定番のやりとり
「このままじゃ来てくれそうにないので
こっちから仕掛けますか」
「人助けしてまわろっ
……つっても、駆けつけンのが遅すぎたようだが」
台詞の後半で声のトーンが変わる
微かな不快感を滲ませたその声色には
普段のようなおちゃらけた空気は感じられない
「生存者は?」
「あっちに三人、そっちに二人
家の中にも何人かいるが、この火の回りじゃ間に合わん
後は村の外に一人
三人の方は俺が行く、二人の方を頼む
残り一人はお祈りだ」
言うだけ言って、アイシテルはその場に残像を残し
上位死霊系スキルを用いて包囲する兵士たちの背後を取り
次々に昏倒させるとそのまま生存者三名の下へ。
(今のテルさん
普段と違ってキリッとしてて
格好良かったなぁ)
意外な一面もあるものだと感心しつつ
踵を返し指示された方角へ走る、すると
目先には斬り殺されようとしている親子がいた
距離的に間に合わないと悟り、咄嗟に片方の大剣を投擲して
ちょうど直線上にいた兵士を一人巻き込んで
計二名の人間を串刺しに、なんとか親子の窮地を助け出す
目の前で鎧を貫通させて血飛沫を上げる光景を目の当たりにした子供はショックで失神したが、親の方は怪我を負いつつもなんとか意識を保てたようで
歩み寄ってきた黒尽くめの全身鎧の大男を見上げ
その容貌から村を襲ってきた兵士とは関係ないと理解したのだろう
萎縮しながらも礼を述べてきた
「たすけてくださり、ありがとうございます」
「ここは危険だ、動けるか」
「いえ、私は足を斬られてしまって……
逃げるには足手まといになります
どうか息子だけでも連れて行ってやっては下さいませんか」
見ると、親の方は脹脛を刺し貫かれたらしく
止血しなければ危険なほどの出血がある
これでは立ち上がることもできまい
「二人共助けよう
まとめて抱え上げるから多少窮屈だろうが
我慢してくれ」
母親と幼い息子
子を必死になって守る姿に
かつての鈴木悟の母を思い出したモモンガは
この親子を守り切ると心に決め、母子ともに片腕で抱えあげた
「しっかりと掴まっていろ
仲間と合流してここを脱出する」
「はい……っ」
会話する間も方々から矢やら魔弾やらが飛んできて忙しない
それら全てを大剣一本で弾き、攻撃が途切れたタイミングで
兵士に刺さったままの大剣を引き抜いて背負うと
もう一本を構え直してテルが向かった方角に走り出した
新たに突っ込んできた兵士は全て一刀の下に叩き伏せる
片腕に二人も抱えて峰打ちできるだけの技術はない
力任せに両断し続けるモモンガが通った後には
凄惨な光景が広がっていた
再度降り立った場所を通り過ぎた辺りから
道中見かける全ての兵士が昏倒している様子から
アイシテルによって敵兵の制圧が完了していると判断した
叩き斬ったモモンガと異なり、敵兵全員に息がある
(凄い、プロも舌を巻くだろう手並みだ)
現役警察官のたっち・みーがこの場にいれば
きっとアイシテルの事を称賛しただろう
こと
ユグドラシルではトップランカーの地位を
ほしいままにし続けた彼の右に出るものはない。
生かすも殺すもお手の物なのだ
血生臭いやり方でしか制圧できない己との違いに
兜の下で骸骨なりに渋い表情を浮かべた気になる
転移後の世界でパーフェクトウォリアーを利用して分かったが
剣士としての技術力は全くのド素人で、何もかもが力押しだ
今後『モモン』で活動するなら物理面の技術を鍛えなければと考え
長年物理的対人戦を制してきたテルに教えを請うてみようと思いつく
その間にオッサンからメッセージが入り
三人を助けて残りの一人を助けに向かっている所だと言われ
急いで方向転換し村の外へと急いだ
