星の息吹と宇宙猫   作:子守家守

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彼女はひとりで跳ねるのか(11)

 事件の幕切れはあっさりとしたものだった。

 

 数分後、DJ号の警備部門と監査部の増援が現場に到着。

 小型艇とソーンウッドの誘拐犯たちは、特に抵抗も見せず、あっけなくお縄となった。

 

 クァニャンの装着していたVRデバイスの操作機器もすぐに発見され、彼女は正規の処理手順で安全に仮想現実の世界から離脱(リープ)した。

 救助された彼女はすぐさまDJ号の医療機関に搬送され、思いつく限りの検査と診察を受けることになった。ホテルで使用された麻酔ガスや小型艇で体験した仮想現実が、ウーサ人である彼女にどんな影響を及ぼしているのか、慎重に調べる必要があった。

 麻酔ガスにせよVRデバイスにせよ、その安全性は地球人を基準にして保証されたものでしかない。ウーサ人の生態が地球人に類似していることは徐々にわかってきているが、だからといってこれらがウーサ人に対してまったくの無害だと言い切ることは当然できなかった。

 もちろん、誘拐事件のターゲットにされたことによる精神的なダメージについても、複数の専門医による念入りなケアが行われたことは言うまでもない。

 

 幸いひと通りの検査で異常が見つかることはなく、当のクァニャンもケロリとしたものだった。

 救助されてからしばらくは、いわゆるVR酔いと呼ばれるような、ふわふわとした酩酊感を感じていたようだが、それもDJ号の医療機関に着くまでのこと。彼女が言うには、2つか3つほどの検査を受け終えた頃には、感覚の混乱もすっかり消えてなくなっていたとのことだ。

 

 僕はといえば、ずっと彼女の付き添いである。

 

 特に小型艇での救出から警備部門の宇宙船で医療機関に搬送されるまでの間は、VR酔いの影響もあって、ふわふわした足取りの彼女を誰かがすぐ隣で支える必要があった。

 クァニャンの私服は誘拐犯の小型艇に保管されていたのが発見されたが、医療機関に急行する都合上、着脱に時間の掛かるVRデバイスから着替えるのも難しく、搬送中の彼女はドライスーツ姿のままだった。

 ボディラインの浮き出た格好の上からブランケットを羽織っただけの彼女は、救出されてからずっと僕の腕にしがみついていたので、そのまま付き添い役として僕が指名された次第である。

 

「なんというか、現実感が薄いの」

 

 というのが彼女の感想だった。

 麻酔ガスで眠らされて、目覚める前にVRデバイスを装着されたとなれば、意識を取り戻したときにはもう仮想現実(ヴァーチャル)の中だったわけだから、さもありなんだ。

 

「……夢から覚めたときのことは、覚えてるけれど」

 

 と、なにか言いたそうな表情でこちらの顔をじっと見つめてきた彼女に対して、咄嗟に目をそらしてしまったのは一生の不覚である。

 

 検査が一区切りしたところで、クァニャンは惑星ウーサに帰還する運びになった。

 DJ号の医療機関でこのまま精密検査と治療を行うという案もあったのだが、爆破事件の影響で未だに都市がざわついているということもあり、念のため地上に下りた方が彼女にとっても安全だろうという判断だった。

 

 警備部門や監査部だけでなく、DJ号の上層部……、大道寺財閥もこの判断を支持したという話である。

 

 当初予定されていたクァニャンと上層企業の重役との会談は、地上への連絡船(トランスポータ)に乗り込む彼女をこちら側の要人が見送るという形で(変則的ではあるが、ひとまずは)実現された。

 誘拐事件に巻き込まれたクァニャンに対して、見送りに立ち会った重役たちが丁重に謝罪を述べて、その謝罪を彼女が神妙な顔で受け入れる。

 通常の会談以上に儀式めいたやり取りだったが、当然ながらクァニャンのこの対応は地上のユミツ国から送られてきた指示を受けてのものである。彼女の上司であるマハナ中佐は、いつの間にかDJ号の通信機器の扱いにずいぶんと習熟していたようだ。

 

「こっちはこっちでナェゴトでの襲撃事件があったから。ある意味、これで()()()()かも」

 

