軽率に「可愛い」と言い続けていたら不穏な空気が漂ってきました 作:しづごころなく
「やっほー、ヘルタ。今日も魔女帽がよく似合ってるね。実験の進捗はどう?」
黒髪、黒目と平凡な見た目、しかしその眼球は黄金で、吸い込まれるような魅力のある、童顔の青年。流れるように人形のヘルタと距離を詰め、わずかに屈んでミニ・ヘルタと目線を合わせる。
「全然。実験ってそういうものだから」
「知ってる。ヘルタみたいな美人との会話を少しでも弾ませたくてさ」
青年から目線を外し、空中に映し出されたホログラムに再び集中し始めるヘルタ。
「…そう。邪魔はしないでね」
「はーい」
いつの間にか青年専用となった部屋の隅に置かれている長椅子。青年はそれを運び、ヘルタの横に配置。
「座ってもいいよ。ちょっとキツイかもだけど」
先に青年が座り、懐から本を取り出す。青年の横には人が1人座れる程度のスペース。青年は長椅子をポンポンと叩きながら笑いかける。
「いつも言ってるでしょ。私は人形だからそういう気遣いは不要」
「いつも言ってるでしょ。僕がヘルタと一緒にいたいだけだって」
諦めたような表情を浮かべるヘルタ。観念したのか、椅子に座りこみ、肩も触れ合うかといった距離感で2人は沈黙を保つ。
「かわい〜」
ヘルタの意識が戻ってくる。集中しすぎて、周りが見えなくなっていた。いつの間にか、隣の青年にほっぺをプニプニと触られている。
「…っ!」
咄嗟に立ち上がり、青年を睨み返す。
「ユーリ。」
「……すみませんでした」
「反省してるならいいよ」
すぐさま許されたことに驚くユーリと呼ばれた青年を横目に、椅子に座り直し、先ほどより距離を詰めるヘルタ。
すると、ユーリのスマホの通知が鳴る。
「…」
スッと立ち上がるユーリ。その様子を見たヘルタは、つい違和感を口にする。
「もう行くの?今日は早いね。いつもはあと1システム時間くらいはいるのに」
「ごめん。今のはリマインダーの通知でさ。ルアンさんにお食事に誘われてるんだ」
「……………へぇ」
ぴしり、と空間に亀裂が入ったような威圧感が周りを漂う。ヘルタを中心として一気に湿度が上がる。
「ねぇ。ユーリ。今から私とデートしない?」
「んぇ」
呆けたような顔のユーリを見つつ、自身も立ち上がり、距離を近づける。触れ合うまで5cmもない所で、ヘルタは圧をかける。
「そいつ、ロクな女じゃないよ。私のデートプランの方が、きっと貴方は楽しい」
「すごく、ものすごく魅力的な提案だけど…予定を守らないわけにはいかないよぉ」
「いっつも私の研究室を占領してるくせに。こういう時だけ自分の都合通そうとするんだ」
「あっあっあっ」
ユーリは汗を滝のように流し、どんどん小さくなってゆく。
「言う事聞かないと、私のものにしちゃうよ」
「勘弁してくだしゃい…」
大きな音とともに扉が開く。
「ヘルタ。次元宇宙をやりに来……」
星穹列車が一員、星。彼女の目線は、部屋の隅で縮こまっているユーリと、それを上から目線で見つめ続けるミニ・ヘルタへと自動的に吸い込まれていく。
「だから言ったでしょ、ユーリ。いつもの癖を無くさないと、いつか大変なことになるって」
呆れたような目を向け、ユーリを無視して前に進む星。
「…しょうがないじゃんヘルタは可愛いんだからさぁ」
「…適当に言ってる?」
ヘルタがユーリに対し疑惑の念を向ける。しかし、ユーリに対してそれは最大の悪手だ。
「なわけ。僕に褒められると足をついつい揺らしちゃうのも可愛いと思ってるし、実は気分で魔女帽のデザインを変えてるのも可愛いと思ってるよ。君は十分に魅力的だ。それと…」
彼は思ったことを口に出しているだけだ。捲し立てるように、それも止まる所なくヘルタ可愛いポイントが並べられていく。
カウンターを食らったヘルタは、嬉しさで嫉妬心が僅かに軽減された。
「もういい。もういいから、やめて」
恥ずかしさで耐えられなくなってきたあたりで、ヘルタの静止の声が通る。
「あと500はいけたな」
その言葉を聞き流しながら、再度釘を刺しにいく。
「…無理な話だと思うけど、そういうの、私以外に言わないで」
「そういうのとは?」
本気で分かっていないようだ。ヘルタは頭にきた。
「……もういい。貴方は明日から私のものね」
「君のためなら、呼ばれればいつでも駆けつけるよ」
「………」
ユーリ。星穹列車のメンバーにして、通称可愛いBOT。列車では、なのかが大量の可愛いを享受することによって他メンバーにまで影響は及んでいない。なのかも褒められるのは悪い気はしないらしい。
純情な少女の心を弄ぶため姫子からよく注意されるが、本人は何の事だかよく分かっていないらしい。
男に興味はない。ただの友人であるので、褒めもしない。
気づけユーリ!既に亀裂は入りかけているぞ!