数十秒かけて辿り着いた先で見た光景は
四人の生存者を一箇所に留まらせたオッサンが
少し離れた場所で六名の敵兵を制圧した場面だった
「おっモモちゃ〜ん!こっちこっちィ」
燃え盛る村からは時折矢と魔弾が飛んでくる
それらを律儀に弾き、防ぎながら辿り着けば
生存者四人を囲う簡易防御結界を見つけて
抱えている二人もその結界の中にゆっくりと下ろした
子供は依然失神したままだが、母親も意識が朦朧としている
血を流しすぎたのだろう
反射的にユグドラシルポーションを取り出しかけて
鋭いオッサンの声がその行動を遮った
「モモン!」
その語気の強さに驚き、ビクリと肩を震わせ振り返ると
兵士を一人、片足で踏みつけた状態のオッサンが荒っぽく手招きした
普段は感じないはずの気配が濃い、それだけで非常事態だと理解できる
フードと覆面で顔が見えずとも、あからさまな怒気を纏った手招きに
「すぐに来い」という意図がある事を察して
同村の者に怪我人の応急処置を任せて急ぎオッサンの下へ
「どうした」
「どうしたじゃあるかい
このスットコドッコイ」
フルフェイスの上から額の辺りをぺしっとはたかれ
(えっ 痛い……?)
何故か微々たるものだがダメージが入る
見た目の軽さの割にぐわん、と兜の内側で音が反響し
内心で顔を顰めている内に勝手に話を進められてしまった
「生存者の手当だな、丁度いい
襲撃者が持ってたコレを使え」
ぺぺっと投げて渡されたのは複数の青い薬瓶
2.5.10.15……計22本、手当たり次第にしても多すぎる
盗賊のスキルも伸ばしているアイシテルは
それ自体が目的なのだから他人の懐を探ることに躊躇がない
一本も取り落とさず受け取ったモモンガはなんだこれ、と見返す
僅かな顎の動きだけで疑問を察したオッサンが
足元で踏みつけている敵兵を見下ろす素振りをしながら補足した
「ポーションだ
澄んでるのは純正、濁ってるのは
多分、劣化してるか廉価版だ
何もできないよりはマシだろう」
「えっ」
こんなのが、この世界のポーション?
「重傷者の対応を頼む」
雑に手で追い払われ、言われるままに生存者の下に向かった
遠ざかる背後では尋問を再開するオッサンの
静かな声が微かに聞こえてくるが何を言っているかまでは聞き取れない
その様子をこっそり窺いながら、モモンガは確信していた
(善人ロールを始めた辺りからテルさんの態度が変わった
テキパキしてて行動に迷いがない……
尋問だって、よく聞こえないけど手慣れてるみたいだ)
生存者の傍に戻ったモモンガは改めて憔悴した彼らの様子を確認し
重傷者、という言葉通り六人中三人が重傷である事を確認する
応急手当ができるだけの物資がなかったのだろう
軽傷者が自らの服を裂いて僅かな布を確保し
重傷者の傷口を圧迫止血する程度しかできていない
一人は脹脛を刺された母親
一人は背中を滅多斬りにされた成人男性
もう一人は、おそらく
オッサンが今尋問している六名の兵士に
集団で性的乱暴をされたのだろう少女。
裸の状態で横たわっており、その場にいる他の生存者が纏っていた服をそのまま使ったのか、下半身にはシャツがかけられていて顔が酷く腫れ上がっていた
比較的軽傷だった青年と少年二人へ澄んだ青色のポーションを渡し
前者二名の治療を促し、少女には己が対応して効果を確認しておく
純正青ポーションを飲んだ母親の足の傷は塞がったが
内側が不完全なのだろう、痛みに呻く顔色が戻る気配はない
背中をズタズタにされた男性の傷も表面上しか治らなかった
暴行を加えられた少女は顔の腫れこそある程度引いたが
依然呼吸は細く目を覚ます気配がない
この世界で使われている青ポーションは
