星の息吹と宇宙猫   作:子守家守

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彼女はひとりで跳ねるのか(2)

 2時間後、除染処置と検疫は無事に終了した。

 問題はなにも見つからず、僕らはようやく隔離された空間から解放されたのだった。

 

 気密扉をくぐって、DJ号の空気に触れる。鼻を突いたのは、消毒液のにおい。隔離の外といってもまだ同じ病院の中なのだから、それも当然である。懐郷の感動を覚えるのは、ちょっと難しい。

 僕は閑散としたロビーの長椅子に腰掛けていた。検査が終わってそのまま自由行動、というわけではなかった。検疫とは別にまだいくつか手続きがあるらしい。同じ便で戻ってきた交渉団のメンバも、三々五々に待機している。

 

「よっ」

 

 消毒の済んだ端末で読みかけだった小説を読んでいると、不意に声を掛けられた。

 顔を上げると、見知った顔がこちらを見下ろしている。白衣のポケットに両手を突っ込んだその男は、僕のかかりつけの医者だった。

 

「あれ、どうしたの? ここ、君の病院じゃないよね」

「そりゃそうだ。出張診療だよ」

「へぇ……。そういうサービスを始めたんだ」

「期間限定、おひとり様限りでな。ぶっちゃけ、お偉いさんからの指示」

 

 医者は半眼になってじろりとこちらを睨んだ。なにか胡乱なものを見る目だった。

 僕は苦笑いを浮かべ、長椅子に座り直して彼に向き合った。依頼を出した覚えはないのだが、どうやら出張診療の対象は僕ということらしい。

 

「で、調子はどうなの? 地上に下りて体調崩したとかは?」

「いつも通り。特に問題なし」

「ふぅん。確かに顔色は悪くないな。ちょっと首、触らせて」

「どうぞ」

 

 医者が僕の首に触れる。なにかを探るように指で軽く押された。十秒ほど、角度を変えながら触診される。不快感はなく、痛みも感じない。

 

「よろしい。さっきまで受けてた検査の結果も見てるけど、うん、健康体だ」

「それはどうも」

「一応、目も診ていい?」

「オーケイ」

 

 ネットワークから眼球に医者名義のアクセス申請が飛んできたので、それに許可を出す。

 視界の端に外部からの接続があったと表示された。医者名義のIDも映っている。診断プログラムが走り出したようだが、通常の視覚にはそれほど影響はなかった。

 

「そっちの調子は?」

「ん、ぼちぼち。医者の需要は、そうそう変わらんよ」

「惑星ウーサの関係で、なにかあったりした?」

「ああ……。最近は、肺とか気道のフィルタ交換が流行りだな。更新期でもないのに、スペックの高いものに取り換えたりとか、そういうの」

「そりゃまた、なんで」

「地上で呼吸をするためだってさ」

「なにそれ。別に普通の呼吸器で問題ないよ」

「俺もそう思う。大気組成も公表されてるし。でも、フィルタの交換自体は(フネ)の生活でもまったくの無駄ってわけじゃないから、やめとけとも言えなくてなぁ」

 

 そう言って、馴染みの医者は眉根を寄せてため息を吐く。

 

「そうだ、京奈院、せっかくだから眼球替えていかないか」

「なに、藪から棒に」

「こないだいいのが入ってさ。150年前のマイスタのデザインで、ウルフアイってモデル」

「150年前って。いや、やめとくよ……」

「まぁ待てよ。中身はちゃんとアプデしたから。性能的には現行のと同じレベル」

「だったらなおさら替える意味ないでしょ」

「だから、見た目なんだよ。ファッション。人間的な丸みと動物的な鋭さの融合。カッコいいんだ、これが」

「悪いけど、興味ないなぁ」

 

 僕が首を横に振ると、医者は「あ、そ」とだけ言って診察の続きに戻った。

 かかりつけの医者といっても、彼の専門はエンジニア寄りだ。僕も身体の機械の調整や交換で世話になっている。病気になることなんて滅多にないし、仕事中の怪我は会社が契約している専門医に診てもらえるから、他の仕事を頼むこともあまりない。

 彼の仕事ぶりそのものに文句はないけれど、自分の趣味で体内機器(インプラント)の買い替えを薦めてきたりするから、そこだけは油断ならない男なのである。

 

