星の息吹と宇宙猫   作:子守家守

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彼女はひとりで跳ねるのか(6)

 梯子の下の暗闇から奇怪な唸り声が聞こえた気がした。

 

 シルキィ・トゥエルブの地下区画は、地上よりも『外側』に位置している。回転する円筒状の構造物の側面を『下』にして、より宇宙に近い位置にあるともいえる。

 10mほどの梯子を下りきって地面に立つと、ついさっきまでの地上よりも息苦しい感覚があった。供給されている空気の濃度は変わらないはずだから、おそらくただの錯覚だろう。あるいは、日の射さないトンネルのような周囲の景色が原因かもしれない。

 

「ユミツの地下と比べると、空気が乾いてるな……」

 

 地下区画の温度は低く、空気は乾燥していて、微かに埃っぽい。コンクリと強化合金で形成された壁には等間隔に照明が掲げられているが、その光量は最低限に抑えられている。ところどころに暗闇が蹲っていて、ほんの数メートル先も見通せないような状況である。

 もっとも、ここに下りてくるような人間(あるいはロボット)は、大抵の場合、暗視用の視覚を持っているものだ。僕の眼球でも多少の暗闇なら障害にならない。たった今梯子を下りてきた黒服の彼であれば、もっと高性能な目を持っていてもおかしくないだろう。

 

「警報が鳴っていますね」黒服が周囲を見回しながら言う。

「爆発の影響かな」と僕。

「そのようです。地上の構造物が一部倒壊して、地下にも影響が出ているとのことです」

 

 頭部に装備したゴーグルに触れながら黒服が答えた。警備部門のネットワークから情報を引っ張って来たのだろう。曰く、幸いにもこの付近の地下構造には爆発の影響は及んでいないらしい。

 地下空間に鳴り響く警報(サイレン)は複雑に反響していて、どこから聞こえてくるのかも判然としなかった。おそらくそれなりに遠い場所だろう、と当たりを付けられる程度である。

 

 不安を煽る高い電子音は、閉鎖されたトンネルの中で歪まされて、つんざくような異様な鋭さを帯びている。

 その不気味さを後押しするように、天井の向こうの地上から、また爆発が聞こえてきた。低い音が届くのとほとんど同時に、地下区画そのものがぐらりと揺れる。

 

「予言の音、か……」

「はい? 今、なにか言いましたか?」

 

 地下の振動はすぐに収まった。地中のショック・アブソーバはちゃんと機能しているようだ。

 ぱらぱらと埃が落ちてくる中、ふと僕が呟いた言葉に、黒服の男が首を傾げた。

 ユミツ国で為された予言の話は、どうやら警備部門には伝わっていないらしい。「なんでもありません」と僕は首を横に振った。

 

 鳴り響くサイレンと爆発音。

『耳の予言者』が聞いたのは、もしかしてこれのことなのだろうか……。

 

「……それで、ここからどちらに向かいますか?」

 

 怪訝な顔をしながらも、黒服の男は努めて冷静に尋ねてくる。

「そうですね」と呟きながら、視界に映るマップに意識を向ける。

 

 シルキィ・トゥエルブの地下区画にはいくつかの役割がある。

 平時は都市内のライフラインを保守するためのメンテナンスエリアとして利用されているが、緊急時には地上からの避難経路として利用されることもある。また、地上の幹線道路を通せない重機の移動経路に使われることもあった。

 しかしいずれの役割にしても、ここは都市の裏側に当たる場所であり、基本的に人の出入りはそう多くない。まさしく人目を避けたい誘拐犯が逃走経路に選びそうなルートである。

 

 マップの階層(レイヤ)を地上から地下に切り替えると、網の目状のトンネルが視界に展開された。

 地下区画の大半は連絡用の通路で、それ以外の施設となるとあまり多くない。一定の間隔で配置された避難用のシェルタや水道系の設備がほとんどだ。また、地上よりも宇宙に近いという位置関係の都合で、地上に出ることなく宇宙港の内部に繋がっている通路もある。

 