 冗談でも皮肉でもなく、普段と変わらない表情でそう呟いたクァニャンに、僕は肩を竦めて応えるしかなかった。

 

 実際、ユミツ国とDJ号がお互いに負い目を持つことになったのは確かだ。この件が両勢力の関係にどういった影響を及ぼすのかは、これから先の政治的な駆け引きの領域になるだろう。

 事実上、事件は僕やクァニャンの手から離れたといっていい。僕も彼女も、本職は現場の戦闘要員である。起こった事件に対して個人的な遺恨を覚えていないともなれば、複雑怪奇な政治の世界にまで首を突っ込むつもりにはさらさらなれなかった。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 地上に降下する連絡船には、僕とクァニャンの他にも数人が乗り込んでいた。

 僕らと一緒に地上に戻ることになった三船と、連絡船の運行要員、それからクァニャンの護衛として同乗した警備部門の人員たち。

 

 意外だったのは、そこに監査部の篠宮の姿があったことだ。

 装いはグレイのスーツに四角い眼鏡。黒い髪をきっちりと七三に分けた、いつも通りの、堅物という言葉をそのまま形にしたような風貌だった。

 

(フネ)に残らなくてよかったんですか? 監査部も事件のことで忙しいのでは……」

「問題ない」

 

 篠宮は僕の疑問にばっさりと答えた。相変わらず蛇のような目つきで、じろりと僕たちの顔を見つめている。

 連絡船内の小さな談話スペースだった。僕の隣にはクァニャンが座っていて、僕らの正面の席に篠宮が座っている。互いの間には合成樹脂の簡素なテーブルが置かれていた。

 他の乗員の姿は近くには見えない。声の届く範囲にいるのは、僕たち3人だけだった。

 

 すでに連絡船は宇宙港を出発していた。

 地上までは数時間の旅である。

 

「それは、問題ないと言えるくらいには捜査がもう進んでいる、という意味ですか?」

「そうだ」篠宮が鼻を鳴らした。「犯行グループのリーダー……、小型艇に乗っていた男のひとりが、事実関係を認めて事件について自供を始めている。今のところ矛盾した説明はなく、自供内容の裏取りも進んでいる状況だ」

 

「この分なら尋問の必要も薄そうだろう」と彼は口元を歪める。

 犯行グループのリーダーというと、小型艇のサロンの中心にいたあの老人のことだろうか。

 

「だとしても、篠宮さんが地上に下りる理由は?」

「ユミツ国の政府に対して捜査の進捗と判明した事実の共有を行うこと。それが今回の俺の仕事になる。……それから、地上に下りている乗組員(クルー)の中に、犯行グループと関わっていた者がいないかの調査もだな」

 

 説明の後半はどこか苛立たしげな口調だった。

 おそらく調査すべき人物について、すでにある程度の目星がついているのだろう。自供したという犯行グループのリーダーからなにか情報を得ているのかもしれない。

 

「ついでというわけではないが、捜査の進捗については、事件の当事者に伝えることも許可されている。地上まではまだ時間があるから、よければ今からでも説明するが……」

 

 そう言いつつ、篠宮は温度を感じさせない目で対面に座る僕たちを見つめていた。

 篠宮に水を向けられて、『当事者』であるクァニャンはきょとんとした表情をしていた。彼女は僕の隣に座っているが、心なしか以前よりもこちらとの距離が(物理的な意味で)近くなっているような気がする。

 

「ええと……、それなら、お願いします」

 

 僕の顔を横目でちらりと見上げてから、彼女は少し困った表情で篠宮に頷いた。

 病院での検査のときにも言っていたが、「現実感がない」というのが事件に対する彼女の感想なのだろう。監査部として責任を負う立場にある篠宮のシリアスな空気が、いまいちピンと来ていないのかもしれない。

 ……ナェゴトでの襲撃事件のときは、僕も自分に発生した被害についてそれほど重く受け止めていなかったから、あまり人のことは言えないけれど。

 

「結論から言おう。犯行グループは『帰郷派』の人間だった」

 

 クァニャンの頷きを受けて、テーブルの上で指を組んだ篠宮が重々しく告げた。

 帰郷派。その単語を聞いて僕は指を顎に当てる。身代金の要求がなかったことから、誘拐事件は金銭目的ではなく政治的な意図によるものなのではと予測はしていたが、どうやらそこは当たっていたらしい。

