星の息吹と宇宙猫   作:子守家守

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星の息吹は宇宙猫の夢を見るか(6)

 任務を終えて帰還した後、僕は東部基地の医務室に放り込まれた。

 もちろんDJ号からも医療従事者は派遣されているのだが、現地であるユミツ国の医療施設の方が設備が整っているということで、異星人の機関に身柄を預けられたわけである。

 

 そのこと自体に文句はないのだが、ユミツ国の軍医の治療に立ち会おうと、DJ号側の医療従事者たちがこぞって医務室に集まってきたのにはさすがに閉口してしまった。

 しかも、患者(つまり、僕のことだ)の治療中にも関わらず、矢継ぎ早にユミツ国の医療技術について質問を重ねまくったせいで、最後には医務室の主であるベテランの軍医から強制退室を命じられるという有り様だったし……。

 DJ号の医療に携わる人間として、未知の文明の医療技術に興味を惹かれるのはわかるのだが、もうちょっと落ち着いて行動してもらいたいものである。

 

「彼らがあの場に待機していたのは、『魔法の施術』の影響でお前の容態が急変したときに備えてでもあったのだが……」

「それにしたって人数が多すぎでしたから。半分以上は好奇心で見に来た人たちでしょ」

 

 弁明の言葉を濁した三船に、僕はついつい口を尖らせてしまった。

 声の調子に違和感はなく、気管や肺が痛むということもない。念のため医務室に入院するように軍医から指示されているが、もう手足も問題なく動くとわかっている。

 

 北部地域から帰還して1週間。僕が戦場で負った怪我はほとんど快方に向かっていた。

 

 基地に帰還した僕に対してユミツ国の軍医が下した診断は、打撲と捻挫、骨折、それから筋肉と臓器に対する損傷。ステラ・コネクタのパイロットにとっては、どれもありふれた症状である。

 それらに対してユミツ国の医者が取った手段は、やはりというべきか、魔法を用いた治療方法だった。

 

「ダイジョブダイジョブ、一番アンゼンなコースにするから」というのが担当の軍医の言である。

 ユミツ人である彼がわざわざ不慣れな日本語でそう説明したのは、母国語を使うことで患者である僕の不安を少しでも取り除こうという心遣いだったのだろう。だが、片言の発音が完全に裏目に出ていた。狙ってるんじゃないかというくらい不安を煽られたというのが正直なところである。

 

 とはいえ、当然ながら治療行為は真っ当なものだった。

 施術前の説明の通り、軍医が僕に施したのは治療行為に用いられる魔法の中でも特に安全なもので、対象の自然治癒力を促進させるというものだった。

 技術的な差異はさておき、同様の理屈に基づいた治療行為ならDJ号でも行われている。そういう意味では確かに比較的安心できる手法だった。

 

 DJ号における科学的な医療技術は、地球時代から高度に発達している。かつては手遅れと判断されたような重傷でも救命が間に合うケースが増えているし、不治の病とされていた病気の中には治療方法が確立されたものもある。

 しかしだからといって、あらゆる怪我や病気に対して強力な投薬や手術を行っているというわけではない。どれほど医療が発達しても、その土台になっているのは人間の自然免疫と自己治癒力であることに変わりはなかった。

 

 医務室の軍医の話を聞くに、ユミツ国の医療においても同様の理論が存在しているようだ。

 人間にもとから備わっている治癒力で治せる範囲の怪我や病気であれば、ベタベタと余計な手出しをしないことが望ましい。より強力な医療用の魔法も確かに存在しているが、それらは患者の心身に負荷が掛かる上に、施術にも相応のリスクがあるため、使わずに済むなら使わないほうがいいのだと。

 

「なんだ、それじゃあ魔法のメスで緊急手術(オペ)でもされたってわけじゃないのか」

「もともと命に関わるような怪我じゃありませんでしたからね。治療に期限があったわけでもないですし、効率よりも安全第一ですよ」

 

 詰まらなそうに鼻を鳴らした九十九に、僕はベッドの上から苦笑を返した。

 見舞いにやって来たチャンピオンは小憎らしいほどに健康体で、怪我のひとつも負っていない様子だった。一応、同じ戦場から帰ってきたはずなのだが、そこら中に包帯を巻かれた僕とは対照的な姿である。

 

「で、その魔法の治療とやらは本当に効果があるのか?」

「ええ。実際、傷の治りは(フネ)の医者が見立てたよりも早くなってるみたいですよ」

思い込み(プラシーボ)ってわけでもなく?」

「一応、それだけでは説明がつかないレベルの治癒力の促進が確認できてるって話です。もっとも、プラシーボ効果も自己治癒力に働きかけるものだから、まったく影響がないとは言い切れませんけど……」

