星の息吹と宇宙猫   作:子守家守

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彼女はひとりで跳ねるのか(5)

 夕方に予定されている重役との面会の前に、僕らは一度、クァニャンの宿泊する施設を訪れた。

 

 シルキィ・トゥエルブに旅行者のための高級ホテルといったものは存在しない。そもそも外部から旅行者がやって来るという状況を想定していないからだ。

 もし深宇宙探査艦であるDJ号に外部からの旅行者が現れるとしたら、それは地球人類以外の知的生命体に他ならない。異星人を発見することはDJ号の目的のひとつである。だというのに、僕らの人工都市に異星人のためのホテルが建てられてはいなかった。

 

 けれど、それも仕方のないことだろう。

 この広大な宇宙で、僕たちがどんな異星人と遭遇するのか、事前に予測することはまったくの不可能だったのだから。

 生態的な特徴も文化的な背景もわからない未知の知的生命体に対して、彼らが満足できる宿泊施設を建設するというのは、それこそ予言者でもなければ不可能な話だ。僕たち地球人類の住環境をベースにホテルを作ったとしても、それが異星人の生態に合致する保証はどこにもない。ともすれば、僕らにとっての居住快適性(アメニティ)が、まだ見ぬ異星人にとっては毒になるという可能性もある。

 

 そんな施設を闇雲に建設して、いつ現れるかもわからない異星人のために長い年月をかけて維持し続けようだなんて、あまりにも行き当たりばったり過ぎる話だった。

 (フネ)の財政担当が資源(リソース)の無駄遣いとして却下するのも当然である。

 

「じゃあ、()()は?」クァニャンが首を傾げる。

「ウーサ人の存在を知ってから突貫工事で作ったホテルだね」と、僕は答えた。

 

 作ったといっても、ゼロから新築したわけではない。ユミツ国の使節団を早急に受け入れるためには、既存の建物を潰して土地の造成から始めるなんて悠長なことをしている時間はさすがに無かったようだ。

 聞いた話では、大道寺財閥の直系企業がシルキィ・トゥエルブに存在するすべての建物を調べ上げて、ウーサ人の宿泊施設として条件に合致する物件を法外な価格で買い上げたとのことだ。その後、これまた通常の相場を軽く凌駕する費用を用いて、急ピッチでホテルへの改装工事を完遂させたのだとか。

 

 この宿泊施設をひとつ作るのに、いったいどれだけのお金が動いたのやら。

 もっとも、DJ号の経済は艦内で完結しているから、今回消費した資金もいずれは財閥が回収できるようになっているのだろうけれど。

 

「その辺の背景は置いておいて……。なにか気になることがあったら遠慮せず言ってちょうだい。私たちにはわからなくても、ウーサ人のあなただからこそ気づけることもあると思うから」

 

 僕らを先導していた三船が振り返ってそう言った。

 今歩いているのはホテルの3階の廊下で、広々とした通路が真っ直ぐ伸びていてる。真新しいタイルに三人分の靴音が反響していた。天井からは暖かみのある照明が適度に降り注いでいる。

 廊下に並ぶドアの間隔は広い。ひと部屋ひと部屋がかなり広い構造なのだろう。さっき通ったホテルのロビーも、天井が高く空間的な広がりを強調した造りだった。施設全体のイメージとして、余裕のあるスペースと開放感が演出されていた。デザインとしては、地球時代の西洋風のホテルが踏襲されているようだ。

 

「ええと、緑が少ないのは気になる、かも」

 

 小綺麗ではあるが殺風景な空間に落ち着かなさげな様子でクァニャンは言った。

 

「緑というと、植物のこと?」三船が問い返す。

「この場所が、というより、この街全体がそんな印象ですけど……」

「なるほど。それは気分が悪くなったりするレベル?」

「そこまでは。でも、やっぱり不安な感じはします」

「不安、か。なるほど、参考になるわ」

 

