星の息吹と宇宙猫   作:子守家守

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彼女はひとりで跳ねるのか(9)

「聞こえますか、ソーンウッドのパイロット?」

 

 じっとりと粘つくような沈黙がしばらくあった。

 チャンネルは繋がっている。こちらの声が届いているのは間違いない。

 通信の要請(リクエスト)を通したのだから、相手にも対話の意思はあるはず。黙っているのは、返答に迷っているのか、それとも時間稼ぎか。

 

「聞こえている……」

 

 返答があったのは十秒後。

 聞こえてきたのは、囁くような男の声だった。若くはない。老人のようにしゃがれた声だ。

 聞き覚えのない声だった。通信を介しているから肉声とはまた別だとわかっているが、それでも僕の顔見知りのパイロットではないのは確かだ。声の雰囲気から察するに、けっこうな高齢パイロットのようだが……。

 

「現在地の座標は警備部門に報告してあります。応援部隊もすぐに到着します。これ以上の抵抗はお勧めしません。投降してください」

 

 ともあれ、敵のパイロットに投降を促してみる。僕は警備部門(プロ)ではないし、今までこういう場面に居合わせた経験もないので、それっぽい言葉を並べただけではあるが。

 ちなみに、応援部隊が近くまで来ているというのはハッタリではない。復帰させたDJ号の通信から確かにその旨が伝えられている。コックピットの広域マップにも、隅の方に友軍を示す光点がすでに表示されていた。

 

「……どのみち、この有様ではろくな抵抗もできまい」

 

 疲れたような吐息が通信から聞こえてきた。

 声の調子にもどこか投げやりな響きが含まれている。

 

「理解しているのなら、投降して武装解除を……」

「それはできない」

「……では、あくまで抵抗すると?」

「いいや。だが投降しようにも、私には決定権がない」

 

 決定権?

 

「リーダーが別にいるということですか」

「そうだ。パイロットなど所詮は末端の駒でしかない。君もパイロットならわかるだろう?」

 

「その人物はどこに?」僕は相手の問いかけを無視して聞き返した。「見当は付きますけど」

 ソーンウッドの通信から、つまらなそうに鼻を鳴らす音が聞こえた。

 

「お察しのとおり、そっちの小型艇の中だよ」

「それならリーダーとやらもこの状況もきちんと把握していますよね。この通信だってあなたを中継にして聞いているのでは?」

「まぁ、そのくらいは当然だな。否定することすら白々しい」

「それでもあなたには投降の指示が下りてこない、と……」

 

 通信を続けながら、外部カメラが捕捉している小型艇の様子を窺う。

 鮮やかな白と青で塗装された小型艇も、その後方に繋がれたコンテナも、小惑星の傍に停泊したままだった。推進装置も静止している。こちらの隙をついて逃げ出そうとか、そういった気配は見て取れない。

 

「クァニャンは無事ですか?」

「なに?」

「あなたたちがホテルから連れ去ったゲストのことです」

「ああ、なるほど。そんな名前だったか。異星人らしい変わった響きだ」

 

 くつくつと喉を鳴らす笑い声。

 とぼけるような語り口が神経を逆撫でした。

 

「もう一度聞きます。彼女は無事ですか?」

「そう怖い声になるな、若いの。凄んだところで身動きできないのは私も君も同じだろう」

「三度目です。次はない。クァニャンは無事ですか?」

「彼女は我々にとっても大切なゲストだ。もちろん無事だとも。……今のところは、だが」

 

「今のところは?」その言葉に全身の血が冷たくなった。「彼女も小型艇(フネ)の中ですか?」

「そのとおり」

「今すぐ解放してください。彼女に危害を加えることは、許さない」

「許さない?」

 

 しゃがれた老人の声がトーンを変えた。

 僅かに高くなった声は、なにか興味をそそられるものがあったかのような響きを帯びていた。

 

「許さないとは、誰がだね? 警備部門の飼い犬かな。それとも、DJ号(フネ)のお偉いさん?」

「彼らもそうですし……」言葉を切って、息を整える。「僕もそうだ」

 

「ほぅ」とこちらを探るような吐息の音。

 僕はモニタに表示されている通信の状態(ステイタス)を睨みつけた。映像は送っていないから、そんなことをしても何の意味もないとわかっていたけれど、そうせずにはいられなかった。

 

「若いの、君の名前は?」

 

