。

 クレーターの向こう側に、まだ黒い密林が続いているのが見えた。つまり、この樹木が存在しないエリアは、樹海の真ん中にぽっかりと現れた異常地帯ということ。

 

「いたわね、災獣(シウジェア)大森蟹(イア・メルグネ)

 

 ミトの言葉を待つまでもなく、クレーターの中心に鎮座するそれを視認できた。

 体高はステラ・コネクタを優に超える60m級。巨大な箱型の胴体。それを左右に三対、六つの脚が支えている。体色は黒。体毛は目視できず、全身が金属質の甲殻に覆われている。

 脚部は胴体と比べると細く鋭い。しかしそれは、あくまで災獣のスケールにおいてのこと。僕たち人間の目には、天を突くような巨大で豪壮な大槍にしかみえなかった。

 

「聞いてた話よりもキモイな、こいつは」

 

 九十九がフラットな口調で呟いた。言うほど気持ち悪がっているわけではなさそうだ。

 接近する機体を感知したのか、災獣がぴくりと身じろぎする。それだけで大地が揺れる。樹海の木々が波を打って枝葉を揺らす。

 六本の脚がカタカタと動く。金属のように硬質で、しかし、ピアノを弾くように生物的な動作。折りたたまれていた脚が伸びて、腹部を地面に接していた箱型の胴体が持ち上がった。

 

 その胴体に、顔はない。目も耳も、それに類する器官も確認できなかった。

 これまで遭遇した二体の災獣と同じだ。だが、クレーターの中心のそれは明らかにこちらの存在を認識している。やはり災獣は未知の感覚器を持っているというのだろうか。

 

「さて、仕事の時間だ」九十九が言う。「しっかり働けよ、お嬢さま」

「誰に言ってるのかしら?」ミトが高い声で返した。「ツクモこそ、(わたくし)のためにキリキリと手を動かすのよ!」

 

 あ、と思う間もなく、二人を乗せたアケソラが速度を上げた。スラスタの重い音が空に響く。急加速しながら角度をつけて上空(ソラ)へと上がっていく。相手の頭上(トップ)を取る意図だろう。

 

「どうするの?」と横からクァニャンがちょっと呆れた様子で聞いてくる。

「ひとまず牽制かな」言いながら、僕は指先でコンソールを操作した。

 

 もともと僕と九十九はDJ号の中では別の陣営に所属している。『東』のクァニャンと『中央』のミトも似たようなもので、基本的には別の指揮系統に組み込まれているのがデフォルトだ。

 つまり、どっちもどっちで、精度の高い連携を取れるような間柄ではないということ。下手をしなくても、九十九とクァニャンを比較したら、異星人であるはずの後者のほうが僕とはマトモな連携が取れるかもしれない。

 

「ま、お互いの手札(カード)は共有してあるから、あとはアドリブで」

 

 コンソールの操作に応じて、イブキがお馴染みの長銃(ライフル)を構える。

 変に細かい打ち合わせをするより、臨機応変に動いたほうがずっと気楽だし、柔軟性がある。そもそも、『魔法』なんてものが存在する戦場で、事前の予定通りに事が運ぶなんてありえないのだから。

 

「徹甲弾」

 

 装填された弾頭を確認する。宇宙由来の重金属を用いたAPDSだ。

 正面のモニタにレティクルが映る。クレーターの災獣はのっそりとした動き。ひょっとして、寝起きだったりするのだろうか。目もないし、睡眠を必要とする生物なのかはわからないけれど。

 

 浅く息を吐きながら、意識を視覚に集中させる。

 インサイト。

 狙うのは、脚部の関節部。

 甲殻に覆われた尖塔のような脚は、1本が5つの節で構成されている。

 関節は先端に1つ、胴体との接続部に2つ、それから脚の中心付近に1つ。

 レティクルの中心には、左前脚の中心関節が捉えられている。

 

 短く息を吸って、止めた。

 トリガー。

 馴染みのある銃声。

 制御された反動が銃身から腕に伝う。

 発射された銃弾が計器に映った。

 速度は音速。

 鈍色の弾丸が風を切って直進する。

 軌道は完璧。狙った場所に直撃のコース。

 

 しかし、その弾丸は、災獣に届く前に停止した。

 外れたのでもなければ、重力に阻まれて失速したのでもない。

 高速で飛翔していた弾丸は、前触れもなく、なにもない空間で急停止したのだった。

 

「これはまた、なんとも目を疑う光景で……」

 