 

 災獣の討伐から帰還してから、九十九は九十九で忙しく働いている様子だった。僕が医務室に入院を命じられてしまった分、今まで以上に表舞台への露出が増えているという話だ。東部基地で軍高官の会談に出席するだけでなく、大道寺宇宙開発の交渉団とともに首都ナェゴトに出向くことも多いらしい。

 

「この基地もそうだが、ナェゴトの方も全体的に浮かれてる雰囲気だったよ。ま、国内の災獣討伐が完了したともなれば当然か。ユミツじゃここ数十年の間、お偉いさんから一般国民に至るまで誰もが災獣の脅威に怯えていたわけだしな」

「それじゃあ、また記念式典かなにかが開催されてたんですか?」

「あー……、まぁ、そうなるな」

 

 話の流れでなんでもないことを聞いたつもりだったが、なぜか一瞬、九十九が声を詰まらせた。

 あれ、と思わず首を傾げる。なにか引っかかることでもあったのだろうか。

 

「どうかしましたか?」

「いやぁ……、確かにナェゴトで式典が開催されたし、俺も功労者のひとりってことで出席を要請されたんだが……」

「歯切れが悪いですね。その席でなにか事件が起きた、とか?」

「事件ってわけじゃないんだが……、いや、アレもある種の事件と言うべきかもしれないが……」

 

 片眉を傾けた九十九はガシガシと頭を掻くと困ったように視線を逸らした。

 

「……式典の最中に、ミトのヤツがいきなり泣き出してさ」

「おやまぁ」

「あのお嬢さまがだぜ? 調子狂っちまうよな」

「何か切っ掛けでもあったんですか?」

「さぁね。お偉いさんのありきたりなスピーチの最中だったんだが、気が付いたら黙ったまま隣でポロポロ涙を溢してて……、理由なんて俺にはよくわからんよ」

 

 口調に微かな情けなさを滲ませて、無敵なチャンピオンが気まずそうな表情で肩を竦めた。

 

「ま、なんというか、あのお嬢さまも色々と思うところがあるんだろうな。なにせ産まれたときにはもう災獣が国の四方に陣取ってたんだ。軍のエースだなんだと持て囃されていたとしても、災獣が国からいなくなる日が本当に来るだなんて、自分でも信じていなかったんじゃないか?」

「どうでしょうね。あり得ないとは言いませんけど……」

()()ミトだもんな。京奈院から見てもそんなしおらしいキャラとは思えないか」

「うーん、ノーコメントで」

 

 苦笑しながらサイドテーブルのコップを口に運ぶ。冷えた水が喉に心地良い。

 

「でも確かに僕だって、この星でクァニャンに出会うまでは、本当に異星人と遭遇できるとは信じていなかったかもしれませんね。僕が産まれたときにはもう700年分の空振りが肩の上に乗っかっていて、これからもずっと変わらないのかも、って考えることもそれなりにありましたから」

「異星人が見つからなくても、俺たちには『戦争』があったからな。その日その日の愉しみがあれば、人間は生きていけるものさ」

「とはいえ、宿願ではあったはず。700年待ち焦がれた第五種接近遭遇(エンカウント)ですよ。なのに、ユミツ国と比べると、僕たちの(フネ)はずいぶんと大人しい感じがしません?」

「大人しい? そうか? 上から下まで仕事が増えて騒がしいことになってると思うが」

「それはそうなんですけど、なんていうのかな、ユミツの騒がしさとは空気が違うような……」

 

「ああ」九十九が得心したように頷いた。「つまり、大々的に記念式典を開いたり、有名人を呼び寄せてパレードをしたりとか、そういう話か」

 

「まぁ、はい。別にそういうことをやってみたいわけでもないんですけど……。伝わります?」

「なんとなくはな。要するに、誰も彼もあんまり嬉しそうに見えないってことだろ。『700年も抱えていた課題がついに解決したってのに、本気で嬉しくなって叫んだり泣いたりするヤツがどこにもいないじゃないか!』って感じか?」

「……かもしれません」

 

 芝居がかった口調で言った九十九が、サングラスをずらして僕の顔を見た。

 吊り上げられた口の端が皮肉めいた笑みを作る。

 

「俺たちの(フネ)は不感症か」

「感情を失くしたわけじゃないんだと思います。だけど、ウーサ人と比べると、やっぱり起伏が少ないんだと感じることはありますね」

「それも少し違うな。俺の意見としては、感情そのものが希薄なわけじゃない。単に表現方法が省エネになったってだけだ」

 