 通信の向こうからソーンウッドのパイロットが好々爺の声色で問いかけてくる。

 僕の名前? 意図の読めない質問に眉を顰める。

 

「君が正直に答えたなら、『彼女』の身柄について譲歩を検討してもいい。……と、リーダーからの伝言だ」

「譲歩もなにも――」

 

 勢いのまま吠えそうになって、しかし、なんとか後半の罵声を飲み込んだ。

 通信に乗らないように長く深い息を吐く。落ち着け。優先すべきはクァニャンの安全。交渉の取っ掛かりになるのなら、ひとまず素直に名前を伝えたほうが得策だろう。

 

「……京奈院。僕の名前は京奈院だ」

「やはり、君がそうなのか。なるほど、なるほど……」

 

 やはり、とはどういうことだ。

 今操縦しているのは借り物の作業用機械(ワーカー)で、愛機の人型戦闘兵器(イブキ)ではない。通信も音声だけのものだから、顔を見られたということもない。面識のない相手から名前を言い当てられるような手掛かりはどこにもないはずだが。

 

「地上の情報に目を光らせていれば、君の名前はそこそこの頻度で見かけることになるからな。例のゲストと個人的な親交のあるパイロットとなると、第一候補として君の名が挙がるのはそう不思議な事ではあるまい」

 

「もっとも」通信相手はくつくつと喉を鳴らす。「想像よりも彼女に入れ込んでいるようだが」

 

「引っ掛かる言い方ですね。挑発のつもりですか?」

「いいや、まさか。純粋に驚いているよ。他人の安否について、ああも感情的になれるパイロットというのは、なかなかに珍しい。ほれ、コックピットの中では感情が抑制されるように教育されているのだろう? 戦闘中は冷静な判断こそが優先される、とな」

「……よくご存じで」

「ご存じもなにも、私も体験したことだからな」

 

 なんでもないように言った敵パイロットのその言葉に耳がぴくりと動いた。

 つまり、彼も正規の訓練課程を受けているということか。だとしたら、職業パイロットだ。現役ならどこかの武装企業に所属しているはず。

 しかし声の雰囲気からすると、すでに高齢で現場からは退いているという可能性もある。その場合は、内勤に回されるか、実働部隊の顧問や訓練教官に配属されるのが通例だが……。

 

 当然ながら、今の通信もDJ号にモニタされている。

 監査部の篠宮なら、もう相手のパイロットの身元を特定しているのかもしれない。

 

「しかしだからこそ、我々にとっては最後の鍵ともなり得る、か……」

「何の話です?」

「君の要求どおり、ウーサ人のゲストを解放するという話だよ」

 

 拍子抜けするほどあっさりとした口調で、ソーンウッドのパイロットはそう言った。

 一瞬、ぽかんと口を開けてしまった。聞き間違いではない。ウーサ人のゲスト、つまりクァニャンを解放するとはっきり言っている。

 

 しかし、なぜ?

 現時点では推測だが、クァニャンの誘拐と人工都市の爆破は2つで1つの事件だ。あれほど大規模な爆破テロを攪乱に使ってまでクァニャンを攫ったのには、それ相応の動機があるはず。

 DJ号(フネ)がこの場所の座標を把握してすでに援軍を差し向けている以上、相手にとって『詰み』に等しい状況なのも確かだとは思うが、だからといってそう簡単に彼女の身柄を解放するものだろうか。

 

「どういうつもりですか?」

「どうもこうも、見てのとおり虎の子のソーンウッドは君に封じられてしまった。小型艇だけを逃がしても、遠からずDJ号(フネ)からの援軍に追いつかれるだろう。君の忠告どおり、ここは投降するのが利口な選択だと思っただけだが」

「決定権は小型艇のリーダーにあるのでは?」

「だから、そのリーダーがそう決定して、私にそう伝えたのだよ」

 

「もちろん武装も解除する」とさっぱりとした口調でパイロットが言ったのと同時に、ソーンウッドが右手に握っていた突撃銃を手放した。何の躊躇いもなく手のひらから放り出された突撃銃は、無重力空間をゆっくりと遠ざかっていく。

 

「……他の武装は?」

「ない。型落ちで流れてきた機体に加えて、武装まで確保するのはなかなか難しかったからな。あの銃を手に入れるだけでもそれなりの苦労したものだよ」

 