 ライフルの照準を再調整しながら僕は呟いた。

 進むことも落ちることもなく、初弾は空中に縫い付けられている。まるでピンセットで留められたかのようだ。けれど、じっと目を凝らしてみると、完全に静止しているのではないとわかる。

 弾丸は非常にゆっくりとした速度で前進を続けている。それと同時に、弾の先端と後端が接近して、前後に潰れていっているようにもみえた。まるで不可視の巨人の手のひらで、ゆっくりと押し潰されているかのようだ。

 

「防御魔法?」次弾のトリガーに指を掛けながら呟く。

「違う」クァニャンが答えた。「『圧縮』の魔法」

 

 災獣がそういう魔法を使用するとは、ブリーフィングですでに聞いていた。その魔法を得意としていた魔法使いが、過去に災獣に捕食されているとも。

 とはいえ、実際に目にしてみるとやはりインパクトがある。レティクルとトリガーに意識を割きつつ計器を見ると、静止した銃弾の付近の重力ポテンシャルが高くなっているのが確認できた。局所的な熱量の上昇と電磁波の乱れも観測できる。素粒子も通常の振る舞いではない。

 

 おそらく、『圧縮』されているのは、空間だ。

 静止した銃弾はその歪みに囚われている。

 

「SFだなぁ」

魔法(サイエンス)だけど、虚構(フィクション)じゃないよ」

「スペース・不思議だったよね」

「うん。先にそう言ったのは、ケイナイン」

「そうだっけ?」

 

 サイドスラスタを噴かす。機体を横に振った。

 クレーターの外周に沿って円軌道を取る。

 初弾から射線をずらして、トリガー。

 機体の速度を維持して、続けざまに弾丸を放つ。

 3、4、5、6。

 巨大クレーターの円周を、角度にして5度を移動するたびに1発。

 6発でおおよそ30度。

 扇状に撃ち込まれた弾丸は、しかし、そのすべてが空中で静止している。

 静止した弾丸と災獣との距離は揃って100mほど。

 そのラインに、圧縮された空間の壁が形成されている。

 

「災獣が相手だと、()もなかなか見せ場がないね」

 

 ライフルの弾丸を装填しながら、僕は眉を傾けた。

 これでもステラ・コネクタと同サイズのターゲットが相手なら、プライマリとしてかなり信頼できる武装なのだけど。西の大陸亀(イア・ルコグム)を相手にしたときの反省から、ハードターゲット向けの弾丸を持ってきてはいるのだが、こういう特殊な防御をされてしまうとさすがに相性が悪い。

 

「ケイナイン、くるよ」

 

 クァニャンの短い警告。

 六本脚の災獣が土煙を上げながら脚を踏み鳴らす。黒いメタリックの胴体がのけぞるように傾いて、甲殻に覆われた二本の前脚(頭部がないから、もしかしたら後脚なのかもしれない)が高々と振りあげられる。

 威嚇するカマキリを連想するような構え。しかし、距離が遠い。振り上げた脚部を振り下ろしても、イブキの位置までは届かないだろう。地面に接した残りの四本の脚も、傾斜した胴体の体勢を維持するのに注力しているようで、ことさら推進力を溜めているようにもみえなかった。

 

 だというのに、背筋にちりつくなにかがある。

 

 直後、複数の計器が一斉に跳ねた。

 観測される各種パラメータの急変。

 モニタに映る災獣の姿が歪む。

 まるで凹凸のある鏡を介しているかのよう。

 

 光が屈折している。

 空間が圧縮されている。

 目測と観測のズレ。

 振り上げられた災獣の前脚。

 それはすでに、イブキの頭上にある。

 

「速……、いや、()()のか」

 

 フットペダルを踏む。スラスタが吼える。

 機体を斜め後方に逃がす。後ろ向きの加速度。

 シートから飛び出しそうな身体に、ベルトがきつく食い込む。

 呻き声が漏れた。すぐ隣からはクァニャンの掠れるような吐息。

 

 視界の上端から、黒い槍。

 鋼の甲殻に覆われた災獣の脚。

 天から落とされた巨大な(ウェッジ)が、イブキの眼前の地面を穿ち、赤茶けた地面に亀裂を生み出す。

 

()()()()()()のか……?」

 

 頬に汗が流れる。

 イブキの体勢を制御しながら、なにをされたのかを整理する。

 相手の手札は『圧縮』の魔法だ。おそらく、圧縮した空間に自分を乗せて、瞬間的に彼我の距離を詰めてきたのだろう。計器の弾き出した数字がその推測を肯定している。

 体高60m、推定重量80t超の巨大な怪物が、想定外の速度で移動したのは、そういう絡繰りだ。

 

