翌日、二機のイブキが基地にやって来た。三船と安藤である。
基地のウーサ人には事前に通達してあったけれど、それでもちょっとした騒ぎになった。異星人たちが地上からも空中からもこちらを観察している。三船の機体は静々と敷地を歩いているが、安藤はちょっと落ち着きがない感じだった。こんな風に大勢から見られるのには慣れていないのだろう。メインカメラを載せた頭部がそわそわと左右に揺れている。
基地の敷地の隅っこを間借りすることについては、すでにヅィヅィザと話がついていた。未完成の翻訳を介しての情報ではあるが、どうやら彼がこの基地のトップに当たるらしい。便宜上、将軍という訳語が振られているが、この地の軍制は未だ不明なところが多いので、実際に彼がどの程度の権限を持っているのかは明らかではなかった。
「安藤、手でも振ってあげれば?」
「うぇ!? こ、こんな感じっスか……」
安藤のイブキがウーサの軍人に右手を振る。宇宙からの降下時に撃ち抜かれた左腕は応急処置だけで、まだ十分には動かせないらしい。それでも、溶解部の欠損はすでにおおむね塞がれている。仕事が早い。やはり、現場に技術屋がいるとなにかと助かるものだ。
巨人の気さくな挨拶に、周囲からどよめきが巻き起こった。乗り手の影響だろうか、安藤の機体は特に人間らしい仕草が表に出てきやすい気がする。敵意のない彼の所作は、ひとまず好意的に受け取られたらしい。少なくとも、昨日のように杖を構えて威嚇してくる者はいない様子。
「たわけ」三船が口を尖らせる。「京奈院、適当なことを言うな。安藤もやらんでいいぞ」
「まぁまぁ。友好的な振る舞いをするのも、僕らの任務の一環ってことで」
「やるなら降りてやれ。イブキでやっても仕方ないだろう」
「そんなことないと思いますよ。というか、こういうアピールができるのも、人型兵器の利点だと思いません?」
三機のイブキは基地の片隅に駐機させられた。三船の機体がもっとも身綺麗で、僕のイブキが一番傷ついている。お馴染みの膝をついた姿勢を取らせて、僕ら三人は地上に降りてきた。
技術屋の安藤がすぐさま僕のイブキの修理に取り掛かる。補修用の資材は三船の機体が運んできてくれていた。南の森林地帯に設置した通信設備には、基本的な防衛機構を備えさせたうえでカモフラージュを施してあるとのこと。予備の資材は三船が基地に持ち込んだものの他にも分散してどこぞに隠してあるらしい。
「で、どんな感じ?」
「そうっスね……。三日あればとりあえず左腕は動かせるようになるかな。戦闘時に不自由なく使えるようになるまでは一週間コース。地上は
「オーケィ。ひとまず作業を進めておいて。足りないものがあったら、あとで隊長に相談だ」
「災獣でしたっけ。あれとバトりそうな感じなんスよね? 正直、俺は自信ないっスよ……」
「安藤は基本、後方待機になるんじゃないかなぁ。もともと支援要員だし。僕と三船隊長だけじゃ手が足りない、ってことにはもしかしたらなっちゃうかもだけど」
イブキの周囲には規制線を張った。イエローと黒のテープだ。敷地の空間を区切るという意味では、ひとまずこれでいいだろう。とはいえ、警告色のルールがこれで合っているのか、クァニャンにあとで確認しておかないと。
「基地の責任者に面会したい。京奈院、案内してくれ」
「了解」
イブキを降りた三船はパイロットスーツではなく、黒を基調とした服装に着替えていた。伸縮性と防刃性能を兼ね揃えた戦闘服は、しかし、見た目だけならかっちりとしたビジネススーツそのものだった。
ステラコネクタのパイロットにはとても見えない服装である。戦士というよりも事務職か営業職のようだ。勲章やら階級章も付いていないし、儀礼的な軍服というわけでもない。
それもそのはずで、僕らは戦闘の要員ではあるが、軍人というわけではない。立場としては、DJ号を構成する巨大複合企業の末端、戦闘業務を務める武装会社の社員ということになっている。
DJ号こと、ドラマチック・ジャーニー号。
劇的な旅路の名を冠したその宇宙艦は、700年前の財閥当主、
………
……
…
それから、三日が経った。
三船は精力的にウーサ人との情報交換を進めている。基地の責任者であるヅィヅィザではなく、実務担当者としてマハナと打ち合わせをすることが多いらしい。どうもヅィヅィザは軍人として位階が高すぎて、気軽に会える立場の人間ではないのだという。
