軽率に「可愛い」と言い続けていたら不穏な空気が漂ってきました 作:しづごころなく
「…あれ!?すーちゃん何でこんな所に!?」
ユーリの目の前にいる、本来ならば羅府にいるはずの少女、素裳。
「私ってば、運よくピノコニーの招待状を貰っちゃって。折角だから行こうと思ったんだ」
何たってここはピノコニー、普通ここの住人でも無い限り夢の中に現れることは無いからだ。
「…素裳?」
「呼び方変えてどうしたの、ユーリ?」
ふと、ユーリが考える姿勢をする。じーっと、素裳を見つめる。
ヒョイと距離を詰め、素裳と至近距離になる。それに驚いた素裳が、顔を赤く染めながら後ろに後ずさる。
「な、何…?」
「…うーん」
「何か言ってよぉ!!」
間を置いて、後ろに腕を組む。
「折角可愛いんだから、そのままの君で勝負したほうがいいよ。悪戯っぽい所も僕は好きだけど、すーちゃんのフリを僕に対してするのは悪手。彼女はもっとウブな反応をしてくれるのが可愛いんだ。普通の人なら分からないかもけど、僕には意味がないよ…花火」
「あれぇ〜?バレちゃった〜!!ユーリちゃん、さっすが〜!!」
瞬く間に姿が変わり、先ほどとは打って変わって華奢な、それでいて異様な雰囲気を纏った少女。
「久しぶり、花火。今日もすごい完成度の変装だったよ。見破れないかと思っちゃった」
「でしょ〜!!ユーリちゃんを一回騙し切るのが私の目標だからね〜!!」
「うーん…花火が花火のフリをするのが一番僕には効くと思うよ」
「…よく分かんな〜い」
「それはそう…」
そうやって2人で歓談を続けていると、花火の様子が変わる。
「…!!ユ、ユーリちゃん、ちょ、ちょっと、いいかな…」
ぐらり、と姿勢を崩した花火。ユーリの肩に寄り掛かり、息が荒くなっている。
(花火が花火のフリをする…こうするのが良さそう〜!!)
「花火、大丈夫!?ちょっと待って、速攻で病院連れて行くから!!夢に病院があるのか分かんないけど…!!」
焦った顔をめずらしく見せたユーリは、すぐさま花火の膝の裏を腕で支え、両手でお姫様抱っこ。
「死なないでよ、花火!!絶対助けるから!!」
(…ふ〜ん…ここまで心配してくれるんだ〜!!)
心情がエスカレートしていく花火は、自分が持っている変装道具を転用し、口から血を吐いてみた。
「花火!!!」
走るのをやめ、雷を纏って場所も構わず跳躍するユーリ。その黄金の目には、普段では見られない心配の情。
(ユーリちゃんってば、可愛い〜〜!!)
体調を崩した演技はそのままに、花火はどんどん嬉しくなっていく。花火からすれば、今まで女性の変装をするだけで一発で見破られるのは面白くなかった。自身のポーカーフェイスを、この男の子がここまで心配してくれるのは、面白くて仕方がなかった。
「ね、ユーリちゃん…私、あなたとゲームするの、楽しかった…」
「何言ってんだ馬鹿!!まだ死なせないからな!!」
「見破られるのは面白くなかったけど、あなたはちゃんと私を見てくれる。仮面の私を…」
「前も言ったでしょ、仮面を被ってようが、それも含めて花火だから!!」
「ごめんね、ユーリ……」
ユーリの、花火を抱きしめる手が強くなる。
「ありがと…私…楽しかったぁ……!」
花火の持つ技術の全てを使い、体を足から透明にしてゆく。普段は逃走用に使っているこの力だが、今はただの演出装置と化していた。
「馬鹿…死ぬな…!!僕だって楽しかったよ、いつも悪戯っ子な花火との勝負…!!だから明日も、明後日も、また次の日も、同じようにやってくれ…!!」
「じゃあね」
「花火っ」
すう、と体が消えた花火。もがくように空中で手を伸ばし、涙を流しながら手が空中に掠めるユーリ。
「……ぁ」
地面に跪き、嗚咽を漏らしながら下を向くユーリ。
その後ろには、ニコニコで立っている花火。
「ユーリちゃんっ」
「!」
勢いよく振り返ったユーリは、涙をボロボロと流していた。
「私ってば、ついに勝っちゃったね〜〜!!私が私のフリをする、ってこういうことでしょ〜?残念でした〜!!私は死んでなんかいませーん!全然…」
言い切るよりも先に、ユーリは立ち上がり、走り出す。
彼は怒りから殴るでもなく、蹴るでもなく。
勢いよく花火に抱きついた。
「わ」
「良かった……本当に良かった…!!」
人によっては痛いと思うかもしれないほど強く、花火という実体の感触を確かめる。
「生きててくれるなら、もう幾らでも僕のことを揶揄ってくれていいから!そのくらい、僕は花火のことが好きだから、だから…」
「こういう悪戯は、やめてね…」
抱きしめたまま、花火の頭が優しく撫でられる。花火は一切の表情を変えず、無言を貫く。
その抱擁は、実に二十分ほど続いた。
