星の息吹と宇宙猫   作:子守家守

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彼女はひとりで跳ねるのか(8)

 クァニャンは目を覚ました。

 目を覚ましたから、自分が眠っていたと気づいた。

 

 どうにも記憶が曖昧だった。

 頭に靄がかかったような感じがする。

 意識がぼんやりとしていて、ふわふわと思考がまとまらない。

 

 目を開けてもしばらく焦点が合わなかった。

 最初はただ白い眩しさだけがあって、それが段々と落ち着いてくる。

 優しい明るさが降り注いでいた。

 そう認識した瞬間、視界が明瞭になる。

 

 視線の先に、抜けるような空が広がっていた。

 透明感のある青を背景に白い雲が輝いている。

 控えめな太陽が東の空に留まっていて、紳士的な日射しを地上に降らせていた。

 

 自分は仰向けに寝転んでいる、とクァニャンは理解した。

 屋外だ。天空を遮る無粋な屋根はどこにもない。

 

 身体がぽかぽかとして気持ち良かった。

 背中からじんわりと温かさが伝わってくる。

 身じろぎすると、さらりとした感触。

 きめ細かい砂の感触だ。太陽に暖められた砂をベッドに横になっている。

 

 肌に触れる風は湿り気を帯びていた。

 空気に潮の香りが混じっている。

 伸ばした両足は水に浸かっていて、柔らかな流れが肌を撫ぜていた。

 優しい波が寄せては返す。

 

「海……?」

 

 クァニャンはゆっくりと身体を持ち上げた。

 波の中から足を引き寄せて、波打ち際の砂浜に立ちあがる。

 靴は履いていなかった。さらさらとした砂の感触が足の裏から伝わってくる。

 どこか遠くから海鳥の高い声が聞こえてくる。

 それ以外に聞こえるのは、微かな風の音と、心地良い波の音だけ。

 

 ここは、どこだろう?

 どうして私はここにいるのだろう?

 

 額を抑えて頭を振る。

 記憶を辿ろうとしたが、眠る前になにがあったのか、上手く思い出すことができなかった。

 自分が何者なのかは覚えている。

 けれど、頭に浮かぶのは断片的な記憶ばかりで、それを時系列に沿って並べ直すことができないでいた。

 

 もう一度頭を振って、それから視線を遠くに向けてみる。

 海の彼方に水平線が見えた。波は穏やかで、美しい青と白のコントラストを水面に描いている。

 左右に目を向けると、陽光に輝く砂浜がどこまでも続いていた。

 海岸線はなだらかで、ずっと遠くまで見通せたけど、人工物はどこにも見当たらなかった。

 

 目に入るのは、自然の造形だけ。

 

 強い風が吹いて、ひとつ結びにした後ろ髪を吹き抜けていった。

 その風に誘われるようにクァニャンは後ろを振り向く。

 砂浜の向こうには林が続いていた。

 陸地に向かうにつれて、白い砂が茶色の土と緑の草へと移り変わっていく。

 林はかなり深そうな印象だった。深い緑の針葉樹が整然と並んでいる。

 そのさらに向こうには、霞を纏った山脈が悠然と聳え立っていた。

 

 どうやらどこかの小島というわけではないらしい。

 森林や山脈が見えるということは、大陸のどこかにある海岸のようだ。

 

 自分が知っている場所なのだろうか。

 そう自問して、けれどクァニャンはすぐに首を横に振った。

 

 確かに海を見たことはある。

 だけどそれは、軍務で海岸線を偵察したときがほとんどだ。

 ユミツ国の東岸は、長らく大海蛇(イア・アムハブ)の縄張りだった。

 こんな穏やかな砂浜を見た記憶なんて一度もない。

 それに偵察任務は、放棄された港町であるテイキュアを中心に行われるのが基本だった。

 人工物が一切見当たらない海岸の光景というのにも馴染みがない。

 

 だけど、それなら本格的にここがどこなのかわからなくなってしまう。

 今まで見たことのない海岸の景色。

 ユミツ国のどこかなのだろうか。それとも、まったく別の場所なのかも?