「おはようなのか。今日も可愛いね」
「ありがとう、ユーリ!やっぱり私って完璧美少女!」
「うん。僕が寝てる間に髪の毛とかセットしてるんだもん、凄いよ。そこまでしたら可愛いに決まってるさ」
「ふふーん!」
星穹列車の朝は早い。コーヒー…は苦くて飲めないが、コーヒーがかっこいいと思っているのでバカみたいな量の砂糖を入れながらマグカップを傾けるユーリと、ソファでくつろぐなのか。
「ユーリぃ…!朝ご飯まだ…?」
「ちょうどさっきできた。ヴェルトさんが持ってきてくれるよ」
星穹列車の食糧担当はもっぱらユーリである。本人曰く、画力を代償にして得た力であるらしいその料理スキルは、カンパニーの重役トパーズをして「美味しい」と言わせるほど。
「いただきまーす!」
手を合わせ、食べ物にありつく。朝はたいてい、前日の残りを上手く調理した、あっさり目の献立となる。
今日は、昨日のパスタで余った麺を、キノコや野菜と炒めた和風パスタだった。量は少なめ、リクエストによりコンソメスープを飲むこともできる。
「美味しい〜!!いつもありがとね、ユーリ!」
「こちらこそ、いつも笑ってくれてありがとう。なのかはそれが一番似合ってるよ」
「俺も毎朝お前の朝食を楽しみにさせてもらっている。本当にクオリティが高いからな」
「いえいえ。ヴェルトさんも練習すればこのくらいはチョチョイのちょいですよ」
列車メンバーはユーリの癖にはとっくに慣れているため、基本はスルー。こういう人間だとよく理解しているからだ。
列車の訪れる人の中には、ユーリの料理が食べたいがために来る人もいる。具体的にはアベンチュリンやアベンチュリンやアベンチュリンである。
彼は夕食に現れる頻度が高いために、気まずさからホタルがユーリの夕食を食べに行けないのは別の話。
「おはよう、ユーリ」
「おはよー、星。朝食はもう出来てるよ。まだ出来立ての範疇だと思うけど、冷たくなってたらレンジでも使って」
「はーい」
眠そうな目を擦りながら星は去ってゆく。朝食の時間は、意外に人によってバラバラなのだ。
「今日も元気そうね、ユーリ。今日の予定は決まっているのかしら?」
「盛りだくさんです。飛霄さんにお呼ばれしてるので、とりあえず曜青に行きます」
次にやってきたのは姫子。ちなみに丹恒は大抵、自分の部屋でやることを済ませてから来るので遅めだ。
「なかなか忙しいわね。今日は夜から会議があるから、そこの予定は空けて置いて頂戴」
「把握〜」
場所は変わって、羅浮。ここから曜青への移動を開始するのだ。が…
「来ちゃった」
ユーリよりも高い身長。常に笑みを崩さず、堂々たる立ち振る舞い。
「忙しいのにありがとう、飛霄。次からは直接曜青に行かせてもらうよ」
「いいんだよ。わ、私が早く会いたかっただけ」
しかして、その内心は、恋心で予約済み、席が埋まりきっていた。
(落ち着け、私…事前に考えていたセリフ集は早々に崩れつつあるけど、私は天下の三無将軍。これしきの困難…屁でもないはず…!)