 彼女のデフォルトである難しい表情で三船が頷いた。「観葉植物くらいは置くべきか」と小さく独り言を呟くのが聞こえた。

 

 DJ号の内部における植物の生育環境は、資源循環とエネルギー効率を考慮して計画(デザイン)されたものだ。栽培される植物の種類や品種、その数量や栽培区画に至るまで、すべて人間の手によって決定されている。そこに『自然』という不確定な要素が介在する余地はない。

 

 しかし、ユミツ国の都市設計はそれとは根本的に異なっている。そもそもの土台として、彼らは『母の樹』と呼ばれる大型の樹木との共生を前提としているのだ。『自然』という気まぐれな要素を受容したうえで、彼らは古くからそれに対処しながら生活空間を整備していったともいえる。

 

 つまり、僕らと彼らとでは自然や植物に対する認識が違っている可能性があるわけだ。

 人工栽培施設から持ち出した観葉植物のような『緑』が、ユミツ人の目にどのように映るか、正確なところはわからない。せめて気休め程度にはなってくれればいいのだけど。

 

「この部屋よ。病院で預かった荷物も運びこんであるわ」

 

 三船は廊下の中ほどで立ち止まって、左の壁のドアをクァニャンに示した。

 彼女がノブを回してドアを押すと、ゆったりとした広さの室内が目に入る。奥にはベランダに続く大きな窓。その手前に整えられたベッドがあり、その近くの荷物置きにクァニャンのものらしきバッグがひとつ置かれていた。座り心地の良さそうな椅子と小さなテーブルも室内に配置されている。

 

「面会の約束まではまだ時間があるから、それまで自由に過ごしてちょうだい。時間が近くなったら、京奈院を迎えに行かせるわ」

「ありがとうございます。ケイナイン、またあとで」

 

 ぺこりと頭を下げたクァニャンが部屋に入り、振り返って小さく手を振った。

「またあとで」と手を振り返すと、彼女は嬉しそうな微笑みを残して、丁寧な仕草でドアを閉めたのだった。

 

 ドアの閉まる乾いた音が消えると、廊下はしんと静まり返った。

 振っていた手を下げると、隣から三船の視線を感じる。憮然とした表情はいつも通りで、どういう感情でこっちを見ているのかはよくわからないが、どことなく圧力を感じる目をしていた。

 どう反応したものかと僕が肩を竦めると、彼女は鼻を鳴らして視線をエレベータに移した。

 

「下で打ち合わせをしてくる。一応、この階で待機しているように」

「了解」

 

 足音を響かせて彼女はエレベータに乗り込んだ。階数表示を見るに、1階のロビーに向かっているようだ。もしかしたら、さっそく観葉植物の手配をするつもりなのかもしれない。

 待機といってもクァニャンの部屋の前で突っ立っているのは憚られた。室内では彼女が面会に備えて身支度なりをしているはずである。呼ばれるまでは少し離れた場所にいたほうがいいだろう。

 

 客室が並ぶ廊下の端は階段に繋がっていて、その手前に休憩スペースが設置されていた。樹脂製のテーブルを挟む形で椅子が置かれていて、嵌め殺しのガラスからイミテーションの太陽光が差している。今日の天候は雲ひとつない青空の映像だった。

 

 休憩スペースの壁際には、黒いスーツの大男が立っていた。角刈りの厳つい容貌で、軍事用の大型ゴーグルを装備している。僕の姿を見ても、特に口を開くこともなく、黙って小さく頷いただけだった。

 大道寺財閥が派遣した警備部門の人間だろう。ロボットという可能性もある。

 この休憩スペースにいたのは彼ひとりだが、別の場所に配備されている警備関係者ももちろんいる。というか、このホテルの用途を考えれば当然なのだが、施設内にいる人間はすべて今回のクァニャンの来訪に関わる任務に就いている者ばかりだ。

 

「お疲れ様です」

 

 黒スーツの男に声を掛けると、彼は無言のまま、しかし口元を緩めてサムズアップ。ロボットではなく人間だな、とそれでわかった。端末で識別情報を確かめるまでもないだろう。