 

 途端に足元が不確かになった気がして、くらりと眩暈を感じた。

 大きく息を吐きながら、青い空を仰ぐ。

 天候は変わらず青天。白い雲がいくつか漂っているが、雨になる気配はない。

 ふと、視線が淡い影を捉えた。

 仰向けになっていたときは気づかなかったが、月が出ている。

 白く薄っすらと浮かぶ昼の月だ。

 

 クァニャンは月を見上げている。

 空よりも遠くを見つめるその表情を、月面のクァニャンが見つめ返していた。

 

 クレーターの縁に立つ彼女は、茫洋とした視線で地上を見つめている。

 静かの海からはあの海岸線を抱く大陸がよく見えた。

 海岸の少女から焦点を変えれば、他の土地の様子も詳しく見えてくる。

 とても大きな陸地だ。海岸も、森林も、山脈も、それから人間の都市もある。

 

 けれどその大陸は、クァニャンの知るどんな大陸とも形が違っていた。

 

 彼女は大陸より広いものを見ようとした。

 月面の白い砂に足跡を残しながら何歩か後ずさりする。

 さっきまで寝転んでいた海岸が砂粒のように小さくなって、大陸も小石みたいに遠くなる。

 そうしてようやく、クァニャンは『それ』の形を認識した。

 

 それは惑星だった。

 宇宙には青い球状の惑星が浮かんでいた。

 

「……違う」

 

 無意識に言葉が漏れた。

 そうだ、あれは違う。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 どうしてわかる?

 宇宙から惑星ウーサを見たことがあるからだ。

 そうだ、DJ号に乗艦するために、連絡船(トランスポータ)とやらに乗って、宇宙に出たときのことだ。

 あのとき、連絡船(トランスポータ)の窓からみえた惑星(ほし)の姿は、今見えている惑星とは明らかに違っていた。

 

 意味が分からない。

 自分は今、いったい何を見ているのだろう。

 

 また眩暈がした。

 視界が揺らいで、思わず目を閉じる。

 

 瞼を持ち上げると、クァニャンは雪山の麓にいた。

 一面の銀世界だ。空には厚い雲が垂れ込めていて、太陽の光をくぐもったものにしている。

 月は見えなかった。けれど、視線を感じる。月面に立つ自分が地上の自分を見つめる視線だ。

 

 冷たい風が吹き抜ける。積もった雪が舞い上がって、弱々しい陽光にきらめいている。

 吐く息が白い。両足は雪に埋まっていた。けれど、今度はちゃんと長靴を履いている。ひんやりとした空気が足元から這い上がってくるのが感じられた。

 

 麓から見上げた雪山は険しくも荘厳な気配を纏っていた。

 天高く聳える山頂に向かって、白く積もる雪と切り立った黒い崖とが複雑に入り混じっている。

 何者をも寄せ付けない純潔の気高さがそこにあった。

 

 美しい。本当にそう思う。

 だけど、この山のことも私の記憶には存在しない。

 

 重苦しい息が漏れた。

 いつの間にか着ていた分厚い防寒着が濡れてしまうのも構わずに、クァニャンは身体を雪原に投げ出した。仰向けになって、雪のベッドにぼすんと倒れ込む。

 

 舞い上がった雪煙が冷たかった。

 感覚は鋭敏で、非常にはっきりとしている。

 きっと頬をつねればしっかり痛いだろう。

 

「だけど、まだ眠っているのかも……」

 

 そう呟いて瞼を閉じると、雪山から吹き降ろしてきた風がごうごうと唸りをあげた。

 それはまるで、夢ではなく現実だ、と主張しているかのようだった。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 大前提として、作業機械(ワーカー)はどこまでいっても作業機械(ワーカー)でしかなく、戦闘兵器(ステラ・コネクタ)とは立っている土俵からして異なっている。

 5mの機体は生身の人間からすれば十分に巨大だが、それでも14m級のソーンウッドとは3倍近い体躯の差があった。当然、機体の出力や質量でもこちらが大きく後れを取っている。

 さらに問題なのは、武装の有無だ。このワーカーが装備しているのは、資源採掘用の工具のみ。相手の突撃銃(アサルトライフル)に対抗できるような射撃武装は一切所持していなかった。ソーンウッドが他の武装を所持しているかは定かではないが、射程と装甲においてこちらが圧倒的に不利なことはすでに確定してしまっている。