「省エネ?」僕は思わず鸚鵡返しに聞いてしまった。

 

「大袈裟なことをやらなくなったんだよ。パレードだの式典だのは、エネルギィのロスだからな。感情も同じで、嬉しかったり、ムカついたり、悲しいことがあったとしても、それを態度に出したら消耗するだけだろ? 資源は有限なんだ。感情に振り回されて仕事をするための元気が無くなったりしたら、(フネ)の運行に支障が出るかもしれない。俺たち乗組員(クルー)は無意識にそこのところを理解しているんだと思う」

「だから、外から見ると感情が薄いように見える?」

「あくまで俺の中の理屈だけどな」

 

 九十九の語る言葉には一定の説得力があった。

 極論だが、激しい感情の発露はときに暴力的な行為として現実世界に影響を及ぼす可能性がある。それによって物的あるいは人的な資源(リソース)の損耗が引き起こされる可能性がある以上、九十九の言う『大袈裟な感情表現』を僕たちの社会が許容していないというのはひとつの事実なのかもしれない。

 

「言われてみれば、地球時代の小説を読んでると、登場人物がちょっとしたことで怒ったり泣いたりするんですよね。当時は感情を表に出すことに対して、今よりもハードルが低かったっていうのは、確かにそうなのかも」

「最近流行りの映画なんかもそうだな。まぁ、マジで些細なことでピーピー泣かれたりして話が進まなくなると、観てるだけでもついイラっとしちまうんだが」

 

「そういう昔ながらの感情表現のフォーマットを僕たちは失くしているってことなのかな」

「失くしたというよりは、不要なものだから捨てたってのが正しいんじゃないか?」

「深宇宙探査の旅においては重荷にしかならない、と?」

「そう、自発的に捨てたのか、それとも意図して捨てさせられたのかはさておきな」

 

 もしそうだとしたら、何百年も昔の宇宙に捨てたものを、また必要になったからと今さら拾い直すことが果たしてできるものなのだろうか。

 地上に下りてからというもの、頭の中にある理屈や感情を正確に態度として示せないことが増えてきているような気がする。そのもどかしさを思うと、どうしてもそんなことを考えてしまうのだった。

 

「そういえば、大事なことを忘れていた」

 

 見舞いを終えて医務室を退出する間際、九十九は不意に声を落とした。

 九十九は医務室のドアに手を掛けた状態で足を止めている。その背中には、ついさっきまでとはまるで異なる冷たくて激しい気配。その身を切るような感覚に僕は北部地帯の吹雪を連想する。

 

「前回の作戦のことだ。俺とミトは白い災獣を潰して、京奈院とクァニャンは黒い災獣を討った」

「それがなにか?」

戦闘記録(ログ)は見た。黒い災獣が『模倣』の魔法とやらを使ったらしいって話も聞いている。その『模倣』の対象が()()アケソラだったってこともな」

 

 ネイビィのジャケットを翻してこちらに振り返ったチャンピオンが、獰猛な獣の表情を浮かべながら宣言した。

 

「マガイモノに勝ったからって、()()()に勝てるわけじゃないからな。そこのところは履き違えないでくれよ」

「……はい? それはもちろんわかってますけど……」

「いや、わかってるわかってる。皆まで言うな。あんなソックリさんを倒したんだ、ワンチャンあるかもって考えるのも当然だよな。オーケイ、オーケイ。『戦争』は無期限休止になっちまったが、俺の方でどうにか勝負の機会は作ってやるから。京奈院はさっさと怪我を治して、コンディションを整えておけよ」

 

「いや、あの、話聞いてます?」と聞き返すより早く、颯爽と踵を返した九十九は、医務室のドアを派手に開け放って大股で外へと去っていってしまった。

 廊下から「わははは」と高笑いが響き、「楽しみがひとつ増えたな!」と上機嫌な声が部屋の中にまで届いてくる。

 

 大袈裟な感情表現を忘れてしまったという話はいったいなんだったのか。

 どこからどう見ても、九十九自身は自身の説の例外に位置しているようだった。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 面白いのは、九十九とまったく同じことを、わざわざ別のタイミングで見舞いにやってきたミトも口にしたことだった。

 

「聞きましたわよ? 黒い災獣が『模倣』を使って()()魔法を真似ていたと」

 