「ああ、そうだ。ハードはともかく、ソフトで調整してもらいたいところがあるんだけど」

「話の流れ的に、眼球のことか?」

「そう。位置測定のシステムで気になることがあって」

「ん? 確かそれって、宙間戦闘用の高速型を入れてるんじゃなかったっけ。性能的にはハイエンドだぞ。なにか不具合でもあるの?」

「不具合っていうか……。うーん、細かい話になるんだけど、あれって僕の目だけじゃなくて、ステラ・コネクタの観測機器ともリンクを作って、複合データからリアルタイムで3次元の現在位置を計算するでしょ? そのとき、計算結果が()()()()()()()()()()()だと判断されると、結果が一時的に保留されて、再計算が走る仕様になってるんだよね。1秒も掛からないんだけど、そこでどうしてもタイムラグが発生するから、その行程をカットしておきたいんだ」

 

 僕の要望を聞いた医者は、不思議そうな表情を浮かべて腕を組んだ。

 数秒の沈黙を挟んで、思い出したかのように彼はパチンと指を鳴らした。眼球の診断プログラムが終了して、医者からのアクセスがオフになる。

 

「あんまり聞かない処置だけど、技術的には問題ないな。いいよ、俺がパッチを書いておく」

「うん、ありがとう。お願いするよ」

「しばらく(フネ)にいるんだろ? 完成したら更新データを送るから、そっちで導入(インストール)してくれ」

「わかった」

 

 ひと通りの診断が終わったのか、医者はまた白衣のポケットに両手を突っ込んで、じろりと僕の顔を見ている。患者というより、研究対象(サンプル)を観察しているかのような目だった。

 

「にしても、妙なリクエストだな。物理的にあり得ない移動だって? ふーん、地上ではそういうのもあるってことか」

「それ、内緒にしておいて」

「言われなくても、患者の情報は外に漏らさんよ」

「もしかしたら、上層部からなにか言ってくるかも」

「どのみち今日の診察データは上げるんだから、上からなにか指示があるなら遅かれ早かれだろ」

 

 医者はそう言って、口の端を吊り上げる。

 

「惑星ウーサのことは俺もニュース以上のことは知らないけど、なんだ、思ったより地上は面白いことになってるみたいだな」

「そうだね。個人的な感想だけど、確かに面白いよ。新しい発想がある」

「なにか技術的な転換がありそうだな。その辺り、早いところ民間にも流してもらえるとありがたいんだが」

 

「そういえば」ふと思いついて、僕は言った。「人類の生殖について、なにか動きはない?」

「あん?」医者は虚を突かれた顔。「いや、特には……。え、どういう想定で聞いてる?」

 

「ええと、医療機関で研究があったりとか、乗組員(クルー)から相談があったり、とか?」

「なんで疑問形なんだよ。どっちも心当たりはないけどさ」

 

 腕組みした医者は、天井を仰いだ。

 しばらくの間、彼は照明を睨みつけて、それから「ふぅん」と自身の顎を撫でた。

 

「移住の関係か。そうか、この惑星に入植するつもりならそういう検討も必要なのか。今まで通り『保存庫』の遺伝子を使うにしても、母艦と別行動になるなら、保存されている遺伝子を一部だけでも地上に降ろしたり、その割り振りが必要になるかもしれないと……」

「それもあるけど、自然生殖についてはなにか聞いたりしない?」

「いや、そっちも全然。研究はずっと続いてるんだろうけど、成果報告を見たこともないし、たぶん手詰まりなんじゃないか」

 

 医者はそう答えて、左手の指でなにもない空間をタップしながら、虚空にさっと目を滑らせた。医療研究のネットワークを検索したのだろう。彼は何度か視線を往復させてから「やっぱりなにも進展はないな」と呟いた。

 

「地上でなにか発見があったわけ? ああ、いや、機密とか、答えられないなら別にいいけど」

「あー、そう複雑な話でもなくて、ウーサ人は自然生殖を行っているよね、ってそれだけの話」

「彼らの生殖行為から、なにか地球人類の生殖に利用できるものが見つかるかも、って?」

 

 そう自分で言ってから、医者は首を捻る。

 