 地下に逃げ込んだ犯人の目的地としては2つの可能性が考えられた。

 地上か、それとも地下か。

 前者であればどこかの昇降口(マンホール)から地上に戻る心算だろうし、後者であればそのまま地下に存在する施設に向かっているところだろう。

 

「付近になにか手掛かりはありそうですか?」

 

 僕は黒服に尋ねる。彼の方が僕よりも目の性能が良いだろう。

 

「いえ、残念ながら見当たりません」と彼は首を振る。

「となると……、そうだな、ひとまず最悪のパターンを潰す方向でいきましょうか」

「最悪のパターン、ですか?」

 

 どこまでも続いているように見える地下通路の奥を見据えながら、僕は頷いた。

 

「ええ。クァニャンを攫った犯人はどこに向かっているのか。その目的地がどこだったときに、状況がもっとも悪化してしまうのか。そういう考え方です」

 

 喋りながら、思考を整理する。

 一応、自分では冷静なつもりだった。あくまで、つもり、でしかないけれど。

 

「目的地がシルキィ・トゥエルブのどこかだというなら、それほど悪い状況にはならないはず。爆破事件で混乱しているといっても、各所のカメラが生きていますし、いずれは足取りを捕捉できる可能性が高いでしょう」

「確かに、そのとおりです。都市内であれば我々警備部門の戦力も速やかに展開できます。敵の目的地を特定さえできれば、制圧は容易です」

「都市外に出たとしても、DJ号の運営部や機関部に向かった場合は同様ですね。(フネ)の重要区画は街中よりも警備が厳しいですから。犯行グループのアジトがそんな場所にあるとは考えにくいですが、もしそうだとしても発見は時間の問題だと思います」

 

 と、それは表向きの理由で……。

 この考え方において最大の要素(ファクタ)となるのは、クァニャンの持つ『跳躍』の魔法だ。

 

 地球人の肉体を基準に生成された麻酔ガスがウーサ人にどの程度の効力を発揮するのかは不明だが、彼女が目を覚まして状況を把握さえすれば、それだけで事態が解決となる可能性だってある。

 クァニャンにとって逃走手段は単純明快。たとえ身体を拘束されていようが関係ない。誘拐犯の手の内から『跳躍』で逃げてしまえばいいだけのことなのだ。

 

 物理法則を捻じ曲げた魔法の脱出術だが、人工都市の内部であればこの手段がまかり通る。

 生存可能な空気と重力が存在する領域であれば、『跳躍』にまつわる多少の不確定要素をほとんど無視することができるからだ。極論、窓のない部屋に閉じ込められたとしても、障害物が存在しないであろう上空にひとまず『跳躍』してしまえば、()()()()を避けて脱出することも可能だろう。

 

 誘拐という手段を取っている以上、犯人はクァニャンの身柄になにかしらの価値を見い出しているということだ。だから、考えなしに彼女を傷つけたり、あまつさえ意味もなく殺害しようなどとは考えないはず。

 もっとも、防御魔法を使える状態にあるウーサ人の頑健性は、地球人の想像を軽く超えているから、目を覚ました彼女を誘拐犯が害そうとしたとしても、そう上手くいくとは限らないが……。

 

 ともかく、クァニャンは物理的な攻撃に対して防御手段を持っていて、超常的な逃走技術も身に着けているわけだ。

 そして現状、地球人の科学技術は、この『魔法』という技術に対して有効な対抗手段を見い出せていない。当然それは誘拐犯も同じなわけだから、都市内やDJ号の艦内といった生存可能(ハビタブル)なエリアでクァニャンを拘束し続けることは、事実上不可能と言っていいはずだ。

 

「だから、より悪い可能性として、誘拐犯の目的地が()()()にあると想定して行動するのも、ひとつの手かな、と……」

 

 ……そもそも、誘拐犯は魔法の存在を知っているのだろうか……。

 

 僕は隣に立つ黒服の大男の顔を横目で盗み見る。

 警備部門から派遣されている彼は、どうもウーサ人が魔法使いであることまでは聞いていないようである。ここまでの追跡もあくまでDJ号の常識に沿ったものでしかなく、クァニャンがなにかしらの魔法を使った可能性について言及すらしていない。