どちらも現場の指揮官であるという共通点があるからか、三船とマハナはそれなりに打ち解けた関係になりつつあるようだった。少なくとも、銃口を突きつけ合うような緊迫した会合を繰り返しているわけではないみたいだ。
高頻度で行われる話し合いのおかげで、翻訳システムの更新もかなり進んでいる。三船の眼球は僕のものよりユーティリティに寄った性能をしているから、メガネを掛けなくてもスムーズに会話をすることができる。というか、彼女はすでにメガネ頼りの僕よりもよっぽど流暢にウーサ語を操っている。
イブキの修復は順調に進んでいた。安藤の言葉通り、三日経った現在では左腕のリペアも相当進んでいる。残念ながら、災獣の口内で脱落した杭打機を回収することはできなかった。ウーサの軍人によって死体の確認はされているのだが、水深が深すぎて引き上げるのは難しいとのことだった。予備の部品はあるのだが、左腕が本調子でないこともあり、再装着するかは検討中といったところ。
実のところ、三人の中では僕が一番手が空いている状態だった。
三船と安藤を手伝って細々とした雑用をこなすほかには、これといって急ぎの仕事がない。ということで、規制線の周囲をうろつくウーサ人を適度にあしらうのが、さしあたっての僕の役回りということになっていた。ウーサ語はまだ勉強中なので、メガネのおかげで仕事が出来ているようなものである。
基地のウーサ人は僕らとは違い、国家に所属する正規の軍人だった。この星における国家という概念は、僕らの知るそれとほとんど同じものらしい。統治組織を中心として、国民の共同社会が構成されている。話を聞く限り、指導者層の権力がかなり強い印象を受けたが、どうやらそれは長年にわたって災獣との継続的な戦争状態が続いているという事情によるところも大きいらしい。
国の名は、ユミツといった。
大陸の東岸から中央山脈までを領土とする、歴史ある国家であるという。
「地理的には、この基地が前線になるのかな」
「そう、東部戦線はね」
僕の拙いウーサ語に若い軍人が答えた。軍服だがコートは羽織っていない。見た目は男性だ。
ウーサの人類に性別があることはすでに分かっている。細胞レベルの解析や遺伝子情報までは把握できていないが、異性間で有性生殖を行い、性染色体(と思われる情報を内包した体液ないし体細胞)を出す側と受け取る側に別れていることは早い段階で判明していた。
つまり、ウーサ人には男と女が存在するのだ。
この星の人類にも、男女間の見た目に差異がある。それぞれの印象は、不思議なことに僕たち地球人のそれと近かった。ウーサの男性は地球の男性に似ているし、女性もまた然りだ。
ただ、現地の人々の話では、見た目よりももっと簡単に男女の判別はできるらしい。曰く、生体魔力のにおいが違うのだとか。この発言に関しては、今のところ謎に包まれている。においというのも比喩的な表現で、なにかしら特殊な感覚に訴えるものがあるということのようなのだが……。
「東部戦線?」僕は若者の言葉を繰り返す。「それが、ここのこと?」
「東っていうのが、海側のこと。西の国境……、中央山脈にも別の災獣がいてさ、そっちとも睨み合いが続いてるんだ」
若い軍人は頬を赤くしながら興奮気味に喋っている。ちょっと早口で、メガネの補助があっても言葉を追いにくい。彼は鎮座するイブキの頭部を見上げては地上の僕に視線を戻すというのを、せわしなく何度も繰り替えしていた。
「なぁ、チキュウのヒトは西の災獣の討伐にも協力してくれるのか?」
「どうだろうね。今のところ、僕はなにも聞いていないけれど」
「でもさ、将軍たちとなにか交渉をしてるんだろ?」
ウーサ人の若者は西の方角に首を向けた。
目を細めて、遠くに見える山岳地帯に熱い視線を送っている。
「山の向こうには別の国があるんだ。でも、俺は実際に行ったことがなくて。俺が産まれたときにはもう災獣が居座ってて、人の行き来も途絶えちまってたからさ。生きてるうちにどこでもいいから別の国行ってみたいって、ずっと思ってたんだ。だからさ、あんたらが協力してくれたら、きっと……」
「そこの君」
熱に浮かされたようにまくし立てる若者の背後から、冷たい声が飛んできた。若者は冷や水を浴びせられたかのように口を閉ざすと、ピンと背筋を伸ばしておそるおそる言葉の主に振り返った。
