星の息吹と宇宙猫   作:子守家守

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星の息吹は宇宙猫の夢を見るか(5)

 僕は以前、その装備を『思い切った武装』と評したことがある。

 その感想は今も変わっていない。右手に掴んだソレを意識しながら、改めてそう思う。

 

「いくよ、接近戦(インファイト)だ」

「うん」

 

 フットペダルを踏みこんでイブキの推力を上げる。横殴りの吹雪が激しい。視程は著しく短いが、カメラの補正と各種の観測システムのおかげで敵の挙動は捕捉できている。

 黒い災獣は雪原に立ったままだ。アケソラに変身した位置からまった移動していない。まさか動けないというわけではないだろう。イブキを相手にするのに『雷撃』だけで十分という判断か。もしそうなら、ずいぶんと甘くみられたものだ。

 

 コントロールグリップを押し込む。鋭く高度を下げて、地上の災獣と視線の高さを合わせる。

 高速機動の風圧で積雪が爆発したかのように噴き上がった。粉雪の白いヴェールを猛牛の如くイブキが突き抜ける。

 

 真正面、アケソラを模した災獣のカタナに稲妻が宿る。

 切っ先はすでにイブキに向いていた。合わせるように、僕は右手の武装を敵に構える。

 

 握っているのは、金属製の棒だった。

 

 外部に刃や棘があるわけでもなく、また内部に銃器のような機構を備えているわけでもない。

 正真正銘、ただ頑丈なだけの金属棒である。

 ステラ・コネクタの武装としてはあまりにシンプルすぎるそれは、DJ号で加工された特殊合金によるもので、イブキのマニュピレータでちょうど掴める程度の細身でありながら、13mもの長さがあった。全高15mのイブキに対して、肩に届くほどの長さである。

 

 金属棒そのものに特殊な機構が備わっていない以上、武器としては鈍器にしかならない。

 DJ号の常識に照らし合わせればそう考えるしかないのだが、惑星ウーサの人間がコレを見ればおそらく別の感想を抱くことだろう。

 

 まるで()()()()のようだ、と。

 

「『槍』」

 

 クァニャンの呟きとともに、金属の棒の先端に青白い魔法の刃が形成される。

 それとほぼ同時に、災獣のカタナから稲妻が放たれた。

 白雷が暗雲の雪原を走る。

 速い。棘のように枝分かれする雷光が一瞬でイブキに殺到する。

 回避は不可能。しかし、その爪先は、イブキが差し出した『槍』の穂先に落雷した。

 

 瞬間、吹雪と空気が爆ぜる轟音。

 強烈な衝撃に『槍』の穂先が大きく弾かれた。

 稲妻を受け止めた穂先に引っ張られて、イブキの右腕と長杖が肩を軸に半円を描く。

 マニュピレータの機能は健在。右腕は巨人の杖を保持し続けている。

 しかし、『雷撃』に殴り飛ばされた穂先は、衝撃のままに雪原へと振り下ろされた。

 

 積雪に突き立つ魔法の刃。

 同時に、穂先に着弾した『雷撃』のエネルギィが大地へと放出される。

 焼き鏝を水に落としたような音が響いた。

 積もった雪が一瞬で蒸発して、白い蒸気の塊を生む。

 

「ッ、流せた!」

 

 額に汗を滲ませたクァニャンが叫ぶ。

「お見事」と僕はフットペダルをさらに踏み込んだ。

 積雪が蒸発してぽっかりと開いた空白を置き去りにして、『雷撃』の衝撃で速度を殺されたイブキが再び加速する。

 

 実のところ、イブキがどうやって『雷撃』に対処すればいいのかというテーマについては、以前から僕とクァニャンで何度か話し合いをしたことがあった。

 といってもアケソラを『模倣』する災獣が現れることを想定していたのではなく、味方である九十九とミトから誤射される可能性や、僕とクァニャンがいつか彼らにリベンジする機会に恵まれたときのことを考えてのディスカッションだったわけだけれど……。

 

「まさかそれが役に立つとはね」

 