 

「それでも、サイズの差だけでいえば災獣を相手にしたときよりはマシってのがね……」

 

 コックピットで僕は口元を歪めた。

 ここ最近の任務のせいでその辺りの感覚がちょっと狂っているのかもしれない。

 

 黒い機体(ソーンウッド)の射撃は続いているが、遮蔽にした小惑星が今のところ銃弾を受け止めてくれていた。直径30mほどの岩石の塊だ。弾避けとしてはそれなりに信頼できる。

 僕は操縦桿をゆっくりと動かして、ワーカーを慎重に移動させ始めた。スラスタは使わずに、ロボットアームの伸縮で機体を運んでいく。

 

 2本のアームの片方は、常に小惑星に触れさせていた。その先端に備わったセンサから、敵の銃撃が小惑星に着弾する衝撃が伝わってくる。

 資源採掘用の地質解析システムが拾ってくるデータを応用して、着弾の角度を計算する。何事も使いようである。弾き出された着弾角度からソーンウッドの射撃位置を予測して、その対角線を這うように進んでいく。

 

 どうやら相手は射撃を続けながら、小惑星を回り込んでこちらを捕捉しようとしているらしい。

 ソーンウッドのスペックを考慮すると、予測される射撃位置の遷移はかなり遅い速度だ。慎重である。相手もこちらのことを測りかねているのかもしれない。

 

「オーケイ。好き放題動かれるよりは、まだ目がある方だ」

 

 張り付いている岩石塊とは別の小惑星が、僕のすぐ近くをゆっくり浮遊している。

 伸縮性の脚部で正面の小惑星を軽く蹴って、ワーカーをそちらの小惑星の陰へと滑り込ませた。

 ロボットアームをアンカーにして、機体を敵からの死角に放り込む。

 

 (スラスタ)を止めて、気配(シグナル)を消す。

 オープンチャンネルの通信はとっくに切ってあった。監査部の専用回線も今は落としてある。

 

 センサの感度を敏感(センシティブ)に。

 敵の機体の気配を探る。

 スラスタによる駆動とアサルトライフルの銃撃が、漆黒の宇宙に微かな光と影を生んでいる。

 

 頭の中でソーンウッドの動きを追跡(トレース)する。

 さっきまでの小惑星を回しこんで、僕のワーカーを探している。

 僕が別の小惑星の陰に移動したと気付いていないなら、今、敵はこちらに背を向けているはず。

 

「やってみようか」

 

 アームを縮めて機体の胴体を小惑星にぺたりと張り付ける。

 箱型の胴体を接地面に固定して、瞬間的にスラスタを強く噴射させた。

 ごり、と岩石が抉れる音が装甲から伝わってくる。

 ワーカーのスラスタを動力にして、10mの小惑星が前方に進みだした。

 

 敵はどこか。

 左右のカメラに機影は映っていない。

 予測通り、小惑星の正面にいるとあたりをつける。

 ワーカーは押し出した小惑星に張り付いたままだ。

 張り付いた岩石塊が遮蔽になっていて、正面の状況を直接見ることはできない。

 

 見えないから、予測するしかない。

 

 ステラ・コネクタの高精度センサなら、こちらのスラスタを感知できる。

 それを頼りに振り向いて、小惑星が自分に向かってきていると気づいたとしよう。

 手持ちの武装はひとまず突撃銃と仮定。

 銃撃しても小惑星を破壊したり軌道を変えるのは難しい。

 敵の背後には、さっきまで僕を探して回り込んでいた別の小惑星がある。

 突っ立っていたらサンドイッチだ。

 となれば、いずれかの方向に退避するしかない。

 

 上か、下か。

 右か、左か。

 

「上かな」

 

 これは完全に直感だった。

 機体を振り向かせるのに左右のスラスタを噴かしたはずだから、レスポンスの早い上下の2択が有利そうではあったけれど、確証といえるほどのものではない。

 

