星の息吹と宇宙猫   作:子守家守

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ヒトを継ぐもの(3)

 クァニャンの運転は荒かった。

 

 バイクの速度は180km/hを優に超えている。もちろんイブキの戦闘機動と比べたら低速といってもいいのだけど、悪路面の地上を単純な構造のマシンで走行するという条件で考えると、明らかに飛ばし過ぎといっていいスピードだった。

 サイドカーのシートが低い位置にあるせいか、視界が路面にひどく近くて、体感速度もかなり強烈なものになっている。おまけに路面の小石やら砕けたアスファルトやらが、ときたま顔の近くに跳ね飛ばされてくるときた。

 飛んできた破片が見えない壁に弾かれて明後日の方向に飛んでいくから、魔法のヘルメットは機能しているのだろうけれど、それでも非常に心臓に悪い。

 

「このバイク、どういう仕組みで走ってるわけ?」

 

 冷や汗を流しながらクァニャンに尋ねた。

 

「ペダルから魔力を流してる。フレームに流路があって、タイヤの軸に伝達する」

「へぇ、エネルギーの入力はペダルからなんだ」

「うん。だから、ちゃんと地面から足を離すまでは走り出さない」

「ハンドルの機構は? 出発のときに動かしてたみたいだけど」

「これは、魔力流路のリミッタの絞り。魔力のタイヤへの伝達量を調整して、速度をコントロールするためのメカニズム」

「その流路とかリミッタっていうのは、物理的な構造なのかな」

「物理的?」

 

 ハンドルを握るクァニャンは小さく首を傾げた。

 

「技師が紋様を刻む。使うのは自分の魔力と定着用の塗料。だから、物質としては塗料が残る形になる。分解すれば定着魔力の状態もわかるけれど、チキュウ人にはどうだろう」

「そっちは難しそうだ。でも、塗料の方は材質解析を通せば調べられるかも」

 

 フレーム内の物質の組成を調べるとなると、本格的な精密測定器が必要だろう。機材を送ってもらうよう本艦に申請を出してみるべきか。

 とはいえ、彼女の言う紋様のパターンを解析できたとしても、肝心の魔力の検出ができない限りは、どうしたって片手落ちということになるだろうが……。

 

「バイクの機能は他にもなにか?」

「ううん。元から備わっているのは、走行のためのメカニズムだけ」

「本当に? たとえば、こんな荒れた路面を走ってるのに、意外と揺れないことなんかは……」

「そっちは私がやってる。『飛行』の魔法の応用」

 

 またひとつ、こぶし大のアスファルトの破片が放物線を描いて頭の上を飛んでいった。

 700年前の地球の小説では、バイクの醍醐味は大地を疾走する感覚と風を切る快感だと書かれていた。しかし、どうもその感動をクァニャンのバイクで味わうことはできないようだ。吹きすさぶ風は不可視の壁に遮られ、エンジンの鼓動もなければ大地と噛み合うタイヤの振動もやってこないのだから。

 

「そういうのって、誰でもできるものなの?」

「そうでもない。けっこう高度な技術。普通は車輪を回して走るだけ。でも、軍人ならかなりの人が似たようなことができるかな」

「それって、『飛行』の魔法を使えるのは軍人だけという意味?」

「そうじゃない。練習すれば誰でも飛べるようにはなる。ただ、人によって上手い下手はある。軍は上手く飛べる人を優遇してるし、定期的に訓練と講習を実施してるから、『飛行』の上手な人が集まりやすいっていうだけ」

「ふぅん……。その訓練を受けたら、僕でも飛べるようになる?」

 

 クァニャンがこちらを見た。メガネを掛けた彼女が少し困った表情を作る。

 

「さっきも言ったけれど、チキュウ人にも生体魔力はある」

「本人に自覚はないけれどね」

「あるにはあるけれど、保有量はとても少ない。この星で低魔力と呼ばれるような人の10分の1以下だと思う。おまけに、自分の魔力さえ知覚できないというのは、控えめに言っても致命的」

「つまり、結論は」

「不可能ではないかもしれないけれど、訓練しても時間の浪費にしかならない可能性が高い」

「そう……」と呟いて、僕は肩を落とした。

 

 地球人でも魔法は使えるのか。

 この疑問は、僕だけでなく、DJ号(フネ)の上層部にとっても、今もっともホットな話題だった。科学の常識がひっくり返るような革新的な技術だ。それが自分たちにも手に入れられるものなのか、気になってしまうのは当然のことだろう。