 休憩スペースの椅子に腰掛けて、僕はホテルのネットワークに接続した。館内の見取り図と周辺のマップを取得して、自分の頭の記憶(メモリ)記録(データ)で照合する。このホテルも含めて、僕が地上に下りてから区画整理された建物がいくつかあるようだった。眼球に表示された情報を見ながら、その齟齬をひとつずつ潰していく。

 

 会話はなかった。僕も彼も黙って自分のやるべき仕事に専念している。よくある光景だ。

 僕のようなパイロットにせよ彼のようなセキュリティ要員にせよ、軍事的な業務に携わる人間はそのための装備をインプラントしているのが基本である。静かに待機しているように見えて、頭の中では別の仕事に取り組んでいるというのはザラにある話だ。

 

 クァニャンと別れてから10分ほどが経過しただろうか。

 マップの補正をひと通り終えた僕は、深く息を吐いて固まっていた背中を伸ばした。隣の大男がちらりと横目を向けてきたが、やはりコメントは無し。ホテルの廊下は相変わらず凪いだように静かで、白々しい照明が無愛想な壁を照らしている。エレベータの階数表示は三船が下りてからずっと1階のままで、ロビーから誰かが上がった来るような気配もない。

 

 前触れもなく、クァニャンのメガネのネットワーク状態(ステイタス)がオフラインになった。

「あれ?」と思わず声が漏れる。通信の不具合だろうか。しかし、他の接続は正常だ。

 クァニャンに貸与されているメガネは、主にユミツ語と日本語の翻訳を行うためのものだが、念のためネットワークには常時接続されるよう設定されている。万が一メガネを紛失してしまったときに位置情報を取得するための措置だ。

 その接続をキャンセルしてオフラインにするには、メガネの設定を変更するか、通信が遮断される環境を作るしかない。そして、前者の方法を僕はクァニャンには伝えていなかった。

 

 彼女のメガネになにかが起きた、ということだ。

 

 僕は椅子から腰を浮かせる。

 そのとき、低い音が聞こえた。

 腹に響くような短い轟音。

 ホテルの中ではない。屋外からだ。

 遠いけれど、かなり大きい。廊下の窓ガラスがびりびりと震える。

 

「なにが……」

 

 弾かれたように立ち上がる。

 ほぼ同時に、眼球にエマージェンシィの表示。

 次の瞬間、再びの轟音。

 さっきよりも近い。床が揺れる。よろめいて、思わず廊下に手をついた。

 建物が揺れている。

 黒服の大男は腰を低くして身構えている。その手には拳銃が握られていた。

 

 眼球に速報。シルキィ・トゥエルブで原因不明の爆発が発生。

 即座に第二報が入り、1度目とは別の場所で2度目の爆発が起きたと伝えてくる。

 

 3度目の爆発音が響いたとき、僕はすでに廊下を走っていた。

 すぐ隣を黒服の大男も走っている。彼はゴーグルに指を当て、どこかと通信をしているようだ。

 パラパラと天井から細かい塵が落ちてくる。

 廊下の揺れはさきほどよりも弱い。爆発の位置は2度目のものより遠いみたいだ。

 

「クァニャン! 大丈夫?」

 

 彼女の部屋の前で急ブレーキ。走り込んだ勢いのまま、ドアを乱暴にノックする。

 返事はない。

 焦燥感を覚えながら繰り返しドアを叩く。

 背後では黒服が拳銃を構えながら周囲を警戒してくれている。

 廊下の反対側に似たような黒服の警備員の姿があった。慌てた様子でこちらに駆け寄ってくる。

 

「現時点では、事故か事件かは不明とのことです」

 

 黒服の大男が言う。声を聞いたのは初めてだ。想像よりも若い声だった。

 

「事故のわけがない」

 

 僕は首を横に振った。黒服が口にした予測は、おそらくそれはコンピュータの演算結果だ。今のところ事件だと確定できる証拠が見つかっていないから、両方の可能性を挙げているに過ぎない。