「今日も可愛いよ」
「ア゛っっ」
再三言うが、ユーリとはこういう人間である。このセリフを、何の気なしに、平然と、公衆の面前で言い放つ。これに慣れないと、ユーリとはやっていけない。
「…大丈夫?顔真っ赤だよ、飛霄」
出会った直後こそ敬語だったものの、何回かの会話を経ただけで、この親しみ。圧倒的な距離を詰める速度と、
「だ、大丈夫。君がこういう人間だってこと、忘れてたよ…」
「?」
(あの時もそうだった…)
演舞典礼の当日、歩離人の暴走によって本来典礼を行うはずの会場は戦場へと様変わりし、ユーリもまた、そこにいた。ユーリは刀を振るうので、剣客として招待されていたのだ。
呼雷を倒し、一息つけるかと言ったタイミングで呼雷は自決、その力を使って狐族を豹変させるエネルギーを生み出した。
それを解決すべく、飛霄はその珠を飲み込み、落下。自我を失い、暴走状態に突入する。
目の前に迫る剣を弾き、避け、切り返す。大した効果もなく、同じことを繰り返す。
「これじゃ絶対ジリ貧になる…」
呼雷からの連戦だと言うのに、僕らは手負いだぞ。いつかは全員殺される。どうにかしないと。
「でも、どうしろと…」
雲璃の斬撃が右から飛ぶ。指2本で止まる。マジかよ。
蹴りを放ち、空気が揺れ、雲璃が壁まで飛んでいく。
「……」
ふと、蹴りを放った瞬間の飛霄が、笑った。ニヤリと、すごく不敵な笑み。
「…寂しそうだ」
何故、そう思ったのだろう。
僕自身もよく分からない。だが、少なくとも、普段ならば女の子の笑顔を見れば流れるように「可愛い」と言う僕が、珍しく、寂しそうだと思ったのだ。
目の前に迫る剣がすごく遅く見える。
打ち返さなければ、と理性が言った。
このままだと切られて死ぬ、反撃しろ、と理性が言った。
彼女を1人にするのはかわいそうだ、と感情が言った。
剣を流れるように避けながら、床に持っている剣を落とす。そのまま腕を回し、飛霄の背中へ。暖かい感触が、全身を伝う。優しい声で、耳元で囁いた。
「大丈夫」
「貴女は1人じゃない」
(あんなのされたら、好きになっちゃうよ、そりゃ)
飛霄にとっては、珍しく、種族も立場も関係なく、自分を褒めてくれる人。同時に、自分の中にある、種族差という名の孤独を、即座に埋めてくれた人。
軽率に人に対して「可愛い」と言う癖だけは治してほしいが、ちゃんと人を見て、それぞれ本気で可愛いと思っていることが分かってからは、その気持ちも僅かに薄れた。
そう言うわけで飛霄は、自分の持ちうる権力全てを使ってユーリとの予定を増やしていっているのだ。
目の前で焼売を頬張るユーリを愛おしそうに見つめながら、飛霄は話しかける。
「口には合ってるみたいね」
「うん。これ美味しいよ!作り方教えて欲しいくらいだね!」
「作り方といえば、この前したユーリの手料理を食べれるって話、いつ頃になりそう?」
飛霄は即座に思い出す。前評判から、ユーリの作る料理は美味しいと聞いていた。ぜひ食べたい。想い人の手料理なんて食べたいに決まっている。
「…頑張って予定を捻出するけど、最近になってフリーな時間が無くなってきててさ」
「…それはまた何で?」
「とある人に『必ず一緒にいないといけない時間』っていう謎のスケジュールを設定されてね*1」
「………」
飛霄の思考が停止する。数々の戦場で鍛えてきた、自分の勘が言っている。この予定を組んだのは、女だと。
「私もうかうかしてられない、って感じかな…?」
手に握った箸に、無意識に力が入る。
「僕のスケジュールなんか参考にしちゃあダメさ。飛霄はもっと休むべきだと思うよ、頑張り屋さんなんだから」
「ん゛んっ、そ、そうじゃないんだけど…」
飛霄の口角がどんどん上がっていくと同時に、自分が先にその「必ず一緒にいないといけない時間」を立てればよかったという後悔が積み上がっていく。
「とりあえず、ユーリ。ユーリのことはもう逃さないって決めてる、ってそのスケジュールを組んだ人に言っておいて」
「いいけど…お箸が悲鳴を上げてるよ」
「…ちなみに、この後って予定空いてる?」
「…言いにくいんだけどさぁ」
「空いてるよね?」
箸に亀裂が入る。
「あのう…」
「空いてるよね????」
箸が折れた。無惨にも、床に散る。
「ハイ」
ユーリは、会議をドタキャンし、死ぬほど怒られたらしい。
ユーリ:軽率に可愛いって言うヤバイやつ。これでも姫子に注意されて減った方。料理がびっくりするくらい上手。好きな食べ物は焼売。飛霄が真っ先にこれを調べたらしい。ところ構わず人を褒めちぎった結果、まずいことになり始めている。本人は気づいていない。
ヘルタ:よく主人公のおもちゃにされている。頬をぷにぷにされたり、膝の上に座らされたり。今度本体で逆のことをしてやろうと計画中。ルアンにキレて「一緒にいる時間」を無理やり設定した。断れない主人公が悪い。
飛霄:意外にも純情な将軍。立場を顧みず本気で「可愛い」と言ってくれるので嬉しくなってしまった。暴走を止められた時の抱擁が癖になってしまい、本当は今すぐにでもユーリに抱きつきたい。そんな勇気はない。
なのか:一番夫婦みたいな挙動をしているのはなのか。今のところ両者ともに恋愛感情はない。ユーリの言葉には耐性を持っているが、たまに大ダメージを喰らう。前に食らったのは「いつも明るくて元気が出る。そういうところが綺麗で素敵だよね」というセリフ。