ウーサ人の女性がそこにいた。ひとつ結びの菫色の髪。クァニャンだ。今日の彼女は山高帽も被っていなければ、黒コートも纏っていなかった。眉をひそめて、厳しい表情を浮かべている。
「あ、少尉……」
「地理情報の開示はまだ認められていない」
委縮した若いウーサ人の言葉を遮って、クァニャンがばっさりと彼のミスを指摘する。
「すぐに持ち場に戻ること。処分は追って通達する」
「あの……。いえ、はい、わかりました。申し訳ありません」
「うん。チキュウ人との交流は認められているけれど、ルールは守るように」
僕とクァニャンに向かって大袈裟なくらいに頭を下げると、若い軍人は基地の方へと走っていった。それを見送ってから、クァニャンは小さくため息を吐く。少し物憂げな雰囲気だった。もしかすると、彼女も僕と同じで、異星人トラブルセンターに割り当てられているのかもしれない。
「やぁ、クァニャン。おはよう」
「おはよう、ケイナイン」
お互いに相手の言語で挨拶をする。僕らが出会ってからまだたったの三日だけど、それでも挨拶レベルの発音ならそれなりに流暢にはなっていた。
「みんなではないけれど、浮かれている」
若い軍人が去っていった方を見ながら、クァニャンは呟いた。
「ごめんなさい。迷惑を掛ける」
「いや、迷惑だとは思っていないかな」
「うん」
「ユミツの地理についても、三船からもうある程度は聞いているよ」
「ありがとう。でも、ルールを守るのは大事」
僕の方に振り返ると、クァニャンは表情を和らげた。
今日の彼女は背が低い。山高帽を被っていないし、厚底のブーツも履いていなかった。黒コートも羽織っていないから、いつもよりカジュアルな装いに見える。
「ひょっとして、今日はオフなのかな」
「『
「あー……、休み。休日」
「うん。外出を許可されている」
クァニャンはメガネを掛けていた。僕たちが貸与したものだ。僕のメガネとは逆方向の翻訳になるようシステムを更新してある。中身を弄った安藤が言うには、ユミツで使われている文字の一覧と辞書を一冊提供してもらったこともあって、システムの変更はそれほど難しい処理ではなかったらしい。
……あっさりと言っていたけれど、それはそれで天才の所業ではないだろうか?
「外出かぁ。どこに行くの?」
「ミィボス」いつもより背の低い彼女が僕を見上げてくる。「ケイナインにも一緒に来て欲しい」
「僕? ええと、ミィボスって、確か東にある放棄された町だっけ」
「そう。ミフネの許可は取ってある」
「手回しがいいね」僕は口を斜めにする。「いいよ。行こうか」
修理作業中の安藤に声を掛けてから、僕らは規制線の外に出た。
朝の早い時間だった。まだ太陽は低い位置にある。基地の敷地を横断して、シャッタの降りたガレージに向かう。先導するクァニャンが金属製の軽量シャッタを持ち上げた。
基地のガレージの中を見るのは初めてだった。外よりも空気がひんやりとしている。屋内には様々な機材が整然と置かれていた。パッと見で使い道がわかりそうなものもあれば、用途不明の不思議な形状の道具もある。壁際には魔法使いの杖が専用のホルダに何本も並べられていた。
「これを使う」
ガレージに入ったクァニャンが、床に置かれたマシンを指差した。それは、僕の認識が正しいなら、サイドカーが接続された二輪のバイクだった。オリーブ色に塗装されていて、装飾のないシンプルなデザインだ。
ウーサ人の技術水準には不明なことがまだまだ多い。
基本的な物理技術を用いた構造物であれば、地球のものと大差ないように観察される。たとえば、このガレージのシャッタの巻き上げ機とか、目の前のバイクが履いているタイヤ(正確には、車輪)のような工作物がそうだ。
一方で、複雑で高度な道具になるほど、地球の道具との差異が大きくなるようにも見受けられた。ガレージに置かれている雑多で不思議な工作物たちはその典型である。基地の環境でいえば、エアコンのような空調設備は見当たらないのに、屋内の温度設定が適温に保たれていたりする。どうも建物自体になにかしらのメカニズムがあるらしいのだが、ウーサ人の説明を聞いても、僕らにはその全貌を理解することが未だできていなかった。
「ケイナインはそっちに乗って」
クァニャンは慣れた様子でバイクに跨って、サイドカーを指差した。僕はバイクの側面に回り込んでサイドカーを覗き込む。シートの形状はけっこう普通な感じだった。地球人とウーサ人の身体的な特徴は似通っているから、それも当然なのかもしれない。