 相変わらずドアは沈黙している。舌打ちして、僕はノブを捻った。

 勢いよく回したノブが途中で止まる。開かない。鍵が掛かっている。

 

 そして、4度目の爆発。

 巨人が外壁を殴りつけたかのような轟音。大きく床が揺れた。フロアの全員がたたらを踏む。

 視界の端を凄まじい勢いで緊急連絡のログが流れている。

 4度目の爆発もそれまでの3回とは別の場所で発生している。

 事故ではないし、ただの事件でもない。組織的な破壊活動だ。テロという言葉が頭に浮かぶ。

 

「クァニャン!」

 

 部屋に向かって叫ぶ。

 反応はない。

 短く息を吸う。

 落ち着け。

 

 僕は一歩横にずれた。

 背後の黒服にドアノブを示す。

 

「破れますか?」

 

 警備部門の黒服が軍用ゴーグルの視線をドアに向ける。

 1秒にも満たないスキャン。材質を確認したのか、男が力強く頷いた。

 

「離れてください」

 

 黒服が拳銃の銃口をドアノブに向ける。

 乾いた発砲音が連続して鳴った。

 マズルフラッシュと硝煙のにおい。

 あっという間に金属のドアノブが弾け飛んだ。

 内部の機構が露わになる。

 黒服が手袋を嵌めた太い指を突っ込んで、強引にロックを解除する。

 

「開きます」

 

 男がドアを引く。部屋の中が見えた。

 同時に、異臭が鼻を衝く。

 僕は反射的に息を止め、服の袖を口元に当てた。

 

「ガスです。気を付けて」

 

 そう言いつつ、黒服の男は躊躇なく部屋へと突入した。どうやらかなり高性能な呼吸器を装備しているようだ。

 その背中を追いかけたくなる衝動を抑えて、僕は息を止めたままその場で立ち止まる。

 長い数秒。

 室内の空気を簡易測定した結果が目に映る。

 医療用の麻酔ガスだ。一定以上の濃度を持続吸入しなければ効果は薄い。ドアが開いたことで室内の濃度は下がりつつある。今はもう僕の気道のフィルタでも対処できるレベルだった。

 

 呼吸を再開して、部屋に入った。

 先に入った黒服の男は部屋の中央で立ち尽くしている。

 

 室内にクァニャンの姿はなかった。

 

「いません」と男の短い報告。

「みたいですね」僕は頷いた。

「警護対象はどこに?」

 

 困惑した口調で黒服が言う。

 それを無視して僕は部屋を観察する。

 部屋の様子は十数分前に見たときとほとんど変わっていない。

 唯一、クァニャンのバッグが荷物置きからベッドの上に位置を変えていた。

 バッグの口は開いている。彼女が開けたのだろうか。

 

 部屋は無人。しかし、彼女は自発的に姿を消したのではない。

 室内に充満していた麻酔ガスがひとつの答えを示唆している。

 

 クァニャンは何者かに攫われたのだ。

 

「彼女が部屋に入ったのは間違いない」

 

 事実を確認するように僕は呟いた。

 思考はひどく冷めていた。余計な事を考える余裕はなかった。

 彼女は廊下からは出ていない。もし誰かが出てくれば、僕と黒服が気づいたはずだ。

 爆発騒ぎはあったが、爆破されたのはこことは別の場所で、部屋の壁や床に穴が開いているわけでもない。

 

 僕は部屋を横断してベッドの奥のガラス戸に近づいた。

 強化ガラスだ。閉まっているが、鍵は掛かっていなかった。

 ガラス戸を開けてベランダに出る。

 誰もいなかった。

 左右を見回しながら、正面の手すりに近づいていく。

 遠くに煙が上がっているのが見えた。爆発の起きた現場だろう。

 