 ルビーのような赤い髪を靡かせて医務室にやって来た彼女は、ナェゴト土産の見舞い品をベッド脇のテーブルにテキパキと置くと、顔面に優雅な笑みを張り付けてそう言った。口元の柔らかさに反して目が笑っていないのは、たぶん気のせいではないだろう。

 

「ですが、マガイモノの『雷撃』を攻略したからといって、()()()にも勝てると考えているのなら大間違いですわ。そこのところ、きちんとご理解していらっしゃって?」

「……あの、そこのところは十分にわかってるんですけど……」

「ええ、ええ、あなたの言いたいことは承知していますとも。やはり勝利の味を知ったからには、『もしかしたら』と考えてしまうのも当然のこと。それを責めるつもりはありませんわ。ですが、その思い上がりに現実を突きつけるのも(わたくし)の務め。ご安心なさい、近いうちにその機会は整えてさしあげますから」

 

 なんなのだろう、この既視感は。

 こめかみを指で押さえながら、僕は思わず苦笑い。似た者同士もここまでくると笑えてくる。

 

「楽しみがひとつ増えた、って感じですか?」

「……急に心を読まないでくださるかしら?」

 

 今にも高笑いを始めそうなミトに水を向けると、彼女は一拍の間を置いて憮然とした声でそう応えた。心を読んだわけではなくて、そっくりな思考回路をつい最近見たというだけなのだけど。

 似た者同士、という言葉が頭に浮かんだが、それを口にすれば余計にややこしいことになるのは明白だった。プライドというか、戦闘強者らしい我の強さもそっくりである。

 

 しかし一方で、『DJ号大人しすぎ疑惑』について、ミトの考え方は九十九とは別のものだった。

 九十九の見解を僕から聞いた彼女は、「穿ちすぎですわね」とパートナーの自説を鼻で笑った。

 

「確かに(わたくし)も、チキュウ人の纏う雰囲気がどこか落ち着いたものだと感じることはありますわ。ですが、それはあくまでも(わたくし)たちユミツの民と比べての話。あなたたちチキュウ人が感情を失くしているだとか、あるいはその表現方法を忘れてしまっているとはとても思えませんわ」

 

 真紅の髪を指でさらりと梳きながら彼女は言葉を続ける。

 

「そもそもユミツ国のお祭り騒ぎだって、あくまでそういう形の演出がなされているというだけのこと。もちろん純粋に吉報を喜んでいる方々も多いのですが、市井のその声を増幅するように政府が誘導しているのも事実です。凱旋パレードやら記念式典などはその典型ですわね」

 

 冷静で淡々とした声色だった。名家の出でありユミツの政治中枢にも関わりのある彼女らしい冷めた視点である。

 

「まぁ、この国に来訪してから日の浅いチキュウ人からすれば、そういった表面的な市井の動向が真っ先に目に入ってしまうのも当然だとは思いますけれど」

「つまり、ユミツ国の住民もそれほど浮かれているわけではないということですか?」

「少し違いますわね。大多数の人間が災獣の撃退を喜んでいることは間違いありません。ただ、その喜びをストレートに表に出している層ばかりではない、という話です」

 

 ミト曰く、首都ナェゴトで浮かれたお祭り騒ぎに興じているのは、政治や軍事に関わりのない一般市民が中心で、国家運営に関わりのある政治家や官僚たちはその熱狂から一歩離れたところに立っているということらしい。

 

「正直に言ってしまえば、浮かれる暇もない、というのが正しいのでしょうね。災獣という最大の問題が国内から消え去った今、今後の国家の舵取りをどうするべきなのか、中央庁の誰も彼もが眠る間も惜しんで協議を続けています。DJ号との外交関係をいかに進めていくべきか、連絡の途絶えている諸外国に対してどうアプローチをするべきなのか、あるいは国土の復興計画の策定やそれらの予算の割り振りまで……、少しずつでも解決していかなくてはならない課題が山のように積み上がっていますから」

 

「そういうところまで目を向ければ、(フネ)もユミツ国も、社会の騒がしさに大して差はない、と」

「そうですわね。そもそも(わたくし)の意見としては、チキュウ人の社会がユミツと比べて大人しく見えるのは、単にそちらの人口の問題に思えますわ」

「というと?」

「あなた方は資源の維持のために人口を調整しているのでしょう? ツクモから聞きましたけど、社会活動を存続するために必要な最低限の人数を超えて人口が増えてしまわないように出生をコントロールしているのだとか」

「ええ、そのとおりです」

 

