森の肉の怪物   作:ななば

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蛇の魔法と、目撃する者達

 

 

 

 

 

 

───腹立たしい、腹立たしい!

迷宮の巨人は心の中で叫んだ。もう()()()()()()()()()()の人間が、何度でも立ち向かってくる。

その光景が、酷く腹立たしく映った。何度叩き潰しても、殴り殺しても、何度でも生き返り、剣を振るってくる。悪夢のような光景だ。

 

『グルオオオォォォ゛!!』

 

その咆哮は、聞く者の耳を穿ち恐慌させる怪物の『咆哮(ハウル)』。今度こそ完全に殺すために、その人間の至近距離で放ち、拳を繰り出す、だが────

 

「がああァァ!?」

 

『ガギャアアアアァァァ!?』

 

その人間は顔の()()()()()()()()()()()()()そのまま反撃を繰り出してきた。

見慣れた銀の軌跡が巨人の眼を捉えて、その眼を中心てして顔を斬り刻まれる。人間の忌々しい姿が、半分しか()()()()

片目の視力が奪われた。

 

この現状は、いったいなんだ?

なぜ自分がここまで追い詰められている?

力も、速さも、優っているはずだ。

そうだ、全てはあの忌々しい再生のせいだ。

 

『グウゥゥゥウゥ!!』

 

どうしようも無く込み上げる怒り。どうにもできない苛立ち。その全てが動きを鈍らせる。つけ入る隙を与えてしまう。

 

「絶対に……倒す…!」

 

血みどろの、人間の顔がゴライアスを見つめる。

血だらけの傷だらけであるが、此方を穿つような鋭い眼光。その眼光を見た瞬間、ゴライアスの脳裏に()()の二文字が浮かぶ。

 

恐れているのか?

何に、誰に────()()()()

こいつに殺されるというのか、この自分が?

 

ゴライアスの脳裏を、憤怒の炎が焼き尽くす。浮かんだ二文字も、生じた恐怖も全てを消し去らんとする。

 

神を滅ぼすために迷宮より造り出された怪物(モンスター)は、他のどんな存在にも、滅ぼされることを良しとしない。

神を滅ぼすための力が、ここで滅ぼされていいはずがない。

 

ゴライアスはもっともらしい口実を自身に言い聞かせ、染み付いた恐怖を拭い去ろうとする。

 

痛みか、それとも恐怖か。

ゴライアスの残った片目は、震えていた。

 

 

 

 

 

「『開く顎、貫く牙。その化身は翠の蛇』」

 

『!?』

ゴライアスはその詠唱に驚く。今まで剣を振るうばかりであった人間が、ここにきて新たな動きを加えてきた。

 

「『根付くは林檎の聖樹、唆かすは原典の罪。幾重にも連なる獣たちよ、許されざる毒牙を剥け』」

 

「ほう」

「───っ!?並行詠唱!?」

 

 

フレイヤファミリア、ロキファミリアの面々もシアの詠唱に気づく。

並行詠唱。それは魔法と戦闘を両立させる高等技術である。高等技術というだけあって、並行詠唱ができる冒険者はオラリオでもそう多く無い。

詠唱に気を使いながら、眼前の敵と白兵戦を繰り広げる。それがどれだけ難しいことか、リヴェリアや他のエルフ達は痛いほど知っている。

 

故に、レベル2であるシアができるという事実に、ただただ驚愕する。魔力の操作、詠唱、近接戦闘。全てを並行して行なっている。

 

そして魔法は紡がれる。

 

 

 

「『貫き穿て、第一魔法(ファースト・スペル)───リーヴァディナーヴァ』」

 

 

空中に描かれた魔法陣から、その姿が現れる。

それは大蛇だ。体表が緑の鱗で覆われた一匹の大蛇。──いや、違う。一匹では無い。

大蛇の身体に、()()()()()()()()()()()()。無数の蛇達が一斉にその牙を剥いている。

 

『グアアァァァァ!!!』

 

ゴライアスは自身の致命となる魔力の蛇を迎え撃つことに決めた。人間の攻撃など、()()に比べればなんとも無い。とにかく、アレだけはまずい!!

 

『■■■■■■■■■■────!!』

 

大蛇が咆哮を上げ、巨人の腕に喰らいつく────瞬間。大蛇の身体が、大きく()()()

 

 

『ガァアアアア!?』

「!なっ!?」

 

「ッ……」

 

魔力の爆発が、シアの身体を大きく傷つける。

 

ゴライアスもロキファミリアも、何が起こったか分からない。放たれたはずの魔法が、内側から魔力と共に爆破したのだ。

その爆破は、ゴライアスはおろか魔法を行使した冒険者でさえ傷つける、暴力的な魔力の奔流。これは、まさか。

 

 

魔力暴発(イグニス・ファトゥス)…」

自らの魔法を制御できずに、暴発を起こす失敗。

試練を打ち倒すに至る一撃が、失敗した。

 

しかし、その失敗はシアの敗北を意味しない。むしろその()。シアはこの魔力暴発を狙っていたのだ。シアは最初からこの魔法が成功しない事を知っていた。つい最近発現した魔法に、慣れない並行詠唱。これで成功するほうがおかしい。

 

 

だから、相手の予想の外を突いた。

誰も思わないだろう、精神力(マインド)を消費して繰り出した必殺の一撃を、まさか()()()()なんて。

 