 ただ聞いての通り、現実はそう甘くないようだった……。でも、よく考えたら、地球人類に魔法を扱える素養があらかじめ備わっているのなら、それこそ地球時代に魔法技術に開眼していてもおかしくないわけで、才能の欠落を指摘されるのはむしろ当然の帰結なのかもしれない。

 

 道中でのトラブルはなかった。

 ユミツ標準時で正午になる前に、バイクはミィボスに到着した。乾燥した埃っぽい荒野に、廃墟と化した町が佇んでいる。規模はそれほど大きくない。建造物の数は800程度しかないと、イブキで上空を通過したときに確認している。この地で主となる世帯構成にも依るが、かつての人口も多くて数千人といったところではないか。

 

 クァニャンがバイクの速度を落とした。徐行運転で町に入る。砂混じりの風が顔を撫でた。魔法のヘルメットはどうやらここまでらしい。乾いた土と微かな緑のにおいがした。

 バイクを止めて、クァニャンが地面に降りた。それに続いて僕もサイドカーから降りたが、足が多少ふわふわとしている。けっこうな時間、同じ姿勢で座っていたからだろう。

 大きく身体を伸ばしながら、周囲を見回してみた。人の気配はない。建造物はどれも埃を被っていて、外壁は経年で色褪せている。ガラス窓は破れているものがほとんど。路面はここまでの道路と同じくぼろぼろで、ところどころのひび割れから雑草が顔を覗かせている。

 

「それで、どうしてこの町に?」

 

 振り返って、クァニャンに目的を尋ねる。

 バイクを降りた彼女は、どこか茫洋とした様子で放棄された町の大通りを眺めていた。ひとつ結びの髪が風になびいている。貸したメガネは掛けたままで、光の反射で白んだレンズが彼女の瞳の色を隠していた。

 

「仕事じゃないよ」

 

 彼女が独り言のように呟く。

 

「休みだから外出許可が出たって話だったよね」

「うん。私、この町に住んでいたの」

「……ここに?」

 

 思わず怪訝な声が出てしまった。周囲の景色は、僕には廃墟にしかみえない。

 僕の言葉にクァニャンが額に皺を寄せた。しばらくの間、彼女がジッと睨んでくる。けれど数秒もすると、彼女は小さくため息を吐いて、険しげな気配を霧散させた。

 

「この町が放棄される前の話。もう5年も前のこと」

「ああ……、そうなんだ」

大海蛇(イア・アムハブ)の災獣の縄張りが広がって、そのせいで住人の移住が決定したの」

 

 クァニャンは通り沿いの建物に近づいていった。壁をくりぬいたような大きな窓が通りに面している。窓の奥には白い棚が置かれていた。かつてはなにかの商店だったのかもしれない。けれど、今はもう屋内はがらんどうで、商品が並んでいたであろう白い棚にも埃が厚く積もっていた。

 

「生まれもこの町。子どものころから暮らしてた。ここはお菓子屋さんで、よく学校の帰りに寄り道したな。店の奥にテーブルがあって、友達と一緒に買い食いしたり……」

 

 彼女はそう言って、店のガラスに手のひらを触れさせた。

 僕から見えるのは小さな背中だけで、彼女が今どんな表情をしているのかはわからない。

 

 正直なところ、僕は困惑していた。

 この町にやって来た目的を聞いただけのはずなのに、なんだか変な雰囲気だ。クァニャンは何を言おうとしているのだろう。短い付き合いだけど、普段は明瞭かつ端的に物事を口にする彼女にしては、どうも回りくどい感じがして仕方がない。

 

「この町が、私の故郷」

「故郷?」

 

 ガラスの奥の朽ちた店内を見つめながら、クァニャンが呟いた。

 僕はその言葉を小声で繰り返す。彼女の声は震えていた。廃墟のガラスの向こうに、彼女はなにを見ているのだろうか。

 

「もしかしたら、もう戻れないのかもって思ったこともある。だけど……」

 

 見えないなにかを振り切るように、彼女がこちらを振り向いた。

 コックピットで見たのと同じ、感情が溢れた泣き笑いの表情だった。

 あのときと同じで、やっぱり、なんと声を掛けたらいいのかがわからない。

 

「大海蛇は討伐された。これで、この町の復興も始まる。ユミツの政府でもそんな話が出てるって、ヅィヅィザ将軍が教えてくれた」

「それは……、ええと、良かったね」

「うん。そうなったのも、あなたが協力してくれたおかげ」

 

 メガネの下の涙目を拭って、クァニャンがはにかんだ。

 