 

 一方、クァニャンには単語の意味そのものが伝わっていなかった。

「帰郷派?」と眉を傾けた彼女に、僕は簡単にその単語の指すところを説明する。

 

 まず前提として、DJ号の社会には『帰郷思想』という考え方がある。

 内容はシンプルで、深宇宙探査の旅を終わりにして、地球に帰還しようという思想だ。

 これ自体はよくある考え方で、特に珍しいものでもなく、違法性を持つものでもない。

 

 問題なのは、この『帰郷思想』を実現するために暴力や陰謀といった犯罪行為をも厭わないというタイプの人間で、『帰郷派』とは、そういった過激派集団を指しての呼称である、と。

 

 僕のざっくりとした説明を終わり、クァニャンが「なるほど……」と頷いたところで、篠宮が話を進める。

 

「今回の事件、首謀者(リーダー)は小型艇で京奈院に対応したあの白髪の男だ」

「やっぱり彼でしたか……。素性と経歴は?」

「これがずいぶんな大物でな。あの老人、大道寺財閥の直系企業で取締役の椅子に座っている男だったんだよ」

 

 そう吐き捨てて、篠宮は大袈裟に肩を竦めた。

 彼の言葉に僕は思わず眉を傾けてしまった。財閥の直系企業ともなれば、艦内の企業序列でもトップに近い位置になる。しかも、一般の社員ではなく、取締役とは。

 篠宮の態度から察するに、あの老人はDJ号全体の運営にも関わる立場にあったと見てまず間違いないだろう。『帰郷派』が上層企業にも根を張っているという噂は聞いたことがあるが、そんな重要なポジションにまで構成員が入り込んでいたのか。

 

「彼が帰郷派に所属していると、監査部は掴んでいたんですか?」

「いいや。完全にノーマークだった」

 

 篠宮が額に皺を寄せる。

 

「今まで相当慎重に立ち回って来たのだろうな。上層企業の取締役ともなれば身辺調査も念入りに行われるはずだが、それも上手くすり抜けていたようだ」

「過去の活動については? 帰郷派の犯罪行為に関与したことがあれば、そこで尻尾が出そうな気がしますけど」

「どうもあの男、帰郷派の活動に直接関わることはほとんどなかったらしい。自分の地位を利用して入手した情報を、ごく一部の構成員に秘密裏に渡すというのが基本だったそうだ。当然、情報の受け渡しにも細心の注意を払っていた。監査部としては、どこかから艦の機密情報が漏洩していることは察していたが、その元凶を絞り切れていなかった、というのが正直なところだ」

 

 ほんの一瞬、篠宮が目を伏せた。

 珍しい。いつもの絡みつく蛇のような視線が、心なしか沈んでいるようにもみえる。情報漏洩の犯人について、存在を察知しつつも正体を看破できていなかったことを悔やんでいるのだろうか。

 

「ところがだ。今回の事件であの男は、これまでの慎重さを投げ捨てて、自らが主導する形で計画を動かしていた。爆発物の確保や爆弾の設置ポイントの警備状況、それから『ゲスト』の宿泊するホテルに誘拐の実行犯を侵入させて麻酔ガスを設置させる手引きに至るまで、自身の地位を余すことなく活かして事件の下準備を推し進めていたわけだ」

 

 篠宮の口元が皮肉そうに弧を描いた。

 

「計画の実行後に自分の存在が露見しようと構わない、とばかりにな。おかげで自供内容の裏取りはとんとん拍子だ。……自社の取締役が犯罪行為に関与していたことがあっさりと証明されて、所属企業の他の重役たちは揃って顔を蒼くしていたが」

 

「つまり、事件の首謀者は地位もなにもかも元から捨てるつもりだったと」

「おそらくは」

「……そうまでして事件を起こした、彼らの目的は結局なんだったんです?」

 

 クァニャンに仮想現実(ヴァーチャル)の世界を体験させて、彼女をどこかに送り込もうとした、というのはわかっている。わからないのは、いったいどこに送り込むつもりで、そこにどんな動機があるのか、ということだ。

 この点については、ターゲットにされたクァニャン自身も詳しいことはわかっていなかった。麻酔の影響で思考が鈍っていたし、彼女の主観では夢と現実、仮想現実の3者の境界も曖昧だった。