ユグドラシルの赤ポーションと比べても効果が低すぎる
(テルさんが止めてくれて良かった)
赤ポーションを出していたら
生存者たちに問い詰められていたかも知れない
追加で濁った青ポーションも渡し
それを飲んだ母親の怪我は完全に治ったようだが
味が酷いのか暫くむせ続けて苦々しい表情を浮かべている
背中に傷を負った男性の怪我も粗方治ったが
母親と同じ反応で喉を押さえ、程なくして気を失った
気付け効果もあるのかと思ったがそうではなく
濁った青ポーションの味は単純に酷いらしい
(気絶するほどの不味さなのか)
意識のない男性を横目にドン引きする
気絶の原因が苦味ではなく失血であればまだマシなのだが。
そして最後に少女だが……
顔の腫れは消えたが目覚める気配がない
二人が悶絶するほどの苦味をして
身動ぎすらしない様子から何かがおかしいと察し
下半身を覆っていた服をそっと避けると
股の間からは絶えず血が溢れており
ぎょっと目を見張ると同時に少女の胸は息を吐き出し
動かなくなってしまった
相手が女性であった事と全裸だったことで
下半身の状態をあえて詳しく見ようとしなかったのも
怪我の程度に気づくのが遅れた原因だ
顔の怪我ばかりを見ていたが内側の傷が相当深かったのだろう
兵士に剣で刺し貫かれていたのかも知れない
「
年端もいかない少女の傍らでそう呟き
下半身をそっと隠し直し、深く息を吐きだす
尋問を終えたらしいオッサンが飛んでくる矢と魔弾を
見向きもせずに弾きながらのんびりと歩み寄ってきた
「その子、間に合わなかったか
他の連中の怪我は粗方治ったようだな
出血多量で動けないそこの奥さんと
背中斬られてたおっさんは俺とコイツで抱えていく
気絶してるガキはお前らに頼めるか」
「はい」
「頑張りますっ」
軽傷の青年が少年と一緒に声を張った
どことなく顔が似ているから兄弟かも知れない
「ここから一番近い村への道を教えてくれ」
「ここからだと、歩きでは半日かかります
『カルネ』という村ですけど……」
半日、かなり遠い
夜の内にナザリックに戻ろうと思っていたが
それも難しくなりそうだ
どうしたものか、と空を仰ぎ見ため息を吐くモモンガの傍で
さっさと打開策を打ち出すオッサン
「負傷者抱えての歩きは無謀だな
足を確保してくる、全員ここで待っていろ」
「無茶です!戻ったら殺されます!
村の馬も馬車も全部燃やされてしまって残ってないんです!」
少年の訴えを聞いたオッサンが覆面の下で「にちゃぁあ」という効果音を発し、めちゃくちゃいい笑顔をしたのがモモンガには分かった
普段のおちゃらけたおっさんが戻ってきてくれたようで
ひっそりと安堵に胸を撫で下ろす
オッサンは顔の前で人差し指をチッチと揺らし
得意げに腰に手を当てた
「残ってるんだなぁコレが」
「残ってません、だって俺がこの目で見て」
「襲撃してきた連中の馬と馬車が」
「……え?」
青年と少年がぽかんと口を開ける
こうなっては止められない
ものすごく生き生きしているPKランカーを前に、モモンガは
これから物理的に丸裸にされる襲撃者たちに向けて合唱する
尻の毛まで毟り取られるのは確定だ、それでも
一応のフォローを入れずにはいられない
「やりすぎないように」
やんわりとしたモモンガの台詞をスイッチに
オーバーなリアクションで両腕を広げたオッサンは
手をワキワキと動かしハイテンションに雄叫びを上げた
「うははははは!悪漢どもから
根こそぎ物資を強奪じゃーい!」
「だから言い方」
「人の道を外れし犯罪者……嗚呼、なんと甘美な響きか
煮て良し焼いて良し根こそぎ奪って良しの三拍子!
最高の資源!我が人生の潤滑剤!それこそが犯罪者!