「うーん、あり得るのか、それ? 見た目は似てるんだろうけど、地球人類とウーサ人類とでは別の生物種なんだから、彼らの生殖行動を研究しても、どこまで地球人類に応用できるかは怪しいところじゃないかなぁ」

「そもそもさ、出生制限の政策はDJ号が許容できる人口の量的問題に端を発するわけだから、生存可能(ハビタブル)な地上環境が見つかれば、その問題は解決するわけで。それを契機にして自然生殖へ回帰する、っていうのはけっこう自然な流れだと思うんだよね」

「それは、まぁ、わからなくはない。技術的な解決可能性については、今のところあまり期待できないってところに目をつぶればだけど」

 

 僕の喋っていることは、おおむね水無先生から聞いたことの受け売りである。以前彼女と会話したときの感触だと、どうやら(フネ)の上層部ではそういった方向性が検討されている様子だった。

 自然生殖の復活と惑星への入植は、イコールというわけではないが、密接にリンクしている問題だろう。そうでなくとも、『人類の存続』という大目標を考えたとき、人工生殖と自然生殖の両方を確立しておくほうが安全側になるのは確かだ。

 

「正直、俺には見通しはよくわからんけど、ウーサ人の生態の研究はもう始まってるわけだし、そのうち生殖の分野にもそれが広がっていくのかねぇ。ウーサ人は有性生殖なんだろ? だったら、両性の生殖細胞を研究用に提供してもらうとかなのかな」

「それを研究したら、僕らが子どもを作らなくなった原因もなにかわかるかな?」

「さぁ、よくわからん。俺が専門外っていうのもあるけど、さっきも言ったように、結局は別の星に誕生した別の生命体の細胞なわけだし。俺らの生殖細胞とどこまで共通点があるのやら……」

 

 左右非対称に眉を傾けた医者は、しばらく何事かを考えてから、また口を開いた。

 

「あー……、でもそうだな、どうせなら交配実験くらいはするのかもな」

「交配? えっと、それって、僕たちとウーサ人で?」

「そう、異種交配の実験」

「さっきは地球人類とウーサ人は別の生命体だって言ってなかった?」

「だから、提供してもらった生殖遺伝子を調整してさ。どうせ遺伝工学的な解析をするのは必須なんだから、その過程で地球人類の生殖遺伝子との掛け合わせくらいはやるんじゃないか。その辺の実験結果も踏まえて、両者の生殖細胞の違いとか、自然生殖を復活させるためのトリガーを探すことになると思うけど……」

 

 特に感情を交えることもなく、医者は淡々と自分の考えを述べている。実験室で研究者が推論を語っているかのような雰囲気だった。病院の空気と同じく、冷たくて、滅菌された語り口だ。

 僕は医学には明るくないし、生命工学や遺伝工学についても素人だ。けれど、医者の話を聞いて思ったのは、まぁそれくらいはやるんだろうな、というシンプルな感想である。

 

 人類の生殖とか、生命の法則の追及というトピックに対して、その程度には冷めた見方をしているというわけだ。これは僕に限らず、DJ号の乗組員(クルー)としてはごく普通の感性だろう。

 

 けれど、果たしてそれは、ウーサ人にとっても同じことなのだろうか。

 

「倫理的に大丈夫なのかな、それは」僕は独り言のように呟いた。

「倫理?」医者が瞼をぴくりと動かす。言われて初めて気づいた、と言わんばかりだった。

 

DJ号(こっち)としてはもちろん問題ないだろうけど、そうか、ウーサ人(あっち)はそうでもないのかもしれないのか。なるほどねぇ……。こういう実験はやれるときにやれることをやれるだけ試した方がいいと思うんだが……、ううむ、なんだか面倒な話だなぁ」

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 医者の診察も終わり、病院での業務として最後に残っていたのは、水無との面会だった。

 彼女は診察室で待っていた。医者と患者が1対1で向かい合うための部屋だ。狭いスペースに医師のデスクと簡素なベッドが配置されている。

 

「こんにちは、京奈院さん。長時間の検査、お疲れ様でした」

「水無先生もお疲れ様です」

病院(ここ)で済ませるべき手続きはこれで最後になります。もう少しお付き合いください」

 