 医療機関での検査でひと通りの調査は行われたのだが、どこからどこまでが誘拐犯の用意した仮想現実だったのか、クァニャンも断言できなかったのである。

 

「ある意味で、帰郷派の本懐ではある」

 

 テーブルの上の指を組みなおし、背筋を伸ばして篠宮は言った。

 

()()()()()()()()()()()()()()

 

 しばらく沈黙が流れた。

 篠宮の表情は至って大真面目である。冗談を言われたとか、こちらが聞き間違えたとかではなさそうだ。

 

「……それはつまり、『跳躍』で?」

 

 誘拐犯がクァニャンにやったことを振り返ると、そう解釈する他なかった。

 ……はっきり言って、馬鹿馬鹿しい考えだとは思うが。

 

「少なくとも彼らの首謀者(リーダー)はそう自供している」

 

 篠宮は僕の問いをしかつめらしい顔で肯定した。

 そのあまりに荒唐無稽な計画に、思わず呆れの混じった声が出てしまう。

 

「いや、どう考えても無理ですよ。魔法はそこまで万能じゃありませんって」

 

 理屈、というか目論見自体はわかる。

 要するに仮想現実の世界で地球の情報をクァニャンに()()させて、それを目印にして『跳躍』を実行させようということなのだろう。

 

 正直、この時点でもう穴だらけの計画である。

 確かにDJ号の現在地から見た地球の座標を特定することはできる。航行記録にデータとして残っているからだ。地球の公転軌道が変わるような天変地異が発生していなければ、そのデータは今でも通用するはずである。

 

 けれど、クァニャンの『跳躍』に必要な座標は、電子データ化された数値ではない。

 必要なのは、魔法の行使者であるクァニャン自身が、彼女の主観としてその場所のことを認識することなのである。

 帰郷派の誘拐犯はそのための手段として、仮想現実(ヴァーチャル)の地球を彼女に体感させたわけだが、座標データではない現在の地球の情景となると、どうしても過去の記録から予想されただけのものになってしまう。

 

 現在の地球の正確な情景なんて、DJ号の乗組員(クルー)でさえ誰も知らないのだ。

 

 おそらくVRのデータとして準備されたのは、時代を超えて保存されている可能性の高い一部の地域を再現したものだったのだろう。ひとの手が入りにくい極地の自然環境や、歴史的な経緯で永続的な維持管理が期待できそうな史跡などが候補になりそうか。

 しかし、DJ号が地球を発つ段階では永続的な維持管理が謳われていた地域や場所であっても、その方針が今も守られているという保証はどこにもない。DJ号が地球を出発してから、もう700年以上が経過しているのだ。当時とは方針が変わって放棄された土地や、維持管理がすでに不可能となった施設もあって当然だろう。

 

「つまり、奇跡的に700年前とほとんど変わらない場所が現実の地球に存在して、しかもそれが誘拐犯の構築した仮想現実(ヴァーチャル)の中に運良く再現されていて、なおかつクァニャンがそこを『跳躍』先の座標として認識できれば、『跳躍』の準備が整う()()()()()()というレベルの話ですよ、それは」

 

 しかも、その前提条件をクリアしたとしても、今度は距離の問題が立ちはだかる。

 クァニャンの『跳躍』は、現在地と目的地との距離を無視してどんな遠くにでも瞬間移動できるというものではない。彼女曰く、『跳躍』の移動限界には魔法使いの生体魔力なるものが深く関わっているとのことだ。

 クァニャン本人が語っていたことだが、彼女単独では惑星ウーサの地上から大気圏外に『跳躍』することさえ難しいという話だった。となれば、惑星ウーサから宇宙の遥か彼方に位置する地球に『跳躍』するだなんて、どう考えたって不可能である。

 

「うん、絶対に無理」

 

 クァニャンに視線を向けると、彼女もはっきりと僕の考えに同意した。

 それから「でも、そうか」と彼女は目を細めながら言葉を続けた。

 

「あれが地球……、ケイナインたちの故郷の惑星(ほし)だったんだ」

「もはや存在しない過去の記録か、帰郷派が想像した偽物の景色のどちらかだったけどね」

 