心の底からフォーリンラブ!」
「「ええ……?!」」
「自重して下さいお願いしますから」
青年たちが戸惑う間にオッサンはその場に残像を残し
爆速で村へと戻っていった
ほどなくして最初に止んだのは矢と魔弾の攻撃。
続いて各所で上がり始める襲撃者の
「イヤ―――ッ」
「ヒィ―――ッ」
「キャ―――ッ」
と、いう
男が出しているとは思えないほど甲高く情けない悲鳴の数々
暫くすると、今度は村の外れから
一際大きな破壊音と怒号、そして悲鳴が木霊し
更に待つと暗がりと村の炎のゆらめきの境目から
ゴリゴリ……ゴリゴリ……と、重すぎる荷を引く音と共に
ゆっくりと近づいてくる白い人影。
「……」
ゴクリと喉を鳴らし白い影を凝視する生存者だが
ようやく影の正体がハッキリする距離まで近づいてきた所で
背後に花とキラキラのエフェクトを背負ったオッサンが
大手を振り始めていた
生存者は安堵に息を吐き出す
「お〜〜またぁ〜〜〜〜!
物資た〜んまりっ確保してきたでェ〜!」
すぐ真横で広がっている地獄絵絵図とはミスマッチな能天気発言。
山盛りの荷馬車を5つと空の荷馬車を1つ連結させて
数十頭の軍馬と共に姿を表したオッサンの姿に
さっきまで安堵していた生存者は再び戦慄させられた。
物資確保の規模がデカすぎる
軍馬たちは萎縮しきっているのか非常に従順だ
馬車の引手から手を離し、小走りに戻ったオッサンが
モモンガに向けてずずいとフード頭を差し出す
「お金もいっぱいおっぱいよ!
褒めさせて遣わす!!」
「はいはいよくできまし た!」
「あいたぁ!!」
なんで殴るのよモモちゃん!、と
抗議されたが撫でるわけがない
やりすぎるなと言った傍からコレだ。
幌付き荷馬車の天井を使ってまでうず高く積まれた物資の中には
服や下着まで含まれている
過積載の所為で荷馬車の車輪がありえない悲鳴を上げ続けている
襲撃者を一人残らず裸一貫にしてきたのだろう
そして当然のように誰一人として殺していないに違いない
「だって殺さなければ何度でも追い剥げるんだもの」
美味しいの永久機関、犯罪者は生かさず殺さず放し飼いが最適解。
犯罪行為を止めない限り、補足され続けている襲撃者は
永遠に物資を吸い上げられ何度でも裸一貫の目に遭い続ける
その地獄に周囲の者たちは否応なく巻き込まれるだろう
己が巻き込まれキルで呆気ない初死亡を迎えた時のように。
モモンガは遠い過去を思い出し目が遠くなった
隠密だけでなく盗賊スキルまでも極めているオッサンは
こんなだからぼっちプレイヤーなのだ。
殴られた頭をさするオッサンを戒める
「やりすぎんなっつったでしょ」
「襲撃側が明日も見れないような極限状態に陥れば
否が応でもお家に帰らざるを得ないでしょ?
コレ以上の蹂躙を阻止したのよ俺らは」
「これ以上の蹂躙?」
「連中の物資の中に似つかわしくないものがいくつもあった
別の村を襲撃して回ったんだろ、それっぽいのは後で
コイツらとカルネって村の奴らに確認してもらえばいい
じゃ、追手の心配もなくなったことだし
カルネに向けて、しゅっぱぁーつ!」
「はぁー……アンタって人は」
「あの、どういう事ですか?
追手の心配がないって」
話の流れが理解しきれていない青年が
オッサンに歩み寄り、戸惑いながら問いかける
この急展開だ、理解しきれないのも無理はない
「素っ裸で荷物のひとつもなくなったら
村を襲撃するどころじゃなくなるでしょ?」
「俺達の村を襲撃してきた人を
殺してくれたんですか?」
期待の籠もった青年の瞳を前に
それまで楽しそうにしていたアイシテルが
またも雰囲気を一変させ、踊らせていたつま先を青年に向ける
「俺は一人も殺していない
多少は数が減ったかもしれないが」
多少は、と言いながらチラリと視線を投げてきたオッサンの視線に
モモンガは途端に人を殺したことを咎められたような気分になった
瞬間的に感じた居心地の悪さから、つい顎を引き視線を逸らしてしまう
青年は怒りを滲ませて声を荒げた
「どうして殺してくれないんだ!