「お礼を言いたかった。ありがとう、ケイナイン」

「いや、僕らには僕らの思惑があってのことだから……」

「ウーサの戦いにチキュウ人は本来関係ない。それでも、あなたは助けてくれた」

 

 どうにも背中がむずがゆくて、僕は視線を逸らしてしまった。

 実際のところ、協力したのは確かだけれど、助けたというわけではない。ヅィヅィザが友好の条件として共闘を提示してきたから、僕らがそれに応じたというだけのことだ。つまり、災獣の討伐も交渉の一環でしかない。

 

 クァニャンもそれはわかっているはず。ヅィヅィザが僕らに条件を伝えたとき、彼女もその場にいたのだから。

 それでもこんな風に改まって礼を言うのは、災獣の討伐成功が想定以上の成果だったというのもあるだろうけれど、それ以上に彼女の個人的な感情に起因するもののように思えた。

 彼女はこの町を故郷と呼び、災獣との戦闘では復讐とも言っていた。そういった言葉を口にするだけの思い入れや執着があるということだろう。そう考えると、感情から出た感謝の言葉を無暗に否定するのは悪いかもしれない、という気分になってくる。

 

 とはいえ、「どういたしまして」なんて返すのもなにか違う気がするし……。

 結局、僕は逸らしていた視線を彼女に戻して、曖昧な笑顔で頷くのが精々だった。

 

 

 

 ………

 ……

 …

 

 

 

 そのあとは、クァニャンがミィボスの町を案内してくれた。

 無人の廃墟ばかりだけど、往時の面影を残している建物もそれなりにあった。クァニャンは記憶の糸を辿るように、目を細めて昔日の町の様子を懐かしんでいる。

 

 わざわざ三船に許可を取ってまで僕を同行させた理由は、どうやらこれらしい。

 礼を言うだけなら基地でも済むだろうに、時間を掛けてこんな場所にまでやって来たのは、僕にこの町のことを見せたかったからのようだ。

 正直、その意図はよくわからない。当たり前だけど、僕がこの町の復興に関わることはないだろう。市街の復興で戦闘兵器のパイロットにできることなんてほとんどない。DJ号のクルーが関与するにしても、それは後続の人員の仕事になるはずだ。

 

 クァニャンの話そのものは面白かった。彼女の回想を聞いていると、ウーサ人の生活様式がうっすらと伝わってくる。地球の文化様式と似ているところもあれば、まったく違うところもあるようで、とても興味深い。

 

「あそこが、私の住んでいた部屋」

 

 クァニャンの昔の住居にも訪れた。といっても、外から見ただけで中には入っていない。五階建ての集合住宅の三階だったのだ。外壁が朽ちていて、屋内の廊下も崩れる寸前といった風情だったので、準備もなしに迂闊に踏み入ることは憚られた。

 

「町の復興っていうのは、どのくらいのペースで進むものなの?」

 

 街路からクァニャンが指差した窓を見上げながら、僕は彼女にきいてみた。

 

「長い時間が掛かる。まずは『母の樹』が育たないと」

「『母の樹』?」

 

 彼女の説明によると、それこそがウーサにおける都市の基盤であるらしい。『母』と呼ばれる樹木がまずあって、それに寄り添うように集落が生まれるというのが、この惑星における常識なのだという。

 ユミツの軍事基地の建物は、巨大な植物と混ざり合うように建築されていた。それこそがあの地における『母の樹』なのだと、クァニャンは説明してくれた。人が集まって住まう場所には、それぞれの土地にそれぞれの『母』が存在するのだ。

 

 ミィボスにもかつては『母の樹』があった。

 しかし、今となっては地上にそれらしい植物の姿は見当たらない。おそらく地上に出ていた部分は萎れるか枯れるかしてしまったのだろう、とクァニャンは言った。人の居住が絶えてしまうと、往々にして母の樹も力を失ってしまうものなのだという。

 

「だから、茎か根を探して、母の樹を回復させる。本格的な復興はそれからになる」

「どうして町にはその樹が必要なの?」

「人が集まって暮らしていると、いずれ魔力が澱む。母の樹は魔力の道を作って、その澱みを流し清めてくれる。だから、私たちは母の樹を礎にして町を作るの」

「へぇ……。魔力が澱みになると、なにが起こるの?」

「よくないことが起こる」

「抽象的だね」

 

 ぼんやりと窓を見上げていると、クァニャンの言葉が途切れて、沈黙があたりを漂った。

 ふと、自分の返事が気のないものになっていたことに気が付いた。別のことを考えていて、ぼんやりしてしまったようだ。窓から目を離して隣を見ると、困り顔のクァニャンが僕を見上げていた。背の低さもあいまって、迷子みたいに心細そうな表情にも見える。