 ワーカーのスラスタをカットする。

 小惑星に機体を固定していたアームを振って、機体を下方向に放り出した。

 ごつごつとした小惑星の表面すれすれを滑り落ちて、機体の位置を大きく変える。

 球形の小惑星を90度移動したところで、カメラが画角ぎりぎりの位置に噴射剤の光を捉えた。

 ソーンウッドのスラスタだ。

 光の軌跡を観察するに、どうやら本当に上方へと退避していったらしい。

 僕のワーカーは下方向に移動したから、また小惑星を挟んで対角の位置関係になったといえる。

 

「短気なパイロットなら、そろそろ痺れを切らすかな」

 

 小惑星にアームを打って機体にブレーキを掛けながら、次の流れを考える。

 僕は機体に積んであった『工具』を、ロボットアームで小惑星に仕込み始めた。

 スラスタを使わずに小惑星の表面を這いながら、複数個所に『工具』を埋めていく。

 

 3つ埋めたところで、センサが強い反応を感知した。

 出力の高い熱源と瞬間的な発光。ステラ・コネクタのスラスタの反応だ。

 

 もうかくれんぼに付き合うつもりはない、と。

 こちらの動きが消極的なのを見て、このワーカーがろくな武装を積んでいないと判断したのだろう。良い読みだ。まったくもってその通りである。

 

「さて、あとは出たとこ勝負だ」

 

 小惑星に隠れて見えないけれど、相手はスラスタの出力を上げて機体を加速させたはず。おそらく進路を反転させることはないだろう。勢いのまま前進して、遮蔽になっている小惑星を回り込んでくると予測する。

 つまり、追ってくるなら、僕の背後からだ。

 操縦桿を片側だけ引く。サイコロ型のワーカーを転がして、進行方向の背後を振り返った。小惑星を掴んでいたロボットアームを引き寄せて、右腕に採掘用の小型ハンマーを構える。

 

 1秒にも満たない僅かな静寂。

 直後、地平線から太陽が昇るように、漆黒のステラ・コネクタが小惑星の陰から現れる。

 識別不能なまでに黒塗りされた頭部がカメラに映った瞬間、僕は右腕のハンマーをぶん投げた。

 投擲された小型ハンマーが無重力空間を鋭く縦回転しながらソーンウッドへと飛んでいく。

 

 小惑星を回り込んできた敵の機体は、瞬間、怯んだように側面のスラスタを迸らせた。

 飛来したハンマーを避けるように小惑星に機体を寄せて、突撃銃を持たない左腕で正面を庇う。

 それは爆発物に対する防御行為だった。高速で回転するハンマーを手榴弾かなにかと誤認したのだろう。

 当然、ただの採掘用のハンマーに自爆機能など備わっていない。

 敵機から数メートルのところを掠めていったハンマーは、そのまま宇宙の彼方に飛んでいった。

 

 それを最後まで見届けることなく、僕はワーカーのフットペダルを引き寄せた。

 前面のスラスタの出力を引き上げて、全速で後退させる。

 急加速でベルトが身体に食い込んだ。

 (スラスタ)を潜めるのはここまでだ。

 小惑星の表面を舐めるようにワーカーを滑らせる。

 リミッタをカットした機体の速度は、採掘業務時の法定速度を大幅に超過している。

 

 一拍遅れて、ソーンウッドのスラスタが再び閃いた。

 機体に備わった爆発的な出力に任せて、敵機がいっきに距離を詰めてくる。

 黒塗りの機体が突撃銃を構える。

 銃口が僕を狙っている。

 しかし、トリガーが引かれるより僅かに早く、ワーカーが小惑星の陰に入った。

 宇宙の暗闇にマズルフラッシュ。

 曳光弾の軌跡がワーカーの足元を掠めていく。

 

「ぎりぎり……っ」

 

 後方への加速度に歯を食いしばる。

 眼球が眼窩から引き抜かれそうな感覚を味わいながら、正面の視界に意識を集中させる。

 

 敵は必ず追ってくる。

 だから、タイミングを計る。

 

 指先はすでに操縦桿のトリガーに触れていた。

 機能の割り振りは済ませてある。

 トリガーと遠隔操作で繋がっているのは、小惑星に埋めておいた3つの『工具』だ。

 

 カメラがソーンウッドを捉える。

 正面だ。小惑星の表面に近い位置。ワーカーの通った道を愚直に追ってきている。

 やはり速い。こちらとは速度差がある。追いかけっこになれば勝ち目はない。

 