 もちろん嘘の可能性は残っている。

 ただ、ワーカーのアームが敵機の両腕を拘束し続けているのも事実だ。腕部を使わないタイプの武装を装備していれば外観からでもある程度は把握できるのだが、そういった不審な付属物はソーンウッドのどこにも見当たらなかった。

 おそらく、相手のパイロットの申告は正しい。たとえ正しくなくても、こちらが武装の使用を封じている状態にある。そう判断できた。

 

「いいでしょう。それでは、彼女の解放を」

「まぁ待て。宣言どおりゲストは解放する。だからといって、何の準備もなく宇宙に放り出すわけにはいかない。そうだろう?」

「……その準備のために、時間が必要だと?」

「違う。そうではない。彼女を解放するために、君にも一肌脱いでもらうという話だよ、若いの」

 

「なにを」と言いかけたところで、機体のシステムにアクセスがあった。不正なものではなく、正規の信号(シグナル)でのコンタクトだ。

 発信源は停泊中の小型艇。軽量のデータを送ってきている。通信に常駐している簡単な解析システムだけでも、それがある種の認証(ライセンス)だと分かった。

 

 船籍番号と紐づいた乗船許可証である。

 

「シンプルな提案だ。我々はゲストは解放するから、君には彼女を迎えに来てもらいたい」

「……あの小型艇に、ですか?」

「彼女が宇宙に上がったのは今回が初めてと聞いている。そんな初心者に小型艇(フネ)から作業機械(ワーカー)まで遊泳させるわけにもいかないだろう? 君のような熟練者が迎えに行くのは、むしろ当然のことではないかね」

 

 からかうような口調に苛立ちを覚える。だが、言わんとすることはわからないでもない。

 クァニャンの無事を確認して彼女の身の安全を確保するためには、僕が小型艇(あちら)に行くか、彼女が作業機械(こちら)に来るかの2択になる。前者の場合でも、クァニャンと合流したあとはワーカーまで2人で戻ってくることになるだろう。ソーンウッドのパイロットの指摘のとおり、船外活動(EVA)の経験のないクァニャンのサポートはいずれにせよ必須事項だ。

 

 第3の選択肢があるとしたら、DJ号からの増援を待ったうえで、クァニャンを迎えに行くということになるが……。

 

「聞こえているな、京奈院」

 

 頭の中に篠宮の声が響いた。巌のように硬質で冷たい声だった。

 僕と敵パイロットとの通信を傍受したうえで彼が声を掛けてきているのは明らかだった。インプラントへの直接通信である。暗号化されているから、ソーンウッドのパイロットには聞こえていないはず。

 

「こちらの部隊の到着は約20分後になる計算だ」

 

 20分。微妙な時間だ。その程度なら到着を待つのもひとつの手ではある。

 だが、パイロットが言っていた『今のところは無事』という言葉が気に掛かる。

 ……いや、その発言がなかったとしても、20分の遅れがクァニャンに危険を齎す可能性を無視することはできない。可能な限り早急に彼女の身柄を取り戻す必要がある。

 

「対人用の武器は携行しているか?」

 

 篠宮の問いかけに、声は出さずにコンソールの操作で答えた。

 宇宙服とセットでロッカーに入っていた銃がある。銃といっても非殺傷のテーザー銃だが。宇宙服を着用していてもそのまま使用できるタイプだ。エネルギーの残量も問題ない。

 

「よろしい。では、ゲストの安全確保を最優先に行動しろ。これは監査部からの命令だ」

 

 そうなるだろうな、というのが素直な感想。たとえ敵の懐に飛び込むというリスクがあったとしても、ただのパイロットと異星文明からのゲストなら、後者を優先するのは至極当然のことだ。

 篠宮がわざわざ『命令』と付け足したのは、なにかあっても責任は監査部で持つという表明だろう。なかなかどうして律義な男である。

 

 もちろん、僕に異論はない。

 篠宮に命令される前から、すでに船外活動(EVA)の準備を始めている。

 援軍の到着まで待機しろ、と言われたら危うく命令違反をしなければならないところだった。

 

「ソーンウッドのパイロット」通信相手に向かって声を掛ける。

「腹は決まったか、若いの」相変わらず苛立たしい老人の声が応えた。

 

 宇宙服の気密と酸素供給を確認する。推進剤の残量も十分だ。

 

