星の息吹と宇宙猫   作:子守家守

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ヒトを継ぐもの(1)

 出口のないトンネルを、行き止まりに向かって歩き続けている。

 もう何年もの間、クァニャンはそんな想像を抱えて生きていた。

 

 両親はもともとテイキュアの人だった。大陸東岸の大きな港町だ。その町は西大陸と東大陸を繋ぐ航路の発着地で、かつてはユミツの国でもっとも栄えた交易都市だったという。

 けれど、30年前に災獣が海へと落ちてきて、テイキュアはその縄張りに巻き込まれてしまった。現地の軍は奮闘したけれど、怪物の脅威を追い返すことは叶わず、港町は早々に放棄されることとなった。

 

 クァニァンが生まれる前の話である。両親に限らず、テイキュアの民の多くが、より内陸のミィボスへと望まぬ移住を強いられることになったという話だ。

 だから、クァニャンはミィボスの生まれだった。テイキュアのことは昔話でしか知らない。大人たちは港町の賑やかさと東大陸との交易の華やかさを懐かしんでいたけれど、幼い頃のクァニャンにはあまりピンと来ない昔語りでしかなかった。

 クァニャンにとって故郷とはミィボスのことで、町よりも海に近い土地は、どこか遠い世界のようにしか思えなかった。沿岸への交通はとっくの昔に規制されていて、街道もボロボロ。災獣の見張りに赴く軍人の他には、ミィボスより先の土地へと足を踏み入れる者は誰一人としていなかった。

 

 故郷が――、ミィボスが放棄されたのは、5年前のことだ。

 

 30年前に近海へと落ちてきた災獣は、その縄張りを沿岸の陸地にまで広げつつあった。

 緑の閃光がミィボスを焼くのも時間の問題と判断した軍は、精鋭の魔法使いを集めて災獣の討伐作戦を決行したが、結果は失敗。防衛戦力を欠いた都市をそのまま維持することはできず、ミィボスの人々はさらに内陸の都市へと移されることになった。

 

 クァニャンの両親は軍人で、討伐作戦に参加していた。

 雨雲が垂れ込める暗い明け方、クァニャンにキスをして出かけて行った二人は、ついぞ帰ってこなかった。

 

 そのときからだ。

 クァニャンが暗いトンネルのイメージを世界に対して抱くようになったのは。

 

「よぉ、まだ起きていたのか、少尉」

 

 ぼんやりと物思いに耽っていたところを、聞き馴染んだ声が現実に引き戻した。

 視線を上げると、短く髪を刈りこんだ壮年の上官が手を挙げて近づいてくるところだった。休憩室のソファから立ち上がろうとしたクァニャンを、マハナ中佐は「そのままで良い」と制して、自身も対面のソファへと腰掛ける。

 

 中佐はまだ軍用のコートを羽織っていたが、クァニャンはすでにラフな格好に着替えていた。帰投して、シャワーを浴びて、厚底の魔法靴も脱いでいる。任務の報告も終えていて、今日はもう休んでいいとの指示を受けていた。……今日といっても、もう日付も変わってしまった時刻だけれど。

 

「眠れないか?」マハナが尋ねてくる。

「そうですね」クァニャンは頷いた。「まだドキドキしてるかも」

 

「だろうな」と中佐は薄く笑って、窓の外へと視線を向けた。

 基地の敷地には鋼の巨人が膝をついていた。深い夜の暗闇の中で、身じろぎひとつせずに沈黙を保っている。左腕がひしゃげてボロボロになっているし、全身に無数の擦り傷が刻まれていたけれど、その巨大さと重厚さに翳りはなく、ここから見ているだけでも頼もしさを感じるものだった。

 

「あのケイナインとかいう男、やはりあそこから降りてきていないか」

「はい。今夜は()()()()で休むと言ってました。だから、朝までは降りてこないかと」

「そうか。こっちでも部屋は用意してあるんだが……。まぁ、無防備に寝ているところを晒すほど、お互い信頼できているわけでもないか」

 

 クァニャンはあの小さくて狭い鉄の部屋の様子を思い出す。巨人の胸にある分厚い金属の扉。その奥にある不思議な部屋のことである。

 ついさっきまで、クァニャンもそこにいたのだ。あの部屋でケイナインと一緒に、災獣(シウジェア)に『槍』の魔法を突き立てた。その感触が今も手のひらに残っている。そして、海中に沈んでいく災獣の姿も、はっきりと自分の目に焼き付いていた。

 