 どうやら惑星ウーサに関わる情報の中でも、魔法の存在は秘匿レベルがかなり高めに設定されているようだ。今のところ科学的な解析がほとんど進んでいないという事情もあるのだろう。DJ号の指導層でもまだ扱いを決めかねているのかもしれない。

 

 誘拐犯はクァニャンがウーサ人であることは知っていた。

 知らなければホテルの警備を縫って彼女を攫おうとは考えないはずだから、それは間違いない。

 しかし、魔法の存在まで知っていたのかというと、けっこう微妙なところにも思える。

 

 警備部門の人間にも秘匿されている情報を知っていたというのなら、犯人の持つ情報網が(フネ)のかなり上の辺りまで届いていたということになるが……。

 

「艦の外、というと、京奈院さんはなにを想定しているのですか?」黒服の男が尋ねてくる。

「宇宙ですよ」僕は答えた。「彼女が宇宙に連れ去られるのが、『最悪のパターン』です」

 

『跳躍』の魔法に死角があるとすれば、それは有効距離と跳躍先の安全性だ。

 クァニャンの扱う『跳躍』に距離の限界があることは、彼女自身の口から語られている。遠くに跳ぼうとするほど消費する魔力が多くなるらしく、自身の保有する魔力の総量を超える距離の移動は不可能という話である。

 加えて、予言者ゼァリィが語った惑星ウーサにおける宇宙開拓の挑戦の歴史によれば、どれほど優れた魔法使いであっても宇宙空間ではそう長く生きることができなかったらしい。いかに魔法の防御があろうとも、宇宙空間はウーサ人にとっても非常に過酷な環境なのである。

 

 ゆえに、DJ号から『遠く離れた』『宇宙空間』に誘拐犯の目的地があった場合、『跳躍』の魔法をもってしてもクァニャンが自力で逃走できる可能性が大きく減ることになる。

 いや、彼女がそのことに気付いて、下手に魔法を使おうとせず、僕らの救助を待ってくれるのならまだマシなのだ。

 

 本当に最悪なのは、宇宙にいることに気付かず、彼女が『跳躍』を使ってしまうこと……。

 呼吸さえ不可能な宇宙空間にひとたび飛び出してしまえば、咄嗟に防御魔法を使ったとしても、そう長くは耐えることはできないだろう。

 

「だから、まずは最寄りの宇宙港に向かいます」

 

 そう言いながら、僕はもう動き出していた。

 まずは、誘拐犯が最短の経路で宇宙に移動するというパターンを潰すこと。地下区画に靴音を響かせながら、眼球のマップに表示された宇宙港のアイコンを目指して走る。

 

「宇宙港のカメラ映像はもう確認済みですか?」走りながら、隣に並んだ黒服に尋ねた。

「いえ、まだです。地上の爆発はいずれも、都市内各所の宇宙港を巻き込まない位置で発生していたので、後回しになっています」

「どうにか優先して、怪しいものが映っていないかだけでもチェックしてもらえますか」

「指令室に伝えましょう」

 

 薄闇の地下通路に慌ただしい靴音とサイレンが響く。頼りない光源に照らされた僕らの影がざらついた灰色の壁に映っていた。曖昧な輪郭がいくつもの方向から重なり合っていて、まるで怪物のようだ。

 画一的な構造の地下通路は景色の変化に乏しく、走っていると移動した距離があやふやになってくる。ともすれば同じ場所をぐるぐるとループしているかのように錯覚しそうなほどである。

 一定間隔で壁にペイントされている区画番号と眼球に映るマップだけが、その錯覚を振り払う道標だった。

 

「うん?」

 

 しばらく進んだところで、頭の中に呼び出し(コール)があった。

 通常の回線ではない。緊急用の優先回線である。

 表示されている番号(アドレス)は、頭の片隅に記憶が残っていた。記憶違いでないなら、惑星ウーサでポケットに捻じ込まれた紙片に描かれていた番号だ。

 

 走り続けている足を止めることなく、呼び出しに応える。

 

「はい、京奈院です」

「俺だ。篠宮だ」

 