「提案を呑もう。今から小型艇に移動します」

「良い思い切りだ」

「ワーカーはこの状態で固定する。抜け出せるとは思わないように」

「ああ、無駄な仕事は老骨にこたえるからな。リーダーの選択に従うさ」

「誘拐やら爆破テロやらを起こしておいて、今さら老人気取りですか?」

 

 ざらついた感情を隠すことなく吐き捨てて、僕はワーカーの操縦機能(コントロール)をロックした。

 これで正規の認証を通さなければワーカーを動かすことはできない。それに加えて、ソーンウッドのコックピットハッチは機体の正面にあるから、ロボットアームで抱き着いたワーカーの胴体に蓋をされている格好だ。敵のパイロットがコックピットから抜け出してワーカーのコントロールを奪うのは不可能である。

 

「行くか……」

 

 僕はシートのベルトを外して無重力のコックピットに浮かび上がると、天井の取っ手を伝って機体側面のハッチへと移動した。ハッチのすぐ隣の壁には複数のインジケータと操作パネルが配置されている。

 減圧はすでに始まっていた。コントロールにロックを掛ける前に命令(コマンド)を入れておいたからだ。インジケータに表示されている気圧はほとんど真空に近い。宇宙服を着ていなければ耐えられない環境である。

 

 コックピットのランプの色が変わった。脱気が完了した合図だ。

 壁のパネルを操作して、コックピットハッチを開放した。開いたハッチの先に底の見えない宇宙が続いている。コックピット内の取っ手に掴まったまま慎重に頭を外に出すと、ハッチの脇にくぼみが見えた。宇宙服からロープを伸ばして、先端をそのくぼみに引っ掛ける。

 700年にわたる深宇宙探査の旅の中で、乗組員(クルー)の宇宙服に付随する機能は洗練され続けてきたが、物理的な命綱は今でももっとも信頼できる装備のひとつだった。

 

 命綱の接続を確認して、ハッチを閉める。コックピットの灯りがハッチの陰に消えていった。

 宇宙服の中の温度は一定に保たれているが、それでもじわりと汗がにじんだ。上下左右あらゆる方向に無限の落とし穴が広がっている。ワーカーやステラ・コネクタのコックピットから見るのとはまた違う感覚だった。宇宙の果てに吸い込まれてしまいそうなイメージがまとわりついてくる。

 

 深呼吸をひとつ。呼吸の音がヘルメットの中で反響する。

 小型艇の方向を見据えて、ワーカーの胴体を蹴った。それほど遠い距離ではない。測量したが、命綱も十分に届く範囲だ。

 宇宙服の腰部に装備した推進装置で角度を微調整しながら宇宙を滑っていく。敵のソーンウッドは静止したまま沈黙していた。目的地である小型艇も停泊したままである。宇宙の中で動いているのは自分だけなのではないか、と益体もない考えが一瞬浮かんですぐに消えていった。

 

 宇宙には摩擦がほとんど存在しない。意図してブレーキを掛けなければ、一定の速度を維持できる。最初にワーカーを蹴った反動と推進装置の僅かな加速だけでも、十分なスピードに乗ることができた。

 小型艇にある程度接近したところで、そのスピードに少しずつ減速を掛けていく。推進装置を使って身体の向きも調整しながら、足の方から()()()()()体勢を作る。

 

「……っと」

 

 その体勢のまま、僕は小型艇の側面に()()した。膝のクッションを使って衝撃を逃がす。

 狙ったとおり、到達したのはハッチのすぐそばだった。周囲を観察すると、ワーカーと同じく、壁面に小さなくぼみがあるのが見つかった。

 着用中の宇宙服には複数本の命綱が装備されている。僕は新しい命綱を引っ張り出して、その先端をくぼみに通した。これで身体が小型艇に固定された。

 ワーカーに繋がっている命綱も、ひとまず宇宙服から外して、小型艇のくぼみに繋ぎなおす。ワーカーから伸びたロープが小型艇に結ばれた形だ。伸縮性能にはそれなりの余裕があるから、両者の距離が多少変わっても千切れることはないだろう。クァニャンの安全を確保したら、これを伝ってワーカーに帰ることになる。

 

「さて……」

 

 一連の作業を終えて、小型艇のハッチに視線を向けた。

 通常であればハッチ付近に操作パネルがあるはずだ。大抵の場合、強固な外装をカバーにして保護されているのだが、注意して観察すれば見つけるのはそう難しくない。

 送信されてきた乗船許可証(ライセンス)はちゃんと携行している。船体の白い外装に刻まれた黒字の案内文(ガイド)を見つけた僕は、外装の下に隠されたハッチの操作パネルにそのデータを打ち込んだ。