村の惨状を見ただろ!?
とおさんもかあさんも、友達も皆殺されたのに
なんでわざわざ生かすんだよ!!」
青年の言葉を聞き、モモンガは
己の思考が一瞬で冷えたのが分かった
即座にテルと青年の間に割って入り青年を見下ろす
「命を助けてもらっておいて
人を殺せと言っているのか」
「にいちゃん!」
ドスの効いた声に青年が怯み
そんな青年の傍らに縋りつき必死に制止する少年
全身黒の鎧で大きな躯体というだけでも正面に立てば十分な威圧だろう
数歩後退った青年は、なにか言い返そうと
モモンガを睨みつけ口を開こうとし……
「クルク……やめなさい」
「! 叔父さん!」
苦すぎるポーションを飲まされて以降
意識を失ったままだった男性が目を覚まし
横たわったまま青年を呼ぶ
二人は急いで男性へと駆け寄り、様子を窺った
「叔父さん、目が覚めてよかった!
背中の怪我は薬で治ったからもう大丈夫だよ」
「あのね、あの白いおにいちゃんが助けてくれたんだ
ありがとうって、ちゃんと言ったよ
ぼくえらい?」
「ああ、えらいな……
そこのお二方、うちの子がご無礼を致しました……
助けてくださり、ありがとうございます」
僅かでも上体を起こし、不格好に頭を下げる男性の姿を見て
幾分か青年に対する不快感が薄れたモモンガは
背に庇っていたテルにどうするか、と
意味を込めて視線を向ける
意図を正しく受け取ったオッサンは
兄弟に叔父さんを荷馬車まで運ぶよう指示
母親と気絶中の子供はモモンガに運搬を任せる
怪我人と生存者を運ぶ用に用意された荷馬車には
様々な布が何層も重ねて敷き詰められており
多少の振動と衝撃を緩和できる仕様に整えられている
戦利品も数十頭の軍馬に繋ぎ引かせているので
カルネ村への行程も早いだろう
生存者五名全員を同じ馬車に乗せ、全ての移動の準備を終え
オッサンが男性からカルネ村までの道順を聞き出す間
モモンガはこれまでの自分たちの言動を振り返っていた
この世界の物資から得られる情報は十分過ぎるほどだろうし
襲撃者たちから大量の金子を獲得したお陰で
差し迫った金策をする必要もなくなった
世界の未知を探求しに旅立てるだけの最低限の準備を
ただの気ままな星見散歩の間に達成してしまったアイシテルに
妙な対抗意識がムクムクと湧き上がってくる
(ああ、そうか
俺は悔しいんだ)
突発的で行き当たりばったりな行動だったとはいえ
道行きでなんの役にも立てなかった自分が。
今だって、現地民と必要な情報を自然に引き出すような会話を続けるオッサンを見つめているだけの自分に憤りを覚えてしまう
カルネ村までの道順を覚えモモンガの元へ戻ったオッサンは
先頭の軍馬二頭の内一頭の手綱引いて
「ほい」と目の前に差し出してきた
白いグローブで覆われたその手をぼんやりと見つめてしまう
「どぃた?」
「どうした」という問いを訛らせ、首を傾げるオッサンの雰囲気は
普段通りおちゃらけている
「いえ、その……なんか手慣れてるなぁって」
「そらまぁPKランカーだし?」
「制圧の話じゃなくて……怪我人の扱いとか
こういった状況下での立ち回りとか
”板についてる”というか
安定したリーダーシップがありますよね」
「そーお?