「まさか、本当に災獣を討伐しちまうなんてなぁ……」マハナ中佐がしみじみと呟いた。

 

 災獣という生命体のもっとも脅威となる点は、ひとえにその大きさにあった。人間とはかけ離れたその巨大な身体は、ただそれだけで城塞のように堅牢で、火山のように莫大なエネルギーを蓄えている。

 

 過去の討伐作戦において、軍の敗因はほとんどの場合、火力の不足によるものだった。

 災獣を仕留めようとするなら、とにかく短時間で深い傷を負わせなければならない。中途半端なダメージを与えた程度では、災獣の自己治癒力によってすぐに帳消しにされてしまうからだ。

 実のところ、討伐の成功事例は存在している。多数の軍人を効果的に配置して、連携した火力の投射を実現できたパターンがそれだ。もっとも、何十回何百回と実行されたその手の作戦において、すべてがうまく運んだことなんて二件か三件くらいしかないのだけれど……。

 

 そういった大規模な兵力の動員は、今の時代においてはとても難しいことになってしまった。

 単純な話で、軍人の数が減っているのだ。災獣の縄張りの拡大に伴って、国土は徐々に削られていて、ユミツの国の人口も坂道を転がるように減少を続けている。討伐作戦を実行しようにも、十分な人員を確保できない。そうやってもたもたしているうちに、災獣はまた縄張りを広げ、人口と軍の規模はさらに減っていく。

 どうしようもなく悪循環だった。そういう先行きの暗さもまた、クァニャンが鬱屈とした想像を抱いてしまう一因だったといえる。

 

「朝になったら調査隊を出す。生体魔力の反応は消失しているが、念のため現地で確認を行う」

「私も加わりますか?」

「いや、少尉は待機でいい」中佐が声色を和らげた。「朝からほぼ一日中出撃していたんだ。かなり消耗してるだろう。明日は休んで魔力の回復に努めるように」

「わかりました。……正直、ありがたいかもです」

「ああ、まったくもって怒涛の一日だった。しかし、終わってみれば、収支はかなりのプラスになったといっていい。こんな突発的に東の大海蛇(イア・アムハブ)の討伐が叶うだなんて、今朝の時点では誰一人として想像していなかっただろうに」

「みんな、遠征計画のほうに掛かりっきりでしたしね」

 

 クァニァンは頬を緩めながら目を細めた。

 東大陸への遠征計画は、半年の準備期間を設けて実行された軍の一大プロジェクトだった。大海に隔てられた東大陸の国家へと人員を送り、途絶していた国家間の協力を再構築するとともに、寸断されている魔法通信の中継地を復活させるという計画だ。

 

 その遠征部隊の出発が、まさに今日のことだった。

 日の出とともに基地を出発した遠征部隊は、大まかに二つのチームに分かれていた。実際に東大陸を目指すチームと、その援護を担当するチームである。

 クァニャンは後者のメンバーとして作戦に参加していた。チームに求められた役割は、大海蛇の災獣を牽制して、遠征チームから引き離すことだった。

 

 クァニャンはチームの殿(しんがり)だった。

 現場で急遽決まったことではない。もともとその予定だったのだ。『跳躍』の魔法は使い手が希少で、クァニャンほどの精度で扱える軍人はユミツの国には存在しない。つまり、最後まで大海蛇の相手をすると考えたとき、単独での離脱の速さで彼女に敵う者は誰もいなかったというわけである。

 

 その役目を果たすべく、災獣の縄張りに最後まで残っていたところで()()()と遭遇することになったのだから、人生何が起こるかわからないものだ。

 

「東に向かったみんなは無事でしょうか」

「さてな。今は成功を祈るしかない。大海蛇が消えたなら、少なくとも後方から怪物が追ってくるという危険はなくなったはずだが……」

 

 東大陸の海にも災獣はいる。ユミツの近海の大海蛇を討ったからといって、道中の安全が完全に保障されたということにはならない。けれど、遠征部隊に選ばれたのはユミツの軍の精鋭たちだ。彼らならきっと大海を渡り切って他国の領域までたどり着いてくれるはず。

 

 実のところ遠征計画には反対意見も多かった。どの国も基本的には自国のことで手一杯なのだ。国交を復活させたところで、そこからなにか建設的な展望が見込めるのかといえば、はっきりとしたことは言えないというのが実情である。優秀な軍人を他国に流出させるだけになるのではとも指摘されていた。