 

 データの認証が終わると同時に、音もなくハッチが開く。開いた空間から空気が吐き出されることはなかった。内部の減圧は済んでいるということである。

 宇宙服の推進装置を使ってハッチの中に入ると、すぐ目の前に壁があった。エアロックだ。手早く命綱をエアロック内の金具に繋ぎなおして、後方のハッチを閉める。

 システムがハッチの閉鎖を確認して、エアロック内の与圧を開始した。空気の入り込む音が聞こえてくる。壁に表示された圧力計の数値が継続的に増加している。

 与圧の完了を待ちながら、眼球の時計を確認した。ワーカーを出てから5分が経過している。増援の到着まであと15分。デジタルの時刻表示を見据えたまま、宇宙服の収納に入っていたテーザー銃を右手に握る。

 

 エアロックのランプの色が変わった。

 与圧が完了して、船内へのドアが開く。

 

 銃を構えながらドアをくぐる。短い廊下だ。突き当りには別のドア。

 廊下に人の姿はなかった。明るい照明が灯っているし、遮蔽になりそうな物もなにひとつ置かれていないから、見落としているということもないだろう。犯人グループの刺客が待ち伏せている可能性も考えてはいたのだが、ひとまずここで仕掛けてくるつもりはないらしい。

 

 警戒を続けながら奥へと進む。突き当りのドアの横の壁に開閉の操作パネルがあった。

 施錠(ロック)はされていないようだ。宇宙服の背中を壁に張りつけて、ドアの開放を操作する。

 スライド式のドアが音もなく開いた。

 それと同時に、テーザー銃の銃口をドアの奥に向ける。

 

「動くな!」

 

 制止の言葉を叫んで部屋に踏み込む。

 ドアの先は豪奢なサロンだった。廊下よりも暖かみのある照明が、ゆったりとしていて居心地の良さそうな部屋を照らしている。品の良いアームチェアが円を描くように並べられていて、その中心にはどっしりとした純白のテーブルが置かれていた。壁面のスクリーンに投影されているのは古典時代の絵画で、暖炉を模したホログラムが揺らめく影を演出している。

 富裕層が時間と資金を掛けた調えた応接間のような空間だった。小型の宇宙艇の船室とはとても思えない凝り方だ。

 

 その一方で、室内にいた人間たちは部屋の雰囲気とはおよそ不釣り合いな格好だった。

 

 ぴったり10人。アームチェアに腰掛けている者もいれば、壁に背をつけて立っている者もいる。

 その全員が、宇宙服を着用してヘルメットを被っていた。ワーカーのロッカーから拝借した作業用の装備とはまったく違う、真新しくてすらりとした先端モデルの宇宙服だ。

 宇宙艇の乗員としては間違っていない格好なのだが、地球時代の伝統的な欧州をイメージした船室とは著しくアンマッチである。

 

「ようこそ、京奈院くん」

 

 宇宙服の近距離通信に声が届いた。ソーンウッドのパイロットとはまた別の老人の声だ。年月を積み重ねた低く重みのある声質で、落ち着き払ったトーンでこちらに呼びかけている。

 通信の発信源を確認する。部屋の中央、純白のテーブルの正面に座る宇宙服の人物が声の主だった。他の9人は沈黙を貫いたまま、僕と彼にじっと視線を注いでいる。

 

「あなたが誘拐犯のリーダーですか?」

 

 その男に銃口を向けたまま一歩近づく。背後で廊下とのドアが閉まった。

 10人の誘拐犯たちが抵抗する様子はなかった。彼らは最初の姿勢のままほとんど位置を変えることもなくその場に静止している。動きらしい動きといえば、ヘルメットの角度を僅かに変えて、僕の顔を追っていることくらいだ。

 

「いかにも、そのとおり」

 

 僕の問いかけに、正面の男は鷹揚な態度で頷いた。

 彼が首肯した拍子にヘルメットの中の顔が見える。

 

 老人だった。

 豊かな白髪と白い髭。皺だらけの顔で小さな目が光っている。

 とても落ち着いた表情だった。追い詰められた犯罪者とは思えない。口元には薄っすらと微笑みさえ浮かんでいた。

 