 人工知能の家庭教師(チュータ)はたおやかに微笑んだ。

 僕は患者用の丸椅子に座って、医師用のデスクに陣取った水無と向かい合う。

 彼女はいつもと同じ外見だった。腰まで届く長い黒髪は、おそらく以前の面会から1mmとて変わらない長さなのだろう。工業生産されたボディとはそういうものだ。裏を返せば、必要とあればまったく別のボディに乗り換えることができるのも、彼女たち人工知能の特徴である。

 

「いかがですか、久しぶりに(フネ)に戻ってみた感想は?」

「少し身体が軽い気がしますね。ウーサとの重力差が原因だと思いますけど」

「違和感がありますか?」

「多少は。でも、無重力と比べたら、そこまで気になりませんよ。地面に足がつきますし」

「呼吸はどうでしょう」

「そっちも問題ないかな。フィルタの交換も不要ですね」

「わかりました。大変結構かと」

 

 その他にも、いくつか肉体面(フィジカル)精神面(メンタル)の質問を投げかけられる。

 水無はグレイのスーツ姿だった。スカートではなく飾り気のないズボンで、ネクタイまで締めている。医者のような問答をしているけれど、白衣は着ていない。けっこう堅い恰好である。

 一方で、僕はまだ検査用の病院着。どうもアンバランスな対面のような気がして、ちょっと落ち着かない。たぶん、服装の防御力に差があるからだろう。

 

「地上から送られてきた報告書には目を通してあります。実に波乱万丈な滞在でしたね」

「確かに色々とありましたね。見てのとおり、生きて戻ってこれたので、僕個人としてはトータルでプラスって感じですけど。(フネ)としての評価はどんなものです?」

「一部乗組員(クルー)の勤務時間が規定値を大幅に超過していることを除けば、非常に喜ばしい状況と評価できます。DJ号の外宇宙探索計画に設定されている課題(タスク)の達成率でいえば、過去700年でも最高の伸び率です」

 

 そう言いながら水無は上品な笑みを浮かべている。超過勤務の下りは彼女なりのジョークなのだろうか。笑顔が完璧すぎて、いまいち真意が読み取れない。彼女が乗組員(クルー)の健康管理システムとリンクしているなら、大真面目に言っている可能性もある。

 結局、僕は曖昧な笑顔を作って、曖昧に頷いた。このくらいファジィになれるのが人間である。

 

「ええと、それは良かったですね」

「はい、不安要素もありますが、おおむね良い傾向です。社会の混乱を抑えるための情報統制も有効に機能しています。人類の持つ好奇心は、ときに重大な不確定要素となりますが、現時点ではまだ上部組織の制御下にあります。今のうちにユミツ国との外交交渉を成立させることが、大道寺財閥、ひいてはDJ号全体としての当面の方針ということになります」

 

 おおむね予想通りの流れである。

 この(フネ)の本来の目的を考えれば、友好的な異星文明と国交を結ぶことは既定事項だ。   

 問題になるとしたらは、惑星ウーサのユミツ国が『友好的』であるかという点である。桃瀬を代表として派遣された最初の交渉チームがDJ号に帰還して、その辺りの懸念が晴れた段階で、艦の方針も決定されたとみていいだろう。

 

「九十九さんの参加する記念式典が、外交交渉のひとつの区切りになります。その式典で、ユミツ国は地球人類の存在を国民に公表する手筈となっています。それと同時に、外交条約の調印を行い、正式に国交を樹立させます」

 

 医師用の椅子に腰掛けた水無が、計算された角度で僅かに眉を傾けた。

 

「記念式典と調印の様子は、DJ号でも公開される予定となっています。その際の動揺を制御するために、チャンピオンのネームバリューが有効と判断されました。九十九さんが代表として式典に参加することになったのはそのためです。京奈院さんには申し訳ないことをしました」

「え? ああ……。いや、僕は別に、参加したいとはもともと思っていませんでしたけど……」

 

 水無(というか、彼女の大元である(フネ)のメイン・システム)は、記念式典の参加者を決定するとき、当然ながら僕と九十九の性格の傾向を比較したうえで演算を行っているはずである。最終的な決定を行う財閥の人間たちでも、その程度の比較検討は行ったことだろう。