『グォアアアアッ!?──ガァァァ…!?』

 

シアは爆破で生じた煙と共に飛び出し、困惑したゴライアスの首に銀の閃光を走らせた。

「これで……とどめぇ…!!」

 

ゴライアスの首から勢いよく血が噴き出る。

なぜ傷付くことを恐れないのか、あの異様な再生はなんだ?最期にシアを見たその目には、恐怖と困惑が浮かんでいた。

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

 

♢【アイズ・ヴァレンシュタイン】♢

 

私の叫びを聞いて、皆んなが口を紡ぐ。さっきまで上げていた歓声も動揺も、嘘のように静まり返っている。

 

「……ちがうから……」

 

モンスターを憎むきっかけになった出来事。私の原点。決して忘れることも、受け入れることもできない真っ黒な感情。

 

私のお父さんとお母さん、全てを奪い去った"隻眼の黒竜(モンスター)"を殺すために、このオラリオに来たんだ。

モンスターに復讐するために、冒険者になったんだ。

 

 

 

 

じゃあ、()()()()()()()()

 

 

 

 

 

シアは、私と手合わせしてくれた人。レベル2とは思えないほど強くて凄い、同い年の男の子。シアも私と同じように強さを求めてる、モンスターを倒すための力を求めてる。

 

今だって、ほら。ゴライアスを倒そうとしてる。たった一人で、誰の手も借りずに戦っている。左目も斬り裂いてる。追い詰めてる。こんな人が怪物(モンスター)な訳がない。シアは私たちと同じ人間だ。

そうに決まってる。

それ以外あり得ない。

 

 

───()()()

 

 

「あ……ああ、あ…」

 

 

黒い風が唆かす、シアを疑う言葉がどんどん浮かんでくる。一度そう思った瞬間。それは拭い去れない絶対的なものになる。なってしまう。

あの男の子の姿は、もう人間では無い。

腕を何本も生やして喰らい付いて、本来なら絶対に治らないはずの傷を治して、何度でも戦ってる。

 

その姿は、本当に人間?

『────怪物(モンスター)

誰が、呟いたのだろう。

致命的なあの言葉が、ぐるりぐるりと渦巻いてる。疑惑は心に根を張り、あの憎悪がどうしようも無く身体を焼く。真っ黒な憎悪の感情がほとばしる。

 

 

 

 

その感情の行き先は、あの男の子の後ろ姿。

 

 

 

 

"あれはモンスターだ、怪物だ"

ちがう。

"疑っているんだろう、誰よりも怪物を憎んでるお前が"

ちがう。だまって。

"その剣を振るうべき相手だと、殺すべき怪物だと分かってるはずだ"

だまってよ。

 

"早い内に殺すべき、成長されたらやっか──

だまれ。

 

 

「……絶対に違う、そんなこと、思っちゃダメ……ちがう、ちがうの……」

 

ちがうはずだ。私の意地悪な思い込みのはずだ。そうに決まってる。

 

そうであって、()()()

 

 

 

 

『グウォォォァァ!?……グゥゥ……!』

「───あ、ゴライアスを…倒した?」

「倒した!倒した!!確かに一人で倒したぁ!?」

「「うおおおおおおおおお────!!」」

 

静まり返った場は、再び熱狂を取り戻す。

私がそう考えているうちに、シアは巨人を打ち倒し、試練を終えていた。疲弊した彼の姿は。なぜかどこか私からずっと離れて見えた。

 

 

 

 

♦︎♦︎♦︎

 

 

「「うおおおおおおおおお────!!」」

「───っ!?なんだ!?」

 

既に事切れた巨人の身体から、銀の短剣(ショートソード)を引き抜く。

打ち倒すべき試練が、巨大なその姿をただの塵に変えて消えていく。

強敵だったと心の中で叫んだ途端、あたりに歓声が響き渡った。それは巨人に夢中であったシアにとって全くの予想外の出来事だ。

 

「……あ」

 

ようやく周囲に目を向けて気づく。他の冒険者が居る。それも数え切れないほどの大人数がシアを見ている。エンブレムから見て、冒険者達はあの【ロキ・ファミリア】の団員あろう。

 

冒険者集団の前列には、オラリオに来たばかりで無知なシアですら知っている第一級冒険者の面々が見ている。

 

勇者(ブレイバー)】フィン・ディムナ

九魔姫(ナイン・ヘル)】リヴェリア・リヨス・アールヴ

重傑(エルガルム)】ガレス・ランドロック

 

ロキファミリアを代表する三人に、以前手合わせしたアイズの姿もそこにある。

 

……まてよ?皆ここに居たってことは、僕の戦いを見ていたってことか?

 

「や、君の戦いを見させてもらったよ【銀の剣撃(シルバー・スパーダ)】」

 

ロキファミリアの団長。フィンがそう話す。

その一言で疑念が確信へと変わった。

 

「素晴らしい戦いだったよ────ところで」

 

彼らの顔に浮かぶのは、驚愕と、熱狂と、少しの困惑。困惑の理由はとっくに分かっている。自分自身が一番、分かっている。

 

 

 

「────その再生能力は、一体何かな?魔道具?それともスキルかい?」

 

 

やっぱり見られていた。ケインの時とは訳が違う。大勢の人間に見られた。知られてしまった。

 

(………どうしよう…)

 

 

魔力暴発によって負った傷は、もう既に治りかけていた。

 

 

 

 

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