 部屋の中央のテーブルに歩み寄ったところで、他の9人の顔も確認できた。

 いずれも老人である。男が5人に女が4人。表情はそれぞれで、苛立たし気に口を結んだ者もいれば、不安そうに眉をひそめる者もいる。愉快そうな表情で僕のことを見つめている男もいたし、中央の男と同様に落ち着き払った表情の女もいた。

 

 意外といえば意外だった。

 都市を爆破して要人を誘拐するなどという向こう見ずな犯罪ともなると、もっと若い人物が犯人のようなイメージがあったのだが……。ここにいるのは、引退間近、あるいはすでに一線を退いているような年齢の老人ばかりである。

 

「そう剣呑な顔をされるな。我らは今さら逃げも隠れもせんよ」

 

 向けられたテーザー銃を意に介した様子もなく、リーダーの男が穏やかに言った。

 その余裕のある態度を訝しみながら、僕はヘルメットの奥の小さな目をじっと見つめる。

 

 聞きたいことはたくさんあった。

 

 誘拐犯たちは何者なのか。

 なぜクァニャンを誘拐したのか。

 この宙域でなにをしているのか。

 ステラ・コネクタをどうやって入手したのか。

 そして、僕をこの小型艇に招き入れた理由は。

 

 頭の中でいくつもの疑問が保留になっている。

 けれど、最初に聞くべきことは決まっていた。

 

「クァニャンはどこに?」

 

 その問いに対して、リーダーの男はなぜか満足そうに目を細めた。

 膝の上にお行儀よく乗せられていた腕が持ち上がって、サロンの壁の一方を指差す。そこに僕が入ってきたのとは別のドアがあった。方向としては小型艇の後部に向かう位置だ。

 

「ゲストなら、あのドアの向こうだ」

 

 老人の指先を追いながら、僕は小型艇の外観を思い出す。

 このサロンの広さを考えると、ドアの向こうに船体のスペースはほとんど残っていないはず。けれど、ドアの先がそのまま宇宙に繋がっているわけではないだろう。

 

「コンテナか」

「左様」

 

 この場に停泊しているのは小型艇だけではない。牽引してきたコンテナが一緒に停泊している。

 そして、コンテナと小型艇の間には外付けの通路が架けられていた。リーダーの老人が指差したドアは、その通路の接続ポイントに近い位置にある。

 

「鍵は掛かっていない。迎えに行ってやるといい」

「……」

 

 あまりにあっさりとした態度だった。

 せっかく誘拐してきたクァニャンを引き渡すことになんの躊躇もないようにみえる。

 しかしかといって、追い詰められて観念したという雰囲気でもない。

 

 なにかの罠だろうか。あるいは嘘をつかれているのかも。そんな疑念が頭に浮かぶ。

 けれどそれにしては、目の前の男だけでなく他の9人からも、敵意らしい敵意が感じられない。

 

 怪しいと思えば、どこまでも怪しい。

 そう思いつつも、僕は銃口をリーダーの男に向けたまま、サロンを横切ってドアのもとへと移動した。罠だとしても、危険に遭うのは僕自身だ。クァニャンと合流できる可能性があるなら、その程度のリスクは呑み込んで然るべきだろう。

 

 誘拐犯たちが動くことはなく、黙って僕の背中を目で追ってくるだけだった。

 じっとりと重い視線が背中に張り付いている感じがする。物言わぬ宇宙服の群れに囲まれて、出来の悪いホラー作品みたいだ。

 

 リーダーの男の言うとおり、ドアに(ロック)は掛かっていなかった。

 壁際のパネルを操作すると、なんの抵抗もなくドアが開く。

 予想通り、ドアの向こうには蛇腹の通路が続いていて、その突き当りにコンテナの入り口があるのが見えた。

 

「京奈院くん」

 

 ドアをくぐったタイミングで、リーダーの男が声を掛けてきた。

 振り返ると、10人分の視線が矢のように刺さる。老人たちの宇宙服に暖炉のホログラムが反射して、ヘルメットに不気味な影を揺らめかせている。

 

「君と我々が、共に家に帰れることを願っているよ」

「……なに?」

 

 投げかけられた意味の分からない言葉。

 それを問いただす前に、目の前のドアが閉まった。

 サロンを遮った無骨なステンレスのドアが、コンテナとの連絡通路に沈黙を運ぶ。

 

 のっぺりとしたドアを数秒睨みつけた僕は、深呼吸を一度挟んでから、コンテナに向かって移動を開始した。

 

 

 

 

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