褒めてくれてんならありがとな
モモち乗馬できる?」
尋問の様子とか、と付け加えようと思ったが
あまり触れてほしくなさそうに話題を変えてきたテルの様子を感じ取ったモモンガはあえて追求するのを止めた
「初めてですけど、やってみます」
「んだらば補助しちゃる
先ずはそこのペダルにつま先引っ掛けて」
初めての、リアル感覚での本物の乗馬に多少緊張しつつも
言われた通り
「そぉそぉ、そんで座席の縁は引っ張らんようにな?
体重かけるんは足だけで、それも最初はゆっくり
手すりは押さえるように持って
真上に伸び上がるように膝を伸ばしつつ座席を跨いで腰を乗せる
そうすれば馬がビックリしたりヨロめいたりせんで済むからの」
テルが馬の首を撫でる中、指導通り鐙にゆっくりと体重をかけ
押さえるように持っていた鞍に腰を乗せると
幸いにも馬の足元はヨロめくことなく
丁寧な騎乗をしたお陰で緊張が解けたように感じられた
「おお……目線が高い」
感心したモモンガはテルの行動を真似るように馬の首を撫でる
それを見たテルは宥め行為をバトンタッチして嬉しそうに笑った
「初めてにしては巧いな、手綱の使い方は簡単
スピードアップしたい時は弾いて
止まりたい時と歩調を緩めたい時は
馬が顎を引ける角度で低めにゆっくり、肘で引くんだ
高めに引いたら慣れない内は馬が前足跳ねさせて
最悪落馬するから絶対にしないこと
歩き出しは鐙で軽く腹をノックしたればオッケーよ」
「わかりました」
「手綱は基本撓ませて、方向修正は右左で微調整するんやで
少しずつ様子見ながら引いたってな
それと、筋肉の付き具合から馬力すごいだろうから
綱を弾いて飛ばし過ぎると迷子になるぞ」
「詳しいんですね、助かります」
「分からんことあったらその都度聞いてくれな
モモちと相性の良さそうな馬で良かったわ
折角じゃし、名前付けたりよ」
「名前ですか?
俺のセンス壊滅的とか言っときながら」
「ちな、俺の馬はゴールドシップな」
「競馬の歴史上、言わずと知れたネタ馬じゃないですか
じゃあ俺は……
ハリボテエレジーで」
「ぶはァッ
ソレは反則だろ!!」
手慣れた様子で乗馬し、体勢を整えたオッサンが盛大に吹き出した
二人は楽しげに会話に花を咲かせているが
背後の村は虐殺され盛大な火柱を上げている真っ最中だ
軍馬を一列分挟んですぐ後ろの荷馬車に乗っている生存者たちは
先頭で軽快に会話のキャッチボールをしている恩人たちの様子を
幌の隙間から覗き見、こんな状況で
何故笑っているのかと訝しんでいた
家屋が崩れる音を背に、カルネ村へと出発した所で
モモンガがオッサンに向けて小声で《伝言》を飛ばす
隣を歩いているとはいえ馬に乗っているせいで距離があるから
普通に会話しようと思ったら
後方の馬車にまで声が届いてしまうからだ
『 後ろの人たちに聞かれないように《伝言》で失礼します
上空で待機してるデミウルゴスに
一番後ろの荷馬車だけ持ち帰らせてもいいですか?