 積雪を跳ね飛ばしながら突進するイブキ。

 黒い災獣との距離がいっきに縮まっていく。

 当然、敵も黙って待ってはいない。災獣のカタナが再び稲妻を纏う。

 切っ先を僅かに動かす程度の小さなモーションから、殺意に満ちた『雷撃』が放たれた。

 先ほどよりも近い距離だ。着弾までの猶予はさらに短い。

 

「ひっくり返す」

 

 クァニャンの短い言葉。

 雪原に向いていた魔法の刃が消えて、瞬時に杖の反対側の先端に再形成された。

『槍』の穂先と石突が入れ替わった形だ。物理的に杖を反転させるより圧倒的に早い。

 

「ドンピシャだ」

 

 入れ替わった穂先に雷が落ちる。

 伝わる衝撃。弾かれる魔法の刃。半円を描いた杖の先が雪原に落ちて、稲妻を大地に逃がす。

 突撃するイブキの背後で水蒸気の爆発。『雷撃』の莫大な熱量が積雪を昇華させる。

 右腕と肩部には相応の負荷。計測された数値は眼球に映っている。現時点では、許容範囲内。

 踏み込んだ彼我の距離は、すでに『槍』の間合い。

 

 フットペダルを踏んだまま、右のコントロールグリップを引く。

 左右のスラスタのバランスを調整。右腕の衝撃を受け流しつつ、イブキを旋回(スピン)させる。

 速度のロスを最低限に。機体の左側を軸にして、弾かれた杖のベクトルを円運動に変換する。

 モニタの映像がぐるりと高速で流れていく。

 独楽のように回りながら、イブキが右腕の『槍』を大きく横に薙いだ。

 

 金属の杖が空気を切る音がぐおんと鳴る。

 しかし、振り抜いた腕部に手応えは返ってこない。

 

「避けられた!」

 

 クァニャンの高い声。アケソラを模した災獣が後方に飛び退く姿をカメラが捉えていた。

 雪原を蹴った災獣がそのまま後方へと飛行を開始する。身体の正面のスラスタ(のように見える生体器官)から強い推力が発生している。オリジナルのアケソラとは観測される反応が異なっていた。おそらく科学的な推進機構を再現したのではなく、魔力を用いた仕組みで代用している。

 

「逃がさない」

 

 低く呟いて、スラスタのバランスを再調整。

 機体のスピンを制動しつつ、災獣を追って前進を継続する。

 距離は開いたが、()()がある分、まだこちらの方が速い。

 振り抜いた『槍』を右腕で構え直しながら、左腕に保持していた長銃(ライフル)を敵に向ける。

 即座にトリガー。この距離なら多少は照準が雑でも問題ない。

 

 放たれた弾丸は、予想通り、瞬時に敵の『雷撃』に撃ち落とされる。

 けれどこれで相手は一手の損。

 スラスタは最大出力。後退する災獣を追いかけて、再び『槍』の間合いに踏み込んだ。

 対応して、眼前の災獣がイブキにカタナを突き出す。

 次の稲妻はまだ鍔元に留まっていた。しかし、鋭利な切っ先が最短距離を潰している。

 

「クァニャン!」

 

 コックピットでただ彼女の名を叫ぶ。

 それだけで意図は伝わった。

 

「『跳躍』!」

 

 視界が捩じれた。重力が歪む。

 イブキはすでに黒い災獣の背後にいた。

 アケソラモドキの刺突が空を切り、放たれた『雷撃』が虚空に消える。

 

 その光景を克明に捉えると同時に、僕の眼球は別のものを視認していた。

 

 隙だらけの災獣の背中。

 そこから腕がもう一本生えている。

 握っているのは、正面とは別のカタナ。

 

「マジか」

 

 こちらを待ち構えたかのように、第三の腕が根元から素早く伸びた。

 ごぽりと音を立てながら、怪物の背中から腕の続きが吐き出されてくる。

 イブキの『槍』よりも相手が速い。

 回避もブレーキも間に合わない。咄嗟に機体を捩じったが、それが限界。

 