 直進する黒い機体。

 彼我の距離がいっきに縮まる。

 埋め込んだ『工具』まであと少し。

 敵機の位置を偏差予測。

 

「今」

 

 トリガーを引いた。

 ワーカーから『工具』に命令が飛ぶ。

 命令を受けた資源採掘用の発破装置は、コンマ秒のタイムラグもなく自らの務めを果たした。

 3つの爆発が同時に小惑星の表面を穿つ。

 

 採掘用の発破装置に搭載されている爆薬に、戦闘兵器(ステラ・コネクタ)の装甲を貫けるほどの威力はない。

 しかし、適切な角度と距離で目標物にあらかじめ陥入させておいたなら、発破の瞬間に岩塊の表層を剥離させるくらいはお手の物だ。

 

 小規模な爆発で小惑星から粉塵が噴き上がる。

 同時に、10mを優に超える岩盤が剥がれて、ソーンウッドの進路に倒れ込んでいく。

 ブレーキは間に合わなかった。

 黒い敵機が岩盤と正面衝突する。

 無音のはずの宇宙に鈍い音が響いた気がした。

 そう錯覚するほどの大事故だ。

 衝撃の余波が舞い上がった粉塵を伝播していく。

 

 もちろん、この程度ではステラ・コネクタの致命傷にはならない。

 黒いシルエットが岩盤を半ばからへし折って、ふらつきながら障害物を突き抜けてくる。

 無重力環境で敵機がぐるりと回転した。

 スラスタ出力のアンバランスだ。

 明らかに虚を突かれて見当を失っている。

 

 そのときにはもう、僕はワーカーのフットペダルを踏み込んでいた。

 前面のスラスタをカット。背部のメインスラスタを出力全開に。

 後退から前進へと急速反転。

 内臓が押し潰されそうな加速度。

 安全規則を無視した機動にコックピットのあらゆる計器が抗議の声をあげている。

 

「無茶なのはわかってるって……っ」

 

 正面の敵機に急接近する。

 使える武装はない。

 ロボットアームを構えた。

 スピンしたソーンウッドは側面を晒している。

 粉塵を掃ってこちらを振り向こうとしているが、遅い。

 

 フットぺダルは踏んだままだ。

 減速はしない。そのまま突っ込む。

 ゼロ距離。

 激突。

 

「っ!」

 

 視界に星が瞬いた。

 全力疾走を金属壁に弾き返されたような衝撃。

 コックピットが無秩序に揺れている。

 宇宙服のヘルメットの中で頭がシェイクされる。

 

 コックピットモニタはノイズだらけ。

 歪んだ映像に黒いシルエットが微かにみえる。

 自前の眼球でそれを補正して、右の操縦桿を捻った。

 激突の衝撃でのけぞったワーカーが鞭のように右腕を振るう。

 斜めの軌跡を描いたロボットアームが、ソーンウッドの左肩に絡んだ。

 即座に巻き上げ機構(ウィンチ)を作動。

 敵機の左肩を支点にして、互いの機体を引き寄せる。

 背部スラスタも出力を維持したままだ。

 再度の急加速。

 モニタを黒い機体の影が覆う。

 

 衝突。

 二機の間の距離が再びゼロになった。

 金属がぶつかる轟音。全身がバラバラになりそうな激しい衝撃。

 機体がのけぞる。後方への加速度。

 しかし、敵機に絡んだアームがブレーキになった。

 急停止の反動でパイロットシートに頭部が強かに打ち付ける。

 ぐわんぐわんと脳が揺れる。

 コックピットの上部からは金属が捻じ曲がったような異音。

 耳元で警告(アラート)の大合唱。

 外部装甲が破損して、内部構造にまで歪みが生じている。

 

「もうちょっと頑張ってくれ……!」

 

 スラスタのバランスを変える。右を僅かに抑えて、左をやや強く。

 正方形の胴体が斜めに傾く。左の角が前に出て、ソーンウッドと密着しようとする。

 敵機の右腕には突撃銃があった。激突の衝撃でも取り落としていない。

 その銃口が定まるよりも早く、ワーカーの左半身をソーンウッドの右腕の脇へと捻じ込んだ。

 関節に異物を挟まれた敵機の右腕が、糸で吊られた人形のように押し上げられる。

 至近距離のワーカーを狙おうとしていた突撃銃も、無辺の宇宙へと銃口の向きを変えた。

 