「…私ってば、どうしちゃったんだろ〜。あれだけいい反応がみれるなら、これからも積極的に同じことをしようと思ってたのに、凄くつまらなくなっちゃった」
花火は1人、ビルの屋上、その端に足を掛けながらモノローグを発声する。
頭に付いて回って離れない、ユーリの姿。体に残っている、先ほどのハグの感触。
「…逃したくないな〜」
名前を付けたくないその感情の名を、花火はまだ知らない。
『花火っていつも可愛いよね〜。変装なんか必要ないのに』
「…っ」
自分の口を、右手が無意識に隠す。夜風は抱擁で熱くなった体を、すっかり冷ました。
「ユーリ。契約に従わないと法的に裁くよ」
「ユーリ。私との約束をお忘れですか…?」
右手を引っ張る、ミニ・ヘルタの大群。
左手を逆方向に引っ張る、この量のミニ・ヘルタの力に単騎で対抗するルアン・メェイ。
ユーリの体が引きちぎれるまで、あと一分と言ったところか。
「死ぬ死ぬ死ぬやめてやめて」
必死のユーリの抵抗もあって、どうにか腕は離された。しかし、依然として彼の危機は終わっていない。
ヘルタによって自動的に構成された、「必ず一緒にいないといけない時間」と、ルアンによって構成された「一緒にお出かけする約束」がダブルブッキングした。ヘルタの契約を断れなかったユーリが悪いのであるが。
「あのう…必ず埋め合わせはするので…どちらか、諦めていただけませんか…?」
「無理」
「嫌です」
どんどん口論が激化していく。テーマは「一体どちらのプランの方がユーリにとって良いか」。天才2人がこんなことに議論時間を使っていることにユーリは驚きつつも、代替案を提案する。
「じゃんけんで決めましょ」
「運は私が最も嫌いな決断方法だから無理」
「私もです」
同時に、ユーリのスマホが鳴る。
『ユーリ!今から曜青に来てよ!!』
軽率に出てしまったことを爆速で後悔しながらも、機械のようにゆっくり首を2人の方へ回す。
「ユーリ。その女、誰」
「…邪魔者ですか」
『…どうやら私の敵が揃ってるみたいだね。言わせてもらうけど、ユーリは私の。貴方達にあげるつもりは毛頭ないよ』
「は????」
「は????」
「おわた」
ユーリの日常は壊れつつある。どうするんだ。
「すーちゃん可愛い〜」
「……!!!」
極めて恥ずかしそうな顔をしながらも、されるがままに頬をもちもちと触られている素裳。顔は真っ赤で、それを公衆の人々に見られていることが恥を加速させる。
「肌がもちもちで飽きないね。さっすがすーちゃん。ちゃんと保湿もしてるし、顔が整ってるから揉み甲斐がある」
うんうん、と納得しながら変わらず揉む。
「ゆ、ユーリぃ…そろそろ…」
「あ、ごめん。ちょっと夢中になってた。僕がこんなことやっても許してくれるなんてすーちゃんは優しいよねぇ」
「いっ、言い過ぎだよ…」
謙遜しつつも、明らかに嬉しそうな素裳。見ていただければわかるが、このように、ユーリは
素裳もまた、その魔の手に引っ掛けられていた。
「ああ、そうそう。僕の友達に変装上手な子がいてさ。この前その子がすーちゃんの変装をしたんだよ」
「?」
「相変わらずクオリティは高すぎるけど、すーちゃんそのものの可愛さが出てないと思ってね。一発で見破れた」
素裳はユーリの一つ一つの発言に照れている。彼はいつもこの調子であるというのに、褒められ慣れていない素裳は、ドキドキしっぱなしなのだ。
「あ、ありがとう…?」
「その後はだいぶヒヤヒヤすることもあったけど、どうにかなったよ…」
「…」
素裳の気持ちが曇っていく。自分以外の話をしないでほしい。自分だけ見ててほしい。他の女の子の可愛いところなんか言わないで。
その感情に整理も付けぬまま、表情が暗くなっていく。
「…すーちゃん?」
「!?な、何?」
「……笑った方がいいよ。すーちゃんは笑顔が似合う女の子なんだから」
「にゃあ゛っ!?」
「なんだ今の」
変な声を出した素裳をユーリが笑い、それに釣られて素裳が笑う。
「…うん。こっちの方がいいね」
ぼそり、と呟いた言葉は、明確に素裳の耳に届き、また彼女をうっすらと赤面させた。
なんだこいつ…平気で好きとか言うじゃん…
ユーリ:女の子の偽物は一撃で見破るが、体調の悪化のフリは見破れない男。花火にクリーンヒットを食らわせられる数少ない人物。
花火:被害者。面白くて死ネタを展開したら、思ったより予想外の状況になり、自分でもびっくりするくらい照れていた。本気で心配されるのが嫌で同じネタを使うことは二度と無くなった。最近、抱擁が欲しいと思っている。
素裳:純情な少女。完全なる被害者。幾ら言っても頬を揉まれるので、いつの間にか諦めた。フォフォやけーちゃんは自覚すらない彼女の恋を応援している。
ルアン・メェイ:やべーやつ。