「それが可能、ということは……、っ」

 

 そこに思考が至ったのとほぼ同時に、イブキの後退にブレーキが掛けられた。

 スラスタの出力は落としていない。理屈の上では、等速で後退を続けているはず。だというのに、機体の座標が磁石で貼り付けられたかのように動いていない。

 

 捕捉(トラップ)されている。

 空間の圧縮に捕まったのだ。

 

「クァニャン!」

 

 咄嗟に彼女の名前を叫ぶ。

 そのときにはもう、イブキは災獣を見下ろす位置にいた。

 さっきの位置から300mほど高度が上昇している、と計器が伝えていた。

 瞬間移動による離脱だ。

 自機と災獣の位置関係を再定義しながらクァニャンに声を掛ける。

 

「オーケイ、『跳躍』なら抜け出せるか」

「かなり、消耗するけど」

 

 シートに座る彼女は、荒い呼吸を繰り返しながら、喘ぐようにそう答えた。

 その声を耳に留めつつ、仮想コンソールを指先でタップする。観測システムのパターンを変更。座礁宙域と呼ばれるエリアで運用されるフォーマットを呼び出した。周囲の重力ポテンシャルの変動を優先表示。外部の光学カメラからの映像にオーバーラップ。

 

「まるで地雷原だな」

 

 災獣の周囲の空間に複数の異常パラメータを観測できる。

 局所的な重力の増大、光の奇妙な屈折、熱量の偏り。それらのデータを解析して、『圧縮』されているポイントを割り出す。

 仕掛けられた『罠』は、少なく見積もっても、数十か所。しかも一定の位置にあり続けるわけではなく、それぞれがランダムなタイミングで別の位置に再出現を繰り返している。

 加えて、先ほどの災獣の攻撃とライフルに対する防御を鑑みるに、任意の位置に素早く『圧縮』を発生させることも可能だと推測できる。張り巡らされた『罠』を回避できても、そちらに捕捉されたらアウトだ。

 

「だけど、無制限ではないな」

 

 上空に瞬間移動したイブキへの追撃はまだ来ていない。こちらを見失ったというわけではないだろう。その証拠に、地上の災獣が再び前脚を威嚇するようにこちらの方向へと持ち上げている。

 空間に配置された『圧縮』の状況から、相手のキャパシティに当たりをつける。有効射程はイブキの現在位置に届かない程度。『罠』そのものを増やすのではなく、再配置を繰り返すことでこちらを攪乱していることから、同時に展開できる『圧縮』も無限というわけではない。自身の周囲に完全な空間の断裂を作ってもいないから、空間圧縮のサイズにも上限があるとみていいだろう。

 

「とはいえ、迂闊に近づけないのには変わりないか……」

「だったら素直に下がってることだな」

 

 舌打ちして呟いたところに、九十九からの通信。

 次の瞬間、白い閃光がモニタを灼いた。

 真昼の太陽よりもぎらついた暴力的な光の奔流。

 それを追いかけるように、大気を引き裂く重低音が轟く。

 

 天空から叩きつけられたのは、稲妻。

 鋭利に枝分かれした雷光の槍が、災獣を目掛けて降り注ぐ。

 咄嗟にイブキを後退。

 外部カメラがエネルギーの出力地点を自動でフォーカス。

 高空10,000mに、帯電した巨大な実体剣(メガ・カタナ)を振り抜いたアケソラの姿。

 

「『電撃』の魔法」クァニャンの声は微かに震えていた。「ちょっと、規格外が過ぎる」

 

 アケソラがカタナの刃を返す。滑らかな動作。切っ先を持ち上げ、唐竹に落とす。

 瞬間、空と大地が眩い光で繋がれる。

 再び放たれた電撃。文字通り、光の速さでそれが地面へと疾走していく。

 

 僕の眼球はすでに取り込む光量の調整を行っていた。

 青い空にくっきりと灼き付く白いアウトライン。

『電撃』は、無数に存在する『圧縮』の罠を悉くすり抜けて、災獣の至近に殺到する。

 

 当たる。

 そう思った。

 

 しかし、白雷の切っ先は、災獣の100m手前で静止する。

 空間の圧縮に阻まれた雷光の尾が、静止した先端に追いつくように吸い込まれていく。

 光の線が、点になって、見えなくなる。

 僅かに遅れて、世界が砕けるような轟音が響いた。

 

「へぇ、面白い」

「まったくもって面白くありませんわ!」

 