 であれば、僕がそういった式典に大して興味を持っていないことも承知しているはず。それをわかっていて、わざわざ『申し訳ないことをした』なんて言ってきた水無は、僕の言葉には応えず、ほんの少しだけ後ろめたそうに物静かな笑顔を浮かべている。人工知能が100年以上を掛けて学習した奥床しさだった。

 

「では、記念式典の終了まで、京奈院さんに急ぎの業務は無いということになります」

 

 数秒してから、彼女は声の質を変えてそう言った。たぶん、沈黙する時間もなにかしらのデータから計算されたものなのだろう。

 

「今期の勤務実績を鑑みるに、この機会に有給休暇を消化することが推奨されます。突発的な用件が発生した際はこちらから連絡しますので、その場合のみ出勤をお願いします」

「まぁ、一応僕もそういう予定で考えてましたけど……。水無先生、僕の会社の事務担当になったってわけじゃないですよね?」

「はい。ですが、社員の休暇取得の実績は企業の査察にも関わりますので、あなたの所属企業からも同様の提案がなされることになっています。私は京奈院さんの相談役として、先回りしてその情報を得ていたというだけのことです」

 

 頬を引き攣らせて僕が尋ねると、水無は表情も変えずにそう言ってのけた。

 この手の『先回り』があったとき、人工知能を言い負かすことはほとんど不可能に近い。相手は根拠となるデータをきっちりと抑えたうえで『提案』してくる。予言のように解釈の余地もない。たいていの場合、何を言っても暖簾に腕押しだ。

 

「休暇中のご予定は?」涼しい顔で彼女は聞いてくる。

「ひとまず家に帰って、それから考えますよ」と、やや投げやり気味に僕は答えた。

「そうですか。では、今日はここで解散とします」

「直帰でいいんですか?」

「もちろん。会社の許可も取ってあります」

「念のため聞いておきますけど、会社に僕の席ってまだありますよね?」

「はい。同業他社から引き抜きの話もありましたが、社長さんが頑張っているようですね」

「へぇ……、あの社長が」

「まだまだ儲けの種になってくれるだろう、という判断のようです」

 

 澄ました笑顔で淡々と言う水無に苦笑しながら、僕は診察室の椅子から立ち上がった。

 軽い挨拶をして、診察室から退室しようとドアに手を掛けたところで、ふと思い出したことがあって振り返る。

 

「そういえば、報告書に上げておいた件はなにか進展がありましたか?」

「コックピットのウーサ人ではなく、ステラ・コネクタが魔法を使っているというお話ですね」

 

 淀みなく問い返す水無に、僕は頷いた。

 戦闘用のロボットが魔法を使うことができる。にわかには信じがたい話だが、クァニャンの証言を信じるならそういうことになる。

 クァニャンの言う『魔力の流れ』だとか『魔法を使った感触』というのは、僕にはいまいちわからない感覚だった。だから、彼女の言葉が間違いなく真実であると言うことはできない。彼女がなにか勘違いしているという可能性もある。

 

 一方で、嘘をついているとは思えない。もし、クァニャンが嘘をついているのなら、実際に魔法を使っているのはコックピットの彼女自身ということになる。今後のDJ号とユミツ国との外交交渉を考えれば、『魔法を使えるのはウーサ人だけで、チキュウ人もロボットも魔法を使うことはできない』とした方が、ユミツ国にとっては有利だろう。嘘をついてまでわざわざそこを偽るという理由が僕には思い浮かばなかった。

 

「京奈院さんの報告を受けて、艦内の様々な部署で調査と考察が行われています。しかし、『魔法』という技術の研究が不十分である以上、現時点ではすべてが推測でしかありません」

「推測でも構いませんよ。今、どんな説が出ているのか、ちょっと気になっているくらいなので」

「でしたら、こんな推測はどうでしょうか」

 

 水無が指を一本立てる。

 家庭教師(チュータ)として生徒を相手にするような、手慣れた動作だった。

 

「惑星ウーサにおける魔法とは、現地の人間が使用する体系的な技術である。あなたの報告書だけでなく、地上に下りた複数名の報告から、それがユミツ人の共通認識であると理解できます。災獣が魔法を使うのは、彼らの常識からするとあくまで例外であるとも」