 ホテルと同様にベランダも真新しい様子だった。

 しかし、手すりに近づくと違和感に気付く。

 金属製の格子の上部が、一か所だけへこんでいた。

 なにか重いもので衝撃を加えた痕跡だ。

 

「ここだ」

 

 僕を追ってベランダに出た警備部門の黒服が、後ろからそれを覗き込んだ。

 検分を彼に任せて、僕は手すりの下を覗き込む。

 部屋は3階だ。しかし、2階のベランダを経由すれば地上に下りることは可能だろう。

 ベランダは建物の側面に位置している。大通りからは目立たない位置だ。眼下には舗装された路地が見えた。目立たない道だが、それを挟んだ隣の建物とはそれなりに距離がある。

 

「足の跡ですね」黒服が言った。「ここに足を乗せて、手すりを踏み越えたようです」

「人間? それともロボット?」

「どちらとも言えません。ですが、重量はかなりありそうです」

「人間なら戦闘仕様ですね。ここから地上に下りたのかな」

「上に登ったよりは、可能性が高いでしょう」

 

 廊下に戻ってエレベータに乗る時間が惜しかった。

 軽い助走からベランダを飛び出して空中に身を躍らせる。

 乗り越えた手すりを掴んで、振り子の要領で1つ下のベランダに飛び込んだ。

 この程度の曲芸なら格納庫のキャットウォークで慣れたものである。

 膝を曲げて着地。そのまま低い視点で周囲を見る。

 2階のベランダは新品同然の状態だった。怪しい靴跡もなければ、3階のような手すりの傷も見当たらない。クァニャンを連れ去った何者かは、この階には立ち寄っていないのか。

 

 素早く身を翻して、再びベランダの手すりを飛び越える。

 踏み切りと同時にちらりと下を見て、通行人がいないのを確認しながら地上に着地した。

 靴の底にアスファルトの硬い感触。同時に、眼前の痕跡に気付く。

 3階のベランダの真下に近い場所に、路面がひび割れて陥没しかけた箇所があった。

 大きさは3階の手すりに残されていたへこみに近い。

 彼女の部屋のベランダからいっきにここに着地したのか。

 人ひとりを抱えて3階からの落下の衝撃に耐えられる身体能力。人間ならやはり戦闘仕様だ。

 

「ここに下りて、それからどちらに行ったのでしょう?」

 

 すとん、と小さな着地音とともに、黒服の彼も地上に下りてきた。がっしりとした体躯に似合わぬ身軽さだ。着地のしなやかさといい、一般的な戦闘仕様の人間よりも機能が洗練されている印象である。警備部門の精鋭といったところか。

 着地でひび割れたアスファルトの他に、地上の路地には目立った痕跡は残っていないようだ。平坦な路面に目を走らせながら、僕は付近のマップを視界に展開する。

 

「監視カメラの映像は?」

「ホテルの正面と裏口、それから付近の幹線道路に設置されていますが、警護対象の姿は確認できていません」

「ホテル内の映像はどうでしょう。犯人の背格好だけでもわかりませんか?」

「撮影していたのはロビーや廊下といった共用部分だけで、客室の中にはカメラを置いていませんでした。警護対象が撮影に気付いた場合、心証を損なう可能性があると判断されたためです」

 

 つまり、犯人の姿は判明していないということ。

 

 警備部門の判断を責めることはできないだろう。クァニャンの乗艦は急遽決まったことで、その情報は限られた人間にしか知られていない。詳しい情報を知っているのは、DJ号の運営に携わる上位層の人間か、実際に今回の案件に関わっている人間だけのはず。

 だというのにこうしてクァニャンが攫われたということは、どこかから情報が漏れたか、情報を知り得る立場にあった人間が犯人に協力しているということである。

 警備部門がホテルの外部からの侵入に対して厳重な警戒を敷いていたという事実も、その推測を後押ししている。何者かが外部から侵入したにしても、内側からなにかしらの手引きがあった可能性が高い。

 