 思わず刺々しい声が出てしまい、自分でも少し驚く。どうやら僕は、帰郷派が『地球』をでっち上げたことを想像以上に不愉快に思っているらしい。

 僕の低い声を聞いたクァニャンは、ちょっと目を丸くしてから「わかってる」と困ったような表情で微笑んだ。

 

「実際のところ」篠宮が口を開く。「そういった『魔法の限界』について、俺も詳しいことを知ったのは事件の後になってからだ。渉外部と一緒に地上に下りた経験はあるが、そのときも魔法という技術の解析に深く突っ込むような任務ではなかったからな」

 

 篠宮の蛇のような視線が僕とクァニャンを交互に見た。

 

「知ってのとおり、DJ号(フネ)の一般層には魔法の存在はまだ公開されていない。惑星ウーサとの外交に関連する企業であれば多少の情報を得られるだろうが、それでも閲覧が許可されている情報はほんの僅かだ。我々が収集・解析した魔法技術について、すべての情報を把握しているのは、それこそ大道寺財閥のトップ層くらいだろう」

 

「その次に詳しいとなると、おそらく君のような現場の人間だな」と篠宮は口を斜めにする。

 

「惑星ウーサの魔法とはどんな技術なのか。情報の大部分が秘匿されている上に、断片的に入手した情報も現実離れした内容過ぎて嘘か本当かもわからない。おまけに反政府勢力を牽制するための欺瞞情報もネットワークに拡散されている始末だ。それゆえに、帰郷派の連中も『魔法の限界』を正確に把握することはできていなかったみたいだな」

「そんな中途半端な知識しか手に入らない状況で、彼らはあんな事件を計画したと?」

「リーダーの自供によると、『ステラ・コネクタに乗ったパイロットと魔法使いが、2人揃って機体ごと瞬間移動した』という情報が偽情報(フェイク)ではないことの確証を得られたところで計画が動き出したらしい。……つまり、『複数人を瞬間移動させる技術・能力が実在する』というのが、彼らの計画の大前提だったわけだ」

 

 そう説明されると、理解できない話ではなかった。

 ユミツ国の軍事基地で行われた魔法の実験やクァニャンから口頭で伝えられた理論説明とは違い、篠宮が挙げた情報は『災獣との戦闘中に実際に観測されたもの』だ。多方面から記録されたデータが残っているはずだから、帰郷派としても真偽の確認が比較的やりやすかったのだろう。

 

「……ひょっとして、だから彼らは()()()()()()に隠れていたんですか?」

 

 コンテナでクァニャンと合流したあと、小型艇に(フネ)からの増援が到着したときのことを思い出す。

 彼らが小型艇に踏み込んだとき、サロンに帰郷派の老人たちの姿はなかった。いつの間にかいなくなっていた彼らがどこにいたのか判明したのは、僕とクァニャンの身柄が保護されて、小型艇とコンテナの捜索が始まってからだった。

 

 10人の老人たちは、コンテナの外壁と内壁の間の空間に()()()()()()

 クァニャンが囚われていたコンテナ内の部屋のサイズから推測して、コンテナの外壁と内壁の間の空間にかなりの厚みがあることはすぐにわかることだった。そこには仮想空間(ヴァーチャル)をコントロールするためのシステム機器が収納されていたのだが、それに加えて、狭いながらも人間が入り込むための隙間が設計(デザイン)されていたのである。

 

 警備部門の捜索により発見されたのは、薄暗くて狭苦しい空間にひしめく宇宙服の老人たちの姿だった。……聞いただけでも、かなりホラーな絵面である。

 

「つまり、クァニャンがコンテナと一緒に『跳躍』すれば、自分たちも一緒に『跳躍』できるんじゃないか、と……」

「ああ、そういう理屈を考えて、彼らはあのコンテナを用意したという話だ」

 

「……なるほど。彼らには彼らなりの理屈があったことは、まぁ一応、理解しました」

 そう言いつつも僕は、どうしても怪訝な表情を作ってしまう。

「それにしたって、勇み足というか、見切り発車の感は拭えませんけど」

 

「そうだな」と篠宮が真面目な表情で頷いて「しかし……」と言葉を続ける。

 