「それはつまり、人的資源に余裕がないということに他なりません。これまで(わたくし)がお会いしたチキュウ人の皆さまも、宇宙船の運営において重要な役割を担っている方ばかりでした。そこから考えられるのが、『チキュウ人の社会は基本的に人材不足で、誰もが社会に対して重大な責務を担わざるを得ないがゆえに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()』という推測ですわ」

 

 腰に片手を当てて、もう片方の手の人差し指をピンと立てながら、ミトは教師か探偵のようにそう自説を披露した。余裕ぶった笑みの浮かんだ表情に、彼女の自信のほどが見て取れる。僕たちチキュウ人と交流する中で、それなり以上の実感を覚えたうえでの考えなのだろう。

 

「……それは、僕たちの社会全体が、今現在ユミツ国で浮かれる暇もなく仕事に忙殺されている人たちと同じような状況にある、ということでしょうか」

「事実そうでしょう? 素人考えかもしれませんけれど、足りない人口を機械を使ってどうにか補っているのが現在のチキュウ人の社会である、と(わたくし)は見ておりますわ。機械というのは人間の仕事を肩代わりする部下のようなものと聞いています。ひとりひとりの人間ごとに束ねる部下が増えるのなら、少ない人口に重い責任が集中するのは道理ではありませんこと?」

 

 言いながら、ミトが口を尖らせる。

 

「ツクモも適当なことを言いましたわね。『資源の節約のためにチキュウ人は大袈裟な感情表現を捨て去ってきた』だなんて。そんな理屈ですべての人間が簡単に変われるはずもないでしょうに」

「ええっと、僕はけっこう納得してましたけど」

「御冗談を。ツクモにせよあなたにせよ、感情を表現する能力に欠けているとはまったく思えませんわ。……まぁ、たまに方向性が迷子になっているようには見受けられますけれど、その程度の情緒の混乱なんてユミツ国民にも普遍的なものですわよ」

 

 そう、なのだろうか。

 九十九は僕たちの社会を不感症と言い、その原因を地球人の性質に見い出したけれど、ミトはそれをギリギリの人口を前提とした社会構造の弊害だと言う。

 つまりミトとしては、『無責任に浮かれても良い立場』になれば、地球人もウーサ人と同じように感情を発露させるのではないか、と考えているわけである。

 

 僕はそこに自信を持てなかった。

 すべての責任や職務から解放されたとしても、嬉しいこと、楽しいこと、喜ばしいことに対して、僕という人間は思いのままに感情を爆発させることができるのだろうか?

 

「ある意味では、チキュウ人の入植計画は良い機会だと思いますわよ」

「ユミツから土地を買い取って、乗組員(クルー)の一部が移住するとかいう例の話ですか?」

「あなたたちの指導者層がどんな判断をするのかはわかりませんけれど、人口政策を見直すのにはうってつけのタイミングだと思いませんこと?」

「まぁ……、そうなのかもしれませんね。とはいえ、出生数を増やすことになったとしても、保育ポッドに限りがありますし、段階的な施策になると思いますが……」

 

 歯切れ悪く答えた僕を、ベッドの横のミトはどこか冷めた目で見つめていた。

『地球人類の未来』を具体的には思い描けていない僕の内心を見透かされているかのようだった。

 

「なんにせよ、まずはあなた自身がどうするかをしっかりと考えることね」

 

 小さく息を吐いて両腕を組んだミトが、目を眇めながらこちらに尋ねてくる。

 

「ツクモはもう地上に移住すると決めていて、新しい家の手配まで始めていますわ。あなたはどうなの、ケイナイン? 地上に移住するのか、それとも宇宙の(フネ)に戻るのか」

「それなんですけど、上層部(ウエ)からいくつかプランを提示されていて。ちょうど怪我の治療が完了するくらいのタイミングが、こちらから希望を提出する期限になりますね。個人的な希望を出したとしても、それが絶対に採用されるってわけではありませんけど」

 

「そういう予防線はけっこうですから、さっさと自分の意思をはっきりさせなさい」

 

 強い口調でミトがピシャリと言った。

 

「そんな風に決定を後回しにしているものだから、クァニャンがひどく気にしてましたわよ」

「クァニャンが?」

「本当にもう、横で見ている(わたくし)の方がヤキモキするくらいで……」

 

 はぁ、と熱のこもったため息を零したお嬢さまが、じろりとこちらを睨みつけてきた。

 

「あなたの人生、あなたの選択ということはわかっています。ですが、あなたが曖昧な態度を続けることで悶々としている方がいるということは覚えておいてくださいませ」

 

 口調こそお淑やかだが、言葉の圧力がケツを蹴っ飛ばすかのようだった。

 

 

 

 

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