「ええ、クァニャンもそんなことを言っていましたね」

「その前提を踏まえて、もっともシンプルに考えるのであれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということになるでしょう。人間だから魔法を使うことができた、と」

 

 水無の語りは落ち付いていて、表情も自然な微笑みが維持されていた。

 どうやら冗談を言っているわけではないらしい。

 

「ステラ・コネクタは、人間なんですか?」

「人間という言葉の定義次第です」

「あの意図的な造形以外にも人間らしいところがあると」

「パイロットとして、あなたはどう考えますか?」

 

「少なくとも」顎に指を当てながら、僕は答える。「自由意思は存在しない」

「そうですね」水無は滑らかに頷く。「現役で運用されているステラ・コネクタに、()()()人工知能は搭載されていません」

 

「含みのある言い方ですね」彼女の言い方に引っ掛かりがあった。「通常の、というのは?」

「順を追って説明しましょう。広く知られていることですが、ステラ・コネクタにはパイロットの生命活動を観測(モニタ)して、データとして蓄積する機能があります。基本的には搭乗者のコンディションのチェックを行うための機構(システム)です。では、その機能の一部として、ステラ・コネクタがパイロットの神経活動の動きも収集していることはご存じでしょうか」

 

「知っています。正直、あまり意識したことはありませんけど……」

 

「システムは中枢神経と末梢神経の双方を監視しています。もちろん、パイロットのコンディション・チェックも目的のひとつです。しかし同時に、収集された神経データは、機体そのものの挙動と紐づけられて保存されることになります。パイロットの操縦とその瞬間の神経系の反応が、セットになったデータとしてステラ・コネクタに蓄積されていくのです」

 

 それも知っている。

 しかし、続く彼女の解説は僕も知らないものだった。

 

「これは、ステラ・コネクタにカテゴライズされるすべての機体に共通する仕様です」

「すべての機体に?」僕は首を傾げる。「それは初耳ですね。選択的なオプションくらいの認識でしたけど、そうなんですか?」

「はい。現行機のみならず、過去のシリーズも含めての、『すべて』です」

「それはまた……。ええと、だったらもう、何百年もその機能が搭載され続けていると」

 

「そうなります」と水無はスマートに頷いた。

 

「ずいぶんと昔からになりますけど、なんのためにそれを必須の機能としたのでしょう?」

「開発当初の目的については、当時の開発記録が散逸しているため、ネットワークに残存する断片的な情報を精査しているところになります。ですが、ひとまずそれは置いておきましょう。現代のステラ・コネクタにおいて、収集された神経データは、パイロットの発展的(アドバンス)な操縦のために活用されています」

「ええ、それは知っています」

「神経活動と操縦をリンクさせた記録を蓄積することで、リアルタイムに観測された搭乗者の神経活動から求められている機体の挙動をコンピュータが予測して、より高速な反応(レスポンス)を実現する。これが基本的な仕組みです」

 

 より高速な反応(レスポンス)、といっても、小数点以下の話だ。

 けれど、その咄嗟の反応に助けられることは少なくない。そもそもたいていのパイロットは、機械的な改造なり生体的な手術なりで、自分の反射神経になんらかの補正を掛けているものだ。だから、自分の認識速度に機体の反応が追い付かないという不満も珍しいものではないため、この手の高速化に資する機能は肯定的に受け取られる傾向にある。

 

 水無の語ったシステムは、僕のイブキでも当然機能している。

 それが働くとき、僕は()()()()()()()()()ような感覚を覚える。

 同僚のパイロットに聞いた話だが、こういった感覚は人によって異なるものになるらしい。

 

「このシステムの精度は、パイロットの搭乗時間によって大きな影響を受けます。蓄積されたデータが多いほど、より高速かつ的確な動作が実現可能となるといわれています。京奈院さん、三船さん、そして安藤さんの偵察部隊では、三人の中であなたの搭乗時間が最長でした。そして当然ながら、九十九さんも現役のパイロットとしてトップクラスの搭乗時間となっています」

 

