蛇が居る。
深緑色の鱗を持った蛇が、
硬い、ガサガサの鱗が肌に当たる感触に思わず身震いした。
蛇はそのまま登っていき。僕の顔にまで来たかと思えば────左眼めがけて噛みついて来た。
「────あ!?なにを…」
上下に付いた牙が、左眼に喰らい付いて離さない。そのままブチブチと糸を引きちぎるような音が頭蓋の中で鳴り響く。普段なら尋常じゃない程の痛みに手脚を震わせ、その場に蹲っているだろう。
ちょうど、
しかし。今はどうだろう?
痛くない。
痛くないのだ。焼け付くような痛みも、身体の一部が無理やり引き摺り出される喪失感も、急に左側が見えなくなる恐怖も、なにも感じない。
見慣れた血すら吹き出していない。
さらにおかしな事に左側は
つまるところ、これは夢だ。
一度に複数の出来事が、ことごとく矛盾しながら起こっている。
僕の見る悪夢とはまた違った、おかしな夢だ。
「じきにまた、おかしな事が……」
そう言いかけた途端、左眼から蛇が
ぐちゅぐちゅと不快な音を鳴らしながら、肉を掻き分けながら蛇は残りの体を捻って這い出て来る。
この時も痛みは感じなかった。感覚は有るのに、痛みだけが不自然なほどに感じない。何も感じないはずなのに、何故か不快に感じた。
痛いはずなのに、痛くない。
痛くないのに、気持ち悪い。
噛み合わない、その
「──いい加減にっ!!」
必死に蛇達を振り払う。剣は無いが、それでもレベル2だ。
上層のモンスター程度なら余裕で投げ飛ばせる程の膂力。そんな力を込めて腕を振るうが……
「う、ぐぅ…」
あっさりと、片割れの蛇に腕を絡め取られた。
レベル2の冒険者が、その膂力を込めた腕を絡めて取られた。モンスターでも冒険者でも無い、ただの蛇によって。
「うあ!?なぁ──」
いつの間にか何匹にも増えた蛇が、視界を埋め尽くす。
何も見えなくなっても、蛇達が自身の身体を貪っているのが分かる。感覚はないが、肉を喰い分け、骨を噛み潰しているのが、その音で分かる。
ゴリゴリ、ゴリゴリと、その音がどんどん
「やめ、て……食べないでぇ…」
そんな嘆きを無視するように、遂に蛇が、口にその頭を突っ込む。
口の中を埋め尽くし、喉にすら入り込んで来る。
その圧倒的な異物感の原因を吐き出そうとするが、蛇にはそんな事関係無い。
「あ゛ぐ、あぁ゛──」
そのまま、意識が遠のく。
視界がぼやけて、意識を保てなくなる。
喉の奥、貪られ続けるその身体の中心で。
全テの終ワリト始マリハ、同元ノ場所ニ有リ
────声を、聞いた気がした。
「────は!」
シアはその瞬間目を覚ました。周りはダンジョンではなく、覚えのある部屋。
少しボロいが、シアと
「ええと…僕はダンジョンに潜って…」
ケインとダンジョンに潜って、確か【
「あっ……」
そうだ、リヴェリア様に会ったんだ。
会って、そのまま気を失ったんだった。恐らく気を失った自分を拠点まで運んでくれたのだろう。
他の
出会い頭に吐いてしまったことが申し訳無くなってくる。
そう考えていると、部屋の向こうからドタドタと荒い足音が聞こえてきた。
「───シア君?シア君!!」
「わぁ!?神、様…?」
そうして足音の主、少女の主神は勢いよくシアの身体に抱きついた。
「よがっだ!!よかっだよ───私このまま目覚めないかと思って…」
滝のような涙を流し、シアにしがみつく女神ハルティア。この様子を見るにかなり長い間眠っていたみたいだ。
「えっと、僕どのくらい寝てたんですか?」
「………一週間、一週間ずっっっと!!うんともすんとも言わずに寝てたんだよ!!毎日心配だったんだから!」