 

「ごめんなさい、退屈だった?」

「いや、そんなことないよ」

「でも、理由も言わずに付いてきてもらったから……」

 

 彼女の語尾が小さくなっていった。

 僕は両手の手のひらを顔の横に置いて、お手上げポーズ。

 

「本当につまらないってわけじゃないんだ。ただ、ちょっと据わりが悪かったっていうのは、あるかも」

「それは、どういうこと?」

「うーん、なんて言えばいいのか……。クァニャンがこの町に愛着を持っていて、特別な感情を抱いているっていうのはわかるんだ。わかるんだけど、僕にはなかなか共感することができない、みたいな……」

 

 ふんわりとした言い回しになってしまった。

 自分の気持ちというものは、どうにも言語化が難しい。

 

「……共感できないのは、ケイナインは故郷のことが好きではないから?」

「というより、故郷というものが、僕にはよくわからない」

 

 僕が特に感慨もなくそう言うと、クァニャンは不思議そうに小首を傾げた。

 

「チキュウ人の故郷は、チキュウ?」

「いいや。僕は一度も地球に行ったことはない。宇宙で生まれて、ずっと旅を続けているから」

「だったら、宇宙が故郷?」

「それはちょっと漠然とし過ぎているかなぁ」

 

 僕は口を斜めにして苦笑した。広義でいえば、誰だって宇宙が故郷だ。

 クァニャンが眉を傾けて空を見上げた。抜けるような青空だ。星は見えないけれど、宇宙はそこにある。

 

「それなら、宇宙船が故郷なの?」

「たぶん、客観的にはそれが正確なんだと思う。でも、僕自身の気持ちとしては、あんまりそういうイメージがないんだよね」

「イメージって、故郷のイメージ?」

「そう。あんまり深く考えたこともないけれど……」

 

 クァニャンの視線が地上に帰ってきた。困惑気味に僕を見つめている。

 僕は指を顎に当てて、彼女に尋ねてみた。

 

「クァニャンにとって、故郷というのは、どんなイメージ?」

「うーん……、いつか帰る場所。生まれた場所。育った場所。家族や友達と過ごした場所……」

 

 メガネ越しの瞳が瞬きした。

 

「ケイナインの家族はどんな人?」

「僕らに家族はいない」

「……僕()?」

「三船や安藤も同じだね。本艦のクルーもみんなそう。誰にも、家族はいない」

 

 怪訝な顔を作ったクァニャンが、メガネを一度外してからまた掛けなおした。どうやら翻訳の誤りを疑ったらしい。

 それもそうだな、と思う。DJ号では当たり前すぎて意識することもないけれど、()()()()()で考えても、これはなかなかにおかしな話なのだ。

 

「ええと……、みんな家族がいないというのは、どういう意味?」

「血縁上の『親』はいるけれど、その人と会ったことはない、って感じだね」

 

 ポケットに両手をいれて、とぼけるように軽く肩を揺らした。

 慣れ親しんだ社会制度だけど、改めて他人に説明するとなるとちょっと言葉に迷ってしまう。

 

「赤ん坊のときのことはよく覚えていないけれど……、DJ号(フネ)で生まれたら、半年に一度のペースで適性検査があるんだ。大人になって仕事に就くまでは、基本的にずっとね。その検査の結果に応じて、住む場所とか受ける教育がどんどん変わっていく、っていうシステムなんだ」

「それは、家族と一緒にじゃなくて、ひとりだけで?」

「そうだね。だからなのかな、生まれた場所や育った場所が故郷だって言われても、あんまりピンとこないんだ。もちろん艦への帰属意識はあるけれど、それは故郷とか家族というより、自分の役割や仕事を通してのものなんじゃないか、って思ってる」

 

 どうしてそうなるのかといえば、宇宙は地球ほど優しくなくて、深宇宙探査艦はどこまでいっても人工的な世界でしかないからだ。

 自然環境によるバランス調整は、艦の人工的な居住空間には存在しない。人間が生きるためには、人間自身の手で環境を維持する必要がある。艦の航行についても同様で、惑星のように放っておいても正しい軌道を進んでくれるというわけではない。自分たちの進む道は、自分たちの意思によって決定されなければならない。

 

 各分野のスペシャリストは、常に現場で求められていた。

 宇宙空間で人間は生きることができない。艦の壁の向こうは冷たい死の世界だ。たったひとつのミスからでも艦の運営に支障が生じれば、何人もの命が真空の闇に吸い込まれてしまうことだってある。ともすればDJ号そのものが宇宙の藻屑になるというシナリオも十分にあり得るだろう。