 疾風の如きカタナの刺突が、イブキの左の肩部に突き刺さる。

 一点に凝縮された力に穿たれて、コックピットが激しく揺れた。

 すぐ隣でクァニャンの悲鳴。シートのベルトが食い込んで内臓が押し潰される。

 左腕との接続(コネクト)が切れる。長銃(ライフル)が手のひらから零れ落ちた。

 

 左肩を貫いたカタナは突き刺さったまま。

 鍔元まで埋まった刃に漏れ出たオイルが滴っている。

 

 その柄を握る怪物の腕の根元から、稲妻が這い上がって来るのが見えた。

 

「ッぐ!」

 

 魔力の(いかずち)がイブキを灼く。

 全身に走った焼けるような痛みに苦悶の声が漏れる。

 五感が狂う。海の底のような耳鳴り。クァニャンの悲鳴が遠く聞こえる。

 

 生きてはいる。クァニャンの魔法による防御だ。

 だが、災獣の『雷撃』は彼女の守りを軽々と突き破っている。

 できたのは威力を僅かに軽減することだけ。

 神経を焼き切られることは免れたが、それでも被害は甚大だった。

 

「……こ……のっ」

 

 喉が動かない。痺れた身体はゴムのような感覚。両手の指が痙攣している。

 過電流でインプラントの機能がダウンしていた。視界のほとんどは黒塗りの状態。機体とのリンケージも断絶している。モニタには狂ったように警告表示が踊っている。

 

 イブキのコントロールは完全に僕から離れていた。

 リカバリは走っている。だけど、復帰まではまだ数秒かかる。

 

 その数秒で、災獣は僕たちを殺すことができる。

 クァニャンの防御も二発目は耐えられないだろう。

 

 災獣の背から生えた腕が引き戻される。

 左肩に突き立てられていた刃が、行きがけの駄賃とばかりに左腕を完全に切断した。

 金属の擦れる耳障りな音を立てて切り離された左腕部が、深く積もった雪に墜落する。

 

 鋭く引き戻されたカタナの刃が止まる。

 その切っ先が角度を変えて、イブキの胸部に向けられた。

 コックピットの位置だ。

 

 イブキは彫像のように硬直している。

 システムは今も沈黙。

 グリップを握った指は石のように動かない。

 フットペダルに掛かった脚の感覚も戻っていなかった。

 

 頼みの綱はクァニャンだが、彼女も『電撃』に撃たれている。

 隣のシートで目を見開いた彼女は、全身を痙攣させながら細い呼吸を繰り返していた。

 とても『跳躍』を使えるコンディションとは思えない。

 

「っ……」

 

 死の気配。

 災獣の腕が動く。

 コックピットに狙いを定めたカタナが真っ直ぐに伸びてくる。

 鈍く光った刃が吹雪を貫く。

 僕はその切っ先を見つめることしかできない。

 カタナを模した凶刃がイブキの装甲に届く――。

 

『――――!』

 

 その寸前、電子の咆哮が轟いた。

 コックピットのあらゆる機器が明滅する。

 モニタに映る光景が極彩色を放ちながら次々と切り替わる。

 

 コックピットが揺れた。

 イブキが動く。

 片側のスラスタが吼えた。

 機体が右に傾く。

 僅かだが、瞬間的に軸がズレる。

 

 災獣のカタナが左肩のあった場所をすり抜けた。

 コックピットに張り詰めた静寂。

 時間が引き伸ばされるような感覚があった。

 モニタに映るのは、刺突を放って伸びきった第三の腕。

 

 即座にスラスタの短噴射。

 肉食獣のしなやかさで、イブキがその内側に潜り込む。

 機体には右腕が残っている。

 握っているのは巨人の杖。

 左腕を失って崩れたバランスに逆らわず、螺旋の勢いでソレを第三の腕の根元に振り下ろす。

 

「……ッ、『斧』!」

 

 絞り出すような声。クァニャンが辛うじて魔法を発動させる。

 杖の側面に刃が形成される。生み出された青い刃の輝きは、しかし、薄く弱々しい。

 クァニャンの絞り出した魔力は目に見えて小さなものだった。

 