シアにしがみついたまま、くぐもった声でハルティアは叫ぶ。その声は、怒っているようでもあり、悲しんでいるようでもあった。
思えば僕はハルティア様に心配をかけてばかりだ。
ダンジョン十階層で
「───ねぇ、シア君…死なないと言ってもやっぱり心配だよ…そんなに無理して突き進まなくてもいいんじゃない?」
その言葉にはただ、
女神ハルティアは幼い神だ。
他の神々よりも遥か後に生まれた、大した逸話も
だけど、それでも。
女神ハルティアは善神だ。
子供達の営みを、平穏を何よりも愛し。子供の傷を自分の痛みのように悲しめる、優しい神だ。
そんな女神だから、シアは助けられたのだ。
「ごめんなさい、神様。僕はきっと、この先もっと無理をします」
「っ……」
そんな、
シアは英雄になりたいと思ったのだ。
ただ助けられただけじゃ居られない。
英雄になって、女神ハルティアの名を、【ハルティア・ファミリア】の名を知らしめてやりたい。
自分を救ってくれた女神は、こんなに優しくてすごい神様だって、誰からも気味悪がられる
「英雄になります────なってみせます」
「………そっか…」
ハルティアは顔を俯かせ、何かを堪えるように震えて。その直後───にぱっと笑った。
「私の可愛い子供の決心だ!!応えてやらなきゃ主神が廃るってもんだよ!そうと決まれば────恩恵を更新しなきゃ!」
「……っ!はい!!神様…」
嗚呼、やっぱり僕の主神は、優しい神様だ。
「な、ななな……」
「どうかしたんですか?神様…?」
「───
「…………え?」
シア
Lv.2
力:F304→E421
耐久:H198→E400
器用:H121→H198
敏捷:E407→D551
魔力:I0→l80
狩人 : l
【魔法】
【リーヴァディナーヴァ】
・
・詠唱追加により効果変動
・
対象のステイタスはレベルに依存
・
【スキル】
【
・対象負傷後、苦痛と引き換えに再生
・対象の負の感情の丈により効果向上
【
・
・対象の身体器官の複製。
・力、耐久のアビリティ中補正
・対象のレベルの丈により効果向上
(……これ、私が心配する必要無かったんじゃ……)
眷属の余りの出鱈目ぶりに、幼き女神は自身の過去の言葉を撤回しようとしていた。
少女の主神とその眷属が恩恵の更新を行なっている時。
その女神もまた、愛すべき眷属と共にいた。しかし見ているのはその眷属では無く、遥か
他の追随を許さないほどの圧倒的な美を持つ女神、フレイヤ。
その女神が、一軒のボロ館を見下ろしている。
その中に居る一人の
ひとしきり見つめて、何かを決心したように、その美しい瞳をすぐ隣の眷属に移す。扇状的で、官能的、雄を誘うようであり、同時に上品さも併せ持った瞳だ。
そんな瞳と、目が合っているのにも関わらず、心臓の鼓動を一つも乱さない眷属。それは一人の
「ねぇ、オッタル」
「如何なされました、フレイヤ様」
女神フレイヤが、嬉しそうにその口を開く。
「あの子の魂が、一際
「……かの
「違うわ」
きっぱりと、猪人──オッタルの言葉を否定して、更に言葉を続ける。
「彼は近い内に偉業を成す──確信してるの、でも彼の周りには他の
「だからね、オッタル」
オッタルに、自身の顔を近づけて
「彼が偉業を成す時に────誰にも邪魔させないで欲しいの」
「……ご命令とあらば」
バベルの塔、最上階にて女神は笑う。
少年の知らない所で、物語は動きつつあった。
▪︎二重魔法
シア君が発現した魔法にある特殊効果。
一つの魔法に二つの効果があるようなもの。詠唱を変化させる事により、どちらの効果を使うか選べる。