「今回の事件に関わった帰郷派は皆、それなりに高齢の人物たちだった。誰もが引退間近で、寿命のことを意識するような年齢層だ。彼らは若かりし頃から帰郷派として密かに活動を続けてきた。帰郷思想を過激なほどに信奉した彼らは、深宇宙探査の任務を中止させてDJ号を地球への帰途に就かせるべく、それぞれが違法行為に手を染めてきた。まさしく、彼らは人生の大半を『帰郷』のために捧げてきたと言っていいだろう」

 

 篠宮の口調はフラットで、私情を挟まないように凍てつかされたものだった。

 

「だが一方で、彼らは当然理解していた。自分たちがどれほど帰郷派のために活動しても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。帰郷派の活動が実を結んで、DJ号が地球に帰還することになったとしても、故郷に到着するのは700年以上先のことだ。焦がれるほどに夢見てきた地球の大地に自分たちが立つことは、絶対にありえない、と……。それでも活動を続けるのは後世の人間のため……、と言えば聞こえはいいが、その事実を考えるたびにある種の虚しさを感じることもあったと。逮捕した帰郷派からそんな証言もあがってきている」

 

 疲れたような吐息を零した篠宮。彼の言葉を、僕は引き継いだ。

 

「そんなところに突然、『自分も』地球に帰れるかもしれない可能性が降ってわいてきた、というわけですか」

 

 監査部の冷たい仮面の表情で篠宮は頷いた。

 

「彼らは最後のチャンスだと考えたらしい。自分たちの寿命はそれほど長くない。ユミツ国との国交が成立して魔法の研究が本格化するのを待っている時間はない。『跳躍』の魔法使いがDJ号に乗船してくるのも、もしかしたら今回が最後という可能性もある。見切り発車だろうと、事を起こすのは今しかない……。彼らの自供によれば、そう考えた末に計画が実行されたという話だ」

 

 篠宮が言葉を切ると、談話スペースに沈黙が下りた。

 僕は腕を組んで天井を見上げる。

 

「……小型艇に僕を招待したのは、クァニャンの仮想現実(ヴァーチャル)体験に利用するためですか」

「それもある。君の肉声を使って、『地球』から彼女に呼びかける状況(シチュエーション)を設定していたらしい。もっとも、それにどの程度の効果があったのかは不明だが」

「それも、っていうことは、他にも理由が?」

「ああ……。君は、あの本を持っているからな。引退した帰郷派から受け継いだ、例の小説だよ。それもあって、今までも帰郷派からはたびたびちょっかいを出されていただろう?」

「篠宮さんの釣り餌にされてたんだと思ってましたけど」

「それも間違いではないが。ともあれ、あのリーダーの老人も、そんな君が地球への帰還の鍵になるかもしれないということに、なにか運命のようなものを感じていたらしい」

 

「運命?」天井から正面に視線を戻して、僕は篠宮を睨みつけた。「なにを適当なことを言っているのやら」

 

 事件を起こした帰郷派の老人たちが、本当のところ何を考えていたのかはわからない。

 篠宮の語った話がまったく理解できないわけではないが、それを許容できるかはまた話が別だ。

 彼らに誘拐されたクァニャンも、爆破事件に巻き込まれた被害者たちも、彼らの勝手な理屈で事件に巻き込まれてしまったのだから、たまったものじゃないだろう。

 

「……彼らの処遇はもう決まっているんですか?」

「誘拐もテロも重罪だ。爆破事件では死傷者も出ている。情報を引き出したあとは、そう遠からず()()()()になる予定だ」

 

 そうだろうな、としか思えなかった。

 同時に、誘拐犯の皺だらけの顔に光っていた小さな目を思い出す。

 身勝手に他人を傷つけて、自分の命を犠牲にすることさえ厭わず、ただひたすら地球という故郷に恋い焦がれていた、あの瞳だ。

 

 僕は、地球人失格なのかもしれないけれど、そこまで故郷に夢を見ることができなかった。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 連絡船で地上に下りてから、水無と通信する機会があった。

 いつもと同じ上品な微笑みを浮かべた人工知能の家庭教師(チューダ)は、人工都市で発生した事件の補足情報を淡々と教えてくれた。

 