 だが、イブキの出力がそれをカバーする。

 振り下ろされた『斧』の刃が、災獣の腕に浅く食い込む。

 それを起点に重量と速度に物を言わせて、錆びた鋸刃で肉を断つが如く、イブキは災獣の腕部を強引に斬り落とした。

 

 粘り気のある腐った肉に刃を通したような湿った感触がコックピットに伝わってくる。

 第三の腕を切断された災獣の背中から、ぬるりとした黒い体液が噴き出した。

『斧』を振り抜いた勢いで錐揉みになりそうな機体が、スラスタの働きでどうにか体勢を立て直す。

 

 そのタイミングで、システムのリカバリが完了した。

 コックピットに軽やかに電子音。

 待っていたかのように、イブキのコントロールが僕に戻ってくる。

 

「……今、のは……」

 

 なにが起きた?

 ()()()()()()()()()()()()()

 機体が敵のカタナを避けて、反撃にまで転じたのは、いったいどういう理屈だ。

 

「……ケイ、ナ……ィン!」

 

 クァニャンの掠れた声が耳に届く。

 頭の中で渦巻いた疑問の雲が、その声に吹き飛ばされた。

 遅れた思考を先導するように、パイロットの本能が身体を動かす。痺れの弱まった指でコントロールグリップを握り、感覚が戻りつつある脚でフットペダルを踏み込む。

 

 頭上に暗雲。周囲は吹雪。災獣から噴き出た黒い体液が雨のよう。

 背中の腕を斬り落とされた災獣がこちらを振り向こうとしている。

 横殴りの吹雪の中にその姿を捉えながら、僕は機体を立て直して、スラスタの出力を上げた。

 鋭角の機動で黒い雨を掻い潜り、振り向きかけた災獣の側面へと『斧』を振るう。

 

「二本目……!」

 

 亡霊のような青い刃が三日月を描く。

 振り抜かれた魔法の『斧』が災獣の片腕を斬り飛ばした。

 稲妻を帯びたカタナが一体化した右腕とともに宙を舞う。

 長柄の『斧』を叩きつけられた災獣の身体が不格好な玩具のようによろめいた。

 

 再び噴き出る黒い体液。

 コックピットが軋むような加速度。

 目まぐるしいモニタの表示。

 コントロールグリップを握った指先に電流が走る。

 

 フットペダル。

 右腕の得物を振り抜いた勢いのまま、スラスタを噴かす。

 危ういバランスで機体の軸を傾けた。

 ムーンサルトの機動(マニューバ)

 袈裟掛けに災獣の腕を断った『斧』の速度をそのまま縦軸に加速させる。

 視界が回る。空中で横倒しになったイブキがネジを捻るように回転する。

 遠心力を伴った右腕の『斧』が、断頭台の刃ように災獣の直上から振り落とされる。

 

「捻じ込め……!」

 

 縦一文字の重撃は、あやまたず黒い災獣(アケゾラモドキ)の頭部に叩き込まれた。

『模倣』された二本の角の間にめり込んだ魔法の刃が、ずぷりと深く沈んでいく。

 どうやら内部までアケソラを真似ているわけではないらしい。災獣の硬化した装甲の内側には、本来の肉体であろうアメーバ状の組織がぎっしりと詰まっていた。

 

『斧』の刃がその粘ついた体組織を、頭頂部から股の下まで、薪割りのように真っ二つにする。

 

 ずぶずぶと粘ついて湿った手応えが、得物を振り抜いた解放感に変わった。

 受け止めるものがなくなった巨大な杖の勢いが、イブキのバランスをぐるんと崩す。

 宇宙ならともかく、ここは重力下の地上である。

 無茶な体勢で放った一撃は、イブキを完全に失速させていた。

 左腕を失くして普段よりも平衡を失っていたことも悪条件。

 天と地がひっくり返り、機体が頭から地面へと落ちていく。

 

 その足元の上空で、左右に裂けた『模倣』の災獣が爆発した。

 

 これまでの災獣と同じ、魔力の爆発である。

 災獣を両断した最後の一撃が、あの黒い災獣の魔力器官を破壊していたようだ。

 爆発とともに発生した熱と衝撃波がイブキに押し寄せて、落下の速度を後押しする。

 体内の血がすっと頭から足へと昇っていく。

 モニタには一面に真っ白な雪原。

 