 それでも計画が実行されたのは、このままユミツの国が単独で災獣対策を進めても、最後に待っているのは逃げ場のない行き止まりでしかないと判断されたからに他ならない。座して滅びを待つくらいなら、僅かでも勝ちの目が残っているほうに賭けてみるべきだと、多くの人が計画を支持してくれたのだ。

 

 そして、その遠征部隊が出発したのと時を同じくして、ケイナインという宇宙人が現れた。

 誰も予期していなかった新たな手札(カード)が、不意にユミツの国に降ってきたのだ。

 

 もしかしたら、彼らがこの国の切り札になるかもしれない。

 ユミツに縄張りを持つ他の災獣に対処するにせよ、他国との交渉を行うにせよ、未知の技術を持つ宇宙人の存在は、必ず大きな影響を生み出すに違いなかった。

 

「上手くいくといいな……」

 

 クァニャンはわくわくしていた。

 長い間ずっとのしかかっていた重苦しい閉塞感に、鮮やかな切れ目が出来たようだった。暗雲の向こうから眩しい太陽がほんの少し顔を見せつつある。そんな予感があった。

 

「しかし、イブキといったか」ふと、中佐が神妙な声で言う。「あれは、いったいなんなんだ」

「生き物ではないみたいです。金属で出来ているし、生体魔力も感知できていません」

「うん。それはわかる。おそらく、宇宙人の作った道具なのだろう。だが……」

 

 マハナの声が低くなる。クァニャンは思わず背筋を伸ばした。

 

「あの巨人は、少尉の魔法を使ったのだろう?」

「はい。『跳躍』と『槍』です」

「そう、問題はそこだ」

 

 窓の外の暗闇に視線を向けながら、マハナ中佐は椅子の肘掛けを指で叩いている。

 

「似たような試みは過去にあった。つまり、人を模した巨大な道具を作って、そいつを介して魔法を使ってみようという実験だ。しかし、俺の知る限り、その手の実験が成功したという話は聞いたことがない。()()にも聞いてみたが、あの人も同じらしい。失敗した事例ならそれこそ山ほどあるらしいんだが」

「ええと、ヅィヅィザ将軍でも知らないとなると、それって今まで誰も成功したことがないということになるんじゃ……」

「そうだ。少尉、君を除いてな」

 

 クァニャンは目を泳がせた。いきなりそんなことを言われても、という感じだ。

 特別なことをしたつもりはなかった。マハナの言うような過去の実験の失敗はそもそも知らなかったし、あのときは無我夢中で、なんとなく出来そうだ、という直感を信じて突っ走ったに過ぎない。探るような視線を中佐から向けられても、戸惑うばかりだった。

 

「魔法とは、人間の(わざ)だ」中佐が呟く。「動物は魔法を使えない。この星で魔法を扱えるのは人間だけだ。だからこそ、人類は長い歴史の果てにこの星で万物の霊長に至ることができた。……少なくとも、30年前まではそう信じられていた」

「災獣が現れて、あいつらが魔法を使うようになるまで、ですか……」

「連中が魔法の扱いを『学習』したといえるかは、まぁ微妙なラインだがな」

 

 マハナの皮肉めいた呟きに、クァニャンは大海蛇の魔法を思い出す。

 緑の閃光を伴う『溶熱』の魔法だ。あの災獣がそれを使うようになったのは、20年以上前のことだと聞く。

 かつて大海蛇が初めて近海に現れたとき、そいつはまだ魔法を使ってくることがなかった。巨大な肉体を用いた、物理的な攻撃だけが大海蛇の武器だったという。

 

 しかし、20年前を境に、大海蛇は魔法を使いだした。

『溶熱』の魔法を得意とするひとりの軍人が大海蛇に捕食されたというのも、その同時期だった。

 

 世界中で似たような事例の報告は枚挙にいとまがない。

 魔法使いの捕食や誘拐、あるいは殺害をきっかけとして、災獣がその魔法使いの得意魔法を扱うようになってしまうというのは、そのメカニズムこそ未だ謎に包まれているものの、すでにウーサにおいてはほとんど常識といってもいい知識となっていた。

 

「しかし、災獣という例外を除けば、やはり魔法を使えるのは人間だけだ。だからこそ、人に似せた人形を介して魔法を使おう、なんて実験が行われたわけだが」

「でも、上手くいかなかったんですよね。失敗の原因はわかっているんですか?」

「俺もそこまで詳しいわけじゃない。ただ、将軍が言うには、いくら外見を人に似せてみても、人形を人間として認識することができなかった、というのが原因のひとつらしい。特に、魔法の威力を上げようとして大型の人形を作った実験でそれが顕著だったとか」