 そして、宇宙艦においては、働かない者を無為に養っておく余裕はほとんどないといっていい。なにしろ食料や水、果ては空気に至るまで、リソースは常に有限なのだから。

 

 自分が生きるためにも、世界を生かすためにも、すべての人が自らの適性に沿ってもっとも効率的な形で働かなくてはならない。それが、DJ号における常識だった。

 

「そんなわけで、生まれた(フネ)でも、故郷と呼ぶのはしっくりこないかなぁ、と……」

「…………」

 

 そんなようなことを説明したところ、クァニャンが神妙な顔つきになってしまった。

 どうもあまり印象が良くなかったようだ。まぁ確かに、自然環境のある地上に住んでいる人からしたら窮屈さを感じる制度かもしれない。しかし、よくあるイメージと違って、宇宙というのはそれほど開放的ではないものなのだ。

 

「そういう生き方に、自由はあるの?」

「もちろん」クァニャンの問いに僕は頷いた。「まぁ、さすがに職業選択に関しては、適性と受けてきた教育に応じた制限があるけれど。でも、余暇の過ごし方は自由だし、交友関係にも基本的には口出しされないかな。それから、趣味を持つことも奨励されているね」

 

 なんでも心の余裕を持つことは、人間らしく生きるために重要なのだとか。

 その『人間らしさ』というのが、『地球人らしさ』を指しているのかは定かではないけれど。

 

「趣味……。ケイナインは、なにが趣味?」

「小説。地球時代に書かれた話が好きなんだ」

「昔のお話だね」

「そう。もう700年以上も昔の物語だよ」

 

 けっこう懐古(レトロ)な趣味といっていいだろう。同好の士はそう多くはない。

 地球時代の娯楽でいえば、映像作品や音楽、ゲームといった作品のほうがメジャーな傾向にある。小説みたいな文学作品はアーカイヴこそ大量にあるものの、楽しむためには時代ごとの文字や言葉遣い、ときには歴史背景まで知らなければならないという先入観があってか、割と敬遠されやすいジャンルだった。

 

 僕個人としては、そんなに肩ひじ張ったものではないと思っている。

 昔の小説を読んでも、当時の人がなにを考えていたのかがわかるわけではない。どちらかといえばわからないことのほうが多いといってもいい。特に、彼らがなにを感じていたのか、つまり感情的な機微について読み解こうとするのは、僕にとってかなり難解な問題だった。

 

 ときにはその難解さこそが、僕と『地球人』との隔たりを象徴しているようにも思えて、くらりと眩暈を感じることがあったりもする。

 そういった気の遠くなるような感覚も含めて、僕は読書の時間を楽しんでいるわけだけど。

 

「あ、そうそう。家族ではないけれど、子どものころから長い付き合いの相手がいたな」

 

 趣味の話をしていて思い出した。

 僕に小説を薦めてくれた相手のことだ。

 

「さっきも言ったけど、僕らの社会では、就職が決まるまでは半年ごとの適性検査で学習内容が変わっていく。だけど、()()は変わらない。生まれたときから家庭教師(チュータ)がついていて、その先生がカリキュラムの調整をすることになっているんだ。だから、僕たちDJ号の住人が人生でもっとも長い時間を共有しているのは、それぞれの先生ってことになる」

 

 ()()の顔が脳裏に浮かぶ。僕が戦闘の要員として仕事に就いたあとも、ときたま顔を合わせることのある相手だった。DJ号のチュータは常時二人か三人くらいの生徒を持つものだから、彼女も今は僕とは別の誰かを世話しているのだけど、それでも折を見て近況を報告し合うくらいの関係性は維持されていた。

 思い返してみれば、ずいぶんと長い付き合いになる。働いている部署が部署だけに、二度とは会えなくなってしまった同胞も多いことを加味しても、僕の人生でもっとも長く交友関係のリストに名前が載り続けている相手であることは間違いない。

 

「そうなんだ……。うーん、ケイナインの先生って、どんな人?」

「ああ、いや、その表現だとちょっと誤解があって……」

 

 僕は口を斜めにして苦笑した。これもウーサの人と僕らの常識の相違点だったな、と。

 メガネの縁を指で軽く叩く。彼女を表す言葉がこの惑星に存在する概念なのかはわからない。そこをなんとか良い感じに翻訳してくれると嬉しいのだけれど。

 

「僕らの先生は、人間(ヒト)じゃなくて、人工知能なんだ」

 

 

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