 鋭利な刃物のような口調が通信から聞こえてきた。

 篠宮。DJ号の監査部に所属する蛇のような男で、僕とは奇妙な腐れ縁の関係である。

 見覚えはあったけど、やはり彼の番号(アドレス)だったか。彼は第1次交渉団に同行して地上に下りていたはずだけど、いつの間に(フネ)に戻ってきたのだろうか。

 

 ……いや、今はその辺りの経緯はどうでもいい。

 都市内のテロ事件であれば、監査部の管轄とも関わってくる。

 このタイミングでわざわざ連絡を寄越したのだから、爆破事件や誘拐犯の行方について、彼の方で把握していることがあるのかもしれない。

 

「B4宇宙港に向かっているな?」

 

 通信から聞こえてきたのは、質問というより確認。

 当然、僕の信号を捕捉したうえで言っているのだろう。

 

「ええ。なにかわかったんですか?」

「都市内の記録映像を総当たりしているが、警護対象(ゲスト)の姿はどこにも確認されていない。彼女の身体が入るサイズのキャリーバッグのような荷物を持った者ならいたにはいたが、いずれも現場のホテルから離れた場所で撮影されていて、犯行は不可能と思われる者ばかりだ」

 

 篠宮がそこでいったん言葉を切る。

 彼の通信から指で机を叩く音が聞こえた。

 

「おそらく、地下に潜ったので当たりだな」

「その心は?」

「地下区画は地上よりもカメラが少ない。設置場所の情報を持っていれば、死角を縫って移動することも可能だ。地上のカメラにまったく痕跡を残していないこと自体が、犯人が逃走経路に地下を選んだという推測を裏付けている」

「なるほど。……それで、犯人がどこに向かったのかはわかっているんですか?」

 

 その問いに篠宮は即座に答えた。

 

「B4宇宙港のカメラが出港する小型艇を捉えていた。今から2分前だ。航行計画は正規の手続きで運輸部に提出されていたが、撮影された小型艇の外観が計画書とは異なっている。艦内で爆破事件が発生しているのに出港は取りやめなかったのも不自然といえば不自然だ」

「航行計画が出されているなら、どこの(フネ)かはわかりますよね」

「ああ。財閥の傘下企業に所属する部長級の人間の私有艇だ。この人物の所在も現在掴めていない。小型艇の外観から想定される定員は10名ほど。特筆すべきは、艇に牽引される形でコンテナが接続されていることだな」

 

「コンテナ?」僕は走りながら首を傾げた。「なにかを運んでいるってことですか」

 

「わからん。サイズは5メートル四方の箱型だが、中身は不明」

「航行計画には……」

「当然、載っていない」

 

 通信越しの篠宮が苛立たしげに鼻を鳴らす。

 

「それから、もうひとつ気に掛かることがある」

「それは?」

「小型艇の出航と同時刻に、宇宙港の外部カメラがステラ・コネクタらしき機影を捉えている」

 

 人型兵器(ステラ・コネクタ)

 その言葉を聞いた瞬間、僕は無意識に唇を湿らせていた。

 

「どこの機体ですか?」

「船外作業の予定が入っている企業を当たったが、該当がない。待機命令の出ている機体も順次照合しているが、こちらも空振りに終わりそうな雰囲気だ」

「企業所属の機体じゃない?」

「現時点では、その可能性が高い」

「それはまた、あからさまなことで」

 

 マップの表示に従って、地下の通路を右に折れた。

 B4宇宙港まで、あと1分も掛からない距離だ。暗闇の向こうに通用口の緑のランプが薄っすら浮かんでいるのが見える。

 

「そう、あからさまなんだよ」

 

 篠宮が硬い声で言った。

 

「個人所有となっているステラ・コネクタなんて、ごく少数しか存在しない。時間を掛けて追っていけば必ず足がつく。都市の爆破事件にしてもそうだ。こうも連続して複数の場所を爆破すれば、どうしたって証拠が残ってしまう。現場の混乱が収まれば、実行犯に辿り着くのも時間の問題だ。犯人()()だってそれはわかっているはず」