 

 つまるところ、どんなに人間に似せてみても、生命の宿らない人形を介して人間の代わりに魔法を使わせるということは不可能だったわけだ。

 なんとなくわかる話だった。魔法を使うときには、自分の身体の中の生体魔力をコントロールしなくてはならない。クァニャンもそうだが、ほとんどの人間は無意識にそれを行っている。なまじその経験があるから、生体魔力を持たない人形を『人間の魔法使い』あるいは『自分の身体の延長』と思い込むことは難しいということなのだろう。

 

 だけど、それならどうして、鋼の巨人(イブキ)はクァニャンの魔法を使うことができたのだろうか。

 

「あの巨人、本当にただの人形なのか?」

 

 眼光を鋭くした中佐のその問いに対する答えを、クァニャンは持っていなかった。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 

 僕は自分の左腕を見上げていた。

 コックピットシートに背中を預けて、頭の上にかざした手のひらを見つめている。ハッチを閉じたコックピットで照明に照らされたそれは、どこからどう見ても、いつも通りの見慣れた左手だった。皮膚の感覚や神経の繋がりにもおかしなところはないように思える。当然ながら、五本の指がピカピカ光っていたりといった異常現象も見受けられなかった。

 

 どうにも不思議な感じだ。

 クァニャンに触れられた瞬間、左腕になにか変化が起きたようにも思えたのだけど……。

 

「うーん、なんだったんだろうなぁ」

「モニタしている生体情報に特異な変化は見られない。イブキのステイタスも左腕の損傷以外は正常値の範囲内だ。パイロットと機体のどちらとも、科学的には異常なしと言うしかないな」

 

 三船の声がコックピットに響いた。打ち出したデータを読み上げるようなフラットな口調だ。

 僕は小さくため息を吐いて、かざしていた左手をだらりと身体の横に置いた。

 

「京奈院。なぜあんな無謀な行動を取った?」

「改まって聞かれると、なんと言ったらいいか、明確な理由がパッとは浮かばないんですけど」

「通常の状況判断であれば撤退が選択される。あのとき、お前もそう考えていたはずだ。なんだかんだで、戦場では頭が冷えているタイプだからな、お前は」

「まぁ、はい。確かに直前まではクァニャンを乗せてそのまま撤退しようとは考えてましたけど……。しいて言うなら、なんとなくやれそうな感じがしたからやってみた、ってことになるのかなぁ」

「なんとなく?」

「ええ、本当、なんとなく」

 

 通信が沈黙した。映像は投影していないが、三船の渋い顔が目に浮かぶようだった。

 

「お前、まさかあの娘に洗脳されたとかじゃないだろうな」

「えっと……、そういう自覚はないんですけど」

「今のところ脳波は平常だが、それこそ魔法を使われたのなら、あるいは」

「冗談ですよね?」

「半分くらいは」

 

 乾いた笑いが出た。半分本気なんだ。

 頬をつねってみる。普通に痛かった。夢ではないし、意識もはっきりしている。しかし、そう思い込まされているという可能性も無きにしも非ず。三船の考えすぎだとは思うけれど、断言するには傍証が足りない感じ。

 

「とりあえずは経過観察だな」

「あ、はい。それでいいんだ」

「半分は冗談だからな」

「それって安心していいものなのかな……」

 

 冗談と言いつつ三船の声はまったく笑っていなかった。それが彼女のデフォルトなのだといえば、それはまぁその通りなのだけど。

 

「通信設備の設置は完了した」いきなり話題が変わる。「母艦(フネ)への状況報告も済んでいる」

「向こうはどんな反応でした?」

「うん、当然だが半信半疑だった。異星人の発見はともかく、魔法の存在については、特にな」

「そりゃそうでしょうね」

「とはいえ、証拠になりそうなデータもいくつか送ったから、嘘や錯覚の産物だと切って捨てられることはなかったよ。母艦の設備でデータを解析すれば、改竄の可能性もすぐに否定されるだろう。そうなれば、頭の固い上層部(うえ)の連中も魔法の実在を認めざるを得ないさ」

 

 鼻で笑うような声で彼女は言う。なんだろう、昼間も思ったが、けっこう上の立場の人間に対して辛辣な感じだ。

 ちょっと意外である。この任務に携わるまで三船とはそれほど関わり合いがなかったのだが、一見すると任務と組織に従順な職業人という印象だったのだ。けれどどうやらそれは僕の勝手な思い込みで、今のほうが彼女の素に近いらしい。