 墜落の音が吹雪の空にまで轟き、積雪が火山のように噴き上がった。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

「……クァニャン。大丈夫?」

 

 けほ、と肺の中身が咳になって零れた。

 全身が痛かった。墜落の衝撃で身体中を打っている。たぶん、何本か骨も折れているだろう。

 体内の機械が痛覚の緩和を処置しているはずだが、それでも鈍く響くような痛みがあった。けっこうな重傷だな、と他人事のように思う。指ひとつを動かすのも億劫で、鉛のような思考だけがぼんやりと働いている。

 

「大丈夫じゃないけど、生きてる……」

 

 下の方から彼女の掠れた声が聞こえてきた。

 コックピットは横転していた。雪原に墜落したイブキは胴体を横向きにして倒れている。通常なら横に並んでいるはずのパイロットシートが垂直の縦並びになっていて、僕もクァニャンも安全ベルトで座席に宙づりにされている状態だった。

 

 クァニャンの座席は、僕よりも低い位置にある。重力に従って首を下に向けると、上を向いた彼女が弱々しくこちらに手を振っているのが見えた。猫耳帽子が頭から落ちて、ひとつ結びにした菫色の髪が露わになっている。

 見たところ出血を伴うような外傷は見当たらない。聞こえてきた声も掠れてはいたが異音は混じっていなかった。断言はできないが、内臓もおそらく無事だろう。

 

「安心した。僕より元気そうだ……」

「その言い方、私は安心できない」

「ああ、ごめん。僕もそこそこ大丈夫だよ」

 

 心配事がひとつ解消されて口元を斜めにした僕に、クァニャンが心配そうな目を向けてきた。

 彼女が僕よりも軽傷なのは、たぶん魔法の防御のおかげなのだろう。魔法のエネルギィ源がウーサ人の生体魔力である以上、同じ防御魔法を使っていても、他人である僕よりも彼女自身のほうに強い効果が発揮されるのが当然の道理である。

 

「そこそこなの?」

「そこそこだね」

「……わかった。そっちに行くから、怪我を見せて」

「いや、ちょっと待った。まだやることがある」

 

 今にも安全ベルトを外してこちらに飛んできそうな彼女を、僕は手のひらで制止する。瞬きを二、三度繰り返して眼球の焦点を合わせると、イブキのコンディションが視界に飛び込んできた。

 損傷は大きい。左腕部の切断に加えて、墜落のダメージで各所に障害が発生している。最初に地面と接触した頭部に至っては、首の部分からものの見事にひしゃげてしまっていた。特徴的な一本角も根元からへし折れている。頭部に搭載されたいくつかの観測機器(センサ)は完全に沈黙していた。

 

 それでも全体で見れば、機体のダメージは戦闘継続がギリギリ可能な範囲に収まっている。

 おそらく長年にわたって積もり続けた雪がクッションになったのだろう。落下時の速度を考えるに、剥き出しの大地に墜落したのであればもっと致命的な損傷が発生していたはずだ。

 

「クァニャン、まだ戦える?」

「……私は。でも、ケイナインは……」

「そこは気にしないで。ともかく九十九さんたちに合流しないと」

 

 彼らが今も白い災獣と戦闘しているのであれば、僕たちで援護する必要があるかもしれない。

 激しい吹雪のせいで九十九たちの姿を視認することはできていないが、通信を介してアケソラの位置情報は把握できている。かなりの負荷が蓄積しているものの、イブキのスラスタはまだ生きていた。墜落した機体を立ち上がらせれば、もう一度飛行することは可能なはず。

 

 ――などと考えた、そのときだった。

 吹きすさぶ吹雪の向こうから、腹の底に響くような重い爆発音が響いてきた。

 それと同時に凄まじい地響きが雪原を伝わり、イブキのコックピットを激しく揺らす。

 突然の衝撃に舌を噛みそうだった。不意打ち気味に噛み合った歯がガチンと鳴る。

 