 通信に九十九とミトの声。

 カメラの向こうでアケソラがまたカタナを振った。

 雷光、そして雷鳴。それが連続する。

 インターバルは1秒から2秒の間。

 演武のような流麗さで続けざまに振るわれるカタナ。

 そのたびに迸る白雷。

 ひっきりなしに降り注ぎ、災獣の操る『圧縮』に牙を突き立てる。

 空気が爆ぜる音が連鎖して、出鱈目に銅鑼を鳴らし続けている。

 

 この世の終わりのような光景だ。

 

「これはもう、どっちも化け物だね」

 

 頬を引き攣らせながら僕は呟く。

 天変地異を引き起こすアケソラも、その『電撃』を防ぎ続けている災獣も、常識はずれの怪物と呼ぶのが相応しいだろう。

 

「センサがおかしくなりそうだ」

 

 もちろん、イブキに搭載された観測機器(センサ)がこの程度で音を上げるはずがない。

 おかしくなるとしたら、僕の感覚器官(センサ)のほうだろう。

 

「下!」

 

 クァニャンが叫ぶ。同時に、警告表示(アラート)

 フットペダルを踏む。サイドスラスタ。イブキが空中で横に跳ねる。

 大きな黒い影が足元から空へと突き抜けた。

 すれ違いざまの観測で、それが土と岩の塊だとわかる。

 重さは1t超。それが地上から撃ち出されている。

 

「まだ来る」とクァニャンの声。

 

 白雷の嵐の向こうに土塊の砲弾がみえた。

 数はおよそ30。その速度は遅い。非常にゆっくりと地上から空へ高度を上げている。

 しかし、直後、それが急加速した。

 大質量の物質が高速で飛来する。大口径の対空砲のようなものだ。

 指先に電気が走る。

 いきなり形成された岩石の弾幕の隙間を、神経の反射で回避する。

 

「アケソラは」

 

 心配するまでもなく、チャンピオンの機体は土塊の砲弾を軽々と回避していた。踊るような機動で砲弾の合間を掻い潜り、『電撃』を纏ったカタナを振るっている。イブキのモニタにそれがワイプしていた。

 もうひとつ、別の箇所にワイプした映像で、地上の様子が観察できた。稲妻の暴力的な光量を補正した映像だ。そこには、すでに次の砲弾の群れが浮かび上がりつつある地上の光景が映っていた。

 ゆっくりと浮上する土と岩の砲弾。速度が遅くみえるのは、周囲の空間が歪んでいるからだと気づいた。光学的な観測に狂いが発生している。だから、不自然な急加速にみえたのだ。

 

 当然、『圧縮』の魔法を用いた攻撃だ。

 押し出し式(プッシャ)ではなく、引き寄せ式(トラクタ)のカタパルトといったところか。

 

「我慢比べになったら、どっちが有利かな」

 

 直後に殺到した第2波の対空砲撃を回避しながら、僕は呟く。

 僕もチャンピオンも、この程度の直線的な攻撃であれば回避を続けることができるだろう。一方で、こちらの攻撃も災獣に届いている様子がない。千日手になったとき、先にスタミナが切れるのは、こちらなのか、あちらなのか。

 

「災獣の保有している魔力がどのくらいなのか次第」

 

 回避運動の加速度に歯を食いしばりながら、クァニャンが答える。

 

「ミトの魔力量が、そこまで保つか」

「あとは、機体の推進剤もか」

 

 回避した土塊の砲弾は、角度の関係で後方の樹海に落ちる計算だ。打ち上げた砲弾を再び『圧縮』で引き寄せて挟み撃ちにする、というのには、災獣も魔法の射程が足りないはず。それが可能なら、こんな砲撃ではなく、直接こちらの機体に『圧縮』を使っていることだろう。

 

 地上からの砲撃が一旦途切れた。

 しかし、地上にフォーカスした映像には、すでに次の砲弾が準備を整えているのが映っている。

 まだまだ災獣の保有魔力(リソース)には余裕がありそうだ。対空砲撃に一定の間隔があるのは、『圧縮』による攻撃にも()()()が必要だからだろうか。

 

「心配せずとも、長引かせるつもりはありませんわ」

 

 自信たっぷりのミトの声。通信はオープンだから、こちらの会話が聞こえていたらしい。

 上空で、右手にカタナを携えたアケソラが、左腕を広げて天に掲げる。五本指のマニュピレータの先端に、淡い光が灯っている。まるで手のひらで太陽を支えるかのようなポーズだった。

 

「意趣返し、というやつですわ!」

 

 アケソラの左手が振り下ろされた。機体の手のひらは下を向いている。淡い光を湛えた指先から大地へと細い輝きが迸った。打ち下ろされた5本の銀の糸が、光の反射で見え隠れする。