 

「それで、今後の行動指針は?」

「まず、我々の生体サンプルを母艦に打ち上げる。送るのは血液と体組織だな。それを調査して、人体に有害な物質や病原体の有無を調べる。後続の人員がウーサに降りてくるのは、それからになりそうだ」

「あれ、思ったよりも慎重ですね。異星人がいるってわかったら、もっと大急ぎで増員の流れになりそうなものですけど」

「ごく自然なリスク管理の結果だよ」

「リスク? 災獣(シウジェア)のことですか」

「いいや」通信越しに首を振る気配。「ウーサ人のことだ」

 

 端的な言葉に思わず眉をひそめてしまった。けれど、本当はわかっている。地球人類にとって未知の存在という意味では、ウーサ人も災獣も等しくリスキィだ。DJ号(フネ)の安全を考えれば、どちらに対しても慎重な対処が求められるのは至極当然の話である。

 とはいえ、災獣よりもウーサ人のほうが危険だというような三船の言い回しには、少し違和感があるけれど。

 

「たとえば、例の瞬間移動の魔法。あれを使われて、ウーサ人が(フネ)に直接乗り込んできたりしたらどうするんだ、とかな」

「ああ……、なるほど」

「魔法という技術に対しては、我々の想定しているセキュリティが機能しないという可能性がある。交渉のために非戦闘員のクルーを地上に降ろすのは、ウーサ人の技術レベルの調査を進めて、母艦のセキュリティ体制を更新してからのことになるだろうな」

「魔法の存在を前提としたセキュリティ、かぁ……」

 

 それこそ()()()()()()()でも設置するつもりだろうか。科学技術一辺倒の乗組員(クルー)が、魔法に対してどんな対策を考え出すのか、ちょっと気になるところである。

 

「でも、正直、魔法といってもそこまで無茶苦茶ができるわけじゃないと思いますよ。僕たちがまだ把握していないだけで、けっこう制約とかがあるんじゃないかな」

「どうしてそう思う?」

「だって、魔法が万能の特殊能力なら、災獣という侵略者に対して、この星の人たちがこうも苦戦はしていないでしょうし」

「……そうかもな」

 

 通信の向こうからため息が聞こえた。なにかを躊躇うような短い沈黙があった。

 

「ウーサ人の姿は、我々に似すぎている」

 

 三船は自分の言葉を確かめるように、ゆっくりと言葉を続けた。

 

「外見は地球人類とほとんど同じだ。だというのに、彼らは魔法という特殊な技術を身に付けている。我々が御伽噺で夢想するしかなかった能力をだ。つまり、我々は、種族としてウーサ人に劣っているのではないか。そういう不安が、きっとあるんだろう。災獣よりもウーサ人の魔法の危険性に目が向いてしまうのは、その不安の裏返しなのかもしれない」

 

 三船の言葉を聞いた僕はコックピットの天井を仰いで目を細めた。

 宇宙を進む深宇宙探査艦の同胞は、今、どういう気持ちでこの惑星を見ているのだろうか。

 

「そんなの、700年前に地球を出発したときからわかってたはずなのに。地球人が宇宙でもっとも優れた種族だなんて、それこそ根拠のない願望もいいところでしょ」

「あるいは、遭遇した相手がもっと我々と違った姿の異星人だったら、それに対してもう少し冷静で公平な見方ができたのかもしれんが……」

「言ってもしょうがない」

「ああ、その通りだ」

 

 三船の声の調子が戻った。いつも通りのフラットで冷静な口調だ。とても優秀なオートバランサを装備しているらしい。

 

「後続部隊の出発が未定でも、我々の任務は変わらない。惑星の環境と異星人の調査。これを継続する。母艦もそれを承認している」

「了解。ウーサ人に対するスタンスは?」

「『売れる恩は売っておけ』だそうだ」

「つまり、災獣退治にも協力しろ、と」

「どこまで協力するかは現地判断となるが、まぁ、そういうことになるか」

 

 要するに、ウーサ人の戦闘能力についてもっと多くの情報を収集してこい、というわけだ。

 相も変わらず危険と隣り合わせの任務だけれど、悪い気はしなかった。むしろ、艦に戻って来いと命令されなくてホッとしたくらいかもしれない。

 

 了解の言葉とともに通信を切って、シートに沈めた身体の重みを感じながら、口元を緩めた。

 意外にも、宇宙で生まれたはずの僕は、惑星の重力をことのほか気に入っているらしい。

 

 

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