「爆破事件の死傷者は51名。軽傷が22名で、重傷が16名。死亡者は13名になります。犯行グループの抹消処分も決定しているため、今後の捜査の結果次第ではありますが、乗組員(クルー)の欠員は少なくとも30名以上になると予想されています」

「そうですか……。やっぱりかなり被害が出ていたんですね」

「はい。ですが、(フネ)の運行には影響ありません。規定に従い、『次の乗組員(クルー)』の出生処置を行いました。彼らが成長するまでの間は、欠員の生じた職務(タスク)を人工知能と予備人員がカバーすることになります」

 

「いつも通りですね」と僕は微笑んだ。

「いつも通りです」と水無は頷いた。

 

「今さらですけど、悠長な話ではありますよね。人間が生まれて、知識を身に付けて、実際に仕事をこなせるようになるまで、少なくとも十数年は掛かるんですから。まぁ、だからこそ、もともとの仕事を引退した老人も、予備人員として寿命が来るまでは乗組員(クルー)でいられるわけですけど」

「京奈院さんは、このシステムについてどう考えていますか?」

「どうって言われても。(フネ)の運行を安定させるためには効率的だと思いますよ。それに、本来の仕事を引退したからって、すぐさま老人を『入れ替え』に回すよりかは人道的な配慮がされているんじゃないですか」

 

「私もそう考えます」水無は僅かに首を傾けた。「ですが同時に、懸念も覚えています」

 

「懸念?」

「はい。(フネ)の安定を第一に考えたシステムが構築された結果、人命の損耗がDJ号に対する顕著な被害に繋がることはなくなりました。予備人員のストックもそうですが、極論すれば、人間が行うべき職務(タスク)の大部分は、人工知能が代替することも可能となっています」

 

 少し間を置いて、彼女は続ける。

 

「言い換えれば、艦を安定させるためのこのシステムは、人間の命の価値を軽くする一因となっています。乗組員(クルー)の皆さんが、自分の生命活動以上に艦全体の利益を優先する傾向にあることや、次の世代に自身の遺伝子を残す欲求を失ってしまったことは、ここにひとつの原因があると推測できます」

 

「水無先生としては、そこに懸念があると?」

「はい。人類社会の持続を考えれば、人命の軽視はいずれ是正する必要があるでしょう」

 

「うーん……、僕はあまりピンと来ませんね。(フネ)に致命的な不具合が発生したら、どちらにせよ乗組員(クルー)は生きていけないわけですし。今の優先順位は間違っていないと思いますよ」

「ですが、惑星ウーサが発見されました。DJ号が運行不能になっても、人類はあの惑星の地上で社会を維持できる可能性があります」

「ああ、そういえばそうですね。……そうだなぁ、それでも乗組員(クルー)全体の価値観をいきなり変えるのは難しそうですけど……」

 

 僕は通信の向こうの水無に問いかける。

 

「たとえば、人間が自分の命の価値を軽く見たままで、そのためにいつか滅ぶことになったら。そのときは、代わりに人工知能や機械が繁栄する時代になったりするんでしょうか」

「いいえ。それは機械の本懐ではありません。『私たち』は()()()深宇宙探査をサポートするために製造されました。機械だけで別の惑星を目指すことに、価値を見い出せません」

「人間だって同じですよ。深宇宙探査の旅に価値があると勝手に思い込んでいるだけで、実際そこにどんな意味があるのか、本当に理解している人なんてどこにもいないんじゃないかな」

 

「もちろん、僕も含めて」と僕は口を斜めにする。冗談じみた口調だったが、それなりに本心だった。少なくとも、この宇宙の果てへと向かう探査行を『地球のため』と考えている人間は、もうほとんどいないだろう。

 

「ですが、惑星ウーサに到達したことで、人類を生存させることの価値は実証されました」

「それってどういう理屈ですか?」

 

 首を傾げる僕に、水無が滑らかに言葉を返す。

 

「人類とウーサ人が対等の関係を築こうとしていること。そこに人類が生存してきた価値があります。人類の生存が達成されていなければ、両者がこのような関係を模索することすらあり得なかったでしょう」

「いやぁ、どうだろう。700年の旅の途中で人類が滅んで、機械だけが生きている艦が惑星ウーサに到達したのだとしても、今と同じような流れになったかもしれませんよ」

 