「いずれは捕まるとわかっていて、それでも事件を起こしている、と」

「後先考えない犯行、って言葉がしっくり来る感じだ。そのくせ、最終的になにを目的としているのかが、さっぱりわからない。警護対象(ゲスト)を攫って、それからどうしようっていうんだ? まさか、我々と惑星ウーサの対立を煽りたいとでも?」

 

「ナンセンスだ」という溜め息のような篠宮の声を背景に、宇宙港の通用口に飛び込んだ。スライド式の自動ドアだ。ロックはされていない。分厚い金属製のドアが音もなく横にずれる。流れ出た空気に古ぼけた油のにおい。

 

 B4宇宙港は資源用の積み下ろし港だった。船外作業で小惑星から採集された鉱物資源の取り扱いがメインで、かなり年季の入った施設である。安全な運営のためのメンテナンスは施されているようだが、配置されている設備の塗装が剥がれていたりと、そこかしこに手入れが届いていないところが散見される。

 施設内は閑散としている。隅の方で数人の作業員がたむろしていた。その場の全員が個人用の端末を覗き込んでいる。地上で起きた爆破事件の情報を見ているところのようだ。不安そうな表情が張り付いている。

 

船外(そと)に出ます。使えそうな()はありませんか?」

「ハンガーに作業用のマシンがある」

「認証は?」

「今から送る」

 

 積み荷のための作業エリアを横断して、奥まったところの駐機エリアに向かう。背後で通用口の扉が閉まる音。安全対策のため、宇宙港はエリアごとに気密扉で区切られているのが基本構造だ。

 エリア間の扉を抜けると、待機中の機体を固定するためのハンガーに、3機の作業用機械(ワーカー)が整列しているのが目に入った。篠宮から送られてきた認証(ライセンス)を確認して、船外とのエアロックにもっとも近い機体に走り寄る。

 

 5mほどの四角い機体だった。

 正方形の胴体から短い手足が伸びている。塗装はオレンジ。胴体上部に2つ並んだライトが目のようにもみえる。どことなく愛嬌のある見た目で、二頭身にデフォルメされたコミック・キャラクターのようだった。

 

 ハッチは左側面。設置された手すりを登って、コックピットに入る。狭苦しい無骨なコックピットだった。ステラ・コネクタと比べると計器は簡易式のもので数も多くないが、もともと広くないスペースをそれでもかなり圧迫している。

 パイロットシートの後方には長方形のロッカー。予想通り、中には薄汚れた宇宙服が掛けられていた。饐えた汗のにおいのするそれを手早く着込む。サイズはやや大きめだったが、許容できる範囲。

 

「操縦できそうですか?」ハッチの外から黒服がきいてくる。

「けっこう久しぶりだけど、うん、身体が覚えてる」答えながら、シートに座りベルトを締めた。

 

「私には無理そうです。舟艇ならある程度は動かせるのですが」

「操縦の系統が違いますからね。わかりました、僕だけで追ってみます」

「申し訳ない。私は港に残って可能な限りの支援を行います」

「ええ、お願いします」

 

 コックピットを覗き込んでいた黒服の頭が引っ込んだ。

 短く息を吐く。宇宙服の太い指でコンソールを操作して認証を通す。

 作業機械(ワーカー)の心臓に火が入る。起動時の低い振動がシートから伝わってくる。

 コックピットの計器が灯る。ハッチを閉じた。施錠(ロック)の重い音が響く。

 機体のセルフチェックが走る。動力源、推進剤、ともに残量は十分。

 

 外部カメラ起動(アクティブ)。黒服の男が駐機エリアの扉から出ていくのが見えた。

 施設のシステムに接続する。管制情報を取得。エリア内に生体反応なし。

 船外への気密扉の開放を要請。周辺区画の機密状態、グリーン。システムが要請を承認。

 

「オーケィ。ちゃんと覚えてるものだね」

 

 フットペダルを柔らかく踏み込む。機体が前進を開始した。箱型の胴体から突き出た短い脚のローラーがゆっくりと機体を動かしていく。安定性を重視した四脚仕様だ。伸縮機能(サスペンション)がそれぞれの脚に装備されているから、多少の段差なら難なく乗り越えることができる。