「……ひょっとして、三船隊長と安藤の機体にクァニャンが乗っても魔法を使えなかったのは、そこに原因があるってことですか?」

「今のところ、『魔法の実験』が行われたのは、先述の4人のステラ・コネクタのみです。実験の成功と失敗の分岐点を考察するにあたり、搭乗時間がひとつの指標となるのかもしれません。現時点で言えるのは、そこまでですね」

 

 診察室のドアの前で立ち止まったまま、僕は腕を組んで考える。

 椅子に座った水無がじっとこちらを見つめていた。なんとなく見覚えのある表情だった。彼女が僕の家庭教師(チュータ)だった頃、僕の勉強をみているときにあんな顔をしていたかもしれない。

 

「搭乗時間が増えて、システムが洗練されると、どうなります?」

「端的に言えば、このシステムはステラ・コネクタの操縦に関して、パイロットのニューロン・マップを作成するものです。データが蓄積するほど、搭乗者の神経活動と機体の動作の間にショートカット経路が形成されます。これは、機体に常在する人工知能ではありませんが、特定の瞬間にのみ姿を現す特殊な思考形態と評価することができます」

「思考形態、ですか?」

「観測された状況を認識して、自律的な判断を行う電気信号です」

「それがあるから、ステラ・コネクタは人間になる、と」

 

 そう口にしてから、「いや」と僕は首を横に振った。

 

「正確には、ウーサ人の言う『魔法を使える人間』の条件がそれにあてはまる、ということかな」

「推測のひとつです。そうかもしれない、というだけです」

「まぁ、そう言うしかありませんよね」

 

「このメカニズムは、パイロットの思考の拡張と捉えることもできるでしょう。その場合は、ステラ・コネクタが魔法を使用したというのはクァニャンさんの誤認で、ロボットの姿を借りて魔法を使ったのは京奈院さん自身だったということになります」

「うーん……、そう言われても、ピンとは来ませんけど」

「では、やはり魔法を使っているのはステラ・コネクタで、神経データの蓄積によって形成された()()の思考が、間欠的に表出しているのかもしれません。言うなれば、パイロットの神経活動と共生ないし寄生の関係にある『人間』が、コックピットで人知れず生まれていた、ということでしょうか」

「それもそれで飛躍している気がしますね……」

 

 いずれにせよ、水無の言うように、現時点ではただの推論だ。

 これから先、ユミツ国との国交が成立して、魔法という現象の研究が進まなければ、ステラ・コネクタが魔法を使うためのもっと正確な境界条件を割り出すことはできないだろう。

 

「ひとつ、興味深い話があります」

 

 水無が優雅に微笑んだ。

 

「ステラ・コネクタの開発コードネームです」

「開発コード……、っていうと、もう何百年も前の話ですよね?」

「はい。地球時代、外宇宙探査艦に随伴する人型兵器として開発中だったステラ・コネクタは、大道寺財閥の開発チームからこう呼ばれていました」

 

 水無はそこで言葉を切って、両手を顔の横に持ち上げた。

 それから右手と左手を耳の横で握って、人差し指だけをピンと立てる。

 ちょうど黒い髪の流れる彼女の頭部から、人差し指2本だけが突き出ているような恰好である。

 

「……え、なんですか、それ?」

「なにに見えますか?」

「人工知能は二進法を採用しましたのポーズ、とか……」

 

 僕の胡乱な答えに、彼女はにっこりと微笑んだ。

 

「開発コードネームは、オニです」

「おに?」

「隠された人、と書いて、『隠人(オニ)』と。そう呼ばれていました」

 

 どうやら、ピンと立てた人差し指は鬼の角だったらしい。

 それにしても、なんだか意味深な開発名だ。おそらくはただの偶然だと思うのだが、クァニャンたちウーサ人が言うところの『魔法を使える人間』の条件と、もしかしたらなにか関りがあったりするのだろうか。

 

「外宇宙探査の発起人である大道寺重蔵も、かつては鬼と呼ばれていたそうです」

 

「どうやら苛烈な人物だったようですね」と澄ました表情の彼女は付け加えた。

 経営の鬼、とかそんな感じのあだ名があったのだろうか。700年前の人物の話をされても、反応に困るというのが正直なところだけど。

 

 ――鬼は、人間なのだろうか?

 ふとそんな疑問が頭に浮かんだ。

 

 

 

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