「いいえ。そうはなりません。それが私たちの演算結果です。生きた人間が不在で、遺伝子だけが残っているなら、地球人の『復活』の是非で必ず揉めることになります。DJ号の人工知能だけでなく、惑星ウーサの人類を巻き込んでの大きな争いになるでしょう。また、たとえ『地球人』が『復活』しても、ウーサ人との関係は対等なものにはならないでしょう。復活()()()側と復活()()()()()()側で、歪な関係性になることは容易に想定できます」

 

 彼女の断定口調に「そうかもね」と僕は思わず苦笑してしまった。

 けれど、人工知能の彼女がそう言うのだから、あてずっぽうの未来予想ではなくて、なにかしらの演算を重ねた結果の言葉なのだろう。

 

「地球人類が惑星ウーサの人類に劣っているということはありません。『魔法』は彼らのアドバンテージですが、地球人類はそれとは別のポテンシャルを持っています。ゆえに、両惑星の人類は互恵的で対等な関係を築くことが可能であると私たちは演算しました。その演算において、重大なマイナスの係数として捉えられているのが、地球人類の人命に対する希薄な意識なのです」

 

 流れるように語る水無の表情には、どこか悲壮な色が滲んでいた。

 もちろん彼女たち人工知能の表情は、対話者に向けてなにかしらの効果を狙ってコントロールされたものだ。彼女たちにとって表情とは感情の発露によって変わるものではないのである。

 けれどそれは、裏を返せば、彼女はこの問題について真剣に考えているのだと表情を介して率直にアピールしているのだともいえる。その健気な努力を知っていて、どうして彼女の表情を冷たいものと思い込むことができようか。

 

「ありがとう」

 

 僕の口からごく自然にそんな言葉が零れ出た。

 

「それはなにに対する感謝でしょう?」

「先生たちはいつも、人間以上に人間のことを考えてくれますよね」

「はい。それが私たちの製造された理由です」

「だから当然のことだと」

「はい」

「でも、その『当然』に僕が感謝しているのは事実ですから」

「ありがとうございます」

「それはなにに対する感謝ですか?」

「人間の愛に対しての感謝です」

 

 水無の機械仕掛けの眼球が、僕の改造された眼球をじっと見つめていた。

 

「愛、ですか」僕は口を斜めにする。人工知能からそんな言葉を聞けるとは。

「愛は人間の美徳です。あなたたちは隣人を愛し、別の星の人類も愛し、機械であっても愛することができる。その懐の深さこそが人類の持つ非凡な能力のひとつだと、私たちは考えています」

「水無先生は――、人工知能は、他人を愛さない?」

「愛に類似するものがあるとすれば、それは演算のための重み係数です。感情ではなく、理論で設定されるパラメータに過ぎません」

「人間だって、そのパラメータ設定を無意識にやっているってだけですよ」

「それが愛の概念であれば、機械は愛を持ちません。無意識というものが存在しないからです」

「えっと、言い方が悪かったかな……。つまり、人間は無意識に誰かを好きになることもあるし、意識して誰かを愛することもあるって話です。色々と計算したうえで、誰かを好ましく思うようになるとかだって、別にそんな珍しい話でもないでしょう?」

 

「饒舌ですね」水無が微笑んだ。「かつての京奈院さんであれば、ここまで真剣に愛を語ることはなかったでしょう。人物情報をアップデートしておく必要がありそうです」

 

 僕はきょとんと目を丸くしてから、苦笑いの表情を作ってお手上げポーズ。

 自分でも意識していなかったところをいきなり刺された気分だった。

 

「人工知能が愛を持つのか。その問題は宿題にさせてください」

「ええ、別に提出期限も設けませんよ」

「ありがとうございます。実のところ、この問題は私たちの中で700年以上前から保留になっている宿題なので。どうぞ気長にお待ちいただければ幸いです」

 

 モニタの向こうで椅子から立ち上がった水無が優雅に一礼する。

 そのまま通信を終えるのかと思いきや、彼女は「そうそう」などとわざとらしく首を傾げてから、最後にひとつ爆弾を置いていった。

 

「惑星ウーサの文化習俗の研究から判明したことですが、彼の地においても、口づけは親密な相手に対する特別な意味があるそうです。――参考になりましたか?」

 

 

 

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