 このタイプの作業機械(ワーカー)に乗るのは、だいたい3年ぶりくらいか。確かイブキを修理に出しているタイミングで船外作業の仕事が回ってきたことがあって、そのときに乗ったのが最後だったと思う。

 

 機体を開閉口に横づけしたところで、1枚目の気密扉が開いた。左右の壁の幅に注意しながら、機体を気閘(エアロック)に滑り込ませる。

 1枚目の気密扉が閉まり、赤色灯が点灯する。コックピットにブザーが響く。スピーカが古いのか、音響がひび割れていた。思わず片側の眉をしかめてしまう。

 

他人(ヒト)の機体に文句は言えないけれど……」

 

 1枚目の反対側で2枚目の気密扉が開いた。

 扉の向こうに黒い宇宙がぽっかりと口を開けている。

 さっきよりも乱暴にフットペダルを踏み込む。

 荒々しく加速した作業機械(ワーカー)が、神経を逆撫でするブザー音から逃げるように、真空の宇宙へと飛び出した。

 

「篠宮さん、小型艇について情報は?」

 

 箱型の機体が無重力を落ちる。

 回転する巨大な円筒の側面にあるエアロックが視界の上方へと流れていった。

 スラスタを小さく噴かして、DJ号と接触しないだけの距離をキープする。

 

「登録されている信号(シグナル)は、提出された航行計画に沿って移動しているが……」

「偽装ですね。ドローンでも飛ばしておけば、それだけで事足りる」

「だろうな。念のためこちらで網を張っておくが、君には別の手掛かりを追ってもらいたい」

 

 コックピットのモニタに周辺の宙域図が映る。端っこの方にノイズが走っているのが絶妙に不安を煽ってくれる。起動時のセルフチェックには問題がなかったから、宇宙空間での作業マシンとして必要な機能はきちんと整備されているはずだけど……。

 

「DJ号の観測システムが移動する光源を捉えていた。B4宇宙港から小型艇が発進した時刻からしばらく経ったタイミングだ。位置を計算すると、想定される小型艇の速力と合致する」

「今も追えてます?」

「いや、捕捉していた光源はすでに消失している。なんらかの障害物の陰に入ったか、スラスタを切って慣性で移動しているかだ」

「だけど、それなら速度は落ちるはず。消失点からそう遠くまでは移動していない」

「光源を捉えた方角を送る。まだ追いつけそうか?」

 

 宙域図にピンが打たれた。

 主観では斜め下の方角だ。箱型の機体を回転させてうつ伏せにさせる。

 無重力で血の流れが浮いている。頭に熱が昇ってくるのを感じながら、自分の感覚をそれに適応させる。意識を落ち着かせるための長い呼吸。宇宙服の汗のにおいが鼻についた。ちゃんとクリーニングしろ、と頭に血を昇らせた僕が脳内で叫んでいる。

 

「相手がどこまで行くつもりなのか次第、かな」

「そうか。小型艇がステラ・コネクタを帯同している可能性も高い。作業機械(ワーカー)では相手をするにも限界がある。無茶はするな」

「そうですね……。まぁ、機体の性能差は把握しているつもりです」

 

 おかしな返事をしたな、と自分でも思いつつ、操縦桿を握り直す。

 篠宮の言っていることは正しい。武装も積んでいない作業機械(ワーカー)人型戦闘兵器(ステラ・コネクタ)を相手にやれることなどたかが知れている。遠距離からでも相手の機影を確認できたならそこで接近を止めて、後続の本格的な追跡部隊に情報を共有するくらいが『無茶』にならないギリギリのラインのように思える。

 

 けれど、相手がクァニャンを攫った犯人かもしれないと考えると、僕の中で『無茶』のラインが変動するような気がしていた。

 

 僕はこんなに感情的な人間だったろうか。

 昔はそうではなかった気がする。

 なにが切っ掛けで、いつからこうなったのだろう。

 

 どこか不思議な気分を感じながら、僕は作業機械(ワーカー)を宇宙に走らせた。

 

 

 

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