 僅かに遅れて、何か大きなものが雪の上にぼすんと落ちた。

 観測機器(センサ)がその音を拾ったのは、イブキのすぐ近くの積雪から。

 カメラのピントをそちらに合わせると、なにやら白い物体が雪に突き刺さっていた。

 

 爬虫類を彷彿とさせる特徴的な形と白くつるりとした質感。

 それはまさしく、白い災獣の頭部だった。

 落ち窪んだ眼窩に嵌められた赤い眼球は、すでに輝きを失っている。

 雪原に落ちてきたその部位(パーツ)が生物的な死を迎えていることは明らかだった。

 

「よぉ、そっちはこっぴどくやられたみたいだな」

 

 通信から自信家の声が聞こえてきた。それに続いて空からスラスタの駆動音。

 見上げると、吹雪が止んでいた。数十年にわたって留まり続けていた暗雲に切れ間が見える。

 射し込んだ陽光が真紅のステラ・コネクタを照らしていた。スラスタを調整しながらゆっくりと空から降りてきている。雪に汚れたボディには少なくない傷やへこみが見受けられたが、両手両足はしっかりと機体に繋がっていた。右手に握ったカタナが太陽の光にぎらりと輝いている。

 

「やられてませんよ」咄嗟にそんな言葉が口を衝いた。完全に強がりである。

「そうは見えないが?」と、九十九が低く笑う。

 

「仕事を完遂した以上、経過がどうであろうと『やられた』とは言えませんって」

「なるほど? ま、アンタがそう考えてるなら、俺はとやかく言わんさ」

「そっちこそどうだったんです? 僕たちよりも片付くのが遅かったみたいですけど」

「図体がデカいだけあってしぶとくてな。もともと頑丈だったのに加えて、雪と氷で作った魔法の鎧で体を守ろうとしてきたり……、苦戦したわけじゃないが、多少は手間取っちまった」

 

 余裕綽々といった態度で九十九はそう語る。

 どうやら僕は余計な気を回しただけだったらしい。イブキの援護などなくてもアケソラは災獣の一体くらいは単機で討伐できる、と。さすがはチャンピオンというべきか……。

 もちろん、肋骨の辺りがずきずきと痛む現状を考えると、仕事が減る分には大歓迎なのだが。

 

「ツクモもケイナインも、よくそんな軽い態度でいられるものですわね」

 

 困ったようなミトの溜め息が通信から聞こえた。

 九十九が無事だったのだから当然といえば当然だが、彼女もアケソラのコックピットに健在のようだ。

 

「ウーサ国を縄張りとする災獣はこれで最後。長年待ち望んだ国家が開放される瞬間ですのよ? もっと神妙な態度になって然るべきだというのに……。でも、それを強く咎める気にならない辺り、いやですわ、(わたくし)もあなたたちに毒されているのかしら」

 

「ひどい言われようだ」九十九が愉快そうに喉を鳴らす。

「単に実感が湧いていないだけなのかも?」と僕は無難な返事。

 

「チキュウ人がああいう態度になるのは、仕方ないよ。ここは私たちの惑星(ほし)で、ケイナインたちは偶然ここに来ただけなんだから」

「それはわかってますけど……。もう少し互いの喜びを分かち合いたいとは思わないかしら?」

 

 宥めるようなクァニャンの声を通信越しに聞いて、ミトが不満そうに口を尖らせた。

 

「思うよ。それはそう」

「でしょう?」

「でも今はそれより、ケイナインの怪我が心配。任務が終わったのなら早く基地に戻りたい」

「……ブレませんわね、あなたは」

 

 いつの間にか雲の切れ間が広がり、暗雲は薄く消えつつあった。

 北部地域を閉ざしていた猛々しい吹雪の気配はもうどこにも存在していない。

 おそらく、九十九たちが討った白い災獣がこの地の天候を歪めていたのだろう。

 周辺の気温はまだまだ低いが、これからこの地の環境も徐々に改善されていくのかもしれない。

 

 柔らかな太陽の光が名残雪に反射して、雪原の白い宇宙で星のように眩しく輝いていた。

 

 

 

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