足を持ち上げてシートに乗り込んだ。腰を落ち着けると、ちゃんと目の前に透明な樹脂の風防が備わっている。シートベルトもあった。ただ、ヘルメットは見当たらない。運転手のクァニャンも被ろうとする様子がなかった。
僕もさすがにパイロットスーツは着ていなかった。私服ではないけれど、作業用の平服だ。残念なことに、ヘルメットやプロテクタは付属していない。
「ヘルメットは?」
「『
「え……。ああ、ひょっとして、魔法で?」
言われて気づいたが、ウーサ人は生身で航空機のように空を飛べる人種なのだ。高速移動時の防護装備なんて、道具に頼らなくても魔法でどうにでもできるということなのだろう。
ただそうなると、このバイクの存在意義にも疑問が生まれる。生身で空を飛べる種族にとって、移動用のマシンはどんな意味を持つのだろう。
空中を飛行するよりも地上を走行したほうがエネルギーの効率が良い、とかがまず考えられそうか。いや、そもそも、このバイクはなにを動力にしているのか。駆体を観察してみると、タンクの類が見当たらないことに気付いた。どうも液体燃料を使うというわけではなさそうだ。
「これって、動力はどうなってるの?」
「動力?」
「まさか、人力じゃないよね」
「『
「え?」
「え?」
「……いや、そうか。ウーサの人類にとっては、魔法も人力なのか……」
クァニャンは不思議そうに首を傾げた。
「『
「魔法を使えない人間、というのは?」
「気絶してたり、怪我をしてたり、魔力を使い果たしてたりする人のこと」
「なるほど、だからサイドカーがあるのか」
そういえば、イブキで空から見たとき、大地には道路が走っていた。往来が絶えたためか荒れてはいたが、かつては人の手で整備されていたであろう道だ。災獣が現れる前はあれが主要な交通路だったということなのだろう。
「チキュウ人にとっては、魔法は人力じゃないの?」
「そうだね、僕らには使えない力だ」
「ケイナインも生体魔力を持っているように見える。でも、魔法は使えない。何度聞いても不思議」
「そうそう、SFだよね」
「SF?」
「スペース・不思議」
「メガネには違う訳語が見えてるけれど」
「うん、まぁ、今のはジョーク」
「……チキュウのジョークは難しい」
クァニャンはパチクリと目を瞬かせてから、「出発する」と前を向いた。
想像していたエンジンの振動はやって来なかった。それといった前兆もなく、バイクは滑らかに走り出す。ゆっくりとした速度でシャッタをくぐってガレージを出ると、クァニャンは基地の東にある門へとバイクの首を向けた。
彼女がハンドルを操作すると、バイクがぐんと速度を上げた。シートに押し付けられる加速度を感じながら、そのまま門の外へと出る。その先は、ひび割れた路面の古い道路だ。
「ジョークの方が正しい気がする」
「え、なんの話?」
「魔法は
「ああ、SFのことね」
「でも、
「うーん……、僕らの感覚だと、ファンタジィだなぁ」
「
「ジョークの方が正しいなら、不思議ではある?」
「うん。未解明の現象もたくさんある。スペース・不思議は、しっくりくる概念」
ハンドルを握りながら、クァニャンが僕を見た。
サイドカーのシートが低くて、今度は僕が彼女を見上げる番だった。
「チキュウ人も、スペース・不思議」
「……そうだね、本当に、不思議だと思う」
メガネの向こうで、クァニャンの瞳が柔らかく微笑んでいた。
たぶん、僕も彼女も、不思議なことが嫌いじゃないのだ。宇宙に散らばる未知の事象や概念に触れることが、ときには怖くなることもあるけれど、それ以上に楽しみに思えてしまう。
探求心というよりも、好奇心という言葉のほうが近いかもしれない。未知の現象の正体を深く知りたい気持ちはもちろんあるのだけれど、不思議なものは不思議なものということでいいんじゃないかという気持ちもあるのだ。
この世界のすべての真理を知ることなんて、人生のすべてを捧げても不可能だろう。
だったら、僕は僕の手の届く範囲で、自分が知らなかったことを知っていければいいと思う。知ろうとして、それでもわからなかったら、それは『不思議なもの』という分類で倉庫に整理しておけばいい。
その正体がわからなくても、未知の宝物を眺めるのは、それはそれで楽しいものなのだから。