 同じタイミングで、災獣から次の対空砲撃。イブキとアケソラがそれを回避する。アケソラの指から伸びた魔法の糸は、地上と繋がったままだ。

 

「京奈院、そっちもちゃんと狙えよ」

 

 九十九の声。なにを、と問い返す前に、ミトの魔法が発動した。

 地上から凄まじい轟音が響く。雷鳴と地震とが同時に起こったかのような音だ。

 事実、災獣の座するクレーターに亀裂が走った。砕けた大地の割れ目には、白く迸る稲光。

 強い閃光。砕けた大地がめくれ上がる。およそ5kmの範囲で、赤茶けた地面が浮かんでいく。

 

「なにあれ」と、僕は思わず目を瞬かせてしまう。

「『電撃』と一緒に魔力を地面に打ち込んでいた?」クァニャンが呟いた。「それを錨にして、地面を()()()()()()()みたい」

「だから、意趣返し?」

 

 眼下の光景は、天地が反転した土砂崩れだった。

 災獣の立つ大地が、滝のように空へと昇っていく。

 何千、何万と砕けた地面の合間には、とめどなく雷光が嘶いている。

 帯電した大地は、巨大な手のひらとなって、災獣を握り潰そうとしていた。

 

 しかし、その包囲は、完全なものではない。

 災獣を包み込もうと巨大な球形になりつつある大地の層。

 その表面の形状に凹凸があるようにみえる。

 それが、空間の歪みによる光の嘘だと気づいた。

 災獣の『圧縮』によって防御された箇所だけが、光学カメラに歪んで映っている。

 

「狙えって、そういうこと」

 

 そう呟いて、ライフルを構える。

 狙うのは、災獣を取り囲む大地の中で、空間が歪んでいないように観測できるポイント。

 つまり、『圧縮』による防御の抜け道。災獣のキャパシティの限界点。

 

 レティクルを合わせて、トリガー。

 銃声。発射される弾丸。

 APDSが帯電する土塊の一点を砕く。

 土と岩の外殻に穴が開いた。

 その向こうに、災獣の黒い巨体が覗く。

 間を置かず、次弾を放った。

 音速で飛翔する弾丸が、先ほど穿った穴へと突き進む。

 

 それを追って、アケソラの赤い機体。

 

 弾丸が穴をくぐる。

 直後、イブキが観測するその像が歪んだ。

 空間の『圧縮』に囚われたのだ。

 その(トラップ)を、わかっていたかのようにアケソラがひらりと躱す。

 赤い機体のスラスタが吼えた。

 災獣の最後の防御をすり抜けて、チャンピオンが敵に肉薄する。

 

 右手にはカタナ。

 刀身には魔法の輝き。

 

 稲妻が鳴り響き、めくれ上がった大地が叫ぶ。

 一閃、横一文字。

 鮮やかな深紅の残光が、巨大な胴体を両断した。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

「いや、普通に死ぬかと思った」

 

 緊張感のない口調でそう言いながら、九十九は面白そうに笑っていた。

 アケソラは見るからにボロボロだった。全体が泥と土に塗れていて、そこら中にへこみや擦り傷がついている。特徴的な二本角も片方が真ん中で曲がってしまっていた。

 

「なにを言うかと思えば。まさかあの程度で、(わたくし)が死ぬはずないでしょう」

「わははは、声が震えてるぜ、お嬢さま」

「うふふふ、そうかしら。ツクモの気のせいではなくて?」

 

 イブキの通信越しに、九十九とミトが白々しく笑っているのが聞こえてくる。

 

 例によってというべきか、致命的な攻撃を受けた災獣は、断末魔と共に大爆発した。

 体内にため込んだ魔力が暴走して、巨大な身体の内側から破裂したのである。

 

 当然、最後の一撃を加えたアケソラは、至近距離で爆発に巻き込まれた。どうやらミトは、クァニャンの『跳躍』のような緊急離脱の手段を持ち合わせていなかったらしい。

 結果としては、ステラ・コネクタの装甲とミトの防御魔法、その双方の頑丈さに助けられて彼らは無事に生還できたわけなのだが、二人がそこまできちんと計算していたのかは、どうやら怪しいところのようである。

 

 イブキのコックピットで、クァニャンがくるくると目を回す仕草をした。

 僕は肩を竦めて、お手上げのポーズ。

 

「チキュウ人のチャンピオンって、とってもデタラメ」

「その言葉、そっくりウーサ人のお嬢様に返すよ」

 

 

 

 

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