「検問はもう張ってありますか?」

「すでに警護対象の容貌は都市内のセキュリティに共有されています。ただし、彼女の()()は極秘事項ですので、ひとまず乗組員(クルー)のひとりとして捜索されることになりますが」

「犯人もそのくらいの動きは予測しているはず。だとしたら、大通りに出るのは避けるかな」

「麻酔ガスで眠らせた警護対象を運んでいるとなると、徒歩での移動は目立ちすぎます。車両の準備があるのでは?」

「でも、幹線道路のカメラにクァニャンは映っていなかったんですよね?」

「ええ」

「ホテルの近辺に怪しい車両が映っていたりは?」

「今のところ確認できていません。また、人間が入るサイズのキャリーケース等を運搬している人物も見当たりませんでした」

 

 歯切れの良い口調で黒服が答える。さすがは警備部門、捜査が速い。

 やはり幹線道路には出ていないだろう。このまま建物と建物の間の路地を移動したのか、それとも……。

 

 思考を巡らせながら周囲を見回す。

 ふと路地の片隅に金属製の蓋があることに気付いた。

 直径60cmの丸型蓋。マンホールだ。

 

「地下か……」

 

 呟いて、マンホールに駆け寄った。

 膝を折って、路面に目を凝らす。比較的新しい擦り傷があった。蓋を動かした痕跡だ。

 取っ手に指を掛けて金属蓋を横にずらす。重苦しい音を立てて、地下への入り口が口を開けた。

 

「ここを下りてみます。他に考えられる地上の逃走経路のことは……」

「増援を呼んで対処させます。ただ、問題は」

 

 黒服が言いかけたところで、またどこかからの爆発音が響いた。

 地面が震える。金属製のマンホールがかたかたと音を鳴らした。

 これで5度目だ。眼球に映った速報で、また別の場所で爆発が起きたのだとわかる。

 爆発の原因は、今もまだ不明。

 

「……この爆発事件にも人手を取られています。動かせる人員には限りがあるでしょう」

「クァニャンの誘拐と爆発事件が関係している可能性は」

「当然あり得ます。攪乱だとしたら、ずいぶんと派手にやってくれたものです」

 

 黒服の声は感情を抑制した響きを持っていた。

 爆発による被害者は、現時点で17名。姿を確認できている者だけの数字だから、これからもっと増えるかもしれない。テロ事件の規模としては、すでにここ50年で最大のものになっている。

 

 おそらく死者も出るだろう。蘇生処置が不可能なレベルで肉体を損傷する者もいるはずである。

 想定外の人命の損耗が発生しても、艦の運行計画に影響する可能性は低い。そのための備えは当然準備されている。

 しかし、『保存庫』の遺伝子から人口を補充するにしても、乗組員(クルー)としての技能に習熟するまでには十数年の教育が必要になる。これは資源管理の観点では大きなロスだ。

 

 自然死や事故死、あるいは企業間の『戦争』による死亡数は、ある程度の数字があらかじめ予測されている。資源管理と人口調整の政策は、その数字を踏まえた長期的な計画をベースにして進められるものである。

 

 この計画を大きく乱すような要因は、(フネ)から速やかに排除されることになる。

 乗組員(クルー)であれば誰でも知っている常識だ。

 

 それをわかっていながら、犯人はこの規模の爆破テロ行為を実行した。なおかつそれがクァニャンを誘拐するための攪乱の可能性もあるという。こんな事態は前代未聞といっていい。

 単独犯の可能性は低い。間違いなく複数犯によるものだ。彼らはいったい何を目的として事件を起こしたというのだろう。クァニャンを攫って、その先は?

 

 疑問に思える点は多い。しかし、追跡の足を止めるわけにはいかなかった。

 状況は通信を介して三船とも常に共有されている。事件全体の俯瞰は彼女に任せて、こちらはクァニャンの足取りを追うべきだ。

 

 黒服の大男と視線を交わして、互いに頷く。

 僕はマンホールの穴に身体を滑り込ませると、設置された梯子を伝い、地下へと下りていった。

 

 

 

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