 密着状態だ。互いの機体の外装が擦れる音がぎしぎしと響いている。

 ソーンウッドが自身にへばりついたワーカーを振り払おうともがいた。

 逃がさない。

 右のアームを敵機の左肩に固定したまま、左のアームを相手の背部に回す。

 ソーンウッドの図面は知識として知っていた。

 自身が把握しているスラスタの位置を狙って腕部を叩きつける。

 小惑星で採掘作業を行うために、ワーカーの腕部には機体固定用のアンカーが備わっている。

 敵機のスラスタを巻き込むように、その鋭利な(アンカー)を思い切り打ち付けた。

 

 アームのセンサに鈍い圧力。打ち付けられたアンカーが敵機のスラスタに突き刺さっている。

 潰せたスラスタは1機だけ。しかし、これでワーカーを敵機に固定できた。

 敵機の肩と背中にアームを絡めたスモウ・スタイルである。左右のアームは緊張を保っている。巻き取り(ウィンチ)をキープして密着状態を維持させる。

 突撃銃を持った右腕も高く持ち上がった状態で固定されていた。これでひとまずは敵もこちらに対して有効な攻撃を行えないはずだ。

 

「……大丈夫だよね、たぶん……」

 

 実のところ、けっこう不安ではある。

 捕縛されたソーンウッドがもがくたびにぎしぎしと悲鳴を上げる機体に冷や汗を流しながら、僕は荒くなった呼吸を整える。

 

 作業機械(ワーカー)の戦闘能力が人型戦闘兵器(ステラ・コネクタ)に劣るのは事実だが、比較を抜きにすれば基本性能(スペック)が著しく低いというわけではない。むしろ資源採掘用のマシンとしては高い性能と実績を持っている。両者の間にある差は、単に運用の適性の問題だ。

 戦闘を前提とした機動性能や耐弾装甲、複数の武装を扱うためのオペレーションシステムといったものは、当然ながら作業機械(ワーカー)には備わっていない。しかし、無重力空間で安全に資源採掘を行うための各種機構や、採掘した資源を牽引するための馬力(パワー)であれば、DJ号でもっとも広く運用されている機種(モデル)として恥じないレベルの性能をワーカーは持っている。

 

 だから、小惑星への機体固定と採掘物の牽引という2つの()()()を担うアームで拘束してしまえば、ステラ・コネクタといえでも、そうそう簡単には抜け出すことはできない。……はずである。

 

 しばらく呼吸を落ち着けるのに集中した。

 その間も敵機体は拘束を破ろうともがいていたが、アームへの荷重は許容範囲を(非常にギリギリのラインではあるが)推移している。スラスタのバランスも崩れているようで、高速での機動も難しい様子だった。

 

 今のところ、振りほどかれる気配はなさそうだ。

 それを確認して、僕はコンソールを操作する。相手の機体を密着しているのは都合がよかった。カットしておいたDJ号との通信を復旧させてから、続けて近距離通信を立ち上げる。

 相手の機体が完全にスタンダロンということはありえない。宇宙空間に存在する目的地にガイドなしで到達することは不可能だ。必ず外部の管制システムに繋がりがある。宇宙においては自分とは別の位置からの測量情報がなければ、自機の位置を把握することすらままならないのだから。

 

 案の定、ネットワークに未識別の信号が確認できた。暗号化されているが、今もどこかと通信を繰り返している。その発信源が2つ、近距離通信の(ネット)に引っ掛かっている。

 拘束したソーンウッドと、今も停泊したままの小型艇だろう。僕はしばらく考えてから、その片方、ソーンウッドと思われる発信源に、通信の要請(リクエスト)を送り付けた。

 

 数十秒の沈黙があった。

 それから、軽快な効果音とともに、敵機体との近距離通信が成立したとモニタに表示される。

 表示されたチャンネルに通信帯域を合わせて、僕は目の前の黒い機体へと呼びかけた。

 

「聞こえますか、ソーンウッドのパイロット?」

 

 

 

 

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