情報収集の一環としてこの世界の人たちが身につけてる武具の程度や
襲撃犯の身元から周辺の情報とか探りたいので 』
『 一番後ろの荷馬車の中身は
村の外で高みの見物をしてた連中の武装と物資が殆どだ
村を襲撃してきた連中とは装備が違ったから
偽装してる可能性もある事を伝えておいてやってくれ
あと、この世界の地図見かけたらコピーして
早めに俺等にも渡してくれるように伝えといて 』
『 分かりました 』
会話後すぐに上空にいるデミウルゴスへ《伝言》を飛ばす
ほどなくして最後尾の荷馬車へと降り立ったデミウルゴスは
モモンガの指示通りその場に下位悪魔を召喚して人手を増やし
森の境目に入った所でそっと馬車の連結を切って木の陰に潜み
モモンガたちが牽引する馬車が見えなくなった所で
馬車を丸ごと黒い布で包み、担ぎ上げて空路からナザリックへ帰還した
夜空を仰ぎ見て、小さな黒い点がナザリック方面へ
向かうのを見届けた二人はアイコンタクトで頷き合う
「有用なネタが出てきてくれるといいなぁ
あ、そういえばモモち」
「はいはい、なんですか?」
「連中の物資を荷馬車にポイポイしてる時に
ちらっと見かけて気づいたんだけどもよ」
「ええ」
『 この世界の文字、読めなかったんだわ 』
「……それは厄介ですね」
「ほんやくコンニャクまじほしい」
『 デミえもんは持ってませんからね、無理難題言っちゃダメですよ 』
『 あ、でもルーペなかったっけ?
言語翻訳機能がついてるヤツ 』
『 戻ったら探しておきます
アイテム発掘かぁ……結局なんだかんだで
テルさんトコの黄金の海の発掘ができてないんですけど 』
『 息子っちにお願いしとく? 』
「貴重な楽しみを奪わないでください」
「んじゃ、そん時は俺もオフってことで
発掘に付き合うわ、俺が撒いた海だし」
「ウマいこと言ったつもりですか
……それにしても
皆の勤務体制も整えなくちゃな」
「よっ社長!もうかってるかい!」
「副社長のお陰で今回はボチボチですね
やること多いんで、手伝って下さいよ
独りでエンジョイプレイとかさせませんから」
「止めー、あっちの堅苦しい話止めー
今は獲得金で豪遊する事を考えようぜ!」
「町にもついてないのに豪遊も何もないでしょ
先ずは怪我人をカルネ村に送り届けて
そこで情報収集してからです」
「そ〜らぁを 自由にっ と〜びた〜いな〜」
「はい、義務と責任」
「世知辛いわぁ
あ、眷属召喚しとこ」
「え、ちょっとなにするつもりですか」
「 『 下位亡霊召喚、《ミンデッドレイス》 』 」
唱えた直後、オッサンの足元に小規模の魔法陣が展開され
青白い光と白いモヤを僅かに発生させた後、影が沸騰するように蠢いた
その異様な光景もすぐに収まり、何事もなく馬車は進み続ける
「……テルさん?」
説明を求めるモモンガの問いに、わざわざ覆面を下げたオッサンは
口元だけでニヤリと返事をしてすぐに覆面をもとに戻す
説明する気はないらしい。
ムッとしたモモンガも「そっちがその気なら」と
ナザリックに戻ったら眷属召喚しまくって
色々好きに動かしてやろうと心に決めた
(……うん、良いアイデアだな)
ふと冷静に考えてみると、それは非常によい考えに思えた
眷属相手ならば、守護者に命じるよりずっと気が楽だ
権利なんかも気にせずに済むし
それこそ奴隷のように使い倒しても
己で作り出した眷属なのだから良心は咎めない
消耗品のようにぞんざいにしてもなんの問題もない
高レベルアンデッドの作成も可能だ
この世界のレベル水準によってはかなり重宝できるかもしれない
ポーションの低品質ぶりと、襲撃者の貧相な装備を思い出し
ワクワクと胸を踊らせ始めたモモンガは
兜の下で「フフフ」と笑ってしまい
それを拾ったオッサンが楽しげに笑う
「おっ モモちも気づいちゃった?」
「検証に熱が入りますね」
『 アンデッドとレイスの強みよなぁ 』
『 労働力の永久機関、使わない手はないです 』
『 フフフフ、お主もワルよのう 』
『 フフフフ、なんのお代官様こそ 』
「グフフフフ」
「クックックックッ」
互いを見合わせながら不気味な含み笑いを続ける二人の後ろ姿を
不安そうに幌の隙間から覗き見しているのは
生存者の青年と少年だけであった
※ハリボテエレジーをまだ知らない人は